「服が塗り替える歴史の夜」第87話 ブロック4
その時、一人のライバル仕立て屋がイッセイのスペースの前を通り過ぎた。リュウの使いである仕立て屋の謙虚さとは打って変わって、その男はこれでもかとばかりに傲慢さと成金趣味を漂わせている。重厚なシルクのケープを翻し、胸元には分厚い金のネックレスをいくつもジャラジャラと揺らしながら、顎を突き上げて歩いていた。イッセイとすれ違う際、彼は鼻で笑い声を立てて言い放つ。
ライバル仕立て屋:「おい、平民……ここで見苦しい台所用の雑巾みたいなボロを晒したくないなら、さっさと荷物をまとめて引き返した方がいいぜ。ハハハハハ!」
男は自分のドレスを着た二人のモデルを引き連れ、我が物顔で通り過ぎていく。あまりの増長ぶりに、Kumiやイッセイの妹を振り返って確認することすらしなかった。
Kumiは不機嫌そうに眉をひそめ、隣に立つ女性を見上げる。
Kumi:「ねえ、叔母さん……あのイヤな感じの人たちは一体何なの?」
イッセイの妹であるレンは、しゃがみ込んでKumiの肘のあたりの布花を丁寧に整えながら、穏やかに首を振った。
レン:「気にしなくていいわよ、Kumi。あなたはただ、ステージの上で堂々と綺麗に歩くことだけを考えなさい」
一方、自分の椅子に深く腰掛けたままその挑発の一部始終を聞いていたオロbasは、ポスターから目を離すと、イッセイへと静かに視線を向けた。
オロbas:「無知な男の戯言など気に病むな。服そのもので、お前が何者であるかを証明すればいい」
イッセイは完全に沈黙していた。床板の一点を凝視したまま、乱れた前髪がその目を完全に覆い、顔立ち全体に暗い陰を落としている。
イッセイ:「オロbas殿……」
オロbasは怪訝そうに首を傾げた。
オロbas:「何だ。言ってみろ」
次の瞬間、イッセイがガバッと顔を上げた。その目に宿っていた恐怖や不安は跡形もなく消え去り、代わりに制御不能な狂気と怒りの火花がギラギラと燃え盛っている。彼は一足飛びにオロbasの元へ詰め寄ると、まるで古くからの飲み屋の悪友を扱うかのようにその腕を力強く掴み、乱暴に楽屋の奥へと引っ張っていった。そして、あらかじめ用意しておいたガラ用の衣装一式をオロbasの腕に押し付け、鏡の前に押しやる。
イッセイ:「これを着てください! 連中を全員叩きのめしてやるんだ! 復讐してやるぞ! ハハハハハハ!」
イッセイは勝利の予感と屈辱を晴らす快感に酔いしれ、狂気的な笑い声を上げ始めた。オロbasを更衣室に押し込むと、廊下で相変わらずヒステリックな笑い声を響かせながら扉をバタンと閉める。
――バシッ!
カーテンの裏側で、乾いた高い音が響き渡った。イッセイの妹レンが、彼の頬に一閃、鮮やかな平手打ちを食らわせたのだ。星が飛ぶような衝撃に、イッセイは目を見開く。
レン:「しっかりしなさい、イッセイ! 五歳児みたいな真似はやめて頂戴!」
イッセイは赤く腫れ上がった頬を片手で押さえ、さっきまでの陶酔状態から一気に現実へと引き戻された。慌てて首をすくめ、妹に向かって何度も恭しく頭を下げる。
イッセイ:「レン、そんなに叩かなくても痛いだろう……すまない、姉さん! 悪かった! ちょっと興奮しすぎた……!」
その時、メインカーテンの向こう側からファンファーレのトランペットと盛大な拍手が響き渡った。フェスティバルの幕開けだ。サテンの青いコルセットに身を包んだ女性司会者がステージの中央へと歩み寄り、一族の富豪たちが銀のグラスでワインを傾ける客席へと声を張り上げる。
司会者:「皆様、ようこそ第5回スクシア・ファッションフェスティバルへ! 今夜、この高貴な舞台で、貴族社会がこれまで一度も目にしたことのない最も絶品で、最も革新的なデザインの数々をご披露いたします! どうぞ心ゆくまでご堪能ください! それでは、最初の参加者をお呼びしましょう!」
重厚な大幕がゆっくりと左右に開いていく。最初にステージへ姿を現したのは、あの金ピカの首飾りをつけた傲慢なライバル仕立て屋と、三人のモデルたちだった。
女性たちが纏っているのは、威圧的ではあるがひどく硬直した中世の伝統的衣装――籐の輪で極端に膨らませたカノン風のスカート、首を動かすことすら許さない純白の堅いスターチス(ひだ襟)、そしてパステル調のブロケード生地にフェイクパールをこれでもかと縫い付けた重苦しい上着だった。それは古い時代の貴族たちが愛してきた、見栄えだけが取り柄の因習的な服だった。客席の貴族たちは礼儀正しく拍手を送ったものの、驚きの色は微塵もない。何十年も見慣れた代わり映えのしない光景だった。
舞台裏では、イッセイが最後の仕上げとして自分の袖口をきっちりと直し、カーテンの隙間からじっと様子を伺っていた。古い時代の美意識が、リュウから託されたビジョンによって今まさに粉砕されようとしている。
時計の針が夜の九時を回り、緊迫した時間が重苦しく流れていく。一組、また一組と、高名な仕立て屋たちが法外な高級生地や刺繍を用いた伝統衣装でランウェイを練り歩き、その素材の豪華さに対する称賛はあるものの、真の驚嘆を生み出すには至っていなかった。 medievalな枠組みをぶち破る者は、誰一人として現れなかった。
そして、ついに最後の参加者の順番が告げられた。
司会者がステージの光の中へと踏み出し、貴族たちの絶え間ないざわめきを押し隠すように声を張り上げる。
司会者:「さあ、皆様……今夜のトリを飾る最後のデザイナーの登場です。彼が私たちにどんな衝撃を見せてくれるのか、どうぞご覧ください! さあ、お入りください!」
イッセイ・ミヤケが、カーテンの陰から一歩を踏み出した。手のひらは冷や汗でぐっしょりと濡れ、心臓が肋骨を破壊するかのように激しく脈打っている。百を数えるスクシアの有力者たちの冷徹な視線が一斉に自分に突き刺さるのを感じながら、イッセイは必死に唾を飲み込み、出せる限りの威厳をこめて声を響かせた。
イッセイ:「皆様、こんばんは……イッセイ・ミヤケと申します。今宵、私の手で生み出した新たな装いの世界をご覧に入れましょう。どうか、お楽しみください」
会場を異様なまでの静寂が包み込む。イッセイはランウェイの端へと二歩退がり、格式ばった動作でカーテンの方へと手を向けた。
イッセイ:「はじめに、少女のための装いからご覧に入れましょう」
幕の奥から、Kumiが姿を現した。
少女は磨き上げられた木床の上を、計算し尽くされた足取りで進んでいく。衝撃は一瞬にして会場を支配した。彼女が纏っているのは、深紅のワインレッドカラーのベルベットで仕立てられた彫刻的なドレス。外科手術のように精密に身体のラインに沿う硬質なコルセットには、途方もなく繊細な金糸のフィリグリー刺繍が這わせられている。アイボリー調の半透明なシフォンで作られたドレープ袖は、まるで妖精の翼のように揺らめき、肘のあたりには深紅の布花がアクセントとして咲いている。何よりも、これまでの常識を完全に破壊したのはそのスカートだった。左脚の大胆な非対称スリットから伸びる美しい脚線と、金糸刺繍のコルセットパンプス。そして裾のほうでは、歩くたびに炎の奔流のように湧き上がる大輪の深紅の布花が重なり合っていた。
最前列に陣取っていた古参の仕立て屋たちは、顎が外れんばかりに口を開けて硬直した。先ほどまでの侮蔑の色は、瞬く間に会場を巡る電撃的なざわめきへと塗り替えられていく。
貴族A:「信じられない……あんな構造の服、これまでに見たことがないぞ」
貴族B:「見てあのカッティングを、布の落ち方がもはや芸術品だ……あれが子供用のデザインだなんて惜しすぎる」
もっと見せろと言わばかりの貴族たちの興奮した囁きを聞きながら、Kumiがランウェイの中央で優雅に一回転し、シフォンを美しく宙に舞わせて見せた。イッセイは内心でほくそ笑む。
イッセイ:「もちろん、それだけではありません。続いて、大人の女性のための装いをご覧ください」
その合図とともに再びカーテンが引き開けられ、イッセイの妹・レンが同じ深紅のドレスの大人用サイズを纏って登場した。引き締まった大人の体躯に完璧にアジャストされたその気高い姿に、会場から息をのむような感嘆の吐息が漏れる。二人はステージの中央で並び立ち、完璧なまでのハーモニーを描き出した。
ライバル仕立て屋:「嘘だろ……あんな骨組みなしの布地で、どうやってあの立体的なシルエットを……!」
貴族の婦人たち:「あのドレスが欲しいわ! どこのブランドなの? いくら積めばいいの? 次の夜会には絶対に着ていきたい!」
貴族たちの視線がすべてモデルの二人とゴールドの輝きに釘付けになっている隙に、暗がりの舞台裏からオロbasの落ち着いた声がかかった。
オロbas:「イッセイ殿……準備は整いました」
イッセイは周囲に悟られないよう素早く陰へと身を引き、薄明かりの下に立つオロbasの姿を一瞥すると、思わず感嘆の声を漏らしそうになった。
イッセイ:「完璧です、オロbas殿……無茶なお願いをして、本当に申し訳ありませんでした」
オロbasは袖口を完璧な手つきで整えながら、冷徹なまでに涼しげに返す。
オロbas:「気にするな。すべてはリュウ様のブランドの勝利のためだ」
イッセイは強く頷くと、再びランウェイの中央へと歩み出て、ざわめく聴衆に向けて手を掲げた。
イッセイ:「それでは最後に、第三の装いをご紹介いたします。こちらは男性用のデザインでありながら、先ほどの女性の装いと完全なる調和をもたらすための現代的服飾です。どうぞ」
奥から姿を現したのは、圧倒的なまでの気品と無機質な迫力を纏ったオロbasだった。彼の黒い角は完璧な魔術によって完全に隠され、手入れの行き届いた黒髪と燃えるような赤い瞳だけが覗いている。だが、それ以上に全参列者の呼吸を奪ったのは、その衣装のあまりの革命性だった。
オロbasが纏っていたのは、深みのあるボルドーレッドの極細ゲージで編み上げられたミニマルなウールのクルーネックセーター。腕まわりはわずかに絞られ、完璧なテーラリングのダークなスラックスパンツに、無駄な装飾のないストレートな黒革のベルトが引き締まったウエストを形作っている。そして足元――伝統的な重厚なロングブーツではなく、完全にフラットなソールとクリーンな白のラインを持つ、この時代ではありえないほど革新的な『白のスニーカー』が履かれていた。
会場は、致命的なショックによる静寂の底へと沈んだ。
中堅商人:「なんだあの上の服の仕上げは……縫い目がどこにも見当たらないぞ!」
貴族C:「あの足元の履物を見ろ! あんなに軽そうで、純白で、革の重苦しさがない靴……一体どんな魔法の技術を使っているんだ!?」
貴族D:「国中探してもいい、あのコーディネート一式を我が家の領地にどうしても取り入れたい!」
絶対的な服従と欲望の渦巻く中、イッセイは一歩前に踏み出した。その背後では、Kumi、レン、そしてオロbasの三人が完璧なポーズで並び、深紅の豪奢さと現代的なミニマリズムのコントラストを完成させている。
イッセイ:「――以上が、今宵のブランドが提示するすべての装いです。皆様、お楽しみいただけたでしょうか」
一瞬の空白。
その直後、会場はこれまでにないほどの割れんばかりの総立ちの拍手に包まれた。貴族も、商人たちも、子供たちも、そしてさっきまで嘲笑っていたライバル仕立て屋たちすらもが、一斉に立ち上がり、惜しみない称賛を送り始めた。木の床が揺れるほどの轟音のような拍手が、劇場の壁を激しく揺るがす。すべての者の瞳が、その洗練されたモダニズムに対する強烈な憧れと欲望に眩しく輝いていた。
数分後、熱狂の冷めやらぬ中で舞台裏へと引き上げてきたイッセイを、司会者の女性が満面の笑みで待ち構えていた。
司会者:「お見事でした、イッセイさん! ここまでの反響はフェスティバル史上初よ。真夜中に正式なグランプリの発表を行いますから、どうぞこの余韻をお楽しみになって!」
イッセイはまだ収まらないアドレナリンに身を震わせながらも、胸を張り、深く一礼した。
イッセイ:「ありがとうございます……心より、結果をお待ちしております」
カーテンの向こう、劇場の屋根を叩く激しい雨音はいまだに止む気配を見せない。外の世界では激しい嵐がヴィレリアの街を濡らしているが、この内部では、リュウが張り巡らせた戦術的ビジョンによる歴史の変革が、完全にその勝利をもはや動かしがたいものにしていた。深夜の最終決定を待つまでもなく、この瞬間、世界のファッションの歴史は永遠に書き換えられたのだった。




