無知か、それとも愚かか?――第4話(後編)
第4話の後半をお届けします。リョウには、私たちが思っている以上の秘密が隠されているようですね……。エピソード4の後編、ぜひ楽しんでいただければ幸いです!
数時間後。
ヴィクトルは神経を逆なでされるような苛立ちの中、何度も同じ場所を往復していた。沈黙を破ったのはセレナだった。その声は震えていたが、確信に満ちていた。
セレナ:「みんな、すぐに戻ってくるわよね……? リョウは今、どこにいるの?」
ヴィクトルは頭を激しく掻きむしり、抑えきれない焦燥感を爆発させた。彼は血走った眼で見開き、弾かれたように立ち上がる。
ヴィクトル:「クソッ! 俺が探しに行ってくる!」
ディエゴが即座に反応し、ヴィクトルの肩を強く掴んでその場に引き留めた。
ディエゴ:「待て、ヴィクトル。落ち着け。奴らがどっちの方角に向かったかも分からずに、どこへ行くつもりだ? もう夜だぞ。今の時間の森は、俺たちにとっても死刑宣告に等しい」
ヴィクトルは親友の制止を振り払い、激昂した表情でディエゴへと向き直った。その顔は焦燥と怒りで歪んでいる。
「なら、俺にどうしろってんだ! 息子がどこで何をされているかも分からねえのに、ここで指をくわえて待ってろってのか!? ディエゴ、お前だってサムのことが心配じゃないのかよ!」
詰め寄るヴィクトルに対し、ディエゴは平静を保とうとした。しかし、その瞳の奥には隠しきれない痛みが滲んでいる。
「……心配していないはずがないだろう。だが、俺はサムを信じている。いつか彼が独りで生きていくと決めたのなら、それを成し遂げる強さを持っているはずだ」
二人の言い争いを切り裂くように、それまで暗がりに身を潜めていたマリアが一歩前へと踏み出した。彼女の鋭い視線が、震えるセレナを射抜く。
「二人とも、落ち着いて。……セレナ、あなたには確信があるのでしょう? 話して」
セレナはしばらくの間、虚空を見つめて沈黙を守っていた。やがて、覚悟を決めたように夫へと視線を向ける。
「あの子……今日の午後に現れたあの子は……きっと、リョウだったんだわ」
その言葉は、巨大な槌のようにヴィクトルの胸を打ち据えた。あまりの衝撃に膝の力が抜け、彼はその場に崩れ落ちる。自分の手で実の息子を攻撃し、追放してしまったのではないか――その疑念が、逃げ場のない傷となって彼を苛んだ。
「馬鹿な……信じられるか。あの子が本当にリョウだったというのか? セレナ、見間違いじゃないんだろうな……!?」
セレナは瞳に涙を浮かべ、静かに、しかし断固とした拒絶のように首を横に振った。
「私の横を通り過ぎた時……言葉では説明できない繋がりを感じたの。だから分かるわ。あの子は偽物でも変身能力者でもない、私たちのリョウだったんだって」
後悔と絶望に突き動かされ、ヴィクトルはよろめきながら立ち上がると、そのまま扉へと向かった。
「ヴィクトル! どこへ行くつもりだ!?」
ディエゴの制止を背に、ヴィクトルは泣き出しそうな声を押し殺し、冷徹な響きを装って答えた。
「……息子を探しに行く」
「待って、ヴィクトル。明日の朝まで待つのが賢明よ。あの子のことだもの、もうどこかで休息場所を見つけているはずだわ。お願い、私の言うことを信じて」
妻の放った正論に、ヴィクトルの意志の斧は砕け散った。彼はがっくりと項垂れ、力なく言葉を漏らす。
「……君の言う通りだ、愛してる。……ディエゴ、怒鳴って悪かった。本意じゃなかったんだ」
ディエゴは悲しげだが穏やかな微笑を浮かべ、気にするなとばかりに軽く手を振った。
「気にするな。お前の気持ちは痛いほど分かる」
「……本当に、お前はサムを探しに行かないのか?」
「ああ。さっきも言った通り、俺はあの子を信じているんだ。賢く、そして強い。いつか戻ると決めたなら、その時は両手を広げて迎え入れるさ。それが親というものだろう? なあ、マリア」
マリアは静かに頷き、夫の腕にそっと寄り添った。
マリア:「ええ、もちろんよ」
ディエゴは二人に頷き、去り際に声をかけた。
「よし、俺たちはもう行くよ。何かあったらいつでも呼んでくれ。じゃあな」
扉が閉まり、静寂が部屋を支配する。残されたのは、ヴィクトルとセレナ、そして主を失ったリョウの空っぽの部屋。外では、森が子供たちを飲み込んだまま、深く静まり返っていた。
夜の帳が森を下りる。だが、リョウにとってその静寂は安らぎを意味しなかった。焚き火の爆ぜる音だけが、隣で深く眠るサムの吐息と混じり合う。サムは、自分たちが背負った運命の重さなど露知らず、穏やかな寝息を立てていた。
リョウは友の顔を見つめた。オレンジ色の炎が、まだ幼さの残るサムの横顔を照らしている。
「本当におめでたい奴だな……。まさか、あんな決断をするなんて思いもしなかった」
リョウの唇に、本人さえ気づかないほど微かな、だが本物の微笑が浮かんだ。
「だが……お前のような友がいてくれることに、感謝しているよ」
リョウは視線を空へと移した。天面には、冷たく遠い星々が散りばめられている。彼はその星に向けて手を伸ばし、拳を握りしめた。筋肉の繊維一本一本に宿る、かつてない密度を感じ取る。
(分かっている。力は戻りつつある。筋力、速度、反射、知覚……すべてが以前を凌駕している。だが――)
瞬きする間に、彼の掌から黒い炎が噴き出した。それは周囲を照らす火ではない。光を喰らい尽くす燃える影だ。リョウは奥歯を噛み締め、数秒間その炎を維持した後、強引にねじ伏せるように消し去った。炎が消えた後の皮膚は赤く焼け、鼻を突く焦げた臭いが漂う。
(この器はあまりにも脆い。ただの、人間の身体だ……。強すぎる力の行使には代償が伴う。まるで、海そのものを小さな瓶に詰め込もうとしているようなものだ)
彼は手を下ろし、拳を開いた。そこには、淡く神秘的な光を放つ青い宝石の銀指輪があった。慈しみと悲しみが混ざったような笑みを浮かべ、彼はそれを衣服の奥深くに隠した。冷たい地面に背を預けると、抗いがたい疲労が彼を襲う。
「当面、力を使うのは最小限に留めるべきだな。この器がいつまで持つか分からない……」
リョウが深い眠りに落ち、再び静寂が訪れる。だが、暗闇の中で異変が起きた。焼けた手の血が泡立ち、白濁とした蒸気となって静かに噴き出したのだ。熱を帯びた霧の下で、炭化した肉が蠢き、繊維の一つ一つが再生していく。傷跡一つない、滑らかな新しい皮膚へと。
翌朝、森は鳥たちのさえずりと、黄金色の朝日に照らされた葉の擦れる音と共に目覚めた。木漏れ日がキャンプの跡に複雑な光と影の模様を描き出し、新しい一日の始まりを告げていた。
一番に反応したのはリョウだった。鋭敏さを増した彼の感覚は、光よりも早く、空気のわずかな温度変化を察知していた。
「ふぁ……あぁ……」
深く長い欠伸がこぼれる。手足を伸ばすと、密度を増し、引き締まった筋肉が、不自然な体勢で眠っていたせいでわずかに軋んだ。
リョウは起き上がり、焚き火の跡に目をやった。そこには灰色の残骸と、消え入りそうな一筋の煙が残っているだけだった。ふと隣を見ると、サムも毛布の中で身じろぎを始めていた。
「ふぁあぁぁ!」
サムは騒々しく欠伸をし、両手で豪快に目をこすった。
「おはよう、リョウ……。今日はいい天気だね、そう思わない?」
言い終わるか終わらないかのうちに、サムの腹の底から低く長い音が響いた。――グゥゥゥゥルルル! まるで腹の中に潜む小さな魔物が、己の取り分を要求しているかのようだった。
リョウはこらえきれず、久方ぶりに曇りのない笑い声をあげた。
「はははは! 食い意地だけは一人前だな、サム。まあ、正直に言えば俺の腹にも大きな穴が空いてる気分だ」
リョウは立ち上がり、より逞しくなった身体を覆うマントを整えた。彼の視線は、森の木々がまばらになり始めた地平線へと向けられる。
その年齢の子供とは思えない決意を胸に、二人はわずかな荷物をまとめ、大樹のシェルターを後にした。草むらをかき分け進むうちに木立は薄くなり、足元が踏み固められた感触へと変わる。やがて、彼らは本道へと躍り出た。
土の道は、自分たちの過去と不確かな未来を繋ぐリボンのように先へと伸びている。生まれ育った村を一度も振り返ることなく、リョウとサムは朝日を浴びて歩き出した。次なる町で待ち受ける運命に向かって、力強い足取りで。
【今後の更新予定とお知らせ】
皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。今後の連載ペースについて、効率とクオリティを考慮した結果、以下のような計画で進めていくことに決めました。
私は常に「効率」と「生産性」を重視しています。計算したところ、このままのペースでは第1巻の前半を終えるのに1ヶ月以上かかってしまうことが分かりました。読者の皆様を長く待たせたくありませんし、決してポイント稼ぎのために引き延ばしているわけではありません。
私の目標は、約50,000語(スペイン語換算)のボリュームを1ヶ月で完成させることです。第1巻は前後編の2部構成とし、今月中に前編を、来月には後編をお届けする予定です。そして3ヶ月目からは、いよいよ第2巻の連載を開始します。
第2巻については、各話が約5,000語(日本語で約14,000文字相当)と非常に長くなるため、皆様が読みやすいよう1話を5分割し、平日の5日間で更新していく形をとる予定です。一度に大量の情報を詰め込んで皆様を疲れさせたくないための配慮ですので、ご理解いただけますと幸いです。
本日は以上です。これからも『Dual Rebirth』をよろしくお願いいたします。




