「暗がりの憤怒」第97話 ブロック5
シド:「――ス、スゴいのか……? お嬢様は春日家の方なのですか? いや……大変失礼な振る舞いをしてしまい、地面に倒れ込ませてしまったことを深々とお詫び申し上げます、お嬢様」
サユリは否定の意味を込めて慌てて手を振ったが、彼は床を見つめるのに必死で、彼女のその仕草を見る余裕さえなかった。
カスガ・サユリ:「――ううん、ううん、落ち着いて! そんなこと全く気にしなくていいから! ねえ……一つ聞いていい? 私が貴族だからって、何か問題でもあるの? あなたは平民なの?」
「平民」という言葉が、シドの耳に強く響いた。自らを常に貧しい生い立ちの人間であると捉え、貴族階級を腐敗させている愚かで空虚なエゴとは無縁であったため、その言葉が彼の誇りを傷つけることはなかった。しかし、それは二人の世界の間にある越えられない壁を強く意識させるものだった。自分自身の身を守るためにも距離を置くべきだと感じた彼は、きっぱりと会話を打ち切ろうと試みた。
シド:「――はい、そうです。だからこそ……お嬢様が僕のような者とお話しされるべきではありませんし、ましてやこのように身を低くしてお詫びなさる必要などないのです」
彼が発した冷たく余所余所しいトーンがサユリを突き刺し、彼女は即座に困惑した。
サユリ:(私……何か悪いこと言っちゃったかな? 私の質問で彼を傷つけちゃった……?)
引き下がるどころか、サユリは廊下の風に煽られて転がり始めた数枚の紙を捕まえようとさらに身をかがめ、彼の目をまっすぐに見つめた。
カスガ・サユリ:「――バカ言わないでよ。貴族だからって噛みついたりしないわよ? ふふふっ……」
彼女がそんな風に自然体で微笑み、床の埃で手袋を汚すことすら意に介さず散らかりを片付ける様子を目にして、シドは胸の中央に小さく温かい火花が散るのを感じた。彼の心臓が不意に跳ね上がり、両頬が再び強く熱を帯びた。
シド:「――ありがとうございます、お嬢様……」
シド:(信じられないほど綺麗な人だ……本当だ。あの一族の残酷さとは似ても似つかない)
カスガ・サユリ:「――それとお願い……堅苦しいのはなしにして、ただ『サユリ』って呼んで」
その願いを聞いた瞬間、シドは跳ね上がるように驚き、あまりの親密さに頭がクラクラするのを感じた。長時間の視線の交わし合いに耐えかね、彼は再び視線を落とした。
シド:「――は、はい……お仰せの通りに、サユリ様」
サユリの澄んだ笑い声が、誰もいない廊下に明るく響き渡った。
カスガ・サユリ:「――『様』もいらないってば、シド!」
その単純な訂正がシドを耳まで真っ赤に染め上げ、彼は金属のバケツを再び抱え直しながら、頭を地面に向けて深々と下げざるを得なかった。
シド:(本当に特別な人だ……絶対に、他の貴族たちとは違う)
カスガ・サユリ:「――ほら、警備の人に閉め出される前に、これを一回で捨てに行っちゃいましょう」
シド:「――は、はい……」
声こそかすかに震えていたものの、胸の奥には奇妙な温もりを宿しながら、少年は答えた。
二人の若者は立ち上がり、半暗闇の廊下を肩を並べて歩き始め、アカデミー裏手にある大きなコンテナへと向かった。
イグニスの魔法アカデミーの石造りの廊下は、目の前に何キロも続くかのように静まり返り、高窓のゴシック様式のガラスの向こうで沈みゆく太陽の、弱々しく橙色に染まった名残を呑み込んでいた。光は埃っぽい長い光線となって差し込み、二人の若者のシルエットを冷たい壁面に映し出していた。
二人の間の沈黙は穏やかなものではなかった。重々しいベールであり、奇妙な緊張感と、一歩一歩の足音を痛々しいほどの鮮明さで響かせる電気的な焦燥感に満ちていた。シドは力強い肉体の自然さをもって重い金属製のゴミ箱を抱えながら一歩先を歩いていたが、その魂は縮こまっていた。取っ手を強く握りしめる彼の指の関節は、かすかに白くなっていた。その隣で、サユリはスカートの前で手を組み、少年の横顔を盗み見ながら歩いていた。彼女の短めのピンク色の髪が歩幅に合わせて柔らかく揺れ、深い青い瞳は珍しい困惑にまばたきを繰り返していた。彼女は自らの円卓にいる男たち――ジュリアン・ヴァンスのように傲慢さと軽蔑の中で教育され、政治的同盟やステータスへの欲求を満たすために計算された微笑みと準備された言葉で近づいてくる高位貴族の若者たち――に慣れ親しんでいた。
しかし、シドは完全に異なっていた。高級な香水や冷たいワックスの匂いはせず、誠実な努力、古い紙、清潔な汗、そして春日家の道徳的腐敗の中で育った継承者の思考回路を完全に狂わせるほど、純粋な謙虚さの匂いがしていた。
夕方の空気は湿気と冷たい石の匂いがした。使い古された大理石の床に響く彼らの靴の残響は、お互いの居心地の悪さのリズムを刻んでいるかのようだった。シドは頭が爆発しそうだと感じていた。彼の心は、矛盾する思考と厳しい自我批判の渦の中にあった。
(僕は一体何をやっているんだ?)
シドは尖ったピンクの髪の下で顔を真っ赤に燃やしながら、心の中で何度も何度も繰り返していた。
(彼女は春日家の人なんだぞ。バレロストラ公爵領全体の中でも最も強力で恐れられている一族の一つで、手を触れることすら許されない生まれながらの貴族だ。そして僕は、ただの労働者で、彼女の要求に応えるために重い本を運ぶだけの存在に過ぎないんだ。もし高位貴族の誰かが、僕たちがこんな風に一緒に歩いて笑い合っているのを見たら……僕は追放される。それどころか、月もない夜に跡形もなく消されるかもしれない。どうして僕は黙っていなかったんだ? どうして彼女に名前で呼ばれることを受け入れてしまったんだ?)
わずか数センチ離れた場所で、サユリの思考も同様に乱れながらも、全く逆の方向へと流れていた。彼女は少年の真っ直ぐな背中や、歩くたびに動く広い肩を見つめながら、胸に突き刺さるような鋭い好奇心を感じていた。自分の中で何が起きているのか理解できなかったが、彼女は心の中で呟いた。
(この場所の外での彼の生活って、どんな感じなんだろう……すごく献身的で、本当の意味での強さを持ってる人みたい。ふふっ、なんだか可愛らしいな)
屋外のコンテナまでの距離が、三倍にも伸びたように思えた。沈黙の重みは、この若き高貴な少女の落ち着きのない気質にとって耐え難いものになり始めていた。この死のような雰囲気の中で歩き続けることはできないと、彼女は心に決めた。この氷を割り、二人の間に気まずさが築き上げた目に見えない壁を引き裂かなければならなかった。
カスガ・サユリ:「――ねえ、シド……」
誰もいない廊下に奇妙なほどメロディックに響く柔らかい声で、彼女は突然沈黙を破った。
シドは驚いて小さく跳ね上がり、道の途中でピタリと足を止めた。大きな薄茶色の瞳を丸くし、まるで重大な criminal(罪)を犯しているところを捕まったかのように不器用にまばたきをしながら、彼女へと振り返った。
シド:「――は、はい? 何でしょうか、お嬢様……じゃなくて、サユリ?」
儀礼的な距離感を保とうとした試みが失敗したことに欲求不満を感じ、自分の舌を噛みながら、彼は即座に言い直した。
サユリは彼のあからさまな緊張ぶりに、小さく楽しげな笑みを浮かべずにはいられなかった。彼の前に立ち止まり、少年の警戒を解くような自然な優雅さで腕を組んだ。
カスガ・サユリ:「――そんな顔しないでよ、倒れちゃいそうに見えるわ。ただ、ちょっと聞きたかっただけ……授業の時からずっと考えていたの」
シドは強烈に唾を飲み込み、肋骨の中で心臓が暴走するようなリズムで打ち鳴らされているのを感じた。
シド:(何を聞くつもりなんだ? 無礼だと責められるのか? それとも、彼女の評判を汚さないように離れろと命じられるのか? お願いだ、手短にしてくれ……)
シド:「――何でもお聞きください……聞いています」
彼は声を少し枯らせながら答え、体勢を整えようとしたが、彼の瞳は彼女の黄色のドレスの裾へと逃げ込み、彼女の瞳との直接的な接触を頑なに避け続けていた。
カスガ・サユリ:「――そのね……あなたがアカデミーで一生懸命働いていて、自分より重い本を運んでいるのを見てきたけれど……あなた自身について少し教えてほしいの。ここを出たら、どんな生活をしているの? どこから来て、何歳で、家族はどういう人たちなの?」
その質問は、シドにとってバケツの冷水を浴びせられたかのような衝撃だった。非難、要求、魔法や身分についての質問――どんなことでも予想していたが、物質的に全てを所有している高位貴族の少女が、自分の謙虚で灰色の取るに足らない存在のような、そんな俗世的なことに興味を持つなどとは夢にも思っていなかった。
シドは数秒間、絶句した。深い異様さに包まれながら、言葉を反芻するようにゆっくりとまばたきをした。
シド:(どうしてそんなことを知りたがるんだ? 上流階級の誰も、平民に何が起きようと知ったことじゃないはずだ。僕をバカにしているのか? いや……彼女の目には悪意がない。本気だ。完全に誠実なんだ……)
シドは両手で抱えた金属のバケツへと視線を落とし、胸に軽い焦燥感を覚えた。傷つけられた誇りはなく、ただ自らの現実に対する慎ましい受容だけがあった。
シド:「――そうですね……僕について話すことなんて、大してありませんよ。十三歳で、首都の下層地区にある、寒さを凌ぐのがやっとの小さな古い家に住んでいます。家族は……僕と母さんだけです。父は国の国境で戦死した傭兵でした」
サユリは絶対的な集中をもって彼に耳を傾けていた。彼女の青い瞳はわずかに見開かれ、あらゆる細部を吸収しながら、少年がごく当たり前に語る困窮と絶え間ない努力の生活を想像し、胸に目に見えない重みを感じていた。
シドは空いている方の手で後頭部をかきながら続けた。貴族の前で自分の惨めさを語ることは情けないことだと感じつつも、彼女に嘘をつくことはできなかった。
シド:「母さんは大邸宅の使用人たちの服を縫う仕事をしていますが、もう手がすっかり疲れていて、冬になると関節が痛むんです。だから僕は、市役所からのわずかな補助金のおかげで、労働者としてこのアカデミーに入りました……マナの理論学習と引き換えに、肉体労働をしています。図書室の資料を運び、床を掃除し、壊れた机を修理し、ゴミを捨てることです。贅沢な生活ではありませんよ、お嬢様……すみません、サユリ。でも、僕たちは誇りを持って糧を得ています。ほとんどの日は飢えずに済んでいますし、僕はそれで十分なんです」
シドが話している間、サユリは胸の奥深くに突き刺さるような痛みを覚えていた。病気の母親を助け、学ぶ機会を得るためだけに限界まで働くこの少年の現実と、金金色に輝きながらも深く腐敗した自分自身の生活を対比させていた。彼女は巨大な邸宅に住み、尽きることのない wealth(富)に囲まれていたが、両親は実の兄妹であり冷徹な傲慢さで近親相姦を正当化し、姉のシオリは炎を使えないことに静かに苦しみ、彼女自身はジュリアン・ヴァンスのような洗練されたサイコパスとの政略結婚で体と未来を売る準備をさせられていた。
(彼は自由だわ)
サユリは羨望と深い憂鬱が入り混じった思いで、シドの決意に満ちた綺麗な顔を見つめながら思った。
(貧しさがあっても、困難や疲労があっても……彼は自分自身の努力の主人だわ。誰も彼に権力のために結婚することを強制していない。誰も彼をチェスの駒として使っていない。彼の人生は彼 no ものなのだから)
少女が完全に黙り込み、その瞳を曇らせていることに気づき、シドは即座に動揺した。平民の情けない話で高貴な少女を退屈させてしまったのではないか、あるいは触れてはならない存在の前で過酷な現実を語ることで一線を越えてしまったのではないかと思ったのだ。
シド:「――す、すみません……たくさんの情報で退屈させてしまいましたね。さっき言ったことは忘れてください」
彼の不安全 purchases(自信のなさ)と自我批判に満ちたトーンを聞き、サユリはトランス状態から抜け出すように素早く首を振った。一歩前へ踏み出すと、彼女は完全に無意識のうちに手を伸ばし、彼を制止するようにその前腕へ優しく触れた。
その接触は軽いものだったが、シドがその場に氷付けになるには十分であり、腕全体を駆け抜ける電気的なショックを感じ、彼の両頬は耳まで熱くなった。
カスガ・サユリ:「――バカなこと言わないで、シド」
彼女の声には珍しいほどの甘やかしが込められており、深いサファイアブルーの瞳で彼の目をまっすぐに見つめた。
カスガ・サユリ:「――退屈なんて全くしてないわ。それどころか……あなたがそんなに強いことを、心から尊敬するわ。虚偽の称号や苗字に頼らず、お母さんのため、自分自身のためにそこまで働いているなんて」
シドは目を見開いた。足元の地面が揺れ動くのを感じていた。母親以外の誰も、絶対に誰も、彼にそんなことを言ってくれた者はいなかった。上流階級の人間で、彼に真の敬意を払




