「オロバス」第91話 ブロック4
灼熱の紋章から放たれた熱量が、這いずる仕立て屋の皮膚を容赦なく焼き焦がした。赤々と焼けた石畳に手のひらが触れた瞬間、激しい水ぶくれができ、焦げた肉の悪臭が周囲の空気を満たしていく。
ライバル仕立て屋:「……! 許してくれ! お願いだ、許してくれ! 頼むから助けてくれ!」
オロバス:「ここで見逃せば、貴様は確実に我が主であるリョウ様を狙うか、あるいは嗅ぎ回るだろう。そのような第三者の介入を、我が主の使命において許すわけにはいかない。今夜、ここで死んでもらうぞ」
ライバル仕立て屋:「まっ、待て……! お願いだ……!」
熱を帯びた紋章から、突如として四本の太い赤熱の鉄鎖が弾け飛ぶように伸び、仕立て屋の手首と足首へと凄まじい勢いで絡みついた。灼熱の金属は触れた瞬間に肉を焼き焦がし、皮膚を溶かしながら不幸な男の骨へと直接食い込む。男は人間に耐えうる限界を超えた絶叫を響かせた。
反応する間もなく、魔法陣の中心からさらに二本の鎖が鋭く射出された。鎖の先端には鉤爪状の凶悪なフックが備わっており、それが仕立て屋の両眼球へと正確に突き刺さる。眼窩を抉り砕かれた瞬間、眼球は破裂し、ほとばしる体液と血肉は極限の熱によって一瞬で蒸発した。
ライバル仕立て屋:「――!! ぎゃああああああっ……! ああああああっ……! お願いだ、やめてくれ! 頼む、やめてくれぇっ!」
両目を失い、左頬は原形を留めぬほどに破壊され、全身に三度の重度火傷を負った男は、自らの血の海の中で転げ回りながら悶え苦しむ。そこへ新たな鎖が容赦なくうねりを上げて襲いかかり、彼の口元へと巻き付いて灼熱のさるぐつわと化した。
金属の強烈な熱が残された唇を焼き潰し、容赦なく口腔内へと侵入する。仕立て屋の舌は内部から沸騰し、焼けただれた組織の塊となって口の中で弾け飛んだ。抉られた頬の傷口と金属のさるぐつわの隙間から沸騰した血が噴き出し、悪臭を放つ濃い煙となって次々と蒸発していく。
オロバス:「静かにしてくれ」
男はもはや言葉を紡ぐことすらできず、自身の血で溺れかけながら、ただ不様に、音もなく視界なき泥を這いずり回るしかなかった。
オロバス:「早くくたばれ」
轟音を立てて燃え盛るグリフから、無数の灼熱の鎖が一斉に飛び出し、仕立て屋の全身を完全に包み込んだ。容赦なく締め上げる高熱の金属によって指の骨が耐えきれずに砕け散り、皮膚が裂けて一本また一本と指がちぎれ飛ぶ。切り落とされた炭化した肉片が地面へと転がり落ち、断面からは鮮血が噴水のように噴き出した。
鎖は機械的な冷徹さでさらに収縮を続ける。赤く染まった鉄の棘が男の胸部、両脚、口腔、そして背中へと一斉に突き刺さった。耳障りな骨の砕ける音が響き渡り、鎖は人間の生理的限界を無視した不可能な角度へと背骨や関節を捻じ曲げ、その肉体を内部から徹底的に粉砕していく。
オロバス:「これで終わりだ」
最後の一撃とばかりに鎖が極限まで引き絞られ、仕立て屋の身体は耐えきれずに破裂四散した。原型を失った肉と骨の残骸が、魔法陣のいたるところへと無残に飛び散る。
わずか数秒のうちに、飛び散った肉片、石畳に溜まった血溜まり、そして引き裂かれた皮膚のすべてが、突如として吹き上がった漆黒の炎に飲み込まれて消え去った。灰は跡形もなく空気中に蒸発し、生物としての痕跡は一切残されない。床面の紋章は静かに光を失い、鎖は再び石の深部へと沈み込んでいく。そこであたかも大虐殺など一度も起きなかったかのように、石畳は完璧なまでの静けさと清潔さを取り戻した。
オロバスは静まり返った路地の中央に立ち、何食わぬ顔で自身のシャツの袖口を整えた。
オロバス:「ふむ……これですべてだ。問題は解決した」
踵を返し、予約していた高級宿へと戻ろうと歩き出す。湿った石畳の上を正確に五歩進んだところで、彼はピタリと足場を止めた。夜闇の中で不気味に赤き双眸を光らせながら、彼はゆっくりと視線を上空へと向ける。
オロバス:「そこにいるのは、いったい誰だ」
一見したところ、路地裏に人影はない。だが、頭上にそびえる建物の軒先、冷たい霧雨の帳の向こう側から、掠れた重低音の声が夜空に響き渡った。
?????:「お前がここにいるなら、他の連中も動いているとは思っていたが……見事に的中したな。久しぶりだな、オロバス」
オロバスはゆっくりと振り返り、冷たい雨に煙る屋根の上へと視線を据えた。暗闇と夜の影に溶け込むように佇む圧倒的な存在感。その闇の中で、オロバスのそれと寸分たがわぬ鮮烈な赤い眼光だけが異様な光を放っていた。
冷たい屋根の縁に立ち、絶え間なく落ちる雨粒を纏いながら、その怪物は微動だにしない。二つの紅い瞳は、地上に立つ悪魔を射抜いたまま一歩も動かない。
オロバスはコートの襟を整え、隙のない優雅な姿勢を保ったまま、凍てつく深夜の空気をも切り裂くような冷徹な声を投げかけた。
オロバス:「ここで何をしている」
男は小さく低く笑い、その声は夜の気泡のように静かに振動した。
?????:「この世界に喚ばれてな……くだらない契約さ。だが、周囲を偵察していたところ、リョウ様の気配を察知した。本物かどうか確かめようと後を追ったところに行き着いたのが、お前というわけだ、オロバス」
オロバスの表情がわずかに険しくなる。この世界において、悪魔を喚び出す召喚契約の存在は、彼の戦術的思考回路にただちに危険信号を灯させた。
オロバス:「それは非常に厄介だな……。この世界に『アルス・ゲティア』の書が存在するというのなら、我が主の計画にとって深刻な障害となり得る。誰が貴様を喚び出した? 目的は何だ」
屋根の上の影は、ふっと首を傾げる。満月の光が霧を反射するが、庇の闇はその全身を飲み込み、ただ冷たく光る赤い眼光のみを露わにしていた。
?????:「ルールの仕組みは知っているだろう。召喚者の情報も、契約の条項も明かすことはできない。我々の間においても、契約の規律は絶対だ」
オロバス:「承知した。であれば、この世界に我らと同等の存在が潜んでいる可能性も含め、ただちにリョウ様に報告する。今後の処遇は主が下すだろう」
影は肩をすくめ、どこか楽しげに、深刻さを無視したような態度をとる。
?????:「そこまで大げさに捉える必要はあるまい。プリンシパリティ(公国級)を、しかもこの世界で高位の存在を喚び出すとなれば、常軌を逸した複雑な儀式と膨大な代償が必要になる。お前もよく知っているはずだ。実行した者はすべての資源を枯渇させたはずだからな。所詮は一度きりの偶発的な例外にすぎん」
オロバス:「それがどうした。困難であろうとななかろうと、精神世界から乖離した悪魔がこの世界に存在しているという事実そのものが、リョウ様の注意を惹くに値する。すべての変数を報告するのが私の義務だ」
?????:「お前がそう言うならな……」
男の声には、どこか遊び半分のような響きが混じっていた。
それ以上言葉を交わすことなく、オロバスは膝を深く曲げ、夜空へ向けて爆発的な跳躍を放った。その身体は一筋の黒い流星のように夜気を切り裂き、ヴィレリアの屋根と雲の合間へと一瞬にして姿を消した。軌跡すら残らぬ神速の跳躍だった。
屋根の縁からその凄まじい加速を見届け、男はクスクスと愉しげな笑い声を漏らす。
?????:「やれやれ、相変わらずせっかちな男だ……真面目すぎるのも考えものだな」
気まぐれな動作で、男は右腕をゆっくりと夜空へ向け、オロバスが消え去った方角へと軽く手を振った。
庇の陰から突き出されたその手元を、銀色の月光が初めて鮮やかに照らし出す。それは常軌を逸して白く、まるで磨き上げられた陶磁器のように滑らかな肌を持ちながら、指先には深紅の闇を切り裂くような黒く鋭い長爪が生え揃った、異様なまでに優雅で気味の悪い手だった。
?????:「じゃあな、オロバス=君~! あまり早く再会したくはないものだな」
からかうような軽薄な口調で別れを告げ、男はその手を再び闇の中へと引っ込めた。
手元が隠れると同時に、その存在は完全に夜の闇と一体化し、ヴィレリアの夜空へと溶けていく。ただ二つの赤い眼光だけが、しばらくの間空中点滅した後に消えて失せた。
大気圏の最上層、猛烈な冷風が吹き荒れる高空を、オロバスは黒い流星のごとく疾走していた。視線は常に水平線の彼方を捉えたまま、脳裏ではヴィレリアの屋根裏での奇妙な遭遇戦が分析され続けている。
オロバス:「この世界に『アルス・ゲティア』の悪魔が……これは厄介だな、実に好ましくない。もしこれ以上の上位位階、例えば『大罪』クラスや『公』級の存在が喚び出されたとなれば一大事だ。最悪なのは『皇帝』や『王』の類い……もしそれが現れたとなれば、この世界の平穏など一瞬で終わりを告げるだろう。我が主よ……」
それ以上の一切の物音を立てず、オロバスは激しい雷雲を垂直に貫きながら自由落下の勢いで急降下する。州都郊外の険しい山岳地帯の峰に激突する寸前、その足裏が岩肌の表面をかすかに捉えた。
石畳を粉砕するほどの爆発的な脚力を経て、彼は再び凄まじい跳躍を放ち、一瞬の瞬きの間に数リーグ先の空間へと射出される。広大な峡谷と山脈を影の残像だけで飛び越えながら、悪魔は主であるリョウの待つ場所へと、ただひたむきに帰路を急ぐのだった。




