「ランウェイを彩るブランドのデビュー」第86話 ブロック4
数時間にわたって崩れ落ちそうになっていた空は、ついに重く息の詰まるような鉛色の灰と化していた。かつては爽やかで芳香を放っていた朝のそよ風は冷たい強風へと変わり、湿った土の匂いと、エフラテスの街に迫る夏の嵐の気配を運んでくる。
孤児院の堂々たる門の前で、アカリは動けなくなっていた。小さな足が地面に縫い付けられたかのように感じられ、視界がわずかに歪む。空気を切り裂いたばかりの言葉の意味を脳が理解しようと必死になっていた。信じられないという純粋な輝きを放つ青い瞳が、カスガのそれを捉える。
アカリ:「私を……あなたの娘にしたいって……?」
背筋を寒気が駆け抜けた。次の瞬間、少女はハッと身を震わせ、混乱の嵐を頭から追い払うように慌てて両手を挙げて頭をかきむしり、小さく一歩後ろへ下がった。
アカリ:「そんなの、絶対に意味が分かりません! 私は……ただの使用人になるはずでした。ここに来た目的はそれだけです! どうして私なんかを養子にしたいんですか? 私は重要な人間でも何でもないし、名門の家柄も、あなたに差し出せるもの何一つ持っていないのに……!」
カスガは無限の慈愛を込めて彼女を見つめた。ゆっくりと膝をつき、ベージュのドレスの裾を泥に触れさせながら、少女の目の高さへと完全に合わせる。
カスガ:「本当のことを言えば、私はずっと子供が欲しかった……だけど、結婚することにも、貴族社会の期待に応えることにも、これっぽっちも興味がないの。そしてアカリ、あなたは『何者でもない』なんかじゃない。あなたを一目見た瞬間から、特別な何かがあるって分かっていたわ。でも、無理強いはしない。あなたが望まないなら、絶対に強制はしないからね」
その言葉を聞いた瞬間、アカリの意識はひとっ飛びに数時間前の記憶へと引き戻された。ブティックでの買い物、リネンとシルクの香り、風に揺れる青いドレスの感触、滑稽な帽子をかぶったときの澄んだ笑い声、そしてどこまでも広がる滝の壮大さと小さな黄金のサルたちと分かち合った驚き。それは夢のように温かく、輝かしい一日だった。
物心ついた頃から――いや、赤ん坊の頃から、アカリの背中には見えない影が張り付いていた。両親はあの残酷な村の襲撃で奪われ、顔の記憶かすら残っていないほど幼かった。運命がリュウという敬うべき兄のような存在を、サムという弟のような存在を、そして本当の家族のように思える仲間たちを与えてくれても、孤児院のマリア修道女がいつも優しくしてくれても……胸の奥底にはずっと、凍りついたような空洞があった。
孤独だった。母親という存在が欲しかった。一日の終わりに駆け寄って抱きしめてもらえる誰か、幼い誇らしげな気持ちで自分の描いた絵を見せられる誰か、世界があまりにも暗闇に包まれたときに支えてくれる誰かが欠けていた。
その刹那、アカリは任務も、地下牢も、ギルドの指令も、リュウの戦術的な盤面における自らの役割も、すべてを完全にかなぐり捨てた。愛情に飢え、母親の本当の温もりを必死に求めていた彼女の心は、いかなる計算よりも強く突き動かされた。
アカリ:「私……立派な娘になれるかどうかは、分からないけど……!」
焦りで声を震わせながら、矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出す。
アカリ:「でも、全力を尽くします、誓います! あなたの期待に応えられないかもしれない……文字を書くのも苦手だし、少ししか読めないけど、すぐに覚えられるから! 洗濯もできるし、屋敷の掃除も全部やるし、教えてもらえれば料理だって! だから、役立たずなんかじゃないです……!」
制御できないほどのスピードで言葉があふれ出る。自分の価値を必死に証明しようと次から次へと言葉を並べるのは、役に立つと示さなければこの申し出が泡のように消えてしまうのではないかという恐怖からだった。
少女の無邪気な焦燥を目にしたカスガは、優しくそれを遮った。両手を伸ばし、アカリの小さな手首をそっと掴んでその動きを止めると、深く慈悲に満ちた真剣な眼差しで彼女の瞳を見つめる。
カスガ:「アカリ……よく聞いて。私が必要なのは、使用人でも家を掃除してくれる人でもないの。ただ、あなたの本当の心に聞いてほしい……私の子どもになってくれる?」
アカリは硬直した。まっすぐに見つめ合う、顔と顔。見開かれた瞳が、海洋のように深く輝きを放つ。カスガのものと瓜二つの、その深い青の瞳には、荒れ狂いながらも光を反射する波の動きが映し出されているようだった。警戒や恐怖ではなく、純粋で原始的で圧倒的な幸福がその目に宿るのは、人生で初めてのことだった。
アカリ:「私……すごく、なりたいです……」
その最後の音が唇から零れ落ちたのとまったく同じ瞬間、頭上の雲が限界を迎え、大粒の冷たい雨粒が石畳を打ち始めた。
同時に、アカリの感情のダムが完全に決壊した。大粒の透明な涙が瞳からあふれ出し、熱を帯びたまま頬を伝い、空から落ちてくる雨粒と混ざり合っていく。
アカリ:「だって……だって、ずっと誰かが欲しかったんだもん!」
押し殺したようなしゃくりあげとともに彼女は感情を爆発させ、子供のように両こぶしで目をこすった。
アカリ:「友達や仲間がいても……すごく寂しかったの! どれだけ頑張っても、どれだけ大きなことを成し遂げても……最後に、よくやったって褒めてくれる人も、がんばったねって迎えてくれる人も誰もいなかったら……意味なんかないよ!」
アカリの泣き声は止まらなくなった。雨はわずか数秒のうちに激しさを増し、地面を激しく叩きながら、青いドレスの布地とストローハットを濡らしていく。
カスガは一秒たりとも待たなかった。すっと身を乗り出すと、少女の小さな体を両腕で力強く包み込み、自分の胸へとしっかりと引き寄せて、その頭を肩に預からせた。カスガから漂うラベンダーの香りが少女をすっぽりと包み込み、人生で一度も経験したことのない絶対的な安全の隠れ家を与えてくれる。
カスガ:「そうね、いい子……分かっているわ。ずっと一人で、そんなに耐えてきたのね……」
無限の優しさを込めてピンクの髪を撫でながら、カスガはアカリの頭を自身の首元に深く沈めさせた。何年分もの蓄積された痛みをようやく吐き出すかのように、少女は新しい母親にしっかりと支えられながら、声を上げて泣き続けた。
――その頃、はるか離れたヴィレリアの街では。
司法宮殿や孤児院から遠く離れたスクシア国の都市ヴィレリアでも、まったく同じ猛烈な勢いの土砂降りの雨が街の屋根を打ち付けていた。しかし、大劇場の舞台裏にある楽廊では、豪雨の音がかき消されるほどの無数のざわめきと、慌ただしい足音、木製ハンガーのぶつかり合う音が響き渡っていた。
非の打ちどころのないエレガントなスーツに身を包んだ男が、薄暗がりの中を行ったり来たりしていた。唇を噛み締め、シャツの袖口を直し、両手で顔を覆いながら焦燥感に身もだえしている。他ならぬ、リュウにスカウトされ彼の専属デザイナーとして働く仕立て屋、イッセイ・ミヤケその人だった。
そのすぐそばで、暗い木製の椅子にゆったりと腰掛けていたのは、リュウの忠実な部下オロbasだった。凍りつくような落ち着き払った態度で、オロbasはイベントを告知する折り畳み式のポスターを手にしており、その紅く燃え盛る瞳と頭部から生えた深紅の角が楽屋の陰影の中で異彩を放っている。
オロbas:「ご心配には及びません、イッセイ殿。リラックスしてください、すべてうまくいきます」
イッセイはハッと動きを止め、恐怖で見開いた目をオロbasに向けた。
イッセイ:「オロbas殿! どうしてそんなに平然としていられるんです!? この計画が失敗したら、この旅のすべてが水の泡になって、私は職を失うんです! リュウ様に殺されますよ!」
舞台裏の楽室は薄暗く、わずかな数のオイルランプの明かりと、重いベルベットのカーテンで仕切られた隣室から漏れる温かな光だけが頼りだった。
オロbasは動じることなくポスターのページをめくり、冷徹なまでに穏やかな声で返す。
オロbas:「そのようなことにはなりません。リュウ様があなたにあのデザイン画を渡したのは、まさにこの地域の要人たちを圧倒するためです。それは繊維工学の傑作だ。あなた一人の頭では決して思いつかなかった代物でしょう? 私たちが失敗するなど数学的に不可能です。万が一何かが起きたとしても、リュウ様が理由もなくあなたを解任することはありません。別の手段で商業的目的を達成するだけです。気楽に構えなさい、完璧にうまくいきますよ」
その時、明るい部屋の扉が勢いよく開かれた。
中から姿を現したのは、イッセイの愛娘クミと、その叔母にあたるイッセイの妹だった。二人は、リュウが影から送り届けた緻密なスケッチを寸分たがわず具現化した、息を呑むほど同一の二つの創造物を纏っていた。
そのドレスは革命的なまでに洗練されていた。メインの生地は深みのある深紅とワインレッドのベルベットで構成され、硬質なコルセアによって胴体が外科手術のような精密さで締め上げられている。コルセットとウエストの全表面には、古代の複雑な植物フィリグリーを模した極細の金糸刺繍が施されていた。
大胆かつ優美なデコルテラインには繊細な金のチェーンが肩から垂れ下がり、赤い宝石をあしらったチョーカーへと繋がっている。アイボリー調の半透明なシフォンで作られたドレープの効いた袖は、地面スレスレまで優雅に流れ落ち、肘のあたりにはゴールドの芯を持つ深紅の立体的な布花が飾られていた。
だが、最も衝撃的だったのはそのスカートだった。左脚に大きく入れられた大胆で非対称のスリットが中世の伝統的なファッションの堅苦しさを粉々に打ち砕き、金糸の刺繍が施されたコルセットパンプスを履いたスタイリッシュな脚線をむき出しにしている。裾のほうでは、歩くたびに炎のように湧き上がるような大型の深紅の布花が幾重にも重なり、引きずるようなロングトレーンを描いていた。
クミは父親の元へと歩み寄り、アイボリーのシフォンを美しく靡かせながら優雅に一回転してみせた。
クミ:「そんなに緊張しないで、お父さん。私たちなら絶対にうまくいくから」
イッセイはまず我が子へ向けた途方もない父性愛に満ちた目を向けたが、ほぼ同時に、ふたたび顔面蒼白の絶望へと引き戻された。
イッセイ:「そうだといいが……私の仕事の命運をかけて、本当にそうだといいが……!」




