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「それぞれの思惑」第76話 ブロック4


一ヶ月後。


リュウは、静まり返った孤児院の廊下を完全に落ち着いた足取りで歩きながら、心の中で思考を巡らせていた。


リュウ:「ここに到着してからすでに一ヶ月が経過した。これまでカルラ修道女のもとで、学習、清掃、資金管理、運営、そして当然ながら料理まで仕込まれてきた。すべては計画を完璧に遂行するための一環なのだろう。もっとも、俺自身にはそんな学習など必要ない。リョウがあらゆる分野をすでに極めており、俺はそのクローンとして全く同じ知識をそっくりそのまま有しているからな。本日は、俺たちが潜入する予定の各家系を統括する執事たちの会合が行われる。他の連中は全員、その準備と段取りに追われている……だが俺はといえば、午後の時間はすべて自分のリラックスに充てることにする」


自室へとたどり着いたリュウは、木製の扉を押し開けて中に入った。そのままベッドの上に大の字の姿勢で身を投げ出し、両腕と両足をめいっぱいに広げる。身にまとっているのは孤児院の簡素な衣服であり、前の街の隠れ家で着用していたものと同じだった。


彼は目を閉じた。窓の外の空はどんよりと重く曇り、差し迫った嵐の到来を告げている。控えめな光がガラス窓を透過し、室内の空間を柔らかく照らし出していた。数秒が経過した後、リュウは再び目を開け、ゆっくりと上体を起こして両手を後ろにつきながらベッドの端に腰掛けた。


顔を左へと向ける。テーブルの上には彼の愛剣が横たわっていた。リュウは右手を伸ばし、鞘の中央付近をしっかりと掴むと、澄んだ滑らかな音を立てて鋼の刃を抜き放ち、静謐かつどこか物憂げな声でその名を呼んだ。


リュウ:「ライラ……」


刀身の精霊は、そう時間を置くことなくベッドの反対側に実体化を果たした。彼女はいつもの挑発的な姿勢を崩さず、どこか小悪魔的な笑みを浮かべて口を開く。


ライラ:「どうしたの、リョウ? 私に慰めてほしいとでも言うの……?」


リュウは彼女を真摯で、余計な感情の一切ない冷徹な瞳で見据えた。


リュウ:「これから出かける。お前を連れていくわけにはいかない」


ライラの顔に浮かんでいた挑発的な笑みは微かに震えたかと思うと、たちまち消え去り、引きつった硬直した表情へと変わっていった。精霊の纏っていた温もりは一瞬にして蒸発する。


ライラ:「……わかったわ。問題ないわよ、気にしてないわ。ここで待っているから」


リュウはオリジナルのリョウが持つものと変わらない、一切の隙のない眼差しで彼女を見つめ続けた。ちょうどその時、建物の外で嵐が激しさを増し始めた。壁の高い位置にはめ込まれた窓ガラスに、最初の雨粒が強烈な勢いで叩きつける。


リュウ:「本当に大丈夫か?」


ライラは彼の視線に耐えられなかった。うつむいて床に視線を落としていたが、突然顔を無理やり上げ、目を固く閉じたまま満面の笑みを作り出し、焦燥感を隠すために必死で平静を装った。


ライラ:「ええ、心配しないで。ずっとここで待っているから」


リュウは黙ったまま立ち上がった。


リュウ:「ああ」


上のほうにある窓を閉めて室内に雨が吹き込むのを防ぐため、彼はその方向へと向き直った。しかし、最初の一歩を踏み出した瞬間、ライラは瞬時に彼の背後へと現れ、力強くその手を掴んだ。彼女の声は仮面が剥がれ落ち、完全に震えていた。


ライラ:「本当に……本当に戻ってくるわよね……?」


リュウは踵を返して彼女と正面から向き合った。ゆっくりと両腕を持ち上げ、その精霊の身体を自分の胸元へと深く引き寄せる。身長差があるため、リュウの顔の位置は彼女の胸の谷間のすぐ下に収まり、顔面が彼女の腹部にぴったりと押し付けられた。


リュウ:「何をそんなに怯えている。俺が行って二度と戻らないのではないかと恐れているのか……使い捨ての道具のように自分を置き去りにするのではないかと、そう怖がっているんだろう?」


ライラの唇が再び細かく震えた。何世紀もの間蓄積されてきた孤独と痛みがついに限界を迎え、彼女の目からとめどなく涙が溢れ出した。


ライラ:「あなたはあまりにも冷静で分析的すぎるわ、リョウ……だからこそ、私を置いていってしまうんじゃないかって、怖くてたまらないのよ……」


彼女はまるで小さな子供のように声を上げて泣きじゃくり、止めようと両手で必死に目をこすった。リュウはその抱擁を解くことなく、彼女の不安を繋ぎ止める確かな錨(いかり)となるかのように、しっかりと身体を支え続けた。


リュウ:「お前の過去の経緯など聞かなくとも、お前がどれだけの痛みを味わってきたかくらい理解している。お前が以前に傷つけられたということもな。一日は二十四時間ある。そのすべてを割いてお前の側にいてやりたいが、それは不可能だ。外で不測の事態が起きれば、俺が片付けなければならない仕事がある。だが、俺が交わした約束だけは忘れるな。お前を絶対に置いていったりはしない。お前は、死が二人を分かつまで俺の相棒だ」


ライラはリュウに両腕を回し、顔中を涙で濡らしながら彼を強く、壊れんばかりに抱きしめた。リュウはその抱擁から身じろぎもせず、ただ静けさを保ったまま低く囁いた。


リュウ:「心配するな、必ず戻る。ただ待っていてくれ」


次第にライラの泣き声は静まり、規則正しい息遣いへと変わっていった。少し落ち着きを取り戻した彼女は、ゆっくりと一歩後ろに下がり、答えた。


ライラ:「……わかったわ」


彼女はすぐさま得意の勝ち誇ったような笑みを取り戻し、大きく笑ってみせると、ウインクを一つ飛ばしてこう付け加えた。


ライラ:「ずっと待っているから」


その直後、彼女の姿は霧散するように消え去り、再び鋼の刀身の内部へと戻っていった。


リュウはゆっくりと両腕を下ろし、前髪が顔の一部を覆うようにうつむいた。目を閉じる。静寂に包まれたその瞬間、ライラの残した最後の言葉が彼の意識の深層に反響し、遠い日の記憶――足の半分ほどまで届く長い白髪を持つあの少女が、深みのある甘い声で「ずっと待っているから」と囁いた記憶と完璧に重なり合った。


リュウは一言も発しなかった。ベッドの方へと向き直り、毛布に潜り込むと、雨の冷気から身を守るようにすっかり頭まで被り、目を閉じてそのまま眠りについた。


同じ頃、孤児院の別の場所では、アカリとゲンソが念入りな身支度を整えていた。鏡の前で髪をとかし、エレガントな正装を纏い、夜の集まりに向けて衣装の細部を入念に調整している。


一方のサムは、未だに孤児院の簡素な私服を着たまま廊下を歩いていた。彼は木造の壁に反響するほどの大きな大声でリュウの名前を連呼している。


サム:「――リュウーーッ!!……おいリュウーーッ!! 一体どこにいるんだよ、リュウーーッ!!?!」


そのまま廊下を進み、リュウの部屋の扉の前にたどり着いた。勢いよくドアを開け放ったが、飛び込んできた光景は予想外のものだった。そこには、ベッドの端で横向きになり、毛布にすっぽりと包まって眠るリュウの姿があった。


部屋を満たしている唯一の音は、窓の向こうで規則正しく降り注ぐ雨のリズミカルな打音だけだった。リュウは周囲の喧騒などまるで気にする様子もなく、深い眠りについていた。


サムはその姿をしばらくじっと見つめ、呆れたような、しかしどこか意外そうな表情を作った。リョウやそのクローンであるリュウのような人間が、昼間に堂々と昼寝をするタイプだとは夢にも思わなかったのだ。彼は穏やかに笑みを浮かべ、小声で独り言を呟いた。


サム:「……邪魔しないでおくか」


音を立てないように細心の注意を払いつつ、サムはそっと扉を閉め、嵐のざわめきを背にしながら静かに廊下を離れていった。


時刻:午後9時。場所:ユーフラテス市。


夜のとばりがユーフラテス市をすっぽりと包み込んでいた。大通りは活気に満ちあふれている。湯気を上げる屋台、移動販売の商人たち、賑わうレストラン、そして街灯の光の下をそぞろ歩く家族連れの姿があった。


しかし、孤児院の敷地内には絶対的な静けさが支配していた。廊下や部屋の灯りはついているものの人気はなく、すべての活動は裏庭へと集中していた。屋外のスペースにはフォーマルなテーブルと椅子が綺麗に並べられ、招待客たちはワインやリキュール、軽食を楽しんでいた。あちこちのテーブルからざわざわとした歓談の声が空気に溶け込んでいる。どの席にも明確な共通の光景があった。それは、気品ある衣装を身にまとった一人の貴族と、その側近である信頼厚い一人の執事が対になって座っている姿だった。参列者全員がダークスーツやフォーマルな正装、そして絹のネクタイで身を固めている。


母屋のバスルームでは、カルラ修道女が鏡の前で最後の仕上げを行っていた。彼女が纏っているのは、過度に派手でも地味でもない、今回の場に完璧に調和した非常に上品な赤色のドレスだった。彼女は一呼吸置いて精神を落ち着かせ、深く息を吸い込むと、イベントの幕を開けるために出口へと歩き出した。


彼女が裏庭へと姿を現した瞬間、各テーブルで交わされていた会話のざわめきがスッと収まった。カルラ修道女は凛とした足取りで歩を進め、集まったすべての出席者に向けて温かみのある声を響かせた。


カルラ修道女:「皆様、本日は誠に素晴らしい夜でございます。どうぞこの宵のひとときをお楽しみください。すでにご存知のことと存じますが、本日私たちをこの場に集めている理由は、貴方様の気高いお屋敷に仕える新たな優秀な人材を選抜するためでございます。今回、私たちのもとには四名の極めて卓越した候補者が揃っております。前置きはこれくらいにいたしまして、さっそく彼らを皆様にご紹介いたしましょう」


カルラ修道女は、裏庭に面した母屋のメイン入口へと優雅に手を差し伸べた。


そこから姿を現したのは、ゲンソ、アカリ、サム、そしてリュウの四人だった。全員が手入れの行き届いた端正な仕立ての衣装に身を包んでいる。下衣には黒のカーゴパンツ、そして足元にはシンプルながらも洗練された白のスニーカーを履いていた――これは、動きやすさと快適な機動性を確保しつつ、同時に周囲の目を惹きつけるためにリョウが事前にオーダーメイドで作らせていたものだった。


ゲンソ、アカリ、サムの三人は、硬い襟の白い長袖シャツの上に黒いシングルボタンのスペンサーコート(燕尾のない短い上着)を羽織り、完璧に結ばれた黒のネクタイを締めている。一方、リュウだけは明確に異彩を放っていた。彼は上着のコートを着用せず、絶妙な位置まで綺麗に腕まくりをしたタイトな白シャツの上に、引き締まった胴体にフィットする黒のベストを着用していた。その佇まいは、厳格なエグゼクティブの洗練さと、圧倒的なまでの武骨な威圧感が完璧に融合したものであった。


三人の少年たちは背筋を伸ばし、背中で手を組んだ姿勢を崩さない。対照的にアカリは体の前で両手を重ね、緊張からわずかに指先をこわばらせていた。


貴族や執事たちの間で、一気にひそひそ声のざわめきが広がった。


「――思った以上に洗練されているな……」


「今回の新人たちは、なかなか見応えがありそうだぞ」


「あの衣装はどこで仕立てたものだ? 上等に見えるが、それでいて実務にも奇妙なほど動きやすそうだ」あ


「あんな形の靴は、今まで一度も見たことがないな……」


カルラ修道女は、自分たちが用意したグループの視覚的なインパクトが狙い通りに場を捉えたことに満足の笑みを浮かべ、再び言葉を紡いだ。


カルラ修道女:「この第一印象が皆様のお気に召したことと存じます。それではお尋ねいたしますが……本日のこの場より、さっそく選考プロセスを開始されたい方はおられるでしょうか?」


誰も即座には口を開かなかった。裏庭は完全に静まり返り、先ほどまでの貴族たちの私語もピタリと止んでいた。


その静寂を切り裂くように、椅子の脚が床に激しく擦れる不快な音が響き渡り、続いて椅子が勢いよく後ろへ倒れこんだ。その音によって、場の空気はさらに重く冷え込んだ。一列の最も奥に陣取っていたテーブルから、一人の男がガバッと立ち上がった。彼はうつむき加減のまま、両腕をテーブルの木板にぐっと突き立てている。その身に纏っているのは、最高位の階級を示す黒のミリタリー制服だった。彼の口から発せられたのは、荒々しく、しかし底知れぬ傲慢さに満ちた圧倒的な大声だった。


軍人リーダー:「小綺麗に澄ました服に、ピカピカのおもちゃみたいな靴か……まったく、くだらん茶番だ。カルラのアヴェンジャーめ、俺をわざわざこんな場所に呼びつけておいて、見せてくれるのは役立たずの甘ったれた小間使い崩ればかりとはな。こんなファッションショーを見せるために俺の貴重な時間を奪いやがって」


その声のトーンは、彼の持つ傲慢で無知な性格を隠すことなく露呈させていた。外見や上辺だけで相手の価値を決めつける、典型的な脳筋の暴君そのものだった。男は顔を上げ、背筋をしゃんと伸ばした。この街の衛兵隊を率いる隊長その人だった。胸元には二枚の黄金の翼が絡み合う高位の勲章が輝いており、その発達しきった筋肉質な巨体を誇示するかのように、踏みしめる足音を重く響かせながら堂々と歩み寄ってくる。


カルラ修道女はすぐに事態を収めようと割って入った。


カルラ修道女:「徳川様、ご不快な思いをさせてしまったのでしたら、誠に申し訳ございませんが――」


徳川:「黙れ、シスター!」


徳川はその一喝でカルラ修道女の言葉を完全に遮った。四人の若者たちの目の前まで歩み寄ると、まるで市場の家畜でも品定めするかのように、ジロジロと視線を這わせながらその周りを歩き回り始めた。


徳川:「お前らの中で、実際に銃を握りしめ、あるいは躊躇うことなく敵の喉元を切り裂くだけの度胸を持ち合わせているクズはどいつだ?」


四人のうち、誰一人として即座に返答する者はいなかった。アカリは緊張で俯き、サムは容赦ない軍人の威圧感の前に冷や汗をダラダラと流している。一方のリュウは、完璧な姿勢を崩さぬまま微動だにせず沈黙を守っていた。彼の頭脳の中ではすでに緻密な計画の青写真が描かれており、この中でどの駒をあの軍人隊長の懐に送り込むべきか、計算は完全に終わっていた。


その時、一瞬の静寂を縫って、列の中からほとんど聞き取れないほどの小さな呟きが漏れた。それはゲンソの不機嫌そうな悪態だった。


ゲンソ:「……バカが」


あいにく、その声は屈強な軍人の耳にしっかりと届いてしまっていた。徳川はピタリと足を止め、ゲンソの数センチ手前まで詰め寄ると、上から見下ろすように凄んだ。


徳川:「今、何か言ったか、小僧」


ゲンソもまた、軍人に負けず劣らず誇り高く、一歩も引かない鋭い眼光でその目を真っ直ぐに睨み返した。


徳川:「そうだ、俺が言った。だから何だと言うんだよ?」


前触れもなく、徳川は右の拳を振り抜き、ゲンソの顔面へと強烈な一撃を叩き込んだ。その衝撃でゲンソの身体は後ろへと吹き飛び、鼻血の筋を一条引いたまま、地面に尻もちをついた。


徳川:「もう一度言ってみろ」


ゲンソはゆっくりと上体を起こし、赤く染まった手で鼻元を乱暴に拭うと、怒りを剥き出しにして吐き捨てた。


ゲンソ:「――この、脳みそまで筋肉のクソ野郎が」


徳川は再び足音を荒げながら詰め寄り、左手で彼のシャツの襟首をグッと掴み上げて怒鳴り声を上げた。


徳川:「あぁ? 調子に乗りやがって……!」


軍人は容赦なく、今度はゲンソの顎を狙って凄まじい右フックを叩き込んだ。その強烈な一撃は、再びゲンソの身体を数メートル先へと弾き飛ばした。突然の暴力の応酬に、周囲の貴族や参列者たちの間から恐怖とパニックのざわめきが波のように広がった。


リュウはその荒れ狂う光景を、冷徹で無機質な瞳のまま静かに見つめていた。アカリとサムは完全に硬直し、サムにいたっては暴力の生々しさに冷や汗を流しながら青ざめている。地面に叩きつけられたゲンソは荒い息を吐きながらも気力で立ち上がり、即座に戦闘態勢の構えをとった――それは、かつての街での修道女マリアとの戦いの際に見せた、野性的で粗削りな喧嘩殺法の構えそのものだった。


徳川:「おやおや……俺に向かって喧嘩を売るつもりか? その生意気な目、へし折ってやらないとな」


その光景を眺めながら、リュウは心の中で冷ややかに分析を走らせていた。


(どいつもこいつども、プライドばかりが高くておめでたい連中だ……だがまあ、おかげで計画のほうは圧倒的に進めやすくなったな)


ゲンソ:「言っとくが……これ以上調子に乗るなら、俺だって加減しねえからな……!」


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