「ユーフラテス市」第3章 第9話(前編)
一行は孤児院の重厚なダークウッドの扉のすぐ前に立っていた。その建物は、決して貧しくも見捨てられているようにも見えなかった。むしろ、磨き上げられた白い石造りのファサードと、古典様式のアーチを描く大きな窓が強固なインフラを感じさせ、ユーフラテスの豊かで美しい水上建築に見事に調和していた。
リョウは一歩前へ踏み出すと、右手を挙げ、指の関節を分厚い木肌に押し当てて三度、固く短い音でノックした。
数秒後、内側から澄んだ忙しない女性の声が響いた。
女性の声:「はーい、ただいまーっ!!」
ほどなくして重い鉄の閂が回り、扉の片側がゆっくりと開いた。目の前に現れたのは、修道女の伝統的な装束に身を包んだ若い女性だった。厚手の生地で作られた紺色のチュニック、顔立ちを引き締める清潔な白いベール、そして腰からは銀の細工が施されたロザリオが垂れ下がっていた。
一瞬、四人の若者たちは彼女の立ち姿をじっと見つめ、観察した。彼女もまた無言で彼らを見返し、旅人らしい衣装を目でなぞってから、小さな微笑みを浮かべて沈黙を破った。
女性:「……あなたたちが、私の兄が寄越した冒険者の方々ですね?」
リョウ:「あんたが受付のホセの妹か」
女性:「ええ、その通りです。さあ、中へどうぞ」
女性が脇へ退き、扉を大きく開けた。一行は縦列になって建物の中へと足を踏み入れる。エントランスホールに一歩入ると、空気の質が瞬時に変わった。石造り特有の清涼感と、松の木と蜜蝋が混ざり合った心地よい香りが空間を満たしていた。
リョウ:「会えて光栄だ。出迎えてくれて感謝する」
サム・アカリ・ケンゾウ:「お邪魔します、よろしくお願いします!」
女性:「ふふ、そんなに堅くならなくて大丈夫ですよ。実は、あなた方の任務についてはすでに把握しています。兄から手紙で一通り説明を受けましたから。どうして兄がわざわざこの孤児院を拠点に選んだか、もうお分かりですよね?」
リョウ:「ああ。捜査中の潜入拠点にするためだ。何しろ高レベルの戦略任務だ。ギルドとしても、何の準備もなく子どもたちを安全な拠点なしで放置するわけにはいかないからな」
シスターは少し目を丸くし、彼のあまりにも直球で計算高く、感情の籠もっていない返答に一瞬気圧されたようだったが、すぐに納得したように頷いた。
カルラ:「とても聡明な方なのですね……あっ、申し遅れました。ごめんなさい、私としたことが。私はカルラと申します」
ケンゾウ:「俺はケンゾウだ、よろしくな」
アカリ:「アカリです! よろしくお願いします!」
サム:「僕はサムと言います。よろしくお願いします」
リョウ:「リョウだ」
カルラ:「それでは、皆さんの仮のお部屋へご案内しますね。まずは荷物を置いて、シャワーで汗を流してください。午後は自由時間にしていただいて構いませんから。さあ、こちらへどうぞ」
シスターは踵を返し、穏やかな足取りでメイン廊下を進み始めた。一行は周囲の構造を丹念に観察しながら、彼女の後を追った。
孤児院の内部デザインは、修道院の静けさと高貴な邸宅の気品が融合したような空間だった。壁面は温かみのあるクリーム色の石灰岩ブロックで構築され、側面の大型窓から差し込む朝の光を優しく反射するよう完璧に磨き上げられていた。通路に沿って数メートルおきに尖頭アーチの石柱がそびえ立ち、剥き出しのダークウッドの梁が走る高い天井を支えている。マットな質感の灰白色の大理石タイルが敷き詰められた床は、足音を低く静かに反響させていた。壁面には鍛鉄のランタンが設置され、組み込まれた低出力の魔導結晶が、太陽の光が届かない場所を淡い金色で彩っていた。
進むにつれて、彫刻が施された真鍮のプレートが付いたオーク材の扉がいくつも現れた。リョウの視線は絶え間なく環境をスキャンしていた。非常口の位置、柱間の距離、廊下の死角、そして壁の厚み。彼にとって孤児院は温かな避難所などではなく、万が一任務が敵対的な状況に転じた際の、複数の脱出経路と遮蔽物を備えた拠点に過ぎなかった。
ユーフラテスの建築様式にふさわしく、波模様の鉄細工が施された重厚な石造りのらせん階段を登る。二階へ上がると、廊下はやや狭くなり、より一層の静寂に包まれていた。
カルラは明るい木目の角型の扉が並ぶ一角で足を止めた。
カルラ:「ここが皆さんの部屋になります。お一人につき一室用意してありますわ。荷物はそこに置いて構いません。すぐに浴室の場所もご案内しますね」
サム:「助かります!」
サムは一番近くの扉のドアノブを回して中へ押し入り、部屋に入った。ケンゾウとアカリも隣り合う部屋の扉を開けた。リョウも自身の部屋を開け、中央へと二、三歩進むと、これから数夜を過ごすことになる空間を見渡した。
リョウに割り当てられた部屋は質素だが、完璧に清掃されていた。広さは四メートル四方ほど。奥には街の支流運河に面した木枠の窓があり、その傍らに黒いアイアンフレームのシングルベッドが置かれていた。白いリネンのシーツと厚手の青いウール毛布が整然と敷かれている。左手にはダークオークの小さなデスクと直立背もたれの椅子があり、机の上には火の消えたオイルランプと空の陶器製インク瓶が置かれていた。右手には衣服を収めるシンプルな二枚扉のクローゼット。クリーム色の石壁には飾り気もなく、ただベッドのヘッドボードの上に小さな木製の十字架が掲げられているだけだった。タイルの床には、グレーの糸で編まれた円形のラグが部分的に敷かれていた。
リョウは肩に斜め掛けしていた革のバッグを外し、機械的な動作でデスクの上に置いた。荷解きをする気は毛頭なかった。状況が急変した際、数秒以内に回収して撤収できるよう、荷物は常に準備された状態にしておく必要があった。窓から外を軽く見やる。そこからは、水路をゆっくりと往来する小舟と、都市の中央へと広がる赤い素焼き瓦の屋根が一望できた。
扉を乾いた音で閉め、部屋を出る。サム、アカリ、ケンゾウの三人はすでに廊下に出ており、重いリュックサックを部屋に預けていた。
カルラ:「よし、それでは浴室へご案内しますね」
修道女は二階廊下の奥へと再び歩き出し、青や緑の光を床に落とす円形のステンドグラス窓が設置された、やや狭い通路へと右折した。
カルラ:「ご覧の通り、このエリアはとても静かです。浴室は二つのセクションに分かれていまして、左側が女性用、右側が男性用となっております」
二枚の大きな木製扉の前でカルラが足を止めた。中央は石の仕切り壁で隔てられている。
カルラ:「ユーフラテスの水利システムのおかげで、地下水道を通じて清潔な水道水が引かれているんですよ。中には石鹸や棚に清潔なタオル、それと個別の脱衣スペースが用意されています。シャワーの入り口にある銅パイプの真鍮レバーを引くと、上のシャワーヘッドから水が出ます。お湯にしたい場合は、各個室のタンクに設置されている小さな火の魔導具に火の魔力を注ぐと、温水に切り替わります」
ケンゾウは半開きになったドアから男性用浴室の中を覗き込んだ。灰色の石材カウンターに取り付けられた白い磁器の洗面台が並び、金属フレームの長方形の鏡、そして奥にはベージュの厚手防水カーテンで仕切られたプライベートシャワーブースが見えた。床は滑り止めのダークチャコールタイルになっている。
ケンゾウ:「へえ……村の孤児院の風呂よりずっと近代的だな。こんな簡単に温かいお湯が出るなんて、贅沢そのものだぜ」
カルラ:「お客様にも子どもたちにも、できる限り快適に過ごしていただきたいですから。使い終わりましたら、休憩するなり近くを散策するなり、好きに過ごしてくださいね。私は一階の厨房で夕方の仕込みをしていますから、何か必要なことがあれば遠慮なく声をかけてください」
リョウ:「感謝する」
カルラ:「どういたしまして。それではごゆっくりどうぞ。失礼しますね」
修道女は軽く会釈をすると、確かな足取りで廊下を戻り、らせん階段の向こうへと姿を消した。
通路の交差点に残された四人。遠くの水路から響く水のせせらぎが、高窓から心地よく差し込んでいた。
サム:「あ〜! あの狭い馬車にずっと揺られてたから、お風呂でさっぱりできるのは最高だなあ」
アカリ:「私も旅の汚れを落としたいな……じゃあ、私は女子用に行くね。また後でね、お兄ちゃん」
サム:「うん、アカリ。長湯しすぎるなよ」
アカリが女性用浴室の扉を押して中へ入っていく。サムとケンゾウも男性用浴室の閾を跨ごうとしたが――リョウは動かなかった。
リョウが入る気配を見せないことに気づき、サムが振り返って問いかけた。
サム:「あれ、リョウ? お風呂入らないの?」
リョウ:「ああ。まだ午前十時になったばかりだ、時間も早い。俺は少し街を散策してくる。風呂は夜に入れば十分だ。じゃあな」
リョウはサムの返事を待つこともなく、クルリと踵を返して歩き去っていった。
サム:「(……そっか、いってらっしゃい)」
サムは小さく呟くと、ケンゾウの待つ浴室へと足を踏み入れた。




