御使い
バァン!!
腹立ち紛れに、いささか乱暴に玄関ドアを押し開ければ、「ンギャッ!?」という叫びと共に何か白いものが転がっていきました。
あまりにも軽い手応えにやや拍子抜けしていると、弾き飛ばされた白い物体がもぞりと動き、ぷるぷると震える足で立ち上がります。
「何しやがる、コンチクショウ!」
そう言ってこちらを睨みつけたのは、羽根の生えた純白の子羊でした。引き続きぷるぷると震えながら四本の足で地面を踏ん張るその姿に、色々なことが脳裏をよぎります。畜生にコンチクショウなどと言われたくないとか(畜生差別するわけではありませんが)、足のぷるぷる具合が某小鹿の赤ちゃんを連想させるな、とか。主にはどうでもいいことですが。
「おい、お前ら!オレ様のバックにはなァ、全世界の動物愛護団体がついているんだぞ!理屈が通用しない活動家の恐ろしさを思い知らせてやろうか、ゴルァ!」
うん。虎の威を借る羊って、意外と語呂がいいかもしれませんね。
「羽根つきの羊って……」
困惑しながらも背後を振り返れば、興奮に目を輝かせた翠がしっかりと頷きます。
「ああ、超レアもんの御使い、『迷える子羊』だな」
世界管理者のメッセンジャーである御使いには様々なタイプがあります。近年ではそのスピードと手軽さゆえに鳥型のもの、それも特に白い鳩が一番活躍しているようですが、過去には白い牛やら白い象の御使いも確認されています。中でも『迷える子羊』は、翠も言ったようにレア中のレア、滅多に遭遇することのない御使いとして、その名前は特に有名です。
「ジロジロ見てんじゃねーよ!そんなにオレ様の魔眼、『横たわる三日月』に睨まれたいのかっ」
「横たわる三日月……?」
「羊や山羊の瞳孔の形のこと。ネコ科は縦長だけど、羊は横長だろう?それを横たわる三日月って表現するやつがいるんだ」
レア御使いのあまりの柄の悪さに呆然としていた紅の呟きに、動物好きの翠が丁寧に解説しますが……御使いに魔眼の能力なんてありましたっけ?それとも目の前の御使いは子羊型ですから、思春期と言えば思春期。やはりその時期に罹患する例の病持ちということでしょうか。
「とりあえず中に入りませんか?」
長い一日の最後に舞い込んだ更なる厄介事の予感に、溜息と共にそう声をかければ、子羊は尊大に頷きました。
「ケッ、最初っからそう言ってりゃ良かったんだよ。それが御使いに対する礼儀ってもんだろうがよォ」
「いえ、単に僕が座りたくなっただけです」
そう訂正して家の中へと踵を返せば、後ろで子羊が何やら口汚く罵る声が聞こえてきました。でも正直今は腰を下ろしたい気持ちでいっぱいです。
「紅、悪いですがコーヒーを淹れてくれますか。僕のは少し濃いめにしてもらえると有り難いです。翠は食糧庫に行って、羊の食べられそうなものを持って来てください。キャベツはたっぷりあるはずです」
「キャベツなんかより、クローバーはねぇのか。もしくは飼い葉」
トコトコと後を付いてきた子羊は応接室の真ん中のラグにどっかりと体を投げ出して、相変わらずふてぶてしい態度を崩しません。
「魔王種がクローバーや飼い葉を食べるわけないでしょう」
「チッ、しけてんなァ」
協会かリグヴァルド様個人かはわかりませんが、なんでいつもの鳩を寄こしてくれなかったのかと、今更ながらに恨めしい気持ちが湧きあがってきます。
「クローバーや飼い葉は食べませんが、ラムチョップは美味しいですよね」
少し八つ当たりがしたくなってぽつりとそう零せば、子羊は面白いくらいにピキリと固まりました。うん、ラムチョップをローズマリーで焼いたものは絶品ですよね。
「では、用件の方をお願いします」
全員が落ち着いたのを見計らって話を切り出せば、子羊は「オレ様が食ってる間くらい待ってろよ」などとぼやきながらも管理者のメッセージを取り出してくれました。
さらりとした手触りの丸い玉の形をしたメッセージは、僕に触れた途端にするすると解け、手の平サイズのリグヴァルド様の像を結びます。
『やあ、蒼くん、元気でやってるかい?僕は毎日協会のトイレ掃除ばっかりさせられて、そろそろ飽きてきちゃったよ』
そう、あの誤爆託宣のミスで、リグヴァルド様は今後百年間のトイレ掃除を罰として申し渡されているんですよね。もう既に飽きているのなら残り九十九年は相当しんどいでしょう。いいぞ、もっとやれ。
『それで少しでも君の手伝いができないかと思って、清掃時間の合間に僕のほうで異空間のデザインはやっておいてあげました。金曜日の夜にクリスティルダに設置するから、馴染むまでの数日間は世界との同調を切っちゃっていいよ。自転や重力管理もしばらくは僕がやってあげる』
「……あんのアホ上司」
今は土曜日の夕方です。もっと早く言ってくれれば、みんなにも心配かけないで済んだし、僕も脳神経ぶっ叩きの辛さを味わうことはなかったのに。
『最後に、頑張ってる君や動物好きの翠くんへのご褒美に、このメッセージはレア御使いの『迷える子羊』ちゃんにお願いしました。可愛いもので癒されて引き続き頑張ってね!』
しかもこの柄の悪い羊で癒されろとか……さらにずっしりと疲れがのしかかってくるのを感じます。
「……蒼先輩、もしかして今までずっと自転や重力管理までやってらしたんですか?」
メッセージの再生が終わって小さなリグヴァルド様の像が消えると、おそるおそると言った様子の萌黄が口を開きました。
「ええ、二千年くらい前からでしょうか。ある日突然やってと言われて、それ以来ずるずると……」
そう、自転や重力など、その世界の法則と密接に結びついたものは通常管理者が直接自分で面倒をみるものです。僕は他にも本来は管理者の仕事とされているものを色々と引き受けているので、魔王としての仕事なんてだいぶ前から片手間になっていたんですよね。
でもそんなこと以前に気になるのは――。
「おい、羊。お前いつこのメッセージを託されたんだ?」
「一週間くらい前か?多分そんなもん」
翠の問いに、相変わらずキャベツのボウルに鼻を突っ込んでメクメクと咀嚼する子羊が答えます。
「なんでそんなに時間がかかっているんですか」
おそらくこの場の全員が感じていたであろう疑問を子羊にぶつければ、いっそ清々しいほどに開き直られました。
「オレ様は『迷える子羊』だって言ってんだろうが。方向音痴舐めんなよっ!」
「それって徹底的に御使いに向いていないんじゃあ……」
「だからレアなんて言われるようになっちまったんだよっ!生まれた時、羊史上最速で立ち上がったからって御使いに推薦されたけど、育ってみたら方向音痴だったんだよ!悪いかっ!」
「じゃあこの柄の悪さは、もしかして久しぶりの仕事で張り切ってたとか……?」
思わず片手で顔を覆ってしまいましたが、同情すべきなのか向いていないと責めるべきなのか。
「とりあえず、ちゃんと協会まで帰れますか?」
少し可哀想に思えて羊にそう聞いてみると、意外にも珊瑚が口を開きました。
「蒼さん、俺今日はこのまま協会に行こうと思ってたんすよ。今日の戦闘でちょっと武器を傷めたんで、早めに鍛冶職人に見てもらいたくて。だから俺がこいつを送っていきます」
そう言えば、短剣の刃こぼれがひどいとか言っていましたっけ。でも珊瑚が送ってくれるなら安心ですね。
「じゃあお願いします。夕飯は取っておきますね。明日はみんなで一日ゆっくりしましょう」
相変わらずのリグヴァルド様のやり方に納得のいかないものはありますが、とりあえずバックロードの痛みから解放されるのは有り難い。
さて、手抜きで簡単に作れる夕食って何がありましたっけ。
いつも読んで下さってありがとうございます。
プロットはがっちり固まったので後は文章に書き起こすだけなんですが、そうなると今度は詰め込みたいものが増えて来るという……;
相変わらず徹底的に携帯アンフレンドリーで、本当に申し訳ありません(汗)
今自分でも反省点をまとめていますので、今後改善できるように考えていきたいと思っています。
そして次回は久しぶりに他人視点の閑話にさせていただきます。




