閑話: フィッシュパイ
主に料理&雑学回ですが、冒頭部分は本編から続いてきていて、ラスト部分は前回の閑話から引っ張って来た感じです。
読み飛ばしても本編に影響はありません。
あれから鱗瑛とブレイズフィールはすっかり抜け殻のようになってしまい、仕方なく階下に降りてイルッカに迎えを差し向けてやってくれるよう頼みました。その際、実に良い笑顔でコピ・ルアク・マンティコアを購入しないかと勧められましたが、丁重にお断りしましたとも。毒物所持で密告してやりたい衝動に駆られたのは秘密です。
エントランスに転がされたままだった課長もちょうどその頃に意識を取り戻し、僕と翠は約束通り幻獣開発課のドームを案内してもらいました。いやはや、世の中には僕も知らない不思議な幻獣がたくさんいるものですね。一番衝撃的だったのはボナコンという牛のような幻獣でしたが、その生態が生態なだけにこの場で説明は避けた方が良さそうです。
その後、もふもふに囲まれて恍惚としている翠を連れ出すのに苦労しつつも無事に萌黄と落ち合い、今は自宅のキッチンに立っています。今日は折角良いことがあったのだから、夜も美食と美酒で満足に締めくくりたいじゃないですか。
コンロの鍋でジャガイモを煮ながら、特大のボウルの上でセロリとニンジンをがっしがっしとグレーターにかけます。
余談ですが、グレーターという道具は怖いですね。使うたびに「リグヴァルド様もこうやっておろして木っ端みじんにしてやりたい」などという妄想が湧きあがってきます。いや、この場合恐ろしいのはグレーターではなく、僕にそんなことを思わせるような行動しか取らないリグヴァルド様の方ですかね。とりあえず、グレーターというのはある種の衝動を突き動かす、さりげに恐ろしい器具であるというのが僕の持論です。
そんなことを考えながら野菜の最後の一片までおろし終えると、キッチンにはセロリの瑞々しい香りが満ちていました。同じボウルに、今度はトマトもザク切りにして放り込み、庭から摘んできた新鮮なパセリも刻んで投入。ホウレン草も生のままざくざくと刻んでボウルに混ぜ込みます。
ジャガイモに串を刺して火が通ったことを確認したら、今度はマッシュポテト作りです。空いた鍋で新たに卵と水を火にかけてゆで卵を作りながら、ジャガイモの皮を熱いうちに剥き、オリーブ油と牛乳で少し柔らかめにマッシュして塩と胡椒で調味すれば完成。うん、美味しい。
こんなに美味しいジャガイモですが、僕自身としてはこの野菜を見るたびにちょっと複雑な気持ちになります。なにせこの作物のおかげで人間種の餓死が激減しましたからね。ある意味僕の商売敵(?)みたいなものです。美味しいから許しますけど!許しちゃいますけど!
あとは人間種の心根についても考えさせられますね。僕はジャガイモが別大陸からこの地域に持ち込まれた時のことを鮮明に覚えていますが、当時この地域の国王はジャガイモの美味しさと利点を農民に必死にアピールしたのですよ。なのに農民は胡散臭がるばかりでまったく信用しなくてですね。苦肉の策として、国王は畑に見張りの兵士を付けていかにジャガイモが盗まれてはならない貴重なものかをアピールしつつ、夜は見張りを下げて盗み放題にしてみたんです。そうしたらなんと、あっという間にジャガイモ畑が広がったという。みんな、もっと素直になりましょうよ!
さて、次は……っと。キッチンの横に設えられたストッカーから自家製ピクルスの瓶を探し出して、ガーキンを調味液から引っぱり上げます。これも刻んでボウルの中に。先ほどのゆで卵も粗熱を取って殻をむき、同じく刻んでボウルの中身に合流です。おっと、そろそろオーブンも余熱しておかねば。
そうしたら氷魔法で温度管理された氷室に魚介類とチーズを取りに行って、サーモンや鱈、エビ、ホタテ、イカなどもどんどんボウルに放り込みます。ここに大きめの硬いチーズの塊をシュレッドして混ぜれば、ボウルはほぼ満杯。仕上げにレモンの表皮をすりおろしてレモン汁と共に加え、オリーブ油と塩で調味すれば準備完了。
特大の耐熱皿にボウルの中身を敷いて、それに蓋をするかのようにマッシュポテトを広げます。オリーブ油が入っているので、オーブンで焼くと表面が少しカリッとなって何とも香ばしいのですよ。これをオーブンに突っ込めば、メインディッシュはほぼ完成。僕が最近はまっているフィッシュパイです。
あとは今のうちにキノコの包み焼きも作って一緒にオーブンに入れてしまおう。それから玉葱とカボチャでポタージュスープを作って、カッテージチーズと豆のサラダと合わせればバランス良くなるかな?
そうそう、人間種は魔王のことを血を啜り骨まで食らうバケモノみたいに思っているようですが、僕たちはそこまで肉食ではありません。世界も食事もバランス良くがモットーですから、野菜もたっぷり摂ります。
数種類のキノコを手でほぐしていると、転位陣のチャイムが鳴って紅たちが帰って来ました。
「蒼、ただいま戻りました。何かできることはありますか?」
間もなく紅が台所に入ってきて、オーブンに期待の籠った目線を向けながら手伝いを申し出てくれます。
「お帰りなさい。レオニールと珊瑚は?」
「レオニールは萌黄にお土産を持っていきました。珊瑚はその買い物に付き合わされてへとへとなので、先にシャワーを浴びてリフレッシュしてくるそうです」
「紅は疲れなかったのですか?」
不思議に思って問いかけてみれば、紅は珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべて答えました。
「私は珊瑚に押し付けて書店にいましたので」
なるほど。優等生の紅でもそんなことをするんだと、ちょっと新鮮な気分です。
「あと少しでご飯になりますから、お互いに報告は食後ってことにしましょうか。マテアスでのこと、詳しく聞かせてくださいね。それからそこにある玉葱を半分ほどスライスしてくれると助かります」
「わかりました」
そう言って素直に玉葱の皮をむきはじめた紅が、遥か昔に初めて顔を合わせた時よりも、先日久しぶりにこの離れの応接室で再会した時よりもずっと柔らかい空気を纏っていたから、僕は知らないうちに頬を緩めていたようです。
「……蒼でもそんな表情をするのですね」
サラダ用の青葉と豆のオイル漬けを盛り合わせていると、ひどく驚いた様子の紅に言われて気付きました。
「誰かと一緒に台所に立つのも悪くないなと思いまして。あ、もうすぐパイが焼けますね。テーブルのセッティングをお願いします」
そのまま急いでスープの支度にとりかかったので、僕は真っ赤になった紅が暫くその場で固まっていたことに気付かなかったのですが、一部始終を見ていたらしい翠が後でこっそり教えてくれました。何で固まるのか未だに謎ですが。
でも誰かと一緒に料理をして、みんなで食べる食事は普段よりもずっと美味しくて――。苦労も責任も大きいけれど、初めてこのプロジェクトに携われて良かったかもと思えた夜でした。
ご訪問ありがとうございます。
読んで下さる方々のおかげで放り出さずにいられるというその有り難さを痛感している日々です。
が、明日は仕事の都合で更新できるかちょっと微妙な感じです、すみません;
活動報告のほうにちゃんとしたレシピを載せておきます。
本当に美味しいです、このフィッシュパイ。
混ぜるだけだから簡単ですし。
そしてボナコン補足。
美味しい物の話の後にこんなネタで申し訳ないです……orz
別にそういう趣味ではないのですが、なぜかビロウな方向の話が多いのでちょっと気をつけます(汗)
ボナコン:
牛っぽい胴体、渦巻き角と緑のたてがみ。
必殺技は灼熱の糞を撒き散らすこと。
悪臭と熱気で大範囲の動物や草木が死ぬ。




