「招致の競合」第78話 ブロック4
侍女:「――私範が次の選抜を執り行います!」
その宣言は、静まり返った裏庭の奥から圧倒的な澄み切った響きを伴って放たれた。凛とした、それでいてどこか冷ややかなまでの品位を感じさせるその女性の声は、微かなざわめきを包み込んでいた空間を鋭く切り裂いた。明かりを放つメインの街灯から最も離れた、影に包まれた特等席のエリアから、メイド服を身にまとった一人の女性が計算し尽くされた滑らかな動作ですっくと立ち上がった。背筋は針金のようにまっすぐに伸び、白いエプロンの上で重ねられた両手はわずかな揺るぎもない。
来賓として招かれていた高位の貴族たち、有力な商会の頭取たち、そして各家の主従を支える執事の誰もが、予想外の展開に一斉に首を巡らせた。ほんの一瞬の完全な静寂のあと、すぐさま波のように新しいどよめきが広がっていく。
「おい、まさかあの人間が……?」
「どの若者を指名するつもりだ?」
「残った三人の中で、一体誰を狙っているんだ……?」
疑念と驚愕の入り混じった視線が交差する中、メイドは一寸の乱れもない一定の足取りで、敷かれた石畳の上を前進していった。重厚なドレスの裾が床を擦るわずかな摩擦音が、周囲のざわめきの中で妙に際立っている。来賓たちが次代の側近候補の行方を巡って推測の声を交わし合う最中、一人の男の低く落ち着いた声がその喧騒を割り取るように響いた。
玄黒:「これはまた……驚いたな。ようやく見つけ出したというわけか、霞?」
深い余裕と渋みを湛えたその声の主は、ギルドマスターの血縁者である玄黒クロガネだった。彼がこの夜会に姿を現していること自体、事前の予定には一切含まれていないイレギュラーだった。周囲に気づかれないよう、暗がりの側面に位置するテーブルに深く腰掛け、最初から一連の出来事をただの傍観者のように見物していたのだ。
メイドは周囲の視線を一切気にする素振りも見せず、若者たちが立つ中央へとまっすぐに歩みを進めると、そのすぐ目の前でぴたりと足を止めた。冷徹な黒髪と鋭い観察眼を宿した瞳は、サムやリュウを完全に無視し、ただ一人の少女の姿を捉えて固定された。アカリの数歩手前で静止すると、彼女は裏庭全体に響き渡る明瞭な声で告げた。
侍女:「霞シオリ様は、この少女を我が陣営へと招致いたします」
その宣告は、貴族社会の頭上へ氷水を浴びせかけるような衝撃を持っていた。あまりの予想外さに、その場の空気が一瞬で凍り付く。どよめきを通り越した圧倒的な沈黙のあと、堰を切ったような大歓声に近いどよめきが爆発した。
「霞シオリ……だと……!? あの霞家の当主ご本人の名前か……!」
「嘘だろ、本当にあのシオリ様なのか……?」
「数えるほどの人間しか直接謁見したことがないと言われる、あの伝説的な……」
空気が急激に重くなった。その名が持つ政治的・社会的な重圧は、周囲の人間から容易に思考力を奪うほどに強大だった。貴族たちは隣り合う者同士で顔を見合わせ、ただの身寄りのない少女一人のために、裏の支配者層に等しい存在の息がかかった使者が直接足を運んでいるという事実を飲み込もうと必死になっていた。誰もが、霞家の頭主が下す決定に偶然や気まぐれなど一切存在しないことを知っている。
だが、その重大な指名が確定し、カルラ修道女が口を開いて手続きを進めようとしたその瞬間、まったく別の方向から、怒気と強い独占欲、そして隠しきれない傲慢さを孕んだ女性の声が割って入った。
富美子:「ちょっと待ってよ、霞! その子は私が最初に目を付けていたはずよ!」
反対側の最も豪華なしつらえが施されたテーブル席から、一人の女性が激しく椅子を引いて立ち上がった。そのあまりの勢いに、木製の背もたれが悲鳴を上げる。彼女の登場によって、周囲の視線は一瞬にしてその一点へと奪われた。
そこに立っていたのは、息を呑むほどに妖艶で、同時に見る者を威圧するような絢爛たる美貌を持った女性だった。光を浴びて輝く黄金色の豊かな髪が完璧な巻き髪となって美しい肩を覆い、その下には冷徹なまでに野心的な光を宿した、吊り上がった強い瞳があった。
彼女の纏う衣装は、富と特権の極致だった。上衣には極上の白レースで作られた首元が高くそびえるヴィクトリアンカラーのブラウスを採用し、透け感のあるふんわりとしたパフスリーブの袖口は真珠のボタンでしっかりと留められている。その上からガッチリと絞られた漆黒のコルセットが、黄金の縁取りと共に彼女の引き締まったウェストを強調していた。
腰から下には、血のように鮮烈な赤色を基調としたボリュームのあるロングスカートが広がっている。深く折り重なるプリーツと重厚なフリルが優雅な陰影を作り出し、フロント部分がわずかに割れた隙間からは、純金の糸と緻密な刺繍で彩られた純白のアンダースカートが覗いていた。胸元では大粒の宝石がはめ込まれた幾重もの純金の首飾りが重なり、動くたびに耳元のゴールドイヤリングと微かな金属音を響かせる。
その女性は、遠く離れた霞側のテーブルを睨みつけながら、嘲るような、それでいて自信に満ちた妖艶な笑みを浮かべて声を張り上げた。
富美子:「いくらあなたでも、その子を横取りするのは感心しないわね、シオリ?」
彼女が姿を現した瞬間、貴族たちの間からさらなる熱狂的などよめきが巻き起こった。
「あれは……富美子・日野様だ……!」
「まさか、あの御方がこんな表舞台に自ら足を運んでいらっしゃるとは……」
「なんて美しさだ……すべてを投げ出してでもあの人の寵愛を受けたいものだな」
「美貌だけじゃない。市全体の財政と権力を牛耳る、あの強大な権力者だぞ……」
称賛と欲望の入り混じった囁き声が、庭園の隅々まで波及していく。周囲からの熱っぽい視線と自分に向けられる賛辞を浴びるたび、富美子の満ち足りた自尊心はさらに肥大化し、その顔に浮かぶ勝ち誇ったような笑みは一層深まっていった。
時が完全に凍り付いたかのような静寂が訪れた。庭園を揺らしていた夜風がピタリと止まり、宙を舞っていた枯れ葉が途中で静止し、松明の炎の揺らぎすらもがその場に固定されたかのように気配が消え去った。
ナレーター:「富美子・日野。日野家の現当主であり、その圧倒的な美貌の裏には、底知れぬ黄金への執着と冷酷な計算高さが隠されている。御歳三十歳にして独身を貫き、子供の影はないものの、市の中枢宮殿の暗がりでは最高権力者である徳川との密通がまことしやかに囁かれている人物だった。彼女が就く役職はユーフラテス市の『総財務官』。その権限は街の行政の根幹を完全に支配していた。都市の全予算の配分、軍事組織に流れる莫大な資金の管理、そして市境を越えて搬入されるあらゆる物資にかかる関税の徴収まで、すべてが彼女の手腕によってコントロールされている。公的には、徹底した効率化と厳格な課税によって市の経済を安定させ、秩序ある発展をもたらす鉄腕の行政官として称えられていた。しかし、その完璧な表向きの数字の裏側では、外部からの監査を一切受け付けない絶対的な権力を利用し、公金と個人的な私財の境界線を曖昧にして私腹を肥やし続けているという黒い噂が絶えない。その途方もない政治的・経済的影響力のゆえに、リョウはこの女をユーフラテス市におけるもっとも腐敗した危険人物の一人と定めていた」
世界が再び動き出した。突如として吹き抜けた冷たい夜風がテーブルクロスを大きく揺らし、静止していた落ち葉を再び地面へと散らし落とす。
その光景の片隅で、リュウは腕を背中に組んだ完璧な姿勢を崩すことなく、冷ややかで感情の読めない無機質な瞳でその茶番劇を見つめていた。富美子・日野の鋭い視線の先には、庭園の奥の陰から動こうとしない、もう一人の重要な人物が座っていた。
そこに腰掛けていたのは、圧倒的な存在感を放つ女性だった。彼女はその美しい顔立ちの上半分を、赤と金の鮮やかな色合いに彩られた精巧な花柄の仮面で完全に隠している。その身にまとっているのは、純白の生地をベースに、鮮やかな青と深紅の刺繍が幾重にも施された、気品と成熟した色気を漂わせる至高の正装ドレスだった。
その女性がゆっくりと立ち上がった瞬間、周囲の空気が一変した。あまりの気迫に、どよめいていた貴族たちは再び言葉を失い、息を詰まらせた。彼女はしなやかで淀みのない動作で手袋をはめた右手を顔の脇へと伸ばし、その美しい花柄の仮面をゆっくりと外し始めた。そして、静かで、鈴を転がすような、しかし抗いがたい絶対的な権威を含んだ声を響かせる。
霞シオリ:「あいにくね、富美子さん……その子は、すでに私が手に入れた『私のものでよ』。それに、そんな馴れ馴れしい呼び方は控えてもらえるかしら? ……もしかしてあなた、そんなにも話し相手がいなくて寂しいのかしら?」




