幻獣開発課 1
幻獣開発課は、協会の敷地内でも本部から少し離れた場所に専用の建物を構えています。
光を弾いて煌めく透明なドームを連ねたその部署は多数の幻獣を管理しており、それぞれのドームが異なる自然環境を再現して各種族に心地良い住処を提供しています。ですが本部にもっとも近い一角だけは無骨な石造りの洋館になっていて、打ち合わせや事務作業は基本的にここで行われます。
僕と翠が洋館のアプローチを歩いて行くと、予想通りガードドッグのオルトロス君に飛びつかれました。
「蒼さま、翠さま、お久しぶりです!」
オルトロス君は協会の専属ケルベロスブリーダーの下で生まれた先祖返りの突然変異で、三つの頭を持つケルベロスよりも頭がひとつ少ない、弟分的な存在です。ですが魔王種の門番にはやや不適切と言われたことで、一時期はその身の振り方をどうするべきか案じられていたのですが、鼻の良さと責任感の強さを買われて無事幻獣開発課の警備の仕事に就くことができました。本当に良かった。
「オル君、土産を持って来たぞ」
翠が両手に提げた大袋の中から、ガラガラと音を立てて何かを引っぱりだしました。
「俺の世界ではちょっと有名なブランド牛の蹄と角。おやつの時にでも齧ってくれ」
「わー!翠さま、いつもありがとうございます!」
オルトロス君が嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振り回します。そう、翠は実はかなりの動物好きで、今日も本当は僕と紅で来るはずだったのに、強引に紅を押しのけてくっついてきたんですよね。仕方がないので、紅と珊瑚には一度マテアスに戻るというレオニールに付いて行ってもらっています。萌黄には別のお使いを頼みました。いや、男性陣はあまり未来予測課には近づかないほうが良いと思ったんですよ。少なくとも、仲の良さが知れ渡っている僕と翠が一緒に行く場所ではないと断言できます。
オルトロス君に挨拶して洋館の重厚なドアの前に立つと、雨どいの上に陣取っていたガーゴイルが最高にブサ可愛い表情で、「開いてますんでどぞ」と声をかけてくれました。癒されます。
ちなみにガーゴイルに取って『ブサかわ』は褒め言葉だと主張したい。僕の城ももう戦場になることはないでしょうし、少しガーゴイル族を誘致してみようかな。
そして重い木の扉の向こうに広がるエントランスホールでは、訳の分からない幻獣開発課の謎歓迎が僕と翠を待ち受けていました。
「ア~~~、ヨ~ウ~コ~ソ~♪お待ちし~て~、おりました~♪」
「キョェェェェェェェェェェェ、キュェェェェェェェェェェェ」
「ギャギャギャギャッギャッ、ギャギャギャギャツ!」
何の音響攻撃ですか、と思ったのも束の間。良く見れば、エントランスのシャンデリアに一羽のセイレーンと二羽のハルピュイアが留まっています。道理で音波に魔力が籠っているわけです。
それでもこの状況にどう反応すべきか判断しかねて固まっていると、奥からよれよれの白衣と黒縁眼鏡がトレードマークと化した幻獣開発課の課長が近付いてきました。
「やあやあやあ、ようこそ魔王様たち。眠りも気絶もしないとはさすがですね」
挨拶を始める前に、この音響攻撃を停止して欲しいんですが。いや、そうなんです。まだ続いているんですよ、鼓膜への暴力が。
「これは彼女たちが自ら提案した歓迎でしてね、一度でいいから最古参の魔王様がたに歌を捧げたいと。おや、そう言えば紅様は一緒じゃないんですね。代わりに動物好きの魔王様ですか。ああ、いくら魔王様と言えども用がなければここには来れませんもんね。それで紅様に代わって貰ったってところですか」
こちらが口を開く前に、課長の言葉が怒涛の勢いで迸ります。最近何かの本で、ストレス指数が高い時ほど精神が過敏になって些細なことにもイラつくのだと読みましたが、最近の僕のストレスを考えれば、よくここまで我慢したと思います。
(迷惑にも)健気に歌い続けるセイレーンとハルピュイアたちには気付かれないように、嫌々ながら耳に意識を集中させて空気の振動を分析し、僕の耳に届く寸前でその空気振動を相殺する音波を風魔法で発生させます。分析型の僕ほどではないでしょうが、それでもしんどい思いをしているであろう翠の耳周りでも同じ音波を出してやります。ふう、これで冷静な思考が紡げる。しんどかった……。
「あの、まずは彼女たちの歌をやめ――」
「そうだ、折角ですからぜひ開発課の全ドームを見学していってください。今はかなり珍しい子もいますからね、きっと楽しんで頂けると思いますよ」
人の話をまったく聞かないで喋り続ける相手に、苛立ちよりも怪訝さが募ります。が、よく見ればこの課長、耳栓をしているじゃないですか!うわ、ずるい。でもよく考えたら、幻獣開発課の課長は確か人間種からの出世組らしいので、耳栓がなければとっくに音の魔力で意識を失っているはずなんですよね。
溜息をつきながら課長の両耳の耳栓を引っこ抜けば、三秒とたたないうちに小太りな体が白黒の市松模様の床にくずおれました。それを見たセイレーンとハルピュイアが「キァァッ!」と小さな悲鳴をあげて歌うのをやめたので、僕の対応は間違ってはいなかったと断言できます。
そしてそのタイミングを見計らっていたかのように、奥の扉が開いて新たな人物が歩み寄ってきました。
「魔王様方、大変失礼をいたしました。副課長のイルッカと申します。お話は会議室の方でお伺いしますので、こちらへどうぞ」
副課長と名乗ったのは、金髪にフレームレスの眼鏡の長身の青年でした。課長とは対照的に、染みもしわもないパリッとした白衣を着こなし、見るからに課長よりも仕事ができそうなイメージです。いや、外見で人を判断してはいけないのは、僕だってよく分かっていますけど。
ですが倒れた課長を放置してそのまま会議室へと足を向けたところを見ると、やはりこちらも一筋縄ではいかない人物のようです。
「おい、課長さんが気絶したままだけどいいのか?」
さすがに気になったのか翠が問えば、「自業自得ですから」のひと言でした。うーん、何となくリグヴァルド様と僕の関係も、傍からはこんな風に見えていそうで複雑な気分ですね……。
「あのセイレーンとハルピュイアは……」
沈黙に気まずくなって、二階にある会議室に向かいながら、愛想というものはあまり持ち合わせていないらしいイルッカに、聞いてみました。
「あの三羽は常々どこかの世界で歌手デビューしたがっていて、扱いが難しいんです。ああ、セイレーンがボーカル担当のリーダーで、左のハルピュイアがギターっぽい何か、右のがドラム・アンド・ベース的な何かだそうです」
「でもあいつらの歌は聞く者の意識を刈り取っちまうじゃないか、あの課長さんみたいに」
「ええ、だからこそ余計に夢が諦めきれなくて、今日気絶しなさそうな貴方がたがオーディエンスに選ばれたというわけです。さあ、こちらでお待ち下さい。今お飲物をお持ちします」
なんという押し付けパフォーマンス。ミーティングが始まる前に既にどっと疲れているってどうなんでしょうね。これからの打ち合わせも決してスムーズに進まなさそうで、もう既に心臓がバクバクです――。




