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異空間 3



 「で、マテアスの元勇者から見て、この異空間の難易度ってどう思います?」

 露骨に色仕掛けな階層を完璧なスルー能力でもって通り抜けながら、僕は気になっていた質問をレオニールにぶつけてみました。

 この階層の景観デザインは南国の麗らかな密林と言った風情ですが、そこかしこで露出の高い美形の女性や男性に誘惑されます。その手を取ったら最後、色々と怖いことになるのでしょうが、恋愛感情とはあまり縁のない僕たち魔王種にしてみれば、鬱陶しいだけで基本的には無害なので、こうやって呑気に雑談できてしまうわけです。

 ちなみに唯一の人間であるレオニールは筋金入りの幼女趣味なので、成熟した美しい女にも男にも食指が動くことはないようでした。何やら見事な変態性の証明を見た気分でしたよ、僕は。リグヴァルド様も人間の異常嗜好については失念していたのか、それとも神として幼女趣味を認める気になれなかったのか、ちょっと気になります。

 「うーん、オレも冒険者についてはそう詳しいわけではないからなあ」

 「おおよその意見で構いませんよ」

 するりと首筋に伸びてきた白く繊細な手をぴしゃりと叩いて拒絶すれば、「ひどいっ」というか細い抗議の声が上がりました。こんな反応まで作り込んであるとは、意外に芸が細かいですね。

 「冒険者はパーティー編成にもよるから何とも言えないが、戦闘だけなら最高ランクである『神話級』のメンバーが揃えば突破も不可能ではないと思う。だが――」

 一旦言葉を切ったレオニールの方を見れば、茂みの陰から現れた非常に(・・・)ふくよかな女性に縋りつかれていました。なんかこう、卵を連想する体型と言いますか。他の誘惑者たちの中ではかなり浮いている気がします。どうやらレア扱い(?)ながらも、特殊嗜好も織り交ぜられてはいるようですね。

 「ここで既に三十五階層目か?中には直接戦闘とは関係ない代わりに、こちらの知力や五感までをも試すかのような階層もあっただろう」

 「音感を試された階はちょっとびっくりでしたね」

 「この階もそうだが、音痴な冒険者や特定の誘惑に弱い冒険者だっているはずだ。戦闘を含めた総合力が試される分、突破はなかなか難しいのではないかと思う。だが一番きついのは、途中リタイヤして情報を持ちかえる術がないことだな」

 「確かに、一度チャレンジしてしまったらオール・オア・ナッシングというのはきついですね」

 そんなことを話しているうちにこの階層の最奥が見えてきたので、燦然と輝く大人の拳大のダイヤモンドに手を伸ばして次の階層へと進みます。

 

 「どうやらこの階層が果てですわね」

 萌黄の言う通り、スタート地点から伸びた回廊の突当たりには、入口と同じ模様が刻まれた壁があります。ですが問題は、いかにしてそこまで辿りつくかです。

 「やっぱり魔法で加速をつけて走り抜けるのは無理だよな?」

 「無理に決まっています。いくら風魔法で強化しても光魔法の速さには敵いません」

 「雷でも純粋な光の速度には負けるっすね」

 各階層はそれぞれがまったく違うテーマと美意識でデザインされていて、こちらもそれに応じて戦い方を変えなければならないのですが、この階はこれまでで一番厄介そうです。

 まず床、壁、天井がすべて鏡面状態になっていて、これを破壊したり傷をつけることはどうやってもできませんでした。そしてこの階層のスタート地点となる小部屋から一歩外へ踏み出すと、通路に浮遊する双角錐型の物体が光属性魔法で狙い打ってくるのです。それだけなら大したことないと思われるかもしれませんが、その光魔法が床や壁に反射されて数倍になって帰ってくる上に、鏡面の位置次第で屈折率も違うらしく、反射角度の予測分析もできません。威嚇射撃的に放たれた一撃目が誰にも当たらなかったのは奇跡的な幸運だったと思います。

 更にはこちらから双角錐を攻撃しようにも、外側の装甲が壁や床と同じ材質でできているのか、あらゆる魔法と物理攻撃が弾かれました。ただ双角錐が魔法を放つ一瞬だけ鏡面の一部が開くので、きっとその時がチャンスなのでしょう。

 「氷の盾で光を減衰できないか?」

 「氷では瞬時に蒸発させられるだけですわ」

 うーん、光魔法に耐性のあるもの……って、そうか。僕の所持品にひとつだけ可能性のあるものが含まれているかもしれません。

 「ちょっと試してみたいことがあるので、みんな通路側の壁の後ろに退避していてください」

 そう言ってみんなを安全な壁の裏に隠すと、僕は魔法補助用に身につけていた龍骨の短剣を手に取り、短剣の刃先の部分だけを双角錐の射程範囲内である戸口へとかざしました。すると即座に眩い光が一閃、短剣に向けて放たれますが、強力な魔法干渉力を持つ龍の骨で作られた刃が予想通り光線を弾き返します。弾かれた光線はゴムボールのように鏡張りの回廊を跳ねまわり、暫くすると減衰されて消滅しました。

 「蒼、弾くには弾いたが、短剣サイズじゃあ盾にはならないぞ」

 翠が苦虫を噛み潰したような顔で言いますが、ここからが僕の本領発揮です。

 「いえ、この龍骨の屈折率を計算して、反射光を双角錐の発射口に送り返します」

 「蒼の演算力が魔王種一なのは知っていますが、そう何回もチャンスがあるわけではないのでしょう?その龍骨、もってあと三、四回がせいぜいですよね」

 紅が冷静に指摘した通り、龍骨も無傷ではないので、そう何度もデータを取るわけにはいきません。

 「それくらいしか方法が思いつかないんですよ。とりあえずやるだけやってみましょう」

 先ほどの双角錐の反応速度と自分の動作の速度、それに龍骨の屈折率と角度を計算して、今度は意識して狙いながら龍骨を戸口にかざします。

 「外れた、けど惜しい!」

 反射された光線は双角錐の装甲部分に当たって、またも縦横無尽に通路を跳ね返って消えました。僕の頭痛による動作の誤差の織り込み方が甘かったのかもしれません。

 龍骨の刃は今の一撃を受けて少し黒ずんでいますから、このダメージが屈折率を歪ませていないことを祈るばかりです。

 「もう一度いきます」

 誰にともなく口にしてもう一度、動作の速度と角度を強く意識しながら、龍骨を戸口に覗かせます。

 「やった!」

 今度こそ龍骨の刃を狙った光線が双角錐の発射口にまっすぐ吸い込まれるようにして戻り、その直後に小さな爆発音とバラバラになった装甲が床を打つ音が僕たちの耳に届きました。

 「……やっとおうちに帰れる」

 思わず床にへたり込んだ僕がそう漏らせば、何やら思い詰めたような顔の翠と紅に髪を撫でられました。

 「悪いな。何もしないで良いなんて言ったのに、結局最後も頼りっきりで」

 「バックロードの影響でまだしんどいのでしょう?早く帰って休んでください」


 そうしてやっとの思いで自宅の転送陣の間へと戻ってみれば――。

 「留守とかザケンナ、バカヤロウ!折角オレ様が来てやったのに、待たせるんじゃねー!!」

 玄関から恐ろしい剣幕の声と、ゲシゲシと扉を蹴り飛ばす音が響いてきます。その玄関ドア、かなりこだわってオーダーしたやつだからやめてほしいんですけど。

 「オレ様がどれだけ苦労してここまで来たと思ってんだ!?こんなドア蹴倒しちゃる!偶蹄目の蹄の恐ろしさを思い知れッ!!」

 ああああ、クタクタになって帰った人にこんな暴虐の限りを尽くすのは一体誰ですかっ!?

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