第2巻 第9話「いつも守ってくれてありがとう」その1
運命の歯車は、一度回り始めれば止めることはできない。
光があるところには、必ず影が生まれる。そして、その影が深くなればなるほど、光はより鋭く、痛切に輝きを増していく。二つの魂、交差する宿命、装置された闇の奥底で蠢く真実。
少女の流す血と涙、少年の心に宿る怒りの炎、 shadow(影)の中で全てを静観する冷徹な瞳。暗闇に包まれたこの世界で、彼らは己の信念を貫き、自らの手で未来を掴み取ることができるのだろうか。
「支配」という名の鎖を断ち切り、新たな再生を果たすための戦いが、今ここに幕を開ける。
リョウとサムは、夜の鬱蒼とした森の中を全速力で駆け抜けていた。行く手を阻む木々や草木をかき分けながら進む二人の口からは、白い息が激しく吐き出され、夜気の中に消えていく。足元のブーツが踏みつける棘だらけの低木や枯れ葉が、けたたましく音を立てていた。見上げれば、鬱蒼とした梢の隙間からかすかな月光が辛うじて差し込み、地面に不気味で長い影を落としている。
激しい疾走による疲労で息を荒らし、胸元に剣の帯をきつく締めたサムは、一瞬だけ相棒の姿を振り返り、切れ切れの声で問いかけた。
サム:「本当に……本当にこっちで合っているのか、リョウ!? 暗闇のせいで、この森はどこも同じ景色に見えるよ!」
リョウは一瞬たりとも速度を緩めなかった。前方を見据えたまま、行く手を阻む巨大な倒木に右手のひらを突くと、力強く身体を押し上げて軽々と飛び越えた。着地と同時にバランスを崩すことなく、いつもの平坦で揺るぎない声でサムに返した。
リョウ:「ああ、完全に間違いない。一日前、あのジャイアントボアの下から巨大な蛇が這い出てきたのを覚えているか? 俺の直感が言っている。あの爬虫類がそこにいたのは偶然じゃない。人形使いの隠れ家に直接繋がる明確な痕跡であり、道標だ」
サムは歯を食いしばり、木々の間にも立ち込め始めた濃い霧に取り残されないよう、さらに足を早めた。
サム:「わかった……!! お前を完全に信じるよ、リョウ!!」
敵がすでに警戒していること、および孤児院での作戦を成功させるためには一秒の猶予もないことを理解している二人の若い冒険者は、確固たる決意を胸に、森の深淵な闇の奥へとひたすら走り続けた。
二人はさらに生い茂る草木の中を走り続けた。リョウは周囲の木々、低木、および葉を注視し、いかなる痕跡も見逃すまいと目を凝らした。
リョウ:(何も見当たらない……。どこにいる?)
全速力で進み続けたその先、密集した茂みを抜けると、突然開けた場所にたどり着いた。鬱蒼とした森の中央にぽっかりと現れた、木々が一本も生えていない完璧な円形の広場だった。二人は速度を落として足を止め、警戒しながら周囲を見渡した。
リョウ:「……ここか?」
サム:「このエリアだけ木が成長していない。奇妙だね」
リョウ:「そのようだな」
ゆっくりとした足取りで広場の中央へと進むと、草むらに隠された地面に小さな穴が開いているのを発見した。サムが慎重に中を覗き込む。
サム:「敵はこの下にいると思うかい?」
リョウ:「可能性は極めて高い」
サム:「降りたいのか?」
リョウ:「下にいるのかどうか、確かめたいんだろう?」
サム:「まあ、そうだね」
リョウ:「なら、早く終わらせた方がいい」
二の足を踏むことなく、リョウはその穴へ飛び降り、サムも全く同じように後を追って未知の暗闇へと下降していった。
一方その頃、ケンゾウはアカリを背負って移動していた。闇の中を進みながら、彼はまだ明かされていなかったリョウの計画の一部を思い出していた。
「外に出たら、二人とも森の入り口へ向かってくれ。冒険者たちがクエストに向かうあの場所だ。そこで村の人々がやってくるのを待ち伏せする。お前たちの役目は、奴らを正気に戻し、何があっても俺たちの元へ近づかせないことだ」
現在に戻り、ケンゾウとアカリはすでに森の入り口に陣取り、村人たちの到来を静かに待っていた。しかし、夜の極限の寒さのせいで、脱出の際に上着を持ってこられなかったアカリは体が凍え始めていた。少女は地面にしゃがみ込み、自らの体を抱きしめて必死に体温を保とうとした。
震えるアカリの姿を見たケンゾウは、迷うことなく自分の厚手のコートを脱ぎ、彼女に差し出した。
ケンゾウ:「ほら、お前の方が必要だ」
アカリは感謝を込め、コートを受け取って身を包んだ。
アカリ:「ありがとう、ケンゾウ……」
赤髪の少年は前方に鋭い視線を向け、警戒を怠らないようにしながら、リョウとの対話の別の断片を思い返していた。あの時、ケンゾウはリョウに疑問を投げかけていた。
「どうして奴らがここに来るって言い切れるんだ?」
リョウは確信に満ちてこう答えた。
「非常に単純だ。俺が敵の元に到達した瞬間、奴が最初に取る行動は、自らの操り人形たちを俺たちに襲わせることだ……まあ、俺の予想だがね。それが最も合理的で、当然起こるべき展開だ」
「お前の予測が外れていないことを祈るよ、リョウ」
「心配するな」
再び現在。ケンゾウは夜の闇の中で毅然と立ち尽くし、誓いを込めて静かに呟いた。
ケンゾウ:「姉さん……!」
その頃、リョウとサムは深い地下の穴を降りていた。地下の壁から突き出た岩の突起を利用し、慎重に足場を確かめながら一歩ずつ降下していく。リョウはいつも通り、両手をポケットに突っ込み、驚くほどの冷静さで平然と降りていく。対照的に、サムは細心の注意を払いながら、一歩一歩確実に身体を支えて進んだ。
数メートルほど降りると、二人の足は地面に到達した。そこには広大な地下空洞が広がっていた。辺りは薄暗く、中央に浮かぶ一つの輝く結晶だけが周囲を照らしている。それは以前の森で見かけたクリスタルに酷似していたが、回転することなく、空中に静止していた。
サム:「クリスタル? これが今まで人々を操っていた元凶なのかな?」
リョウ:「そうは思わないが……ただ一つ言えるのは、あの結晶から膨大な量の魔力が放出されているということだ」
サムは魔法の制御がそれほど高度ではないため、魔力の直接的な流れを視認することはできなかったが、その場の空気が異様なほど重く、息苦しいことだけは肌で感じていた。だが魔力制御に長けたリョウの目には、結晶から噴き出す濃い青色の魔力が、まるで煙のように洞窟全体へと拡散していく光景がはっきりと見えていた。
その瞬間、洞窟内に一つの声が響き渡った。それは鱗に覆われた喉の中で地震が起きているかのような、地響きを伴う重低音であり、周囲のすべての物音を一瞬にしてかき消した。
リョウが視線を上げる。洞窟の天井を覆う完全な暗闇の奥から、こちらを凝視する二つの巨大な黄色い瞳が妖しく光を放った。
声:「貴様らは……」
リョウ:「冒険者だ」
声:「何をしに来た?」
リョウ:「この近くにある村を支配している奴を探しに来た。お前がその支配者なのか? よければ、姿を見せてくれないか」
暗闇からまず現れたのは、純白の鱗だった。それは結晶の淡い青い光を受け、黄色や赤といった複雑な色彩を反射して怪しく輝く。やがてその全貌が光の下にさらされ、巨大な白蛇が姿を現した。その怪物の規模は、神話に登場する悍ましい獣そのものだった。もしその身体を一直線に伸ばせば、サッカー場の端のゴールからもう一方のゴールまでの長さを優に満たすだろう。胴体の太さも凄まじく、成人男性が三人肩を並べて立っても、その白蛇の肉体の横幅に完全に覆い隠されてしまうほどだった。それは生きている鱗の巨大な円柱の壁だった。
リョウは戦闘の本能に従って一歩後退し、サムも息を呑んでそれに倣った。
サム:「嘘だろ……」
白蛇は高みから二人を見下ろし、重苦しく息を吐き散らした。
蛇:「村を支配する者を倒しに来たと……本気で言っているのか?」
サムは唾を飲み込みながらも、一歩前へ出て蛇の前に毅然と立ちはだかった。
サム:「そうだ。まさにそのために来たんだ」
白蛇は首を引っこめ、巨体をうねらせてとぐろを巻いた。
蛇:「なるほどな……。気づいていたか。あの村の森で、私の計画を台無しにしたのは貴様らだな?」
サム:「そうだ! なぜあの人々をあんな風に操って働かせていたんだ!?」
蛇:「私はある遺物を探していたのだ……計り知れない力を持つ、一本の剣をな」
巨大な爬虫類は黄色い目を細め、サムの背中をじっと睨み据えた。
サム:「生憎だけど、君が何の話をしているのか全くわからない。どちらにせよ、僕たちは君を止めに来たんだ。穏便に頼むよ。今すぐ村の人たちを解放してくれないか?」
蛇:「断る。そうはいかん。貴様らが何かを成す前に、再び人形にしてくれるわ……。やれ」
白蛇の巨体を取り囲む濃い闇の中から、一人の人物がゆっくりと歩み出てきた。それは以前出会ったあの老人だった。リョウの悪夢に現れ、街道で村への道を尋ねてきた、あの村長とおぼしき老人だ。
サムはその顔を瞬時に認識し、驚愕の声を上げた。
サム:「お前は、あの時の老人……!」
老人は言葉を発しなかった。ただ目を閉じ、リョウとサムに向けて、静かで不気味な笑みを浮かべた。
一方、ケンゾウは暗い地平線を見つめながら、街道の入り口に毅然と立ち塞がっていた。アカリは彼の傍らでコートに身を包み、隠れるように控えていた。突如として、夜の静寂を引き裂くようにざわめきが広がり、遠くの街道から無数の松明の炎が近づいてくるのが見えた。揺らめく火に照らされたのは、虚ろな表情をした大勢 of 村人たちの姿だった。彼らはまるで操り人形のように一糸乱れぬ足取りで大挙して押し寄せ、リョウとサムが向かった森へと直進してくる。
しかし、ケンゾウは計画通りその場に立ちはだかった。赤髪の少年は一歩前に出ると、彼らの進路を遮るように大声で怒鳴った。
ケンゾウ:「よく聞け!! 誰一人として、ここから先へは通さない!!」
村人たちの群れは彼の前でピタリと動きを止め、松明の炎がその虚無な瞳に揺らめいた。群れの中から、以前の森で救出されたあの村人のリーダーが進み出た。彼はロボットのような抑揚のない声で宣告した。
村人のリーダー:「我が主がお呼びだ。行かねばならない」
ケンゾウは隣人たちの異常な様子に怒りと無力感を覚え、奥歯を噛み締めた。
ケンゾウ:「お前ら、自分が何を言っているのか分かってないのか!? 汚い怪物に脳みそを支配されていることに気づかないのかよ、この馬鹿どもが! 目を覚ませ!」
アカリもケンゾウの背後から青ざめた顔を覗かせ、震える声で哀願した。
アカリ:「お願い、正気に戻って……。あなたたちは悪い人たちじゃないはず。お願いだから!」
群れの中から太った村人が一歩前に出て、手に持った農具を構えながら、粗暴で冷酷なトーンで言い放った。
太った村人:「黙れ、小娘。主のお呼び出しであり、その御意志は絶対だ」
その瞬間、群衆は一斉にクワやカマ、農具を突き上げ、熱狂的で不気味な叫び声を上げて少年たちを威嚇した。その声が森の境界に響き渡る。
村人たち:「我が主こそ世界の王! 我らの神だ! 主に栄光あれ!」
ケンゾウは冷や汗が首筋を伝うのを感じながら、思わず唾を飲み込んだ。理性を失った狂信的な群衆を前に、極限の危機が迫っていることを悟った。彼はリョウから渡された台所のナイフが入ったポケットに一瞬目を落とした。しかし、話の通じない、善悪の区別もつかない村全体を相手に、ナイフ一本で何ができるというのか。圧倒的な劣勢にもかかわらず、彼は決して退かない決意で足を踏ん張った。
アカリは悲劇を避けるため、必死に声を張り上げた。
アカリ:「お願い! 一度だけでいいから話を聞いて! 私たちの頼みはそれだけ!」
だが、彼女の悲願は一瞬で引き裂かれた。冷たい空気を鋭く引き裂く羽音が響き、村人たちの間から一筋の閃光が放たれた。ケンゾウが反応するよりも早く、その飛翔体はアカリの小さな脚へと真っ直ぐに突き刺さった。群衆の後方に控えていた村人の一人が放った矢が、彼女の肉深くに突き刺さったのだ。
凄まじい衝撃により、少女は完全にバランスを崩して地面に激しく倒れ込んだ。
アカリ:「キャーーーッ……!!」
激痛によりアカリの目から大粒の涙が溢れ出し、彼女は自分の脚に突き刺さった矢と、そこから急速に染み出す鮮血に恐怖して泣き叫んだ。ケンゾウは悲鳴を聞いて即座に振り返り、心臓を激しく波打たせながら彼女の元へと駆け寄った。
ケンゾウ:「アカリ……!!」
赤髪の少年は彼女を抱き起こそうと膝をついたが、9歳の少女にとって、体に走る激痛は耐え難く、ただただ泣きじゃくることしかできなかった。焦燥感に苛まれるケンゾウは、パニックになりながらも自問自答した。
ケンゾウ:(どうする? クソ、俺は今どうすればいいんだ!?)
必死に冷静さを取り戻しようと努め、ケンゾウは矢の木製の軸を固く掴み、少女の目を見つめて安心させるように言った。
ケンゾウ:「耐えろ、アカリ……。凄く痛むぞ」
ケンゾウは素早く、力強く矢を一気に引き抜いた。アカリは全身を硬直させ、コートを握り締めながら痛みのあまり絶叫した。一秒の無駄もなく、ケンゾウはベルトからナイフを抜くと、自分のシャツの裾を素早く切り裂いて長い布の帯を作った。そして素早い手つきでそれを彼女の開いた傷口に固く巻き付け、出血を止めるための即席の包帯を施した。
ケンゾウ:「ここでじっとしてろ。動くんじゃないぞ」
涙で頬を濡らしたアカリは、小さく頷くのが精一杯だった。
アカリ:「う、うん……」
ケンゾウは再び立ち上がった。怒りで血が沸騰するのを感じながら、顎を硬くこわばらせて村人たちの前に立ちはだかり、彼らの良心に訴えかける最後の言葉を絞り出そうとした。
ケンゾウ:「頼むから、いい加減に目を覚ましてくれ……! お前たちは……!」
しかし、その言葉は最後まで届かなかった。群衆の先頭から響いた、冷徹で威圧的な、および聞き覚えのある声が彼の言葉を遮り、ケンゾウの血を凍りつかせた
声:「もうおやめなさい、ケンゾウ。無駄なことです」




