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決闘のち、男装令嬢に求婚

 決闘当日、私は実家ロビンズ家の庭の一角で一人朝から剣の稽古に励んでいた。


 季節の花々で色鮮やかな庭の景色とは対照的に芝しかないこの稽古場の周囲には、区切りとして低木が植えられその間から屋敷まで繋がる小路や庭の散歩ルートに通じる小路なんかが延びている。

 ぎっくり腰前の師匠ともここでいつも手合わせしてもらっていた。


 慌てていたせいでマクラウドさんとはざっくり午後って約束しただけで明確な時間までは決めなかったけど、まあ遅くとも夜までには彼も来るだろうから開始のタイミングはその時決めればいいか。


 呑気って言われればそうだ。でもいつ戦おうと、相手が師匠の孫で王宮騎士だろうと、私の辞書に敗北の文字はない!……なんて意気込んでみる。実際口にするのはかなり恥ずかしくて大声では言わないけど、紛れもなく百パー本気だ。


 五秒で叩きのめしてぐうの音も出ない程に私を師匠の弟子って認めさせるのが本日の対決の目的だ。


 まあそんなわけで時間はまだあるし師匠からは自主練をサボるなって言われてるのもあって一汗掻いていたってわけ。服は普通にパンツルックの稽古服。決闘も動き易いこれでいく。

 決闘とは別に、マクラウドさんが来たら師匠の様子も聞きたい。ぎっくり腰はきっともうほとんど治っているだろうけど、年だし他にも不調が出てこないとも限らない。まあ彼の孫は夜会じゃ敵意が半端なかったから正直教えてくれるかは微妙だけどね。

 師匠、ホント元気かなあ。体を案じつつ刃を潰した練習用の剣を振っていると、いつしか他の事にも思考がいった。


 師匠からは私が男だったらなんて一度だって言われた事はない。


 とりわけまだまだ男尊女卑が色濃い王宮騎士界隈にあって、孫とは違って師匠はとっくに性別で差別する無意味さをわかっていたんだろう。


 私も今の私だからこそ誇れる力を身に付けられた。言い換えれば、私が本当に男だったら今の実力には及んでいなかったかもしれない。


 私がへこたれなかったのは実家と師匠、それから大切な二人のおかげ。私が剣を扱う女でもレティシアもクラウスさんも一線を引いたりしない。昔ながらの因習や礼節を決して無視できない大貴族アドレア公爵家にあって、二人はとても思考が柔軟で視野が広いんだ。一見厳しそうに見える公爵も案外うちには好意的だしね。

 男装して社交界に顔を出すようになってから、貴族同士とは言え年頃になっても気楽に行き来できる彼らとの関係がとんでもなく非常識……いや貴重なんだって改めて気付かされた。

 もう私の人生には欠かせない二人の顔を思い浮かべたら、芋づる式にクラウスさんとの一昨日の夜の出来事も浮かんできた。


 まあ芋づる式にだなんて言ってもなるべく考えないようにしていただけでずっと気にはなってたんだけど。

 昨日から何度あの感覚を思い返してみても、やっぱり彼は噛みついたと思う。


 でもどうして急にそんな真似をしてきたんだろ?


 その時の話題はオメガバースだったけど……。


 一つ言えるのは、好きな人がいるんだし、彼にとっては恋愛的なものじゃないってことだ。

 そうだよ、きっと私を揶揄(からか)おうとしたんだ。本当は寸前で止めるつもりだったのを何かの弾みで本当に噛んじゃって彼自身もやらかしたって思ったから驚いたみたいな顔をしてたんだよ。本当なら指先で噛み付くふりか何かしてオメガバースごっこだとかおどける気だったんじゃないの?

 ただ、幸か不幸かタオル越しって半端な感じにはなったけど。


 あの夜だって、このところただでさえ彼の近くにいると心臓がヤバいから、二人きりだなんて状況から逃げ出したいのを何とか堪えて平気な振りをしていたのを、きっと向こうは知らない。


 思い出せば思い出す程に体を動かしての心拍数の上昇だけじゃない理由でより鼓動が速くなる。

 温まり解れた筋肉に熱い血が巡り汗が薄く滲む。


 もし、あの時もしも、直にクラウスさんの唇が首に押し当てられていたら……。


 もしも彼が血迷ってオメガバースのような意図で甘噛みをしてきたなら……私はどうなっていただろう。


 エマ、と彼から耳元に情熱的で甘い声を囁かれて、これで君は未来永劫俺のものって決定だ、なんてちょっと悪戯っぽい積極性で言われてバックハグされてその後はお約束の甘い甘い夜に――……。


「――ってわああ! あの時読んでた小説の展開だよそれえええっ!」


 それもロイ×アベカプよりも深い関係になる展開が早かった作品だ。のぼせたように全身が熱くなり変に脱力しそうだ。

 思わず剣を放り出して頭を抱えた。


「私なんかの貧相な妄想の中でさえ大変なのに、本物のクラウスさんからアプローチされる意中の子はもう何か……理性が爆発消滅して人として駄目になりそうだよね……」


 前にまだその人とは全く進展ないとか言ってたけど、そんなのは時間の問題だよね。彼といたら好きにならないわけがない。

 昔から聡明で頼りになって、だけど怒るところは怒ってくれて、たまに頑固で可愛いし、妹には頗る弱いし、BL演技は変にノリが良いし。

 一個一個好きな理由を挙げてみたけど、要は一緒にいたい、もっと知りたいって思える人だ。

 率直に、彼の想い人が羨ましいよ。

 もしかして、私が知らないだけでもう既に手応えを感じてるんだろうか。

 距離を縮めてるんだろうか。


「そうなの、かな……」


 思わず痛んだような感覚に息が詰まって奥歯にも拳にも力が入っちゃった。


「はあもう、集中集中!」


 私はただの幼馴染みで、彼の妹の友人だからこそ気を遣ってくれるんだ。およそ二年くらいは距離を置かれていたんだし、きっとあれは恋するなよって婉曲な意思表示だ。ここ最近は意中の相手をものにするって心を決めてその他大勢なんて気にする暇もないのか、見えない壁なんて感じないけど、愚かにも期待するなエマ・ロビンズ。凹むのはお門違い。

 決闘前に無駄な精神力を消費するのはやめようと頭を振って気分一新すると、落ちていた剣をいそいそと拾った。


 それからは無心。


 師匠から叩き込まれた剣の基本を繰り返す。剣士なら誰でも習う型は勿論の事、実戦では決して正攻法とは言えない技も必要になるからと教えてもらった動きまでを引っ括めてお復習(さらい)する。彼の言った通り魔物退治で使ったっけ。飛んで跳ねて薙いで突いて全身で風を生み出し仮想の敵を一刀両断。夢中になって体を動かしていたら周囲の音も消えていた。


 どのくらい没頭していただろう、ちょうど集中力が切れた頃、耳が草を踏む音を拾った。


 それは歩いて立てた音じゃなく、例えばその場で足を動かして休めの姿勢を変えた時のようなささやかな音だ。


 屋敷の誰かがそろそろ休憩してはと呼びに来て、少し待ってくれていたのかもしれない。

 腕を下ろしてその方を振り返った。


「え……マクラウドさん?」


 芝の広場端に植わる低木の横には師匠の孫の青年ステファン・マクラウドが立っていた。


 王宮騎士の立派な制服じゃなく、師匠のぎっくり腰を告げに来た時と同じ旅行者みたいなフードマントを羽織っている。マントの合わせ目からは腰に提げた剣帯に差し込まれた剣の柄が覗いていた。


「お早うございます。随分早いですね」


 日の高さからまだ朝の括りだ。


「マクラウドさん……?」


 更にもう一度声を掛けるまで、何故か彼は言葉を失くしたように立ち尽くしていた。


 何か考え事でもしていたのか、我に返って咳払いすると相変わらずの突き刺すような視線を送ってくる。

 彼は赤毛が目立つ青年だ。今は極めて毛の薄い師匠も、往年のふさふさ赤毛だった頃はきっとこんなだろうなあ……なんて感慨深いものを感じたけど、そのある意味師匠不敬の臭いを嗅ぎ取ったのか彼は一層無言の圧力を強くした。


 それにしてもこの人いつからいたの?


 声を掛けてくれたらよかったのに。それとも私が夢中で声をスルーしちゃってたとか?


「あーええと、ごめんなさい。夢中で素振りしてたから気付かなくて」


 先手を取って謝ってから剣を逆手にして駆け寄ると、彼の様子が何故かぎこちないのに気付く。緊張しているみたいだ。

 まさか決闘に?

 でも知り合ったばかりだけどそんなタマには見えない。


「ええと、もしウォームアップされるんでしたらこの場所を使って下さい。そのために早く来られたんでしょう?」


 応対を丁寧にしてやれば、彼はじっと物珍しそうにこっちを見つめる。


「何か……?」

「いや、綺麗だったな、と」

「綺麗? ……ああ、剣の型とかですか。へへっ何てったって師匠直伝ですからね! 一番弟子ですからね!」


 少しの意地悪心でここぞとばかりに堂々と胸を張って得意げにすれば、彼は少し俯いた。わっやり過ぎた?


「……てっきりお嬢様の道楽なのだと思っていた」


 その声にはどこか悔やむような響きがある。


「ロビンズ嬢、今の一連の動きを見てわかった。あなたは私よりも強いのだと。そして剣に誠実だった。夜会では勝手な決めつけをして済まなかった。この通りだ」

「えっ」


 意外にも彼はぺこりと折り目正しく頭を下げた。

 内心で称賛を向けていたら、彼がすっと流れるように視線を上に動かしてバチッとしっかり目と目が合う。

 わお、手合わせ時の師匠と同じ鋭く油断ならない目。

 瞳の色合いも師匠譲りの琥珀色。光の具合によったら金色にも見えるんだろう。そういう時の師匠は人なのにジークウルフのウルフって名の通り狼を彷彿とさせる凄みがある。


 この人もそうなのかな……って、ええと、睨まれてるよね?


 謝ってきた割には何だかまだ私に対しては好意的じゃないんですけど……。何で? あ、やっぱり声掛けられても気付かず無視しちゃってたの? だとしたら不愉快になるのも頷ける。


「あのーマクラウドさん、私が何か不愉快にさせてしまっていたならごめんなさい。あと師匠のことも丸投げな感じで任せちゃったので……ってああだから怒ってるんですね! お見舞にも行ってないから」

「見舞いは不要だと言ったのはこちらだし、どうしてそこで私が腹を立てるのだ?」

「ええまあそうですよね。なら何に怒って……?」

「別にもう怒っていないが」

「え? そうなんですか? でも私を睨んでるじゃないですか」

「別に睨んでいるつもりは……」


 明確に違うと否定しないのはやっぱそうだからだよね。

 ちょっと気まずくなっていると、彼が顔を歪めて言いにくそうにする。


「ロビンズ嬢、申し訳ない」

「へ?」

「これは、この顔は、己の照れや恥ずかしさをどう処理すればいいのかわからず、まだ気持ちが落ち着かないせいだ」

「照れ?」

「ああいや、とっとにかく私の経験不足のせいだ。あなたを不快にさせてしまい重ね重ね済まない!」

「え、ええと」


 彼はとても悔いるようにきつく眉間を寄せている。これは突っ込めない雰囲気だよ。


「確かにさっきまで私はあなたに腹を立てていた。それは認める。あなたにとっては理不尽にもな。本当に済まない!」

「い!? えええーっと起きて下さいっ起きて! あなたの謝罪の気持ちは受け取りましたから! 騎士たるもの心に決めた主君以外に簡単に膝を屈したら駄目ですよ!」


 ホントね、急に地面に膝を突こうとするから心底びっくりだよ。

 予想外にも随分と正直な人だ。振る舞いから生来生真面目なんだろうなあって何となく思う。一本気質過ぎて時に融通が利かない所があったりするんだろうなあこりゃ。もっとも、この件がそうだしね。

 物語の中の誠実に懸命に主君を護る騎士って彼みたいな感じかも。

 これはレティシアの専属護衛を演じるにあたって参考にすべき部分がありそう。彼から話を聞いてみたい。

 それに改めて男装の秘密を黙っていてくれるようにも頼みたい。

 彼の方は「それは一理あるが過ちを認め相応の態度を示す真摯さも必要だろう」とまだ謝罪し足りないのか罪悪感に苛まれたような顔でいる。


「私に怒っていたのは剣に不真面目だと思ったからですよね? これでわかって頂けたならそれで良いです」

「ああ、ロビンズ嬢の志や腕前は理解した。王宮騎士でも剣技だけで戦ってあなたと対等に渡り合える人間は、五人もいるかどうかだ」

「嬉しい言葉をありがとうございます」


 遠慮なく称賛は受け取る。時に下手な謙遜はかえって相手を貶めかねない。

 素振りや身のこなしで実力を見極める辺りこの人も中々のものだと思う。さすがは師匠の孫。

 ところでこれはもう和解したって思っていいんだよね?

 彼は私のすぐ前で姿勢よく佇んでいる。話は逸れるけどこの人も背が高くて逞しくて騎士として恵まれた体の持ち主だ。

 クラウスさんは魔法使いだから優雅さの方が際立つ理想のボディだけど、こっちは堅実に肉体で戦う士としての理想のボディだと思う。

 レティシアがここに居たら二人を絡ませてはあはあしそうだよ。

 私の胸中なんて微塵も知らないだろうマクラウドさんは依然真剣な面持ちでいる。


「私は、恥ずかしい話、先日初めて祖父から実は長年の弟子がいるという話を聞いた時から、どうして孫の私ではなくて血縁でもない、しかも女を弟子にしたのかと憤っていたのだ。今日ここに来て実際に剣を振るうあなたを見るまでは」


 そこはこの人じゃなくても同じように思うだろう。世間でも武芸を嗜む女性は少ない。とりわけ王宮騎士団界隈なんてまだまだ男社会だ。

 彼は偏見を持っていたけど、同じ剣士同士私が今の実力を得るまでの血の滲むような努力を理解したんだと思う。柔軟にも認識を改めた。

 見るだに、根は素直なんだろう。

 だから正直な所、彼を責められなかった。

 無慈悲に五秒で叩きのめしてやろうと思っていたのになあ。


「しかも貴族令嬢と聞いて全く驚いた。正直何かの冗談かと思った。祖父も詳しくは話してくれなかったし、だから、祖父があなたを弟子にしたのは貴族の権威を振りかざされて仕方なくだとも思っていたのだ」

「ははあ、そうだったんですね」


 でもうち程度の小貴族じゃ振りかざす権威もない気がするよー。


「面目ない。祖父はあなたの才能を見抜いて、だからこそ弟子に取ったのだろうな」

「あー、その経緯につきましては……」


 私は目を泳がせた。

 祖父の招きでうちを訪れた師匠の腕に惚れ込んだ私が、是非弟子にって頼み込んだ当初は断られた。だけど滞在中彼がうっかりうちの先祖代々の高価な壺を割っちゃって、それをその時は私しか知らなくてそこにつけ込んだんだよねー。はは。黙っている代わりに私を弟子にしてって連日しつこく迫った。

 師匠にはおそらく弁償できるだけの蓄えがあった。でもいい加減私をあしらうのが面倒だったんだろうなって、当時を振り返るとそう思う。


「し、師匠の思惑はわからないですけど、私がしつこかったからかと。しつこさなら私は師匠の上を行きますから」


 微苦笑して言うと、ここでようやく彼は口元をふっと緩めた。


「いや、あの人はそれだけで弟子にしたりはしない。ロビンズ嬢に才能の片鱗を見たからだろう」

「うーん、そうなんですかねえ?」

「ああ、孫の私が言うのだから」

「ふふっ、そうですか」


 こっちの口元も緩んで初めて彼との空気が和んだ。


「ロビンズ嬢、けじめとして今ここでもう一度改めて謝罪させてほしい。先日は愚かにも手荒いこともしたし侮辱もした。本当に済まなかった!」

「……律儀ですね。謝罪はもう要らないですって。とっくに水に流しました」


 ついつい呆れたら、彼は瞳を揺らして動揺を見せた。え、何で?


「あなたは、律儀というかきっちりし過ぎている男は嫌いだろうか?」

「はい? きちんとしていることは良いことだと思いますよ」

「そ、そうか」


 彼は何故かほっとしたようにはにかんだ。何だ普通に笑えるんだ。


「ロビンズ嬢、私はこの先祖父のように大成してみせる」

「そこは私も同じです。当面の目標は師匠ですもん。ふふっじゃああなたとはライバルですね。お互い切磋琢磨し合いましょう」

「ロビンズ嬢……っ、ああ、約束する!」


 何故かマクラウドさんが感動したように目を潤ませた。そして未来への希望に満ち満ちている者のそれのように顔を輝かせる。

 誤解が解けたなら、決闘はどうするんだろ。

 私の正直なところとしては無駄な争いは好まない。撤回してくれるといいんだけど。


「あのー決闘はどうします?」


 彼もそこは考え直していたのかもしれない。それでも言い出した手前引っ込めづらいのか悩んだように半目を伏せる。


「事の発端は心苦しいが、決闘は予定通りにしてほしい。純粋にあなたと手合わせしてみたいんだ」


 ややあっての彼の出した答えに私から否やはなかった。

 強い挑戦の眼差しに、私も剣士として純粋に打ち合ってみたいって衝動を触発された。

 因みに、男装にも事情があるんだってのはわかってくれた。レティシア達の事情はさすがに教えなかったけど、生きていると色々あるからなって多くを聞かず寛容に秘密保持を約束してくれた。良い人で良かった~。

 ついでにもう一つ。

 もうお互い知らない仲でもないんだし、師匠の弟子なら親戚みたいなものだからって彼はステファン呼びを希望した。さん付けもむず痒いからするなって。

 訊いたら年齢が四つも上なのに、私だからそれでいいんだって。

 それならと、私も師匠の孫なら親戚のお兄さんみたいなものだからと、堅苦しいロビンズ嬢呼びじゃなくエマでいいよって歩み寄った。言うまでもなく男装時は駄目だけどね。その時はその時でエドウィン呼びでいいとも話した。


 そんなわけで、気軽にステファンとエマ呼びになった。





 その後、きちんと決闘時間を決めて時間まではそれぞれ自由行動にしようってしたんだけど、ステファンから庭先案内をお願いされてしまった。

 彼が庭造りに興味があったとは知らなかったよ。

 こっちとしても別段断る理由もなかったし、我が家の庭師達は常日頃から屋敷への訪問客の少ないのを嘆いてもいたから、一人でも多くの人にうちの庭師達の汗と努力の結晶を見てもらえるならと快く引き受けた。庭師達は張り切ってそれぞれの持ち場にスタンバってくれたから、私が説明する手間が省けて楽だった。

 関係ないけど、うちの使用人達も大半が公爵家に負けず劣らず腕が立つ。両親の指示の下、屋敷仕事の合間を縫ってちょくちょく魔物討伐に出掛けるから自然と肉体が鍛え上げられたんだろうね。


 案内しながら、分厚い誤解の壁がなくなったおかげか、ステファンから師匠の近況も無事聞けて何よりだった。


 師匠の腰はほとんど良くなったみたい。まだ多少の違和があるくらいだそうで、家ではもう普通に立って走って果ては薪割りまでをしているって話。薪割りだなんて相変わらずパワフルだなー。だけど寝込んでいたから体力が落ちていて「これじゃ弟子に合わせるマッスルがない」って筋トレに励んでいるんだとか。

 こっちは全然気にしないのに、無駄に律儀な所は孫息子と一緒だよ。血は争えない。


 お昼も近付いた頃、公爵家の二人がやってきた。


 庭までメイドに案内されてきた二人は、ちょうど庭案内を終了するところだった私とステファンの姿を見るなり、思い切り目を据わらせたっけ。


 敵だと思っていた男と仲良さげに談笑していたんだし、まあ無理もないか。ちゃんと説明しないと。あとは正式に紹介もね。

 正直、どうしよ~クラウスさんにどんな顔を向ければ~っとも恥ずかしく思いつつ、ドキドキしながらとりあえずは通常運転な態度を装ってステファンと共に二人の元へと歩み寄った。

 今日来てくれた事への感謝を述べ、簡単にかくかくしかじかと事情を説明。


「――だからといってエマがその男を案内する必要性が見当たらない」


 話し終えるや、クラウスさんは全く納得していない面持ちでそんな言葉を口にした。ステファンを睥睨さえする。普段の彼らしくない敵意だけど、つい先日の件があるからだろう。


「私の実家ですし、頼まれれば案内しますよ」

「庭師の誰かに頼めばいいだろ。ロビンズ家の庭師達は訪問客に飢えているようだから、色々と講釈したくてうずうずしていそうだしな」

「まあ、確かにそうですけども。よく知ってますね」

「これでもエマの幼馴染みだからな」


 この不機嫌さって、もしかしてクラウスさん……拗ねてる? ええとでも何で?

 彼の横ではレティシアが口に手を当てている。あーこれは笑いたいのを堪えてるねー。いつも完璧な兄が子供っぽいから。


「そもそも決闘する相手と決闘前に馴れ合うなんて、気を緩めすぎだと思わないか?」

「ですから、そこは和解したんですって。そういうわけなので今回のは決闘も稽古のうちと捉えてますし、そう深刻にならないで大丈夫ですよ」

「……わかったよ」


 それでもご機嫌斜めの幼馴染み様だったけど、するりと私の手を握ってきた。悔しいかな、彼はあの夜なんて忘れたように平然としている。それどころか急に手を握って来るとか、普通に反則でしょーっ!

 一気に緊張が跳ね上がる私の内心なんて知らないだろう彼は、もう片方の手に提げていたバスケットを持ち上げてみせる。


「ところでエマ、昼食はどうする? 決闘に差し支えないくらいは食べるだろ? どうせならレティと三人で庭で食べないか? 実はこのバスケットにたっぷり君の好物を用意してきたんだ」


 ステファンを故意に弾いているのは明白だ。夜会での心証が良くなかったから態度がきつくなるのも仕方ないし、元々三人前しか用意していないだろうから招けないのはわかるけど、気まずいよ。

 そりゃお昼は食べる。動きに差し支えないよう量はセーブしてね。

 でもさ、ホントどうしてこの人はこんな風に平気なの? 狡いなあもう。私だけ意識して振り回されてる。

 それに自分がやになるよ、想いを募らせたら駄目なのに、止められないんだから。

 それに何より、絶対思い切り手汗掻いてるし~っ! うわーん恥ずかしいっ、すぐにでも放したいっ。


「え、あの、手が、そのっ――」

「――それならいっそ昼前にこの決闘を済ませよう。それでもいいか、エマ?」


 クラウスさんとは反対の腕をステファンが掴んだ。


「おい貴様……今何て? エマ、だと?」


 クラウスさんがこれまで使った所を見た記憶がない乱暴な呼称でステファンを呼んで、ステファンは眉をやや寄せて無言で彼の険しい視線を受け止める。

 三人お手手繋いで仲良しこよしーなんて空気じゃない。

 このピリピリムードはどういう状況?


「すぐに決闘をしようと提案しました」

「そこじゃない。エマと呼んだな」

「ええ、それが何か? さっき二人で決めたのです。勝手に呼んだわけではありませんのであしからず」


 そうなのかエマ!?ってクラウスさんが驚き信じられないような顔で責める目を向けてくる。


「そもそも公爵子息、あなたが気分を害することでもないと思いますが」

「何だと?」


 あ、ヤバい、一触即発。


「ええっと! 剣の同志ですし私もステファンって呼ぶことにしたんですよ。だから大丈夫です。何も彼は悪くないので怒らないで下さい」

「……へえ。わかったよ」


 言葉とは裏腹にステファンへと今にも反吐を掛けそうだ。彼がここまで相手に不愉快を露骨にするのは珍しい。


「……嗚呼、予期せぬ恋のライバルの出現ね。エマが男装じゃないのが本当に勿体ない! ……ん? あらでも稽古服って男用も然りだしこれはこれでBLいけるかも。ふふふ長身美形からのサンドイッチ……! 戸惑いの美少年受けが前からも後ろからも攻められ息つく間もなく乱されて……っ、ああもう今日のこればかりはお兄様には悪いけれど、イイ……!」


 視界の片隅で何やらぶつぶつ言っていたレティシアがはあはあし出した。

 もしもしちょっとレティシアさーん! 見てるならさっさと仲裁するなりして助けてよー!


「あのえっと二人共落ち着いて下さい、ね?」


 困った風に左右それぞれを交互に見上げれば、二人して私と目が合うや何故かキョドった。


「あらあらアベル流ご主人様お願いの上目遣いに見事撃沈じゃないの二人共。エマってば罪な子」

「いやいやいやそれはないし、実況はいいから!」


 クラウスさんは他に好きな人がいるし、ステファンは会って間もない。フォーリンラブな要素がどこにあったよ?

 他方、クラウスさんとステファンは「ご主人様……てことは……妻からのお願いか!」「主人……ということは亭主……細君からのおねだりか!」とか何とかそれぞれぶつぶつ言って興奮に目を輝かせた。

 な、何か怖……。悪い物でも食べた?

 二人から一歩離れた私の本気のドン引きと僅か一割弱な心配に気付いた二人は、揃って直前までのそれぞれの思考を散らすように手で掃って咳払いした。


「マクラウド卿とやら、貴様いや君はあの夜会前からエマを知っていたんだろう? 正直に白状しろ、本当はどういう関係なんだ?」


 すっかり元通りのクラウスさんは彼の頭の中で何が起きたのか、上機嫌だ。レティシアが明後日を向いて「チョロ~」と(うそぶ)いた。


「そう言えば自己紹介がまだでした。改めて、私は王宮騎士のステファン・マクラウドと申します。クラウス・アドレア公爵子息様」


 対するこちらも元通りのステファンも律儀さを見せる。さすがのレティシアも彼を()き下ろしたりはしなかった。お口にチャックだ。


「エマと実際に会ったのは今日で三度目ですが、確かに少し前から存在を知ってはいました。エマから私の家について聞いてはいますか?」

「家……?」


 三度目って聞いた直後からまたムッとなったクラウスさんは低くステファンへと問いながらも、その怪訝さを内包した目は私を見てくる。二人の秘密があるのかってどことなく視線で問い詰められている感じがする。首を竦めるとステファンが意外そうにした。


「エマ、もしや話していないのか?」

「個人的な事情ですし、師匠だって公言してませんし、ステファンも他の人に知られたくないんだろうなって思ったので」


 彼は軽く目を見開くと、一人うんうんと何か得心したように何度も頷いた。


「やはり私の目に狂いはないな」

「はい?」

「ああいや、エマは実に思慮深い女性だな、と」

「それはどうも?」


 よくわからない賛辞に首を傾げると、ステファンがクラウスさんへと視線を戻す。


「エマは私の祖父の弟子です」


 クラウスさんは大きく目を瞠った。


「……まさか、君はジークウルフ殿の身内なのか? しかし彼は独身だったはず」

「祖父と祖母は教会で正式な婚姻を結んではおりませんので、血筋的には孫、ですが。まだ王宮内でも知る者はいないのでどうか内密に願います。私も祖父の七光りは望みません」

「なるほど……」


 クラウスさんはそれだけでステファンが抱える葛藤や家庭事情のおおよそを察したようだった。


「しかしだからと言ってエマと親しくしようとするとは図々しい。君は君、ジークウルフ殿はジークウルフ殿だ。血筋は関係ない。大体にして、夜会で無礼千万を働いておいてころっと態度を変えるのか。随分と無神経で軽薄なんだな。たとえ彼女が赦しても俺は君が彼女に近付くのは許せない」

「ふっ、私とエマの間に、あなたの許可など必要ありません」

「へえ」


 バチバチッと空気に電気が走ったみたいだった。

 男二人が無言で睨み合う。

 ワーッまたなのーッ!?


「あのっステファン! 決闘を早めるんですよね? すぐに始めましょう! ですのでレティと離れて見てて下さいクラウスさん。ねっ!!」


 このままじゃ埒が明かないとドキドキを押し込めて強情な笑みを浮かべる私に暫しだんまりしていたものの、私が徐々に圧を利かせたら男二人は渋々従ってくれた。


 お互い適度なウォームアップをして、決闘は先の芝の広場で行った。


 稽古じゃなく決闘だから使ったのは真剣。気も引き締まったよ。

 結果は言わずもがな。


「――参った。私の負けだ」


 打ち合って数分。ステファンの実戦での実力を測っていた私がそろそろもういいかと彼の剣を弾き飛ばし、勝敗が決した。五秒で叩きのめすのはしなかった。手段を問わないなら別だけど、さすがに私でもきちんと騎士の訓練を受けた相手を簡単には倒せない。師匠ならできるだろうけどね。

 敗北宣言をしつつも、やや放心気味だった彼は剣も拾わずに私のすぐ正面までやってくる。私と違って少し息を切らして。


「エマ、見事だった。今の私では完敗でしかない。あなたの動き全てに無駄がなく洗練された流れには芸術美すら感じた。きっとあなたは祖父と同じく剣の神に愛されし者なのだろう」

「えっ、褒め過ぎですよ~。でも、へへっ嬉しい言葉をありがとうございます」


 本気で剣を嗜む者なら誰もが知る師匠と、そして建国神話時代の最強の戦士たる剣の神まで持ち出されたら嬉しくないわけがない。少し大袈裟な言い様な気もしないでもないけどね。

 照れる私の様子に清々しく微笑んだ彼は何故か素早く片膝を突いて見上げてきた。


「え? ちょっと何して!?」


 彼を起こす暇も、離れて見ていたクラウスさんが動く暇もなく、彼は鍛えられた腹筋から声高に言い放った。


「エマ、私に再戦のチャンスをくれないだろうか」

「へ、再戦?」

「二年、いや一年であなたに追い付いてみせる。だからどうかその時また決闘をしてほしい」


 凄い予想外。この人はここまで騎士として向上心に溢れた男なんだ。それに当面の目標にされたのは素直に嬉しい。俄然私ももっと強くなろうって意欲が湧くよ。


「わかりました。ですけど、私だって更なる高みへと上ってますよ? それでも望みますか?」

「無論だ。それでこそ、この手が届いた時の達成感もひとしおだろうからな」


 快諾の意を示せばステファンは眩しいものを見るように両目を細めた。しかも何と剣を持っていない方の私の手を彼の両手で包み込むようにしてくる。何をやってるんだとクラウスさんが非難染みた声を上げて駆け寄ってくる。


「あの?」

「エマ、その時もしも私が勝ったら、――どうか私の妻になってほしい!」

「…………え?」


 エマ、としっかり握られる手からも思いを込められているみたい。生まれて初めて告白された私は驚きと恥ずかしさに赤面した。


 まさかまさかまさか師匠の孫から求婚されるなんてーっ。


 この人と結婚したら師匠が義理だけどお祖父ちゃん? そりゃ私だっていつかは結婚するつもりだったけど、現金な話英雄の孫の王宮騎士が相手なら同じ貴族じゃなくてもバランスは十分じゃない?

 相手を探す手間が省けたのかもしれない。

 結婚は恋愛なしにだろうなって漠然と思っていたけど、向こうが私を好きだって言ってくれるならその方が円満な家庭を築けるのかもしれない。両親だって婿が武芸を嗜む男なら喜んで受け入れてくれそうだ。

 ぐるぐるとそんな打算的な未来家族計画に思考が回った。


 ……でもさ、私は負けない。


 手は抜かない。


 だから、彼との結婚は起こり得ない。


 それに何より……。

 瞬いた瞼の向こうに駆けてくる銀の煌めきが翻る。


 ――私の好きな人。


 その人には別に好きな人がいて望みはなくても、自覚して日が浅くてまだ全然他になんて目を向けられない。


「ステファン、私は――」


 絶対に負けないと、そう言おうとした。


 刹那、彼の頬にピシリと音を立てて何かが当たった。


「へ?」


 見ればそれは白い手袋だ。


 え、誰の?


 しかし答えなんてわかり切っていたようにも思う。レティシアはレースの細かな肘まである長手袋を着けていたし、手袋は男物。この場にいる者は限られる。


 突然、ぐいっと肩を抱かれステファンから引き離されて誰かの胸の中にすっぽりと抱き締められた。


 その人から直に伝わる低い声が地を這う。


「さっさと手袋を拾えステファン・マクラウド。今から貴様に決闘を申し込む。俺が勝つから、貴様は二度とエマに近付かないと誓え」


 鼓膜を震わせたのは他でもない、いつになく怒気を孕ませたクラウスさんの声だ。


 急な邪魔立てにステファンは暴言こそなかったけど眉間を寄せて不愉快そうにはした。私の前で跪いていた彼はゆっくりと立ち上がって膝の汚れを払ってから表情を引き締める。手袋も拾った。


「その申し出、受けて立ちましょう。ただし私の勝利条件も今あなたが言ったのと同じです。エマに近付かない、と」

「は、上等だ」


 ここで呆気としていた私もハッとして慌てた。


「ちょちょちょっと勝手に人を出汁に使わないで下さいよ!」

「「出汁?」」


 偶然か台詞の揃った男二人が心底不可解そうな顔をする。


「そうですよ、立派な出汁でしょう。腕比べがしたいならお互いに素直にそう言えばいいじゃないですか! そこをどうして私に近付く近付かないなんて条件が出てくるんですか。いい迷惑です!」

「「……」」


 男二人が絶句して何故か愕然として息を呑んだ。何だか色んな意味が込められてそうだけど……。


「エマ、あなた相変わらずよねえ……折角の盛り上がりだったのに」


 近くにやってきたレティシアが至極残念そうな顔でいる。

 ステファンからの求婚にクラウスさんは関係ないから、張り合っている理由は腕比べしか思い付かない。

 皆の反応を見るとどうも違う理由があるのかもしれないけど、だけど私はそれ所じゃないんだよ。


 だってだってだーーーって、現在進行形でクラウスさんから抱き締められている。


 こんな時に要らないのに噛み付かれた感触までが鮮明に甦ってもきて、動悸がそれはもう大変な事になっている。ハート型に服を突き破らないのが不思議なくらいだ。

 最早彼の気配に全神経が向いていて、吐息さえもピンク色って感じちゃうし! わああーっこのままじゃ心臓がもたないっ頭が爆発するっ人体発火するーっ!

 ああああこれ絶対にクラウスさんにも伝わってるよね。

 体が火照って熱々で、彼の存在を意識しちゃえば腰砕けになりそうってかなる寸前だ。プシューって耳から蒸気が出そう。どうしよう、早いとこ解放してもらわないと派手に失態を演じそうなんですけどっ。


「エマ?」


 ここでとうとう私の変化を悟ったクラウスさんから至近距離で顔を覗き込まれた。


「――っ」


 駄目押し! 私から見上げるのはまだいいとしても向こうから来られるのはやっぱり些かちょっといやかなり……デンジャラス。


「エマ……?」


 近い近い近いっ目が鼻が唇がっ、魅力がわんさかくるっ。急に意識し過ぎて恥ずかしい。

 夜会の時に好意を悟られたかもしれなくとも、いつかはけじめのために告白してキッパリバッサリ振られるとしても、それまで気を遣われるのだけは嫌だ。


 だったら、そうと思われないようにしないといけない。まだハッキリ好きですって伝えたわけじゃない今なら誤魔化せるはず。


 気力を総動員して気丈な表情を張り付け、両手で彼を押しやった。


「あのっステファン!」


 即座に振り返り声高に訴える。


「決闘如何にかかわらず、私はあなたとは結婚できません! 私は私の心に正直でいたいんです。今ここにある気持ちを満足いくまで大切に磨いて磨いてそっと仕舞えるくらいの宝物に昇華させたら、その時ふと将来なんてものを考えるかもしれませんけどね。でももうその時にはステファンの隣にはきっと素敵な人がいるはずです」


 どんなに不毛でも、この恋だけは手放せない。


「それに、私は当面剣士として修練に励むつもりなので、誰とのお付き合いも考えてません」

「えっ!?」


 ん? クラウスさん? 愕然とした顔をしてるけどどうかした?

 疑問には感じたものの話し途中のステファンへと向き直る。


「だけど、気持ちを傾けてくれて、ありがとうございます。あなたは、ステファン・マクラウドは素敵な人です」

「エマ……ふっ、ありがとうは私の台詞だ。正直に答えてくれて感謝する。改めて考えると決闘で縛るのはあなたに失礼だったな。しかしエマ、私は諦めない。また必ずや求婚しよう」


 その時こそ首を縦に振ってもらえるように自分を磨くのだと、彼は清々しくも破顔した。

 断ってどこか申し訳なかった気分が吹き飛んで、眩しい。

 ステファンは一見頑固そうだけど、その気質には好感が持てる。勿論人間的にって意味で。


「わかりました。ステファンの心の主人はステファンですからね。私がどうこう言えた義理でもありません。ですけど、それと同じで私の気持ちは変わりませんよ?」

「ああ、それでも自分を磨いて損はないだろう?」

「……全く、師匠に似てメンタル強い人ですねステファンは」

「祖父に……そうか、ハハッ……」


 え、急に顔暗いけど!? 全然嬉しくなさそう! 師匠をリスペクトしてるけど、それは武芸面であって人間的には違うんだ? いやまあ師匠も聖人君子じゃないけど何か気の毒っ。


「エマは甘過ぎる」

「わっ」


 ステファンの姿をもう見るなとでも言うように、クラウスさんから目隠しされた。そうかと思えば両肩を掴まれ彼の方を向かされる。彼の顔には動揺と憤りが浮かんでいた。でも、何で動揺……?


「期待なんてさせるな。エマのほんの一部しか知らない奴が求婚だ? 真意不明で不誠実で、馬鹿にしているにも程がある!」


 その通りだ。相手がステファンじゃなければ私もそう考えた。だけど剣を打ち合ってみて、彼は少なくとも下手な画策をするタイプじゃないと感じた。

 純粋に好意なんだと思う。

 ただ、そこに純然たる恋愛感情があるのかは私にもわからないけど。

 唐突に、ふふふっと笑いがこぼれた。


「……エマ、笑うとこか?」

「あ、不愉快にさせたならごめんなさい。私のために怒ってくれてありがとうございますって嬉しくなっちゃってそれで……」

「エマのために怒るのは当たり前だろ。逆を言えばエマのため以外で怒るなんて面倒はしない」

「もう、本当にそういうとこですよねクラウスさんって」

「何が?」

「ロイみたいです」


 アベル以外は完全眼中外で冷淡だけど、アベルの事となると人が変わったように情熱を発揮する。ただしロイは多少強引で粘着質なとこがあるから爽やかで優しいクラウスさんとは違うけど。


「……ああ言う重くてしつこいタイプは嫌か?」

「あはは、確かにロイってそんなキャラですもんね。でも熱くて一途とも言えますよ。別に嫌じゃないですしね。アベル演ってると本当に自分が溺愛されてるみたいで、うっかりあなたに惚れそうですもん」

「惚れそう!?」


 ううん、本当は愚かにもあなたにもう惚れてます……なんて言ったらどうするだろう。困った顔をするかな。

 だけど私は彼の重荷になりたくない。

 私との友情のために彼が無理をして、彼の本当の恋の邪魔になったら嫌だか――


「――なら惚れたらいい。俺に」

「へ?」


 なに、それ……。


「そうすれば俺はいつでもエマを遠慮なく溺あ――」

「冗談にも程があります。そんなの駄目ですっ」


 人の気も知らないでっ。今この気持ちに蓋をしないと私は絶対欲張りになる。絶対絶対彼の恋路の邪魔をする。きっと幸せを応援できない。そんな失望されて幻滅もされるだろう悪女にはなりたくない。

 私はどんな顔をしていただろう。

 クラウスさんはハッとしたように息を呑む。どうして向こうが悲しいような顔になるわけ? 無神経さにこっちが泣きたいよ。とは言え急に大声を出したのは良くないよね。


「いきなり叫んですみません」

「いや。だけどエマ今のは冗談じゃ――」

「――はいっもうこの話はおしまいにしましょう! 決闘も終わりましたし、次はお昼ですよお昼! ね? クラウスさん?」


 張り切ったような声を出し、今度は彼を押して離れた。

 これ以上話を引き延ばしたくない。墓穴を掘りそうだから。

 強引な笑みを張り付ける私がもう更なる継続には応じないと悟ってか、クラウスさんはまだ何か言いたそうにしていた口元を閉じた。


「レティ、折角持参してくれたんだし、お昼ご馳走になるよ。足りない分はうちで用意させるので、ステファンもお昼食べて行って下さいね」


 レティシアに明るく飛び付くようにして腕を組むと、率先して歩き出す。彼女は戸惑いを浮かべたけど、すぐに同意した。決闘の間芝の上に置かれていたバスケットを拾って屋敷へと爪先を向ける。


「二人とも何突っ立ってるんですか。お昼食いっぱぐれても知りませんよ~!」


 男二人は互いに一瞥して面白くなさそうに顔を逸らすと、それぞれ芝を踏んで付いてきた。

 大きなバスケットには食べ物が満載で、うちで追加で何かを調理する必要はなく、お昼はすぐに始められて皆と庭の東家で食べた。

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