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男装令嬢に甘噛み

 明後日の決闘場所は私の生家ロビンズ男爵家。

 これは正式だけど秘密の決闘だから公の場でなんてできるわけがないからね。

 廊下でレティシアとクラウスさんの二人を待っている間、肩と手首がじんじんして痛かった。でも明日にはこの鈍痛も薄れて何でもなくなると思う。その程度の怪我と言えない怪我だ。


「エマ! 大体の話はお兄様から聞いたわよ!」


 クラウスさんと共にやってきたレティシアが私を見つけて安堵したように駆け寄ってくる。第二王子が来ているせいか人々は会場内に集中していて廊下には他に誰もいないから遠慮なくエマ呼び……ううん、たぶん私を心配するのに夢中で周りを見ていなかったから誰かいても気にせずエマ呼びだったかも。

 彼女は私の顔色を見て案じる目になった。


「大丈夫なの? 酷く疲れた顔してる。……まあ弱ってる美少年もそれはそれでそそられるけれど。で、そこを甘く優しく慰めるこれまた美青年が現れて二人の心も体もホッカホカに……っ」


 推しのロイ×アベを妄想してか、はあはあし出すレティシアは私にクラウスさんと絡んで欲しそうな目をした。

 いつでもどこでもぶれないなあ……。

 でもどうしよう、今BLスキンシップをするのはちょっとかなり緊張してガチガチになりそうなんだよね。

 気恥ずかしいって言ったらいいのかな。

 気疲れしたのも半分は彼が原因だし。


 遠慮がちにクラウスさんの方を見やれば、目が合った彼は何故かびっくりしたように目を見開いてだらだらと変な汗を流した。


 ひくっと歪なイケメンスマイルを張り付ける。

 ええー、どうして急にそんな不可解なリアクションを?

 今は皆の前で緊張のベタベタ演技中ってわけでもないのに……って、まままさかさっきのドキドキしてたのを気付かれた、とか!? だだだから気まずいの?

 ああもうどうにかドキドキしているのを悟られないようにって注意してきたのに失敗した?


 普通は告白されても断るしかない相手が自分に気があるかもって察したら、気まずく思うでしょ。


 私に女除けを頼んだ以上、いるって言っていた意中の相手以外は門前払いなんだろうから。


 そもそも私じゃ家格が下過ぎる。王家を除けば貴族社会の頂点に君臨する公爵家と底辺の男爵家じゃ天と地も然りだ。論外論外。これ以上変に意識されないように誤魔化さないと。

 と、クラウスさんが咳払いした。


「レ、レティ今はそれ所じゃないだろ。帰るぞ。エマだって疲れただろうしな」

「ふうん、あらあら仕方がないわねーえ」


 クラウスさんへとレティシアが妙ににやにやしてみせて、見せつけるように私に抱きついてきた。あっと彼がどこか羨望と非難を孕んだ声を上げる。


「ああわたくしのエマー! そうだわ、今夜はうちにお泊まりね? いいでしょう? あなたの家には遣いを出すから、久しぶりに二人だけで女子トークして一緒のベッドで抱き合って寝ましょうね!」

「お泊まり? 今日の今日でレティの所は大丈夫なの?」

「全然よ。我が家にはよくお客様が来るもの」


 そうだ公爵家には沢山の貴族や商人なんかが訪ねてくるらしい。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「良かった!」


 ぎゅうぎゅうと頬同士をくっ付けてくるレティシアに、私の顔には嬉しいを内包した苦笑が滲んだ。彼女のこのテンションは私を気遣ってくれているからこそだ。ふわりと花のようなレティシアの良い匂いがして気持ちが和らいでいく。


「あ、そうだ。レティ、何も言わないで急に離れてごめんね?」


 抱き付いたままのレティシアは横に首を振った。


「そんなの気にしなくていいわよ。仮にエマに別の場所に行こうってお願いされても、わたくしもお兄様もあの場をすぐには離れられなかったから。あんの我が儘ボンクラのお喋りのせいでね」

「我が儘ボンクラ……レティは色々強いよね」

「ふふっそう? さあて帰りましょ、お泊まりお泊まり~! くれぐれもお兄様に着替え覗かれないようにするのよ、エマ!」

「え」


 あたかも彼の覗きが確定なような呆れた眼差しを兄に向けたレティシア。彼女に釣られてついつい私も彼を見ちゃって頬が熱くなる。

 他方、不意打ちのからかいに一瞬ポカンとして何を言われたのか理解が遅れたクラウスさんは、理解すると見る間に赤面し慌てふためいた。


「おっ俺はそそそんな下劣な真似はしたい! あああ違うっ、しないっ! エマッ俺はそんな男じゃないから!」


 ああうん、うっかり大変な言い間違いをしちゃう程に心外だったんだよね。理解します。でもあれだ、テンパり具合が可愛いんですが。

 二人といたら、今夜の落ち込む出来事や懸念なんてどこかに飛んでいく……までは無理だけどかなり薄れた。


「わかってますって、信じてますからクラウスさんは紳士って」


 くすりと微笑んだらばっちり目が合った。またドキリとしてしまって誤魔化すように笑みを深めたら、彼は何故か息をし忘れたのか、ややあって咳き込んだ。マジで大丈夫かなー。


「あらまあお兄様ったら相変わらず……骨抜き」

「レティ?」

「うふふ、さあ早く帰りましょエマ」


 彼女は上品に笑うと私と腕を組んで張りきって歩き出す。クラウスさんは取り残される形になった。


「あの、来ないんですか?」


 中々動かないのを不思議に思って振り返れば、彼はハッとして追いかけてくる。

 その顔はまだ少し赤い気がしたけど表情は柔らかだった。





 夜会会場で慌ただしくしていて二人に詳しく話をできなかった分、帰りの馬車では逆に二人から落ち着いてじっくりと話を聞き出された。なんて言っても主に隣に座るレティシアからね。


 クラウスさんは向かい側に一人で腰かけているけど、彼も私の話には超絶真剣かつ不機嫌な様子で耳を傾けていた。


 マクラウドさんの名前が出た途端にぎゅぎゅぎゅっと眉間が寄ったっけ。


 そうだ彼は廊下でも少し怖いくらいに腹を立てていた。あ、怖いなんて言っちゃ失礼だよね、私のためにそうしてくれたんだから。

 私のためなんて思って体温が上がりそうになる。私が彼にとって怒って案じてくれる価値のある相手なんだって改めて意識したせいだ。幼馴染みとして大事に思われているって実感したせいだ。


 ……彼に好きな人がいるにせよ、ここまでは喜んでもいいよね。


 現在は向かいの座席で腕を組んで静かに両目を伏せているからこっちも平静にしていられるけど、また正面から目が合ったりしたら焦って挙動不審になりそう。

 幸い私のドキドキを話に出してはこないから、もしかしたら案外服のおかげで気付かれていなかったのかもしれない。とりあえずは墓穴を掘る真似だけはしないようにしよう。

 ちょうどレティシアがふんと鼻息を荒くする。


「やっぱり類は友を呼ぶのね。主従して生け好かないなんて。誰に師事していたって男装くらいいいじゃない。令嬢が剣を握ったっていいじゃない。王宮には数少ないとは言え女性騎士だっているのに、エマがお遊びだってどうして決めつけるのよ。大体にしてエマの方がそこらの騎士よりもよっぽど腕が立つのに!」

「え、そうかな。ありがとレティ」


 自分でも腕には自信あり。私を思いやってくれる優しさに感動してついつい甘えるように隣から抱きつくと、親友レティシアはよしよしと慰めるように頭を撫でてくれた。

 それからまあ馬車の中で色々話した結果、レティシアも決闘の日はクラウスさんと共に私の家に来る運びになった。


 ホント心配性の兄妹だよ。そこまでしてくれる二人の応援のおかげで決闘は絶対頑張ろうって力が湧いた。


 夜会に出席したから当然だけど、途中で帰ってきたとは言え公爵家に到着した時間は夜も遅かった。


 因みに今回の会場は王都だったから、国内各所に点在する空間ワープを使ったけど、時短してもそのくらい遅くなった。この国は空間ワープ魔法が整備されているおかげで各地の貴族達は領地で暮らしながら、会議などの用事がある際は王都まで短時間で集まれる。昔は公式行事日程に合わせて遠路遥々領地から長旅をしてきたり、わざわざ王都に屋敷を建てて必要な期間中住んでいたみたいだけど、今では王都の屋敷、タウンハウスを持つ貴族は少ない。

 うちも持ってない。アドレア公爵家は持ってるけどレティシアもクラウスさんも王都生活は煩わしいからってもう何年と訪れていないようだった。タウンハウスはともかく王都は道端一つ歩くだけで面倒事の方から寄ってくるから嫌なんだとか。有名人は大変だなあ。


 話を戻すと、良い子はもうとっくに寝ている時間に私達の馬車は公爵邸の玄関前に停まったんだけど、音を聞き付けた使用人達が間髪入れず颯爽と現れ出迎えてくれた。


 時間も遅いのに感心だ。きっと大事なお嬢様お坊っちゃまが心配で、彼らの帰還を耳をそばだてて今か今かと待っていたに違いない。

 先立ってクラウスさんが馬車を降り、私とレティシアに手を貸してくれる。


「ありがとうございます」


 彼の手を借りる際にはドギマギしたけど、目が合っても努めて何とかいつも通りの落ち着いた顔をできたと思う。


「今夜はエマもわたくしの部屋に泊まるわ。皆いつものように彼女をよろしくね。ああそれと就寝前にはカモミールティーもお願い」


 レティシアの指示を受け、もうすっかり顔馴染みのメイドさんがにこやかに私を屋敷の中へ促してくれる。


「レティは入らないの?」

「わたくしはまだお兄様に話があるから。だから先に入っていてね」


 今必要になったのか、或いは車中じゃできない話でもあったのか、レティシアは彼女の兄を足止めしながら私を見送った。






 エマが屋敷の中に入ったのを見届けて、レティシアは腕組みすると兄へと取り調べ官のような厳しい目を向ける。


「さーてお兄様、エマと一体何があったの? 馬車の中じゃエマ本人がいたし問い詰めるのを必死に我慢したのよ。お兄様とのスキンシップの催促も遠慮したんだから。嫌々させてエマが遊びに来てくれなくなったら困るもの」

「嫌々……」


 クラウスは暗くなった。彼は一方的に何度も抱き締めてしまったのを思い返して強引だったかもしれないと反省したのだ。

 レティシアは兄の様子に両目を極めて細くする。


「お兄様、勿論白状してくれるわよね?」

「え……えーと、何もない」

「嘘だわ。お兄様は元からだとしても、エマも様子が変だったもの」

「エマも……? レ、レティお前もそう思うか? やっぱりエマもおかしかったよな!? 馬車の中じゃ平然としていたし、全部俺の都合のいい思い込みだったのかと本気で思い始めていたところだったんだ」


 何かを一人勝手に期待するようにする兄へと妹は面白くもなさそうに顔を歪める。そこで思い込みかどうかエマに自ら確かめようとしない辺り、兄はヘタレだという残念な認識が強まったからだ。


「まあお兄様の方が絶対的に挙動不審だったけれど。大方、例の話の王宮騎士に嫉妬してやらかしたんでしょう?」

「や、やらかしたまでは行ってないっ……はず」


 嫉妬したのは否定せずも反論を口にするクラウスは、妹の勘の良さにたじたじだ。


「で? 本当に何をしたの? ハッ、まさかお兄様っ、ケダモノ宜しく無理ちゅーを!?」

「するかっ! 思わず何度か抱き締めただけだ。でもそれだってBL演技ではよくするし、ギ、ギリギリやらかしレベルじゃない……と思う」


 終いには人差し指同士をつんつんしながら口ごもる兄の言い訳染みた説明にレティシアは溜息を禁じ得ない。そんな風にぐずぐずしているから進展しないのだ。

 エマには悪いが無理ちゅーくらいしろ、と思ってしまった。


「お兄様って外面は嫡男としてしっかりしているくせに、こういう所でホンッッッッッットに根性なしよね」

「言うな……っ!」


 夜の空に悲痛な男の嘆きがこだました。


「ふう……もうお兄様を泣かすのは飽きたからいいとして」

「なんて妹だよ……っ」

「ステファン・マクラウドとかいう暴力騎士はもっと具体的にはどう言った殿方なの? お兄様は直接喋ったのよね?」


 妹は鬼だと傷心していたクラウスは、件の王宮騎士を思い出してムカムカとまた不愉快になってくる。


「身のこなしからすると腕は立ちそうだったな。王宮騎士なんてやっているんだし実力は貴族の教養以上だろう。とは言ってもエマの方が全然強いけど」

「ふうん、そうなのね。因みに剣士タイプ?」

「帯剣していたからそうだろう。お飾りの剣じゃなければ、な」

「ふうん。見た目はカッコ良かった?」

「……まさかとは思うけど、エマとそいつで腐の趣味的に絡ませる気じゃないだろうな」


 クラウスが嫌な予感に低い声で牽制を込めれば、兄の恣意的な凄みなんぞどこ吹く風~な妹はしれっと半眼になった。ただその眼光には冷たい鋭さがある。


「お兄様って本当に腹が立つわね。わたくしが大事なエマをどこの馬の骨とも知れない男と薔薇の園的に密着させると思うの? エマのためにもお兄様だからこそ許してあげているのよ」

「エマのため……? どういう意味だ……?」


 刹那クラウスはレティシアの顔面史上最も破壊的と言える脱力の表情を目にした。

 そんなレティシアは「この会話の流れでどうして……」と盛大な溜息を落とす。地の底まで届きそうに深いそれを。


「嗚呼悪かったわエマ。あなただけをどうこう言えなかったわね。偏見の目でいたわたくしを許してね」

「おいレティ?」

「さてと、そろそろわたくし達も中に入りましょ」


 兄の困惑を無視して話は終わったとくるりと反転して玄関に爪先を向けたレティシアは、ふとその歩みを止める。兄からは見えない紅唇にはふっと策士の笑みが浮かんだ。


「……ねえお兄様、そう言えばエマってば恋愛するなら剣を打ち合える対等な相手がいいとか言っていたわよ。例の騎士は案外エマの理想かもしれないわ」

「何だって!?」


 魔法の扱いには長けていても、剣の扱いではエマの方が上なのをよく知るクラウスはやや急いたような声を上げる。謙遜でも何でもなく何度も彼女と剣を打ち合える自信は彼にはない。


「まずいわね。これは転び方によってはその男と早速恋に落ちる可能性も出てくるんじゃないかしら」

「なな何だって!?」


 大いに焦った面持ちの兄へと肩越しに振り返った妹はどこか同情的な表情を作ってみせる。


「はあ、ようやくエマを避けなくなってあら腹を決めたのね良かったわ~と安心していたら、結局はこれだものね。これまでも散々チャンスがあったにもかかわらず、唯一無二と言って差し支えないエマの周りの年頃の優良物件だったにもかかわらず、わたくしが時々いいえ結構焚き付けてやっていたにもかかわらず、チャンスを悉く無駄にして全く甘い雰囲気に持っていけなかった誰かさんは、もう潮時なのかもしれないわね」

「くっ……そんな抉ってくれるなっ!」


 涙目になるクラウスは拳を握りしめた。


「わかったよレティ。俺は今夜……今夜……狼になる!」

「そう言う事言ってんじゃねえわよ! いくらお兄様でも手順すっ飛ばして無理やりエマを奪ったら最高に泣かして潰して埋めるからな……!」

「つ、潰す? 埋める?」


 兄を震え上がらせるメンチを切り絶対零度の眼差しを突き刺した妹は、いつもは使用人に開閉を任せている玄関扉を自らでピシャリと勢いよく閉ざした。

 鍵は開いたままなのだが、クラウスは締め出された気分だった。


「ああ、だけど二人のBL演技は別口ね! 家では勿論じゃんじゃんロイ×アベの推しシーンをやってもらうから!」


 言い忘れたのか、一度扉が開いてまたバタンと激しく閉められた。

 今度こそぽつねんと取り残されたクラウスはしばし呆然と突っ立った。






 クラウスさんとの話が終わったらしいレティシアから先に汗を流すよう勧められ、私は男装を解いて入浴を終えた。今は彼女から借りた寝間着に着替えて彼女の寝室で人心地ついている。

 レティシアは私と入れ替わるように入浴しに行っていた。

 当たり前だけどだいぶ時間は遅い。

 リラックスできるようにって彼女が頼んでくれた就寝前のカモミールティーは、たぶん彼女がここに戻る前に運ばれてくるだろうから、その時は先に飲んでいていいとも言われた。


 気の利くレティシアは暇潰しにとお薦め小説を何冊か用意してくれたから、今は長椅子の上に寛いでそのうちの一冊を手に取っている。

 因みにBLなのは期待を裏切らないね。


「ああ、髪の毛拭かないとなあ」


 さっきからそう思いつつ、私は読み始めた小説の続きが気になって後回しにしてしまっていた。前に何度か借りた時と同様彼女のコレクションはどれもストーリーが面白い。……スキンシップ面では激しめのがかなり多いけども。


 この今読んでいる小説はオメガバースって設定のある架空世界のBL小説で、そこじゃ人間はアルファやベータ、オメガって性質を持っていて男性が妊娠したり強い発情期があったりする。

 運命の番なんてものもいる。


「……もしもこの小説世界にクラウスさんがいて妊娠したら、そんなのまんま聖母だよね!」


 勝手に妄想して興奮した。うん、レティシアの腐令嬢サークルに私も近いうち入るかもしれない。

 初恋と抗えない本能との挾間で揺れ動く主人公に感情移入してドキドキしながら文章を追っていると、ノックが鳴った。


「きっとお待ちかねのカモミールティーだ。はーい、どうぞー」


 応えて待っていると、どこか躊躇うような間を置いてから静かに開けられた扉の向こうから相手が入ってくる。


「へ!?」


 私は一瞬息を止めて瞠目した。


 現れたのは使用人じゃなかった。


 何とクラウスさんだった。






 どうしてクラウスが深夜の妹の部屋を訪れたのか。

 それは先の玄関先での兄妹の会話付近まで遡る。先に屋敷に入ったレティシアに遅れて建物に入った彼は、翌朝の食事を二人と一緒にしたいと言い忘れたのを思い出し急いで追いかけたのだ。そこで妹から就寝前のお茶に加わらないかと誘われた。兄への情けに違いなかった。


 しかし一般的に言って男が妹とは言え淑女の寝室を遅くに訪うなど非常識。しかも今日はエマもいる。タイミング的に彼女は入浴後かもしれないのだし尚更だ。故にクラウスは一度断った。

 図々しくも部屋に行ってもしも非常識男と嫌われたら三年は引き籠る自信のあるクラウスだ。躊躇するのは当然だった。恋する男は誰より繊細なのだ。


『お兄様、本当に来なくていいの?』

『ああ、エマは俺を紳士な男だって思ってくれているし、その信頼を失くしたくないからな』

『……昔は余計なことをあれこれ考えずにもっとストレートだったのに。時に恋は人を弱くするものよね』

『弱く? 俺も大人になったってことだろ』

『へえ……。いいわ、来ないなら来ないでも。けれど後悔しないでね。もしもわたくしが今夜エマをものにしても』

『……は?』


 レティシアから意味深に微笑まれクラウスは言葉に詰まった。最大の恋のライバルはすぐ近くにいたのかもしれない。


『カモミールティーに媚薬でも一服盛ろうかしら。エマはノン気だけど媚薬の効果でどう転ぶかわからないわよね。それにうちには一時的に性別を変える魔法薬だってあるし、エマは責任感が強いから、仮にわたくしとどうにかなったら本当に責任を取ってくれると思うのよ。ねえお兄様もそう思うでしょう?』

『おおお前まさか本気で何かするつもりなのか!?』

『さあ? わたくしはお兄様にしかエマを譲るつもりはないけれど、そのお兄様が使えない男ならわたくし自身で手に入れるしかないでしょう? だから来ないなら来なくていいわ、慎重過ぎるお兄様。まあねえ、エマと良い雰囲気の時には邪魔なだけだもの。それじゃあお休みなさいお利口さんのお兄様』

『レティ……!』


 兄の反応など気にも留めず、社交界の寵児たる麗しい微笑を浮かべる妹は踵を返して廊下を歩き去っていく。

 あの時追いかけて止めなかったのは、いくら妹でもエマに本当に媚薬を盛るとは思えないからだ。

 無論その後の口にできない展開も。


 驚きはしたがおそらく大袈裟に言ったのだろうとクラウスは感じた。意気地のない兄を動かすための妹なりの励まし方なのだろうと。


 しかし、一抹の不安は拭えなかった。


 果たして、本当に、自分の無難な考えが正解なのか?


 妹はマジに兄の自分を応援してくれているのか?


 今し方の妖艶とも言える微笑に、急に妹への信用が揺らいでいく。


 もしも、万が一、レティシアが本気なら――エマの貞操が危ない!


 好きな女を妹に寝取られるかもしれないと半分本気で焦って顔を上げた視界の中では、その危険かもしれない人物は廊下の角を曲がっていくところだった。


『――っ、レティ!』


 追いかけて引き止めた。


『あらまだ何か? わたくし達はこのあとすぐに身綺麗にする予定ですけど、お兄様も今日の汚れを早々に落としたら如何かしら? いくら寛容なエマでも汗臭くて汚い男は好かないでしょうしね。ふふふ、エマと密着して女子トークに花を咲かせるのが楽しみだわ。ああ今夜はめくるめく良い夢を見られそう~』

『本気じゃないんだろレティ? そうだよな?』


 これみよがしな台詞を口にする妹は兄にはろくに取り合わず、再び歩き出してさっさと遠ざかっていく。


『なあレティって!』


 突っ立ったまま問い掛けても答えは返らない。そのうちとうとうレティシアの背中は別の角を曲がって姿が見えなくなった。

 くっと奥歯を噛んで拳を握ったクラウスは静かに決意する。


『――誰であろうと、エマはやらない』


 そんなわけで彼は浴槽に湯の用意を急がせるとこの日の汗を手早くも入念に洗い流し、最早躊躇いを捨てて妹の部屋へと向かったのだ。


『ところで、エマ本人に夜会でドキドキしていた理由を訊ねてもいいものか……?』


 向かう廊下の途中で自問自答。自分のドキドキの理由がそうだからと言ってエマまでそうとは限らない。会場では早計にもまさかのラブかと喜んだが冷静になって考えるとぬか喜びだった可能性も大いに捨て切れなかった。

 だからこそ確かめたい。エマを知りたいならばそうすべきだろう。


『ま、まさかあのクソ騎士が……好みドンピシャの男が現れたせいで高鳴っていたとか?』


 いやいやいやと即座に頭を振って否定する。

 ステファン・マクラウドはエマが女性とわかっていても指の跡が付くような乱暴な振る舞いをする輩だ。彼女が恋に落ちるとは考えられない……というより考えたくもない。


 ぐるぐると悩んでいたらいつの間にかもうレティシアの部屋前に着いていた。


 扉の前で小さく咳払いをして気持ちを整える。顔を上げ、すうっと息を吸い込んで、中の人間をびっくりさせないように控えめなノックをした。

 中からはエマの声で誰何のそれではなく「はいどうぞ」と相手がわかっている感じな返事があって、簡単に入室を許される。

 故に名乗るのを忘れ、その声にさえドキリとして彼は深夜の妹の部屋へと足を踏み入れたのだった。


 どうせレティシアもいるのだろうと、彼はすっかり気を抜いていた。しかし入って早々固まる羽目になった。


(え、な、何でエマ、君はそんな格好なんだーっ!)


 彼女はゆったりした寝間着姿だった。

 急遽決まったお泊りだからだろう、妹レティシアの服なので普段エマが着ないようなフリフリが可愛いデザインでもある。今までもエマのお泊まりはあったが、その時は女子同士で事前に約束していてエマが自分の簡素な寝間着を持参していたのだ。

 更にはここ二年の間の、つまりはよりお年頃になってからの寝間着姿を見るのは初めてだった。


「かっ……!」


 クラウスは愚かなまでに叫びそうだったのを両手で口を塞いで本当に辛うじて堪えた。穴があったら「可愛過ぎるーーーーっ!!」と叫んでいたはずだ。彼女の普段着ドレスもシンプルであっさりしたデザインのしか見た事がなく、女の子しい服を着ないエマの新鮮過ぎる姿に戸口で早々に理性を持って行かれそうになる。


 しかもまだ髪の毛が半乾きで背中に下ろされていた。


 ピンと張り艶のある元気の良い黒髪が、今はしっとりとしていて雰囲気がいつもと違う。

 ごくりと我知らずクラウスは密かに喉を鳴らした。


 タオルは肩から掛けられているものの長い黒髪を乾かしている様子はない。

 就寝前とは言えここまで無防備な姿を彼は想像していなかった。せめてもう一枚カーディガンでもショールでも上に羽織ってほしい。湯冷め防止の観点からもそうした方がいい。


「へ? あれ? クラウスさん? 何だてっきりメイドさんがカモミールティーを運んで来てくれたんだと……」


 そう言われてみればまだお茶は用意されていないようだ。テーブル上はがら空きだ。どうやら自分は来るのが早かったらしいとクラウスは悟った。

 これが良いのか悪いのかは判断がつかないが、彼は肝心な妹の姿がないのにも気付いた。


「ええとレティは?」

「あ、まだ入浴中で……」

「な……そ、そうなのか」


(何だってええええーーーー!?)


 エマは長椅子に腰掛けて何かの本を読んで寛いでいた様子だ。レティシアはやはり兄は来ないと思ってエマには何も告げていなかったらしい。

 しかもエマ一人を置いて部屋にいない。


「まさか、これはむしろレティの企みなのか……?」


 真相はクラウスを動かすための演技だったのかもしれない。しかし男女二人きりなどかえってエマに警戒心を抱かれて逆効果なんじゃないかとも懸念が湧く。世間に知られれば醜聞にだってなる。とりわけ身分の低い方や女性の方が評判を落とし、厳しい目を向けられる風潮があるので、一つ間違えば洒落にならない。

 しかしもしもそうなっても責任は取ると密かに彼は意気込んだ。レティシアが聞いたなら「元よりそうならないようにしろ愚兄がっ」と問答無用で暴言の連打が飛んできただろう。


「レティにご用ですよね? たぶんもう少しで戻ってくると思いますけど」


 クラウスはハッと我に返った。エマの顔には微かに気まずさのようなものが見て取れる。

 ほら見ろーっとクラウスは内心ちょっと泣いた。

 告知なしに加えて夜遅いという状況もあるだろう。警戒されているのだ。しかし、深夜集ったのはこれが初めてではなく、昔なら彼女から壁を感じなかったと思えば彼はどこか面白くないものを感じた。そこそこ最近まで避けておいて身勝手にも。


「ああえっと、用事って言うか、その、えーと、あっ実は俺もレティからお茶に誘われたんだけど」

「ああ何だそうだったんですね。ごめんなさいうっかりしてました。レティなら当然クラウスさんも誘いますもんね。ささっ椅子にどうぞどうぞ……って客人の私が言うのもおこがましいですけど。レティは来たら先に飲んでていいって言ってましたし、そろそろ運ばれてくると思うのでもうちょっと待ちましょう。時間は大丈夫ですか?」

「うん、全然」


 別段部屋から追い出されるでもなかったのには内心ホッとしつつ、クラウスはローテーブルを挟んだエマの向かいの長椅子に腰かけようとして進んだが、思い立って進路を変えた。


「エマ、髪を乾かさないと風邪を引くよ」


 タオルがあるくせに湿った髪を放置しているのを見かねたのだ。昔からレティシアの髪もよく拭いてやっていたので、この時は純粋に世話焼きの意図だけで他意はなかった。

 冷えへの心配から照れも何もなくエマの後ろに立つと、彼女の肩にあったタオルで頭を覆ってわしゃわしゃと擦り水分をタオルに移してやる。


「へっ、わっ、ちょっ、私は犬じゃないですよう! もう~っ!」

「あははっ」


 上がった抗議の悲鳴に思わず笑ってしまった。こんな気安いやり取りがとても嬉しい。実を言えばちょっとふざけた。丁寧にタオルを押し当て水気を吸わせるのが髪が絡まず最適だろうが、ついつい反応を見てみたくなったのだ。

 ぶーぶー言われながらもにこにことして手を動かす彼は、ふとエマが手に持っている本へと目を落とす。


「何を読んでたんだ?」

「ああええと、レティからお薦めされたやつです」

「……なるほど」


 どんな本かはすぐに察した。


「でも中々に面白いんですよこれ。オメガとかアルファって設定があって、首だかを噛むと運命の番になる本能的な決まりもあって」

「オメガバースってやつか」

「何だ知ってるんですね」

「レティがよく呪文みたいに言ってくるからな」

「あー……ある種の記憶術ですねそれもう」

「だなー」


 互いに温い空気でへらりと笑んだ。

 レティシアのおかげでその手の知識に無知ではなかったのは良かったのか悪かったのか。


 作品によっては項を噛むと運命の番に決まってしまって、その相手以外とは体が受け付けないとか、求め合うその本能に抗えないとかどうとか言う鬼畜な、それでいてどこかエロティックな決まりのある世界。


 妹はそういう束縛強めのが好きなのかと何とも複雑な気分になったものだ。


 けれど、どこか、クラウスにはそれが今は心底羨ましくて甘い。


 エマの髪を拭きながら、タオルの下に見える首筋が妙な白さを伴って目に映る。太陽光の下ではなく淡い室内灯の下だからかもしれない。

 これまで濡れた黒髪がこんなにも艶かしいだなんて思ったためしだってない。


 いつもの凛とした彼女の髪は思いもかけず柔らかい。


 吸血鬼が血の衝動に誘われる時はこんな気分だろうかと、彼は仄かに酔ったような意識の傍らで思った。


 もしも、オメガバース世界のように首を噛んで自分の運命の伴侶にできるなら……。


 半分伏せた瞼が卑怯な欲求に震える。


 ドクリドクリと熱く血が巡る。


 この部屋には自分達二人きり。


 駄目だ、するな、我慢しろ、と理性が訴えてくる。


 寝間着の袖から覗く彼女の手首に微かにまだ赤く残る別の男の指の跡が見えた。


 跡……自分ではない男の……。


「エマ――」


 声にならない声で愛しい名を呼んだ。


 彼は手を止め屈み込むと、ゆっくりと項に顔を埋めた。






 突如頭をわしゃわしゃ拭かれてびっくりしたけど、クラウスさんが面倒見の良い人間なのを知っていたからそのまま任せた。文句を言ったものの視界が隠れて髪を拭いてもらう感覚が心地よくて途中からはうとうとしていた。

 だって今夜はとても疲れた。ぐっすり眠って気分一新したい。

 そう思っていた。


 不思議な感触を首に感じるまでは。


 クラウスさんが手を止めたかと思えば近付く気配がして、疑問に振り返る暇もなくタオル越しに首に噛み付かれたような感覚がもたらされた。


「ひゃっ……?」


 い、今のは歯が当たった感じだよね?


 でも……歯?


 自分の感覚が信じ難くて今度こそ首を回せば、至近距離に彼の顔が見えて目を見開いた。


 ややややっぱり気のせいじゃなかったんだ!?


 私噛まれたの!? えっでも何で!?


 だけど彼も放心したような様子でいたから、逆に動揺が引いていく。


「ク、クラウスさん? その、大丈夫ですか?」


 一つの瞬きの後彼は一気に赤面するや摩擦でズザザザーッて音がして絨毯が焦げそうな速さで私から離れた。その手には勢い余って掴んだままのタオルがある。


「やっ、エマ、いやっ、今のはそのっ……っ」

「へ、あの?」


 向こうも大概大混乱中なんだろうけど、私だって混乱している。正直彼に何があったのか説明してほしい。

 椅子から立って近付けば、


「まっ……!」

「ま?」

「まだお茶ないし、こここ今夜は疲れてすっごい眠いから俺……! お休みエマ!」


 何故か彼は後ずさってタオルを持ったまま回れ右をすると脱兎のごとく部屋を出て行ってしまった。


「……え、なに?」


 何か悪い事をしただろうか。ついさっきは待つの平気って言ってたのに。


「あっどうしよう、お休みなさいって言いそびれちゃった、けど……」


 でもたぶん問題はそこじゃないって、そう思った。





 深夜の廊下を全力疾走するクラウスは顔面が自然発火してもおかしくないなと本気で思っていた。


 タオル越しに噛んだのは、寸前で理性が僅かに働いたからだ。


 だから直接肌に触れなかった。


 どこか惜しかった気持ちとそれで良かったという安堵がごっちゃになっている。


「うあああタオルそのままっ。悪いエマ……!」


 彼女の匂いのする物を持ってきただなんて、オメガバースで言う所のオメガの巣作りみたいではないか。発情期に相手の匂いに包まれたいと相手の匂いのする物を身近に置くと言った設定だったか。


 さっきはアルファみたいな真似をしておきながら、オメガなこともする。無駄に知識があるせいで羞恥心もひとしおだ。


 絶対今夜は眠れないと確信した。





 ポカーンとしていたら暫くして何も知らないメイドがカモミールティーを運んできてくれた。

 冷めないうちにって思考だけが働いてとりあえず美味しく頂いた。

 飲み終えてから小説の続きを読み始めたけど、内容はろくに頭に入ってこなかった。いつまで経っても火照りが取れない。


「エマ、どうかした? 凄く顔が赤いけれど」


 やっと少し気分もなだらかになった頃、入浴してさっぱりした様子で戻ってきたレティシアから不思議そうにされた。


「そ、そうかな? お薦めされたこの本のせいかも。まだ途中だけど……ヤバいくらいに激しいんだもん。ドキドキしっ放しでさ」


 位置的に直接は見えていなくてハッキリ確証を得られなかった彼の行為には言及せず、敢えてもやもやした気持ちを考えないようにした。


「そうでしょそうでしょー! エマもとうとう扉を開けちゃった?」

「あは、少しだけ?」

「よっし布教成功~っ、これで次からはもっとお兄様との絡みも濃厚なのがいけるわよね! ああんっアベルが嫉妬して主人のロイをベッドに押し倒すあのシーンとかやってもらおうかしら~っ」

「え!? そ、そこはどうだろう、はは」


 因みにレティシア推し小説のアベルとロイは恋人同士になってからが本番だ。スキンシップがとにかく濃厚なんだよね、うん。

 今彼女が興奮しているのは、いつもはロイがアベルに強気で迫るんだけど、時々アベルが逆襲に出てロイはされるがままの一例だ。しかもそれがまたこいつ可愛いなアベル大好きだってロイの感情を盛り上げるらしかった。


「ところでお兄様ってば来ないのね。結構煽ったから来るかと思っていたんだけど……やっぱりヘタレなのね」

「ヘタレ……? あ、ううんさっき来たよ。でも眠いみたいで結局は戻っちゃった」

「そうなの? ふーん……寝間着で二人きりはまだチェリーにはハードルが高かったのかしらねえ」

「うん?」


 レティシアの独り言はよく聞こえなかったけど、機嫌を悪くしたりしなくて良かった。

 きっと明日は何でもない顔でクラウスさんと接しよう。

 故意じゃなかったとか、そもそも噛んだんじゃなかったのかもしれない。大きな勘違いだったら申し訳ないからね。


「ああちょっとエマ」

「うん?」

「髪! タオルもなく半端にしてえっ。大事な決闘があるのに風邪でも引いたらどうするのよ」


 自分の銀髪を拭くのもそこそこに、レティシアが部屋のチェストから新しいタオルを引っ張り出してくると私の頭をわしゃわしゃした。あーそうだった、タオルはクラウスさんが持ってっちゃったからなあ。洗濯に回してくれると思うけど。

 公爵家の備品だしそれはまあいいとして、レティシアにしろクラウスさんにしろ、気の許せる相手に髪を触られるのって気持ち良い。手付きも優しい。

 ……ホント兄妹揃って同じなんだから。


「ふふっ」

「エマったらもう、何笑ってるのよ。風邪なんて引いたら笑い事じゃないのよ」

「えへへ、うん、そうだよね。ありがとうレティ」


 大人しく座ってやってもらった後で今度は私がお返しにレティシアの綺麗な髪を拭いてあげて、後は残りの湿気が自然に乾くまでお喋りして、予定通り仲良くベッドに並んで姉妹のように眠った。


 翌日、朝食を済ませて公爵家から帰る私はドレス姿で馬車に乗り込んだ。領地が隣り合っていると言っても双方の屋敷間は馬車がある方が望ましい距離だ。


 男装衣装は便宜上公爵家に置いてある。元より公爵家の物だし、それを着て出かける日はここで着替えるからだ。


 剣は別だけど。

 まあ実家のだしね。たまたま昔家の武器庫で手に取ってしっくりきたから選んだ物で、後で聞いたら家宝らしいけど、宝石一つ象嵌されてないシンプルな見た目で全然そうは見えない。

 でも無駄に装飾のあるものよりもない方が好みだからちょうど良いかな。使い易さが何より大事だしね。


 私は剣士だから。


 世間じゃドレスに剣って取り合わせはまだまだ奇異に見えるかもしれない。

 将来このまま私が私のスタンスを貫いてひとかどの人物になれたなら、ドレスに剣なんて格好も広く受け入れられるようになるだろうか。


 うちの両親は私が剣を好み振るうのを喜んだけど、それもロビンズ家が男爵位だけど歴史は古く、元々武芸の家だからだ。

 私が家を継ぐ人間だからってのもあるかな。

 ただどうしてか社交界嫌いだ。

 だからか、私が社交界に出ないのを咎めないし、彼ら自身も関わりは必要最低限、極めて薄い。

 私が思うに、たぶん社交界と言うよりは、王家や王宮と関わりたくないんだろう。

 一方、男爵家としては貴族社会と距離を置く反面、平民の生活はよく気にかけるんだけどね。例えば、やれどこの村に魔物が出たと聞けば、近隣なら日帰りで討伐に出掛けてくる程の平民への親身さと、元来の血気盛んさがある。

 うん、血の気が多過ぎて、父親なんてよく無頼漢と間違われるそうだ。


 話を戻すと、何の因果か決闘相手のマクラウドさんは現役の王宮騎士。

 明日の決闘話を遠出中の両親は知らないし、知らせるつもりもないとは言え、そこの観点からも負けられない気持ちでいる。

 絶対勝つと意気込んで、半ば無意識に腰にある剣の柄を撫でた。


 そういえば、レティシアは見送りに出てきてくれたけど、クラウスさんは忙しいのかもう屋敷を出た後みたい。

 会えなかったのにはがっかりしたのと同時に、どこかホッともした。

 私が気にしたと思ったんだろう、レティシアは明日の決闘には連れていくから大丈夫って言っていた。でも忙しいなら無理はしないでほしい。

 素直にそう告げたら綺麗に微笑んだ。


「……そこまでチキンなら、干す」

「え?」


 声が低くてよく聞こえなかったけど、まあいいか。

 じゃあ明日とお互いに挨拶を交わして別れた。

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