↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/100

第3章 第3話 (まだ私のことを考えているの?) 前編

夕暮れの温かな光が村の隅々を照らし出し、この上にない静寂をもたらしていた。しかし、リョウが立ち尽くすその場の空気だけは、重く息苦しいものへと一変していた。村の自治組織を率いるあの男が、彼の進行を阻むように眼前で微動だにしなかったからだ。


リョウは無関心な眼光で彼を見つめ、静寂を破った。


リョウ:「どうした。何か用か?」


男はすぐには答えなかった。代わりに膝の力を失わせ、手と額を泥土に擦り付けるようにしてリョウの前に平伏した。それは必死の懇願の身振りであった。


村人:「頼む、少年……俺の弟を救ってくれ! 弟はユーフラテス市の市長なんだ。ギルドにあの街の調査を出すよう強く働きかけたのも俺だ……だが、本当の目的は弟を救い出してもらうことだった。俺たちのために十分すぎるほど働いてくれたのは分かっている、だがこれが最後のお願いだ。頼む、引き受けてくれ! 見返りなら何でも差し出す!」


リョウは冷ややかな眼光で見下ろすのみで、何一つ動じる様子を見せなかった。一言も発することなく、彼は男に向かって歩み始めた。その場に到達しても足を止めることすらなく、冷徹そのものの態度で男を迂回し、通り過ぎざまに素っ気ない声を投げかけた。


リョウ:「悪いが、断る」


リョウは歩みを止めず、オロバスとパンドラを左右に従えて静寂の中を進み続けた。


男は衝撃に打ちのめされた。村を解放したばかりの青年から、これほど容赦のない拒絶を受けるとは思いもしなかったのだ。絶望に打ちひしがれ、首を上げると、溢れ出た涙が顔の塵を濡らして伝った。振り払いながら跳ね起きると、なりふり構わずリョウのもとへ駆け寄った。手を伸ばして青年の肩を強く掴み、無理やり足を止めさせた。


村人:「頼む、受けてくれ! これだけなんだ……俺の持っているすべてをやる、自由だって差し出す! 望むなら奴隷にでもなってやる、だからお願いだ……受けてくれ……!」


リョウは静止した。その言葉を耳にした瞬間、瞳が微かに驚きに揺れ、周囲の景色が急速に色褪せていった。記憶の底深くに封印されていた光景が、鮮明に脳裏へと浮かび上がる。


一軒の家。光に満ちた厨房。そして、一人の女性の姿。


背中の下、ふくらはぎのあたりまで届くほど長い髪を持った女性であった。その毛先は優美で際立ったカールを描いている。彼女は流し台に向かって背を向けて立っていた。素顔を窺い知ることはできなかったが、その声は――穏やかで、優しく、どこまでも甘やかであった。


女性:「人が誰かを救うため、あるいは何かを得るためにプライドや自由すら投げ打つ覚悟を決めた時……それはその人にとって、人生そのものと同じ価値があるということなのよ。そして、もし私たちに手助けできる力があるのなら、手を差し伸べるのが義務というものよ」


女性は静かに振り返り、彼が座る食卓へと視線を向けようとした。しかし、窓から差し込む眩い陽光が視界を遮り、彼女の輪郭を白く霞ませ、その素顔を永遠の謎の中に閉じ込めてしまう。


女性:「あなたはどう思うかしら、リョウ?」


その問いの残響が、リョウを現実の世界へと一瞬で引き戻した。


目の前の男に対し、リョウは微動だにせず佇み、静かに見つめ続けた。男の見せた徹底的な屈辱と犠牲の姿に、一瞬だけ唇を微かに戦慄かせた。数秒の重苦しい緊張の後、リョウは正気を取り戻し、感情を押し殺すように歯を食いしばると、静かに告げた。


リョウ:「いいだろう……引き受ける」


その言葉を聞いた瞬間、男の顔に純粋な安堵と歓喜の笑みが広がった。絶望の涙は、一瞬にして永遠の感謝へと変わった。


村人:「ありがとう! 本当に、心から感謝する……! これから俺の命はあんたのものだ!」


リョウは冷ややかな一瞥で彼を制した。


リョウ:「勘違いするな。お前の命など必要ないし、従者として仕えさせる気もない。それ以上言うな」


リョウは男の手を肩から冷たく払い退けると、再び歩みを進めた。男は一人通りに取り残され、うやうやしい静寂の中で胸を喜びに満たしていた。


ゆっくりと離れていく中、パンドラが静かに歩調を早め、主へと問いかけた。


パンドラ:「なぜ急にお考えを変えられたのですか、我が主?」


リョウは前方に視線を固定したまま、自らの心に生じた動揺を覆い隠すように、いつもの計算高いくドライな声調を取り戻した。


リョウ:「関心がなかったから最初は断ったが、この状況を利用できると考え直したまでだ。この件を解決すれば、ギルドに大きな貸しを作ることができる。それに……サムを力だけでなく精神的にも成長させるための好機だ」


パンドラは主の完璧な理屈に満足して頷いた。しかし、リョウは静かに視線を落とし、心の中で自分自身にのみ言葉を呟いた。


リョウ:(……それに、あんたのためでもある)


リョウの脳裏で、あの白い髪の女性の面影が再び一瞬だけ閃き、魂に刻まれた静かな誓いを思い出させていた。


夜の濃密な闇が黄昏の残光を呑み込み、村を星の帳と静寂で包み込んでいった。街道の松明が爆ぜる音が響き、夜風に合わせて長く伸びた影が揺れる。絶え間ない沈黙の中を歩み続け、リョウはついにギルドの入口へと辿り着いた。躊躇することなく重厚な木製扉を押し開くと、その軋み音が静寂を破り、彼はいつもの不遜な足取りで館内へと足を踏み入れようとした。


受付カウンターの奥では、頭の光った男がオイルランプの仄かな光の下で書類を検分していた。足音に気づくと顔を上げ、直進してくるリョウの姿を注視した。普段は喧騒に満ちたギルドが、今は妙に庄重な空気に包まれていた。


リョウが目の前に立つと、鋭く分析的な視線を男に突きつけ、前置きもなしに切り出した。


リョウ:「依頼を引き受けよう……ただし条件がある。俺が完全に準備を整えるまで待て。出発はその後だ」


受付の男は少年の言葉を噛み締めた。白蛇の脅威を退けた唯一の存在であるリョウに対し、条件を拒絶したり期日を強制できる立場にないことなど百も承知であった。男は厳かに頷き、答えた。


受付:「分かった。条件を受け入れよう。お前が出発の時と判断するまで、ギルドは待機する」


男は背後の棚へ向き直し、公式な書類と黒インクの万年筆を取り出した。それらを磨き上げられたカウンターの上に滑らせる。


受付:「契約を正式なものとするため、ここに署名をお願いしたい」


リョウはペンを取り、羊皮紙を慎重に広げると、その卓越した観察眼で条項を細部まで読み込んでいった。そして、署名欄が二箇所に分かれていることに目を留めた。


最初の枠は一般的なもので「依頼を受諾する」と記載されていた。しかし、彼の興味を惹いたのは二つ目の枠であった。そこには明確にこう記されていた。「選択制報酬の受諾(依頼者が邪悪な行為、犯罪行為、または王国全体の安全を直接脅かす行為を要求しない限り、ギルドは契約者の要求を厳格に履行する義務を負う)」。


リョウの lips の端に、かすかな笑みが浮かんだ。これこそ彼が求めていた手札であり、将来サムの育成や自身の利益のためにギルドを従わせる完璧な道具であった。躊躇することなく、彼は洗練された筆致で両方の枠に署名し、作戦の運命を決定づけた。


書き終えると、リョウはペンを男に返したが、書類をカウンターに残すことなく、自然な動作で巻き取り始めた。受付の男は驚愕し、目を丸くした。


リョウ:「これは俺が保管する。問題ないな?」


男は少年の不敵な態度に言葉を詰まらせ、喉から呻き声を漏らした。


受付:「なっ……!?」


受付は数回まばたきをし、状況を飲み込もうとした。正式な契約書を持ち去られるなどギルドの規約違反であったが、リョウの圧倒的な存在感とユーフラテス市救出の緊急性を前にすれば、官僚 an 規則など無に等しかった。男は深くため息をつき、腕を組んで諦めるように目を閉じた。


受付:「……問題ない。保証として持って行くといい」


リョウ:「感謝する」


圧倒的な平静さで、リョウは丸めた羊皮紙を懐へと収めた。しかるべき時が訪れた際、ギルドを屈服させるための絶大な政治的切札を手に入れたのだ。それ以上言葉を交わすことなく、彼は身を翻して夜の闇の中へと消えていった。


一方その頃――。


村の孤児院では、木々の軋む音だけが静寂を破っていた。ケンゾーは医務室の椅子に腰掛け、ベッドに横たわる人物を見つめていた。薄いマットレスの上にはマリア修道女が眠っており、その長い艶やかな金髪が枕の上に広がり、青白い顔立ちを 際立たせていた。ケンゾーは深い悲しみと心配の色のこもった瞳で彼女をじっと見つめていた。


その時、女性の瞼が微かに震えた。弱々しい喘ぎ声を漏らしながら、ゆっくりと瞳を開き始めた。


マリア:「んん……くっ……」


彼女の黄金色の瞳が焦点を結ぶと、ケンゾーはすぐさま身を乗り出し、刺激しないよう優しい声で呼びかけた。


ケンゾー:「シスター……シスター、気分はいかがですか?」


マリアは緩やかに視線を彼へと向けた。力を振り絞るようにして震える手を伸ばすと、ケンゾーの頬を愛おしそうに撫で、痛々しくも優しい笑みを浮かべてその名を呼んだ。


マリア:「ケンゾー……また会えて嬉しいわ……随分と心配をかけてしまったわね?」


ケンゾーは彼女の手を両手で優しく包み込み、首を振った。


ケンゾー:「いいえ、シスター、気にしないでください。もう全て終わって、みんな無事ですから。今はただ休んでください」


マリア:「相変わらず優しい子ね……ありがとう……」


ケンゾー:「シスター……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。