閑話 ハリウッド映画版『トイレの花子さん』 ロングトレーラー
『HANAKO: DON'T ANSWER THE KNOCK』
――夕暮れのカリフォルニア。
波打ち際では、ビキニ姿の女子大生たちが笑いながら水を掛け合い、ビーチバレーを楽しんでいる。駐車場には改造ピックアップトラックが並び、カーラジオからは大音量のポップミュージックが流れていた。
「ヘイ、今夜のパーティー、絶対来るよね?」
赤いビキニのブロンド美女、ジェシカが尋ねる。
「君が来るなら、俺は絶対行くだろうね!」
サーファーの青年、タイラーが笑った。
「そういうこと言う男って、だいたい口だけなのよね」
「だったら、今夜きっちり証明してやるよ」
タイラーはジェシカの手を引き、人気のない砂丘の向こうへ走っていく。
二人の笑い声が、波の音に溶けていった。
しばらくして、タイラーのスマートフォンが鳴った。
「ちょっと、誰から?」
「さあな。知らない番号だ」
画面には、見覚えのない動画が届いていた。
再生すると、古びた学校のトイレが映し出された。誰もいない個室の扉が、ゆっくりと三回叩かれる音がした。
コン、コン、コン。
そして、少女の声が響いた。
――ハナコさん、遊びましょう。
「なんだよ、これ。マジで気味悪いな」
タイラーは笑って動画を閉じた。
そのとき、ジェシカが彼の肩越しに海を見つめた。
「ねえ……あそこに誰かいない?」
波打ち際に、小さな少女が立っていた。
黒い髪。白いシャツ。赤いスカート。
裸足のまま、少女はじっと二人を見つめている。
「ヘイ!そこの少女、おーい!迷子かい?」
タイラーが声を掛けるが、少女は答えない。
「ねえ、あの子、寒くないかな……」
ジェシカが近づこうとした瞬間、少女の姿が消えた。
波が砂浜を洗う。
そこには、小さな赤い靴だけが残されていた。
タイラーは靴を拾い上げ、眉をひそめる。
「……最悪だな。もう帰ろうぜ」
――
その夜。
タイラーは友人たちとパーティーを楽しんでいた。
酒、音楽、ドラッグ、笑い声。昼間の出来事など忘れていた。
午前二時十三分。
タイラーはひとり、会場の裏手にあるトイレへ向かった。
個室に入ろうとしたとき、隣の扉から音がした。
コン。
彼は足を止める。
コン。
「誰かいるのか?」
返事はない。
三度目のノック。
コン。
タイラーは苦笑した。
「おい、よせよ!くだらねえイタズラはやめろ」
すると、個室の中から幼い少女の声がした。
「タイラーくん」
彼の顔から笑みが消えた。
「……誰だ?お前、誰なんだ?」
「遊びましょう」
タイラーはドアノブに手を掛けた。
「おい、開けるぞ。後悔すんなよ」
扉を開くと、中には誰もいなかった。
ただ、便器の中から黒い髪が、ゆっくりと溢れ出していた。
タイラーが後ずさると、背後の鏡に少女の姿が映る。
「見ぃつけた」
タイラーが振り返るが、誰もいない。
再び鏡を見ると、少女の顔がすぐ目の前に迫っていた。
「……遊びましょう?」
照明が消えると短い悲鳴が響いた。
何かが床に叩きつけられる音。
静寂と暗転。
THIS HALLOWEEN...
SOME LEGENDS SHOULD STAY BURIED.
――このハロウィン、掘り起こしてはいけない伝説がある。
48 HOURS LATER
――48時間後。
ジェシカは警察のテープが張られたトイレの前で、呆然と立ち尽くしていた。
タイラーは行方不明になっていた。
地元警察の刑事、ジャック・ミラーは、学校の女子トイレで奇妙な光景を目にしていた。
個室の扉はすべて封鎖され、床には黒い水が広がっている。
「生徒が三人、行方不明。監視カメラには誰も出入りしていない。窓も施錠されていた」
「じゃあ、いったいどこに消えたんです?」
若い警官が尋ねる。
ジャックは答えず、奥の個室を見つめた。
扉には、赤い文字でこう書かれていた。
YOUR TURN.
――次は、あなたの番。
「全員、外へ出ろ」
「刑事?」
「今すぐだ!ここから出るんだ!」
その瞬間、すべての個室からノック音が響いた。
コン、コン、コン。
コン、コン、コン。
コン、コン、コン。
扉の向こうから、子供たちの声が重なって聞こえる。
「遊びましょう」
「遊びましょう」
「遊びましょう」
ジャックが銃を抜いた。
最後の個室だけ、音がしない。
彼は慎重に近づき、ドアノブに手を掛けた。
「警察だ。中にいるなら、ゆっくり出てこい」
返事はない。ジャックはドアを蹴破った。
中には、誰もいなかった。
ただ、壁一面に無数の写真が貼られていた。
行方不明になった生徒たち。
教師たち。
警察官たち。
そして、ジャック自身。
写真の中の彼は、トイレの個室に座っていた。
その肩に、小さな手が置かれている。
ジャックが写真を引き剥がした瞬間、背後で水音がした。
「見つけた」
少女の声が耳元で聞こえ、ジャックが振り返る。
誰もいない。
しかし、鏡の中には少女が立っていた。
「……何なんだ、お前は」
少女は首を傾げた。
「花子さん」
「何が目的だ?」
「遊ぶの」
「誰と?」
少女が笑った。
「みんなと」
鏡が、内側から叩かれた。
――
THE RULES HAVE CHANGED.
―― ルールが変わった。
大学の地下研究室。
超常現象を専門に研究するエミリー・カーター博士は、世界各地で発生した不可解な事件の映像を並べていた。
日本、東京。
イギリス、ロンドン。
アメリカ、ニューヨーク。
どの映像にも、同じ少女が映っている。
「同一人物なのか?」
ジャックが尋ねる。
「分からない。でも、三つの映像は同じ時刻に撮影されているの」
「双子か?」
「全部で十二か所よ。ありえないわ」
エミリーは画面を切り替えた。
「しかも、目撃者は全員、同じ名前を口にしている」
「花子さん……」
「そう。問題はここからよ」
彼女は古い新聞記事を机に置いた。
「花子さんの噂が広まった地域では、目撃情報が増えている。でも、目撃された彼女の能力も、少しずつ変化しているの」
「噂が現実を変えているってことか?」
「違う。もっと悪い」
エミリーは声を落とした。
「私たちが、彼女に新しい能力を教えているのよ」
その瞬間、研究室のモニターが一斉に点灯した。
画面に映っているのは、研究室そのものだった。
机。
椅子。
エミリー。
ジャック。
そして二人の背後に立つ、赤いスカートの少女。
エミリーがゆっくりと振り返るが、そこには何もいなかった。
モニターの中で、少女が口を開いた。
「ありがとう」
画面が真っ暗になった。
――
YOU CAN'T KILL A STORY.
――物語は殺せない。
銃声。
爆発。
炎に包まれる学校。
特殊部隊が廊下を突き進み、次々と個室のドアを吹き飛ばしていく。
「ターゲットを確認!」
「撃て! 撃て!」
銃弾が少女の身体を貫く。
だが、少女は一歩も動かない。
「効いてないぞ!」
「だったら燃やせ!」
火炎放射器の炎が、少女を包み込む。
数秒後。
炎が消えると、少女は、同じ場所に立っていた。
焼け焦げた制服。
乱れた黒髪。
そして、無傷の顔。
「……もう、終わり?」
少女は首を傾げた。
「次は、何をしてくれるの?」
隊員たちが後ずさる。
少女はニタッと笑った。
「ねえ、みんな」
彼女の背後で、廊下の壁に無数の個室の扉が現れた。
「私のこと、いっぱいお話ししてくれたよね?」
すべての扉が、一斉に開く。
その向こうには、無数の花子さんが立っていた。
「だから、私もみんなのこと、覚えたよ」
悲鳴からの暗転。
――
ONE LAST QUESTION.
――最後の問いかけ。
深夜のアパート。
テレビの前で、幼い少女が母親に尋ねる。
「ママ、学校のトイレに幽霊がいるって本当?」
母親は笑った。
「そんなの、ただのお話よ」
「でもね、友達が言ってたの」
少女は小さな手で、テレビのリモコンを握りしめた。
「三回ノックして、名前を呼ぶんだって」
母親の笑顔が止まった。
「……誰の名前?」
少女はテレビを見つめたまま答えた。
「花子さん」
画面が砂嵐に変わる。
ザーッ……。
その奥から、かすかなノック音が聞こえた。
コン、コン、コン。
母親が少女を抱きしめる。
「テレビを消して!今すぐに!」
少女は首を傾げた。
「どうして?」
「はやく!!」
「できないよ?」
砂嵐の中に、少女の顔が浮かび上がる。
「だって、もう来ちゃったもん」
テレビの画面いっぱいに、白い顔が迫る。
「遊びましょう」
暗転。
数秒間、何も映らない。
やがて、スマートフォンの画面が浮かび上がる。
映っているのは、誰もいないトイレ。
奥の個室の扉が、ゆっくりと開く。
少女が顔を出す。
そして、カメラをまっすぐ見つめた。
「次は、あなた」
画面が真っ暗になり、静寂が訪れた。
コン。
コン。
コン。
HANAKO: DON'T ANSWER THE KNOCK
YOU CAN LOCK THE DOOR.
YOU CAN BURN THE SCHOOL.
BUT YOU CAN'T KILL A STORY.
――ドアに鍵をかけても。
――学校を焼き払っても。
――物語を殺すことはできない。
最後に、暗闇の中から少女の声が響く。
「ねえ……あなたの学校にも、いるよね?」
COMING THIS HALLOWEEN.
DON'T ANSWER THE KNOCK.
――このハロウィン、公開。
――ノックに応えてはいけない。




