「私のリュウのクローン」第3章 第10話(第1パート)
リョウは喧騒に包まれた街の通りを、ただ一人で静かに歩いていた。彼の周囲では石造りの街道がどこまでも続き、任務の報酬について議論を交わす冒険者たちや、日用品の買い物に精を出す市民、レストランのテラス席で美味に舌鼓を打つ人々で溢れかえっていた。パンドラの姿はすでに隣にはなく、気配を完全に消して彼の足元の影へとひっそりと潜んでいた。
やがて、あらゆる珍品や遺物を並べた露店が立ち並ぶ小路へと入っていく。リョウは棚に並ぶ品々を冷ややかな視線で見下ろした。どれもこれも不当な高値がつけられたガラクタ同然の代物ばかりだと、鼻で笑い飛ばすように思考を巡らせる。
だが――ある一つの露店に並べられた「ある物」が、彼の足をピタリと止めさせた。
カウンターへと足を進める。そこには初心者や駆け出しの冒険者をターゲットにしたマナ結晶、エンチャントリング、煌びやかな意匠の魔導具が誇らしげに陳列されていた。白い髭を蓄えた親しみやすい顔立ちの老店主が、客の接近に気づいて柔らかな笑みを浮かべた。
店主:「やあ、おはよう。良い朝だね、ボク。何か特定の物でもお探しかな?」
リョウは答えなかった。感情の失われた冷酷な瞳でテーブルを左から右へとスキャンし、煌びやかな魔法道具をすべて無視して、テーブルの片隅に半ば忘れ去られたように転がっていた異質な物体に視線を固定した。
それは、青ざめた異様な雰囲気を纏う磁器製の白い仮面だった。
額の部分にはふたつの微かな灰色のくぼみが刻まれている。短く太い黒眉の下には、細い縫い目の線が走る三日月型の深紅の目が塗られていた。しかし何よりも不気味さを際立たせていたのは、その口元だった。歪に吊り上がった鮮血色の笑顔。その周囲には尖った狂気的な歯並びと、まるで肌に縫い付けられたかのようなグロテスクな傷痕の縫い目が描かれていた。
リョウは数秒間、無言でその仮面を見つめ続けた。
リョウ:「……その仮面はいくらだ?」
店主は指さされた品を見て、小さくため息を漏らした。
店主:「ああ、それかい? それは銀翼貨20枚だよ。まあ……見ての通りの見た目だからね、今まで誰も買おうとしなかったんだが」
迷う素振りすら見せず、リョウはポケットに手を突っ込むと小銭入れを取り出し、きっちり20枚の銀貨を抜き取った。そして木製のカウンターの上に固い音を立てて置いた。
リョウ:「買おう」
店主:「おやおや、まいどあり! こんなにすぐ売れるとは思わなかったよ」
代金を受け取った店主から仮面を受け取ると、リョウはそれを顔の高さまでゆっくりと持ち上げた。磁器に描かれた狂気的な赤い笑顔をじっと見つめる彼の表情は、相変わらず冷徹で計算高いままであった。
店主は銀貨を収めながら、どこか申し訳なさそうに微笑んだ。
店主:「正直、やっと引き取ってもらえてホッとしたよ。不気味なうえに、冒険者が実戦で使うには小さすぎるからねえ……買い取ってくれて本当に助かったよ、ボク」
リョウ:「別にいい」
関心なさげに短く応えると、リョウはそのまま踵を返し、人混みの中へと消えていった。歩きながら腰の右側に仮面を取り付け、歩調に合わせてゆらゆらと揺れるのに任せた。
石畳の通りを進む中、足元の影が再び揺らぎ、何もない空間からパンドラが唐突に実体化した。周囲の歩行者たちが驚愕で目を丸くし、少年の一口の影から出現した謎の美女へと視線を注いだ。
パンドラは周囲の視線など意にも介さず、わずかに首をかしげてリョウの腰にある仮面を見つめた。
パンドラ:「奇妙な作りの仮面ですわね……一体どなたが作られたものかしら」
リョウは足を緩めることなく、視線だけをわずかに落として短く答えた。
リョウ:「誰が作ったかなどどうでもいい。完璧だ……これで計画の次の段階へ進める」
パンドラ:「承知いたしました」
二人は市場の喧騒を後にし、確かな足取りで前進した。
◆
一方、リョウの分身は人混みの間を通り抜けていた。本体と寸分違わぬ、冷たく冷徹で感情の削ぎ落とされた表情を保ったまま、別ルートを辿って孤児院の敷地へと足を踏み入れた。
その頃、孤児院の内部ではサムが廊下を歩いていた。すでに着替えを済ませ、ダボついたショートパンツに大きめのTシャツというラフな格好だった。足元は裸足で、どこかぼんやりと床を見つめている。
サム:「ここの床、すっごく綺麗だな……裸足で歩いても全然足が汚れないや」
視線を上げ、思考を巡らせる。
サム:「リョウはどこに行ったんだろう? 部屋には荷物しかなかったし……出かけるって言ってたけど、ちょっと遅いな……」
思考に没頭するあまり、サムは誰もが一度は経験するであろう「決定的な過ち」を犯した。右足の小指が、木製のテーブルの脚へと全力で激突したのだ。
激痛が足先から脳魁へと突き抜けた。
サム:「っっぎゃあぁぁぁあッ!? 痛ぁぁい!!」
無様に後ずさり、そのままドアの真ん前で尻餅をついた。右足を両手で固く抱え込み、あまりの電撃的な激痛に歯をくいしばって悶絶する。どれほどの魔力や武力を誇ろうとも、身体の最も脆弱な部位への物理ダメージには抗えないという残酷な証明であった。
その瞬間、パタンと扉が開き、リョウの分身が入ってきた。悶絶するサムを一瞥し、ドアを静かに閉める。
リョウ(分身):「何をしている? なぜ床に転がっているんだ」
目の前にいるのが本物だと疑ってもいないサムは、苦笑いを浮かべながら頭をかいた。
サム:「あはは……テーブルの脚に指をぶつけちゃってさ……」
分身は無表情のままサムへ近づき、スッと手を差し伸べた。
リョウ(分身):「立て」
相変わらずの鉄仮面のような顔。サムはその差し出された手を見上げた。
サム:「あ……ありがとう、リョウ」
手をつかんで立ち上がり、ショートパンツについた埃をパンパンと払う。
リョウ(分身):「問題ないか」
サム:「うん、もう大丈夫だよ!」
リョウ(分身):「ならいい。俺はシャワーを浴びてくる。終わったら計画を説明する」
サム:「了解! 僕は食堂に行って朝ごはん食べてくるね」
分身は黙って頷くと、浴室の方へと向かって歩き出した。目の前の存在が完璧な偽物であるとは、サムは微塵も気づいていなかった。
サムは廊下を進み、メイン食堂へと到着した。そこは広々とした空間で、年月を経て磨き上げられた長テーブルと素朴なベンチが置かれ、高い窓からは温かな朝の光が差し込んでいた。
すでにケンゾウ、アカリ、そしてシスターのカルラが席に着いていた。アカリがサムに気づいて笑顔で手を振る。
アカリ:「あ、お兄ちゃん! おいでよ!」
ケンゾウ:「ちょうどいいところに来たな、朝飯が運ばれてくるところだ……あれ、リョウは?」
サムは席につき、まだ少し痛む小指をさすりながら答えた。
サム:「シャワーを浴びてから計画を話すって言ってたよ」
ケンゾウ:「そうか」
そこへ厨房から修道女たちが重厚なトレーを運んできた。温かな湯気が立ち上るお皿がそれぞれの席へ手際よく並べられていく。
修道女:「ごゆっくりどうぞ」
用意されたのは、出来立ての香ばしい丸パン、甘い野イチゴと黄金色の蜂蜜が添えられた温かいオートミール、そしてハーブティーの心温まる朝食だった。
サムは目を輝かせた。
サム:「うわぁ、美味しそう! お腹ペコペコだったんだよね!」
三人は歓声を上げ、さっそく朝食に手を伸ばした。
その頃、孤児院から数キロ離れた街の通りでは、本物のリョウが相変わらず静かに歩を進めていた。隣を歩くパンドラが横顔をチラリと見やり、沈黙を破った。
パンドラ:「……潜入調査をあの方(分身)に任せてしまって、本当に宜しかったのですか、リョウ様?」




