「炎の鎖、地獄に燃え盛る」第90話 ブロック4
オロ が姿を消してから、数時間が経過していた。かつてはオーケストラや喝采の轟音で揺れていたヴィレリアの雄大な晩餐ホールも、今ではすっかり閑散としている。クリスタルのシャンデリアはゆっくりと灯りを失いかけ、赤絨毯や盛宴の残骸の上に細長い影を落としていた。貴族たちの大部分はとっくに自らの馬車へと引き揚げていたが、ホールの片隅、最後の銀製ランプの暖かい光が照らす場所には、依然として選び抜かれた影響力のある者たちが残っていた。
イッセイ・ミヤケは、ブランドの顧客リストに確実に名を連ねようと帰ろうとしない有力者たちに囲まれ、その中心に立っていた。そこにはジェヌヴィエーヴ子爵夫人、威厳を放つ男爵夫人ヴァーニャ・フォン・シュタウフェン、若い後継者たちの取り巻きを引き連れたロード・ジュリアン、そして敬愛を集めるコンデ・アルブレヒト伯爵の姿があった。蓄積された疲労がありながらも、数メートル離れた場所では妹のレンの腕の中で小さなKumiがすやすやと眠り続けているのを確認しつつ、イッセイは姿勢を正し、礼儀を崩さなかった。この夜の勝利を完璧に締めくくるための、最後の仕上げであることを知っていたからだ。
イッセイ:「それでは、ご列席の皆様……この宴を完全に締めくくる前に、私どものブランドを代表してささやかな贈り物を皆様にお渡ししたく存じます」
イッセイは革のバッグに手を差し入れ、丁寧に作り込まれた一揃いのカードを取り出すと、目の前の人々に一枚ずつ配っていった。
イッセイ:「上質な黒い皮革を切り出し、縁を強度のある金糸で一針一針手縫いした特製のカードでございます。私どものブランドを信じてくださり、今夜装いをお買い上げいただいたことへの感謝の印としてお受け取りください。特別な魔術が込められているわけでも、それ自体が贅沢な価値を持つわけでもありません。ただその代わりとして、皆様の主たるご邸宅の正確な住所を私どもにお教えいただきたいのです。そうすれば、工房での製作が完了次第、遅滞なく、一分の狂いもなく、皆様の宮殿の門のすぐ前まで直接お届けすることができますので」
貴族たちは粛然と頷き、好奇心と魅惑の入り混じった眼差しでその皮革の断片を手に取った。指先で触れると、素材は驚くほど滑らかでありながらしっかりとした芯があり、上質なオイルの香りが漂う。だが、何よりも全員の注意を即座に引きつけたのは、真白なインクで中央に刻印された謎めいたデザインだった。
その刻印は、完璧な円が二重の同心円によって囲まれた構造をしていた。二つの円の間の空間には、規則正しい間隔で綺麗に整列した見慣れぬ文字が刻み込まれている。そのカリグラフィーを認識できた者は一人もいなかった――それらは地球固有の言語である古代ヘブライ語であり、この世界の住人にとっては完全に未知のものだった。ヴィレリアの貴族たちにとって、その直線的なストロークと幾何学的な王冠を持つ文字たちは、最高峰のエキゾチックな神秘的シンボル、あるいは美的な最高級の魔術ルーンにしか見えなかった。
内側の円の中心には、威風堂々たる幾何学的なグリフがそびえ立っていた。外科手術のように精密に交差する線は、古の貴族の家紋や、先端的な錬金術のシンボルを想起させる。対角線の完璧な対称性と、端に施された小さな曲線が、ほとんど神聖ですらある圧倒的な気高さを醸し出している。

ジェヌヴィエーヴ:「帝国の神々に誓って……なんと見事な職人技でしょう……この皮革のレリーフを調べても、瑕疵が一つも見当たらないわ。そしてこの縁の印字は? あまりにも……エキゾチックで、重厚感があるわね。北方の諸州でも、これほど優雅なルーンの模様を見たことがないわ」
イッセイ:「ブランドの真贋を証明する証明書にございます。お持ちの方が、私の主の独占的顧客リストの一員であることを保証するものです」
男爵夫人ヴァーニャ:「絶対的な洗練だわ、ミヤケ。黒い皮革と白のインク、そして金糸の縁取りの組み合わせは、まさに芸術の域ね。そこらの凡百の職人どもは、ちょっと触っただけでしわくちゃになるような安物の紙を寄越すけれど、これは……ポケットに入れて持ち歩ける本物の芸術品だわ」
ロード・ジュリアン:「おいおい……本当だな、ヴァーニャ。これには確かに格調というものがある。この中央の線を見てくれよ、忘れ去られた騎士団の紋章みたいじゃないか。俺たち仲間も、これなら喜んで持っておくぜ。いい趣向だ、仕立て屋」
コンデ・アルブレヒト:「細部の密度が圧倒的だ……この二重円と未知のシンボルを描き出した精度は、貴殿のブランドの背後にある頭脳が、単なるファッションだけでなく、高度な対称性と上位の紋章学をも熟知していることを示している。真に審美眼を持つ男の手にこそ相応しい贈り物だ」
貴族たちは感嘆の声を漏らしながら、その皮革のカードをジュポンや絹のバッグの中へと大切にしまい込んだ。そして全員がそれぞれの持ち物を探り、イッセイの要望に応じる準備を整えた。
ジェヌヴィエーヴは、黄金に彩られた小さな羊皮紙に家の紋章が押されたカードを取り出し、軽く頭を下げてイッセイに差し出した。
ジェヌヴィエーヴ:「首都の高台区にある我が公爵宮殿の正確な位置よ。使いの者に、私の主席執事に直接荷物を手渡すよう厳命しておいて頂戴。首を長くして待っているわ」
イッセイ:「完璧な状態で届くことをお約束いたします、ジェヌヴィエーヴ様。ご贔屓いただき、誠にありがとうございます」
続いて、男爵夫人ヴァーニャが、フォン・シュタウフェン家の緑色の蝋印が押された、上品に香る手紙を差し出した。
男爵夫人ヴァーニャ:「これがヴィレリア郊外にある私の夏の別荘の住所よ。今月中にお届けが完了するなら、配達員たちにはたっぷりと寛大なチップを弾むことを保証するわ。それでは良い帰路を、ミヤケ親方。それから――」
イッセイ:「そのお心遣い、深く感謝いたします、男爵夫人。必ずご期待に添えるよう手配いたします」
ロード・ジュリアンとその若い取り巻きたちは、自分たちの家門の刻印が押されたカードを数枚、慌ただしい手つきで直接イッセイの手に押しつけた。
ロード・ジュリアン:「ほら、俺たち三人の屋敷の住所だ。約束を忘れるなよ、あのダークなセーターはできるだけ早急に頼むぜ。じゃあな、ミヤケ」
イッセイ:「承知いたしました、ロード・ジュリアン。良い夜を」
最後に、老齢のコンデ・アルブレヒト伯爵が、帝国白鳥の勲章が型押しされた格式高い書面を差し出した。
コンデ・アルブレヒト:「この大陸の装いの新時代の幕開けに立ち会えたことは、私にとってこの上ない栄誉でした、ミヤケ殿。これが我が主邸の住所です。貴殿の主が次のコレクションを発表されるその日のために、私の扉はいつでも開かれています」
イッセイ:「そのお言葉こそ、私どもの工房と主にとって最大の栄誉にございます、アルブレヒト伯爵。どうぞ安らかな夜をお過ごしください」
一人また一人と、貴族たちは敬意に満ちた会釈と満足の笑みを残して去っていき、やがてその足音や馬車の車輪の音も外の霧雨の闇の中へと消えていった。
イッセイは受け取ったすべての住所カードを自分の鞄へと丁寧にしまい込み、責任の重さと同時に、胸いっぱいに広がる圧倒的な平穏を感じていた。ヴィレリアでの任務は完全なる大成功で幕を閉じた――ブランドは確立され、金貨は確保され、リョウ(Ryō)の名声は最高峰へと引き上げられたのだ。20枚の金貨を安全な場所にしまい、高級宿の案内を握りしめながら、イッセイは妹と眠る我が子の元へと歩み寄り、ついに長い一日の休息へと向かったのだった。
同じ頃、街の別の場所では、ライバル仕立て屋がヴィレリアの暗く湿った入り組んだ路地を一人で歩いていた。降り続く霧雨が擦り切れた石畳を濡らして鈍く光る中、嫉妬と怨恨でゆがみきった顔をした男は、不格好な大股で歩きながら周囲の空気に悪態を吐き続けていた。
ライバル仕立て屋:「クソが、イッセイめ……! 許さねえ、千回死ね……! あんな野郎が一体どこからあんなデザインを……! あんな無名の平民風情に、あんなものが作れるわけがない……。あいつの背後にいるボスは俺より格上の男に違いねえが、認められるか、そんなもの納得できるかよ……! こうなったら、俺の力で直接嗅ぎ出してやる……」
狭く静まり返った小道、ガス灯の光がうっすらと霧を照らすだけの場所へと深く踏み込むにつれて、男の足音が奇妙に歪み始めた。自分の足音に重なるもう一つの足音――背後のすぐ後ろをついてくる、乾いたリズミカルな足音が聞こえたのだ。男はハッと立ち止まり、激しく首を後方へとめぐらせた。しかし、誰もいない。石造りの壁は湿気を帯びて水滴を垂らし、通りは完全に無人だった。
ライバル仕立て屋:「この街はどこもかしこも狂いやがって……。まあいい、まずはあの仕立て屋のボスが誰突き止めることだ。どうやってやる? 裁判官のギデオンに頼み込んで情報を引いてもらうか。あいつはいつも俺の仕立てた服を着ているんだ、手伝いを断りやしないさ……」
再び歩き出したが、数メートル進んだところで、再び背後で二重の足音が響いた。今度はさっきよりも近い、重々しい足音だった。 paranoia(強迫観念)が彼を蝕んでいく。冷たい汗が首筋を伝い落ち、蓄積された神経過敏に震える声を絞り出して、彼は乱暴に振り返った。
ライバル仕立て屋:「だ、誰だっ……! そこにいるのは誰だ、姿を現せ!」
返答はない。夜の静寂を破るのは、屋根から落ちる水滴の単調な音だけだった。誰も闇から姿を現さないのを確認すると、男は歯ぎしりをし、ただの気のせいに違いないと自分に言い聞かせながら、病的な笑みを漏らしつつ悪態をついて歩き続けた。
ライバル仕立て屋:「この街はいったいどうなってやがる……きっとあの忌々しい仕立て屋の仕業に違いねえ……俺がホールであんなことを言ったからって、怖がらせようってのか。覚えてろ、あいつも殺してやる! あのクソッタレのボスとな……! すべてのデザインをゲロ吐くまで拷問して引きずり出して、その後で自分の手でブチ殺してやるんだ。完璧だ……最高だ……そうだ、そうだとも! ハハハハハ! アジュアハハハハ!」
その狂気に満ちた高笑いが石の壁に反響したが、しかし、耳元数センチの至近距離から響いてきた、低く、凍てつくように冷たく、圧倒的な支配力を持った声によって、喉の奥で突然途切れた。
オロbas:「お前の口は、ひどく汚物まみれだな」
仕立て屋の身体が完全に凍りついた。背後から吹き付けた氷点下の息吹という心理的衝撃に、腕の産毛が一斉に逆立つ。恐怖に顔を引きつらせながら、彼は一歩後ずさりし、自分の足にもつれて転がりそうになりながら後ろを振り返った。
ライバル仕立て屋:「なっ……お前は、いったい……誰だ……っ!」
目の前にそびえ立っていたのは、オロbasだった。その身なりは非の打ち所のない気品に満ちたスーツ姿だったが、彼の頭部にある黒い角は完全に露わになり、冷たい夜気をまるで二本の漆黒の棘のように切り裂いていた。男は即座に思い出した。イベントの最中、イッセイの傍らに控え、その圧倒的な存在感を放っていたあの男だと。
ライバル仕立て屋:「お前は……あの優勝した仕立て屋の側にいた……! なんだ、何の用だ? 俺を嘲笑いに来たのか?」
オロbas:「そうだ……。だが、嘲笑うために来たわけではない。私どもがそのような下劣な真似をするはずもない。――人間、私はお前を殺しにきた」
命の危機が極限に達していることも理解できず、仕立て屋は不敵な笑みを浮かべると、侮蔑を込めて数歩前へと歩み寄った。
ライバル仕立て屋:「はっ……何を言やがる? 頭でもおかしくなったのか? お前は魔人(獣人)か何かだな? ああ、そんな忌々しい化け物のくせに……なんだその身なりは? 気の利いた奴隷の真似事をさせられて、ご主人様の真似でもしているつもりか? くたばれ、薄汚いけだものが」
その瞬間、オロbasの右拳が、人間の肉眼では捉えきれないほどの凄まじい神速で放たれた。
爆発的な破壊力が、仕立て屋の左頬に直撃した。肉が裂け、顔面骨が粉々に砕け散る乾いた凄まじい音が、狭い路地に激しく木霊した。
男の左頬は一撃のもとに完全な血の塊へと変貌し、肉組織はめちゃくちゃに破壊された。左の顎の歯が剥き出しになって外気に晒され、かつて顔であったはずの場所からは肉の断片が痛々しく垂れ下がり、血にまみれた皮膚や筋肉の組織が湿った地面へと直接ボトボトと落ちていく。
仕立て屋は両膝から崩れ落ち、自らの口から溢れ出る血で溺れかけた。反射的に両手で顔を押さえたが、指先に伝わってきたのはかつて頬があったはずの恐ろしい空洞と、剥き出しになった自分の歯の鋭い感触だった。破壊された口元からは大量の鮮血が噴き出し、男は恐怖のあまり引き裂かれたような悲鳴を上げ始めた。
ライバル仕立て屋:「ぎゃああああああっ! 誰か! 誰か助けてくれ、殺される、助けてくれぇっ!」
その断末魔の叫びは、人気のない夜の路地の虚空へと虚しく吸い込まれていった。すでに手遅れだった。周囲の街路は闇に包まれ、住民たちは深い眠りについている。泥水と雨水にまみれながら、男は無様に地べたを這いずり、その場から逃げ出そうともがいた。
オロbas:「地獄へ落ちるのは、お前のような救いようのない虫けらだ、人間」
オロbasの双眸が、底知れぬ殺意を湛えた濃い深紅の光を放ち始めた。その瞬間、男が這いつくばる足元の石畳が不気味な音を立てて軋み、耐えがたいほどの熱量が立ち上った。石の床の上に、おぞましい熱を帯びた魔法陣が突如として描き出される。それは無数の不可解な文字と複雑な幾何学図形が幾重にも同心円状に刻まれた、業火を纏う地獄のグリフだった。
皆さん、実は今回の話にはオロbasのシンボル、つまり地面に現れるそのシジルの見た目を表す画像を挿入する予定だったのですが、残念ながら「小説家になろう」では画像を掲載することができない仕様になっているため、泣く泣き諦めるしかありませんでした。
ですが、その画像は私のX(旧Twitter)アカウントの方に載せておきますので、シンボルを見てみたい方はそちらをチェックしてみてください。もちろん、私自身は絵描きではないためAIの力を借りて制作していますが、あまり人工的になりすぎず、できる限りリアルで最高にエピックな見た目になるようこだわって作っています。
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