危険な賭け 第10話
ゲームを進める上で、勝利を掴む唯一の方法は、結果が一本の糸に懸かっていると知りながらも、すべてを賭けることだ。しかし……もしそれがただのゲームではなく、一振りの剣で生と死の戦略を組み立てねばならないとしたら、一体どうなるのだろうか。
サムは、頭を締め付けるような鋭い痛みに顔をしかめ、うめき声を上げながら体を起こした。オーガの頭領から喰らった一撃の衝撃が、いまだに頭蓋骨の奥で不快な残響を響かせている。
次第に視界が焦点を結び、自分が鉄格子の中に閉じ込められていることに気づいた瞬間、混乱は一気に激しい怒りへと変わった。
彼は 鉄格子へと飛びかかり、肩をぶつけ、悔しさのままに金属の棒を殴りつけた。しかし、鉄格子は微動だにしない。それは、人間の筋力を遥かに凌駕する異形の力を閉じ込めるために作られた特殊な材質だった。
オーガの長老:「無駄な抵抗はやめろ……。お前の貧弱な力では、そこから出ることは叶わん。クソガキ、今日からお前は俺の奴隷だ」
暗闇の奥から、その老人の声が先に響いた。松明の灯りに照らされながら、杖を突いたオーガの長老が姿を現す。その歪んだ顔には、サディスティックな悦びが浮かんでいた。
オーガの長老:「ハハハハ……、ハハハハハ!」
こちらの恐怖を煽るように、計算された極限の遅さで、オーガは長く黄色く濁った爪を鉄格子の隙間から滑り込ませ、サムの首筋をなぞった。
だが、サムは一歩も引かなかった。ただじっと身動きもせず、空気を焼き尽くさんばかりの、底知れぬ嫌悪と激しい憎悪を込めた視線を老オーガに突き刺した。
オーガの長老: 「……へえ、実に不屈の精神、そして妙な力を持っている。奪い取ってやりたいところだが、お前は駒として使った方が役に立ちそうだ。そのためにはまず……その生意気なプライドを徹底的にへし折ってやらねばな」
長老はわずかに首を傾げ、暗闇に向かって冷酷な命令を下した。
オーガの長老:「あれを連れてこい」
しばらくすると、見張りのオーガと一匹のゴブリンが姿を現した。オーガは、サムが鉱山で命がけで守ろうとした、あの幼い少女を首輪の紐で引きずっていた。
小さな少女は手足をきつく縛られ、口には汚い布の猿ぐつわを噛まされ、悲鳴さえあげられない状態だった。かつて希望に輝いていた彼女の瞳は、いまや純粋な恐怖の涙で溢れ返っている。
少女:「む、んんーー!! むーー!!」
看守のオーガは、少女を物のようにサムの檻の前に無慈悲に投げ捨て、そのまま去っていった。サムは鉄格子に身体を押し付け、すぐ手の届かない床の上でむせび泣く少女の姿を、ただ見つめることしかできなかった。
老オーガは、悪意に満ちた歪んだ笑みを浮かべながらゴブリンに向き直り、最も残酷な命令を告げた。
「こいつの目の前で、そのガキを殺せ。絶望に染まる顔が見たい。最高の馳走だからな」
ゴブリンは一瞬の躊躇もなく命令に従い、少女に近づくと、髪の毛を乱暴に引っ掴んでその小さな頭を無理やり引き上げた。抵抗する術も持たない少女は、極限の恐怖の中でただ涙を流し続ける。
サムは檻の中から、目の前で行われようとしている凄惨な光景を、恐怖に縛られながら見つめていた。
しかし、ゴブリンが処刑のために武器を振り下ろそうとしたその刹那、老オーガが遮った。
「待て」
サディズムをさらに煽るため、オーガの頭領は自らの腰に手を伸ばし、奪い取っていたサム自身の剣を引き抜くと、それをニヤリと笑いながらゴブリンへと手渡した。
Yオーガの長老:「この剣で殺せ。その方が面白い」
長老はサムに視線を向け、歪んだ満足感を顔に浮かべながら言い放った。
オーガの長老:「お前自身の武器が、無辜の弱者の血で染まる瞬間を特等席で見せてやる」
サム:「やめろ、待て! するな! このクソ野郎、やめろぉぉぉ!」
サムは絶望に狂いながら鉄格子を掴み、叫び声を上げた。自分自身の鋼の刃が、いまや少女の首元に向けられている。
少女は涙で視界を濡らし、虚ろな瞳でサムを見つめていた。まるで、叶うはずのない救いを求めるかのように。サムは檻の隙間から必死に手を伸ばし、彼女に触れようとした。だが、彼女はあまりにも遠く、彼の指先はただ虚しく空を切るだけだった。
ゴブリンは仕事を終わらせるべく、首を刎ねるために力任せに剣を振り下ろした。
――フラッシュ!!!
鋭く、そして、あまりにも澄んだ切断音が細胞を震わせた。
サムの瞳から涙が溢れ出す。首が床に落ち、転がり、血が激しく噴き出して石畳の床を奇怪に染めていく光景が映し出された。サムは膝をつき、涙を流しながら、ただ前を凝視していた。
……少女は、彼の目の前で膝をついたまま、同じように涙に濡れた目を見開いていた。
彼女自身、何が起きたのか分かっていない様子だった。しかし、正面にいたサムには、そのすべてが見えていた。
床を転がり、外科手術のような精密さで一刀の下に切り落とされていた首は……少女のものではなかった。
それは、血を撒き散らしながら床を回転し、ピタリと動きを止めたゴブリンの生首だった。
老オーガは、ゴブリンの唐突な斬首に困惑しながら、自らの腹部の右側に視線を落とした。そこには、浅いながらも正確に刻まれた一筋の切り傷があった。そしてそのすぐ後ろ、石壁に深く突き刺さっていたのは、自らの脇腹をかすめていった一本の剣だった。
彼は、その刃が放たれた方向へとゆっくりと首を巡らせた。
同時に、見張りをしていた数匹のゴブリンたちが、一斉に床へと崩れ落ちた。その首はすべて、寸分の狂いもない、あまりにも見事な一刀によって刎ねられていた。
積み重なった死体の山を背に、一人の少年が佇み、オーガをじっと凝視していた。その瞳は冷酷で、底知れぬ虚無を湛えている。長い黒髪は高い位置でポニーテールに結ばれ、その佇まいからは、危険で、成熟した圧倒的な存在感が放たれていた。
サムは一瞬、彼を凝視した。その少年の姿は以前より背が高く、雰囲気も変わっていたが、あの瞳を忘れるはずがなかった。サムは歓喜に満ちた満面の笑みを浮かべ、その名を叫んだ。
サム:「両ーー!!!」
少女もまた、身体を震わせながらその少年の方へと振り返り、大きく目を見開いた。死体の山の中から突如として現れたこの救世主が、一体何者なのか、彼女には知る由もなかった。
老オーガは、部下たちが惨殺されたことなど微塵も気にと留めなかった。ただ、両の姿を値踏みするように上から下へと眺め、蔑みと傲慢さに満ちた声で吐き捨てた。
オーガの長老:「また、目障りな羽虫が這い出てきたか」
――その数分前。
両は、傾斜した壁に擦れ合う石板に足の裏を密着させ、垂直に降下していた。地下から吹き上げる風が、硫黄の臭いを孕んで冷たく顔を叩く。光などない。未知の深淵へと向かう果てなき自由落下。だが、突如として虚無が破れ、鋳造所の赤黒い輝きに照らされた、巨大な大空洞が姿を現した。
彼は身を潜め、上部の岩の影と同化した。そこから見下ろす景色は、まさに鉄と灰の地獄絵図だった。
何百もの異形の軍勢。錆びついた鎧を纏ったオーク、歪んだ眼光を放つゴブリン、そして人型の狼たちが、一帯を巡回している。
両は目を細めた。時の歪みによって、以前よりも長く、頑強に引き締まった筋肉が緊張に走る。
両:「……多すぎる。正面突破は自殺行為だ」
彼は低く呟いた。肺に吸い込む空気が重い。
その時、彼の感覚が聞き覚えのある音を捉えた。遥か彼方、金属音と鎖の残響が響く中、サムが檻の鉄格子を掴んで無駄な抵抗を試みていた。両は動かなかった。手にする鋼のように冷徹な彼の頭脳は、即座に弾道、距離、そして死角の計算を開始する。
躊躇の余地などなかった。
下方で、老オーガが動き出した。猿ぐつわを噛まされ、恐怖に震える人間の幼い少女が引きずられ、サムの檻の前の石畳に投げ捨てられるのを、両は静寂の中で見つめていた。敵の意図は明白だった。サムの心を完全にへし折ること。そして、オーガがゴブリンに対し、サム自身の剣で少女を処刑するよう命じた瞬間、両の『猶予』は完全にゼロになった。
彼はまるで、一滴の墨汁が流れるかのように壁を滑り降りた。純粋なる隠密。
数メートル先で、一匹のゴブリンが孤立して見張りに立っていた。両は、大気の振動すら変えることなく、その怪物の背後に音もなく現れた。以前よりも大きくなった彼の両手が、モンスターの顎と後頭部を的確に包み込む。
――刹那、鋭い捻り。鈍い骨折音が響いた。
ゴブリンは悲鳴一つあげることなく、糸を切られた人形のように、そのまま床へと崩れ落ちた。
両は、そのゴブリンの身体が床に崩れ落ちる前に、腰から鉄剣をひったくった。
重く、バランスも悪い。だが、使えないことはない。
彼は距離を測った。空洞内の風は逆風。処刑人が少女に一撃を見舞うまで、猶予はわずか一秒。両は両脚を曲げ、引き締まった新たな肉体の体幹に力を凝縮すると、猛烈かつ計算し尽くされた回転を加えてその武器を放ち投げた。
鋼は真っ直ぐには飛ばなかった。それは死のブーメランのように空気を切り裂き、美しい放物線を描いていく。
――シャク!!! シャク!!!
回転する刃は、その軌道上にいた二匹のゴブリンの首を鮮やかに刎ね飛ばした。二つの胴体が前方へと倒れ込む中、剣は殺戮の軌道を維持したまま突き進む。一切の速度を落とすことなく、刃は処刑人の元へと到達した。
それは、外科手術のような精密さだった。ゴブリンの武器が少女の髪をかすめたまさにその瞬間、ゴブリンの首が宙へと跳ね飛んだ。鋼の勢いはそこでは止まらない。剣の切っ先は老オーガの腹部を数ミリの差でかすめ、即座に血が滲む浅い傷を刻み込んだ。そして、背後の岩壁に凄まじい金属音を響かせながら突き刺さった。
大空洞に、コンクリートの塊を落としたかのような静寂が舞い降りた。
両は自身の刀を爆速で引き抜き、躊躇することなく老オーガ目がけて直線的に疾走した。だが、長老は微動だにしない。次の瞬間、ボスの盾となるべく、ワーウルフ、オーガ、そしてゴブリンの群れが両の行く手を阻んだ。
しかし、両はその渦中を、本物の「亡霊」の如く駆け抜けた。
わずか数秒の出来事だった。彼がモンスターの群れを通り抜けた後には、凄惨な破壊の痕跡だけが残されていた。切断された四肢、真っ二つに叩き割られた胴体、そして床を転がる無数の生首。両はかすり傷一つ負うことなく、刀をべっとりと深紅の血で濡らした状態で、その地獄の混沌から抜け出てみせた。
部下たちが瞬く間に惨殺される様を目にした老オーガは、苛立ちの混じった溜め息を漏らした。
オーガの長老:「フン……」
オーガは両に向かってゆっくりと歩を進め、両もまた彼に向かって進んだ。その道中、長老は纏っていた外套を脱ぎ捨てた。剥き出しになったのは、驚くほどビルドアップされた肉体だった。白髪交じりの老体でありながら、その筋肉は凄まじく、異常なほどに盛り上がっている。
二人は一気に足速を速めた。その刹那、長老が片手を突き上げると、不気味な怪力によって、床から複数の巨大な岩塊が宙へと浮き上がった。
両:(……念動力か?)
襲い来る攻撃を瞬時に分析しながら、両は思考を巡らせた。
彼は頭上から降り注ぐ巨大な岩塊をことごとく回避し、ついに長老の眼前へと肉薄した。老オーガはすでに双刀を構えて待ち受けており、両を真っ二つに引き裂かんと、凶悪な一撃を横一文字に払った。
だが、両の速度が上回る。彼は巨体の股の下を滑り込むように潜り抜けると、敏捷な身のこなしで背後へと跳躍した。オーガの背中に乗った刹那、両は全方位に向けて無数の高速の斬撃を叩き込んだ。
オーガの長老:「ぐあぁぁぁッ!!!」
背中に刻まれる無数の激痛に、老オーガが苦悶の咆哮を上げた。
激怒した長老は、強引に腕を背後へと伸ばすと、両の身体を力任せに引っ掴み、宙へと力強く投げ飛ばした。両の身体は岩壁に激しく叩きつけられ、そのまま床へと落下する。
追撃の手を緩めることなく、オーガは一気に距離を詰め、その巨大な武器を振り下ろした。長老にとっては「ナイフ」に過ぎないその双刀は、人間の基準からすれば二本の巨大な大剣に匹敵する質量を持っていた。
――クラン!!!
凄まじい衝撃音と共に、金属同士が激突した。
床に倒れた体勢のまま、両は刀を両手で水平に構えて受け止めていた。オーガの圧倒的な重量が圧しかかり、己の骨が軋む音が脳内に響く。耐え難いほどの重圧。
だが、両はミリ単位の狂いもない計算で、自身の刃の角度をわずかに傾けた。その刹那、オーガの重い凶器は滑るように受け流され、勢い余って地面深くへと突き刺さった。
自身の怪力ゆえに体勢を崩したオーガの隙を、両は見逃さなかった。
バネのように両脚を弾ませて地面から跳ね起きると、怪物の右頬へ向けて強烈な蹴りを叩き込んだ。
鈍い衝撃音が大空洞に木霊する。巨体の老オーガは数メートルもよろめきながら後退し、両は戦闘態勢を立て直すための十分な間合いを確保した。
両は素早く立ち上がると、確固たる決意を胸にオーガへと突撃した。対するオーガも、正面からガードを固めて待ち構える。
その瞬間、予測不能な行動に出た。両は手にした刀を、オーガの顔面目がけて直線的に投げ放ったのだ。しかし、長老はそれを難なく回避。刀は虚しく通り過ぎ、遥か彼方の地面に突き刺さった。両は完全に徒手空拳、丸腰となった。
あの巨体の怪物に武器なしで突っ込んでいくなど、自殺行為に他ならない。
両:(……これを行えば、最悪死ぬかもしれない。だが、俺一人の力だけでは、こいつは殺せない……!)
全速力で疾走を続けながら、心の中でそう呟いた。
両は宙へと大きく跳躍し、オーガの顔面に右ストレートを叩き込もうとした。しかし、身体が宙に浮いたまさにその瞬間、長老が片手を突き上げ、念動力を発動した。
両の動きは完全に停止し、空中で凍りつく。そのまま引き寄せられるように、オーガの太い腕に首を極めて強く掴み上げられた。
オーガの長老:「己の武器を投げ捨てるとは、これ以上の愚行を知らん。そこまで勝ち急いで絶望していたか? ……まあいい、ここで死ね」
オーガは、常軌を逸した怪力で両の首を締め上げ始めた。両は足をばたつかせ、必死に長老の腕を殴りつけたが、その攻撃は微塵もダメージを与えられない。肺から空気が漏れ出し、窒息の苦しみから口から血が吐き出された。
オーガの長老:「死ねぇぇぇ!!!」
長老は残酷に吠えた。
しかし、まさにその刹那、彼の真後ろから怒りに満ちた毅然とした声が響き渡った。
サム:「死ぬのはお前だ」
――スラッシュ!!!
鋭く、そして凄まじい一閃が空を切り裂いた。
両を掴み、窒息させていた長老の太い腕が、根元から完全に刎ね飛ばされたのだ。両は床へと激しく落下し、激しく咳き込みながら空気を貪った。彼のすぐ隣に、切り落とされたオーガの腕がドサリと落ちる。
オーガの長老:「ガあぁぁぁッ、あぁぁぁ!!!」
長老は純粋な激痛に絶叫し、もう片方の手で血が噴き出す塊を押さえた。
オーガが顔を跳ね上げると、そこには両の前に立ちはだかり、剣を構えて彼を庇うサムの姿があった。何が起きたのか信じられない長老は、自身の檻の方を凝視し、ついに事の真相を悟った。
老オーガは、ようやく両の真の戦略を理解したのだ。
あの直線的な刃の投擲は、絶望に駆られた悪あがきでも、自分を直接突き刺すための攻撃でもなかった。両は、オーガがその攻撃を回避することを完全に予期していた。彼の本当の狙いは、サムの檻の『錠前』だったのだ。剣は長老の身体をかすめ、ミリ単位の狂いもない精度で南京錠へと激突し、それを完全に破壊して友を解放していたのだ。
自由になった瞬間、サムは地面に転がっていた二本の剣――己の武器と両の刀――へと疾走してそれらを拾い上げ、オーガに向けて奇襲を敢行。完璧なタイミングでその腕を断ち切った。すべては、あの冷徹な戦略家によって冷酷に計算されていたのだ。
サムは友に近づき、その手に刀を手渡した。
サム:「助かった、両」
両:「……手助けが必要だったからな」
両は傷ついた首をさすりながら、不敵な笑みを浮かべて返した。
サムが手を差し伸べ、両はその手を強く握り返して地面から立ち上がった。血にまみれた腕の断面を抑え、荒い息を吐く老オーガは、怒りと驚愕が入り混じった眼差しで両を睨みつけた。
オーガの長老:「……ハメたな。自殺行為だと知りながら、躊躇なくそれを実行したというのか……!」
両は冷酷な視線で彼を見下ろし、その鋼の切っ先を、真っ直ぐに怪物の喉元へと突きつけた。
両:「勝負に勝つためには、時にリスクを伴う賭けが必要だ。……一か八かのな」
そう言うと、両は隣の相棒へと視線を向けた。
両:「お前はどうする、相棒。……一気にケリをつけようか?」
サムもまた自身の剣を掲げ、確固たる決意を込めて長老へと突きつけた。
サム:「同感だ。……やろう!」
両とサムは同時に老オーガ目がけて突撃した。恐怖に駆られ、大量に失血したオーガは、残された唯一の左手で巨大なナイフを握り締め、必死の抵抗を試みる。しかし、二人の容赦のない波状攻撃が彼を襲い、その巨体に無数の浅い切り傷を刻んでいく。長老はいくつかの攻撃を辛うじて防ぐのが精一杯で、両とサムの猛攻の前にひたすら後退を余儀なくされていく。
その光景を目撃し、ボスが完全に追い詰められたことを悟ったモンスターたちは、恐怖に怯えて後ずさりし始め、ついには大空洞の家畜用のトンネルへと蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、敗走していった。
一方で、奴隷として囚われていた人々は、その戦闘をじっと見つめていた。そして、二人の少年が暴君を完全に袋小路に追い詰めたことに気づいた瞬間、地鳴りのような歓声と応援の声を上げ始めた。
群衆:「お前たちならやれる! 殺せ!!」
群衆:「やってしまえ! あの薄汚い老いぼれをブチ殺せ!!」
両とサムは敏捷な動きで巨体の周囲を縦横無尽に駆け巡り、容赦なくその刃で肉を切り裂いていく。サムが爆速でオーガの足元へと滑り込んだ。
サム:「……民衆の声を聞け」
サムの放った正確無比な一閃が、オーガのアキレス腱を無残に断ち切った。バランスを完全に失った巨体は、足首から鮮血を噴き出しながら仰向けに床へと崩れ落ちる。巨躯が地面に叩きつけられたまさにその瞬間、サムは電光石火の早業でもう片方の腕をも切り落とし、怪物の両の重い上肢を完全に奪い去った。
老オーガは、床の上で完全に無抵抗な肉塊と化した。
両がその前に立ち、ゆっくりと、だが揺るぎない足取りで歩み寄る。オーガは涙を流して命乞いを始め、絶望のままに懇願した。
オーガの長老:「頼む……殺さないでくれ。慈悲を……お前たちには、人の人の心というものがないのか……!?」
両は刀を頭上へと高く掲げ、冷酷な眼差しで見下ろしながら、最期の言葉を紡いだ。
両:「……悪いが、そんな感情は持ち合わせていない」
その瞬間、長老の視界は失血によって霞み、急速に闇へと染まり始めていた。しかし彼は、死の直前、少年の魂の奥底にある『取り返しのつかない恐怖』を目撃した。
霞む視界の向こう側に見えた、両の真の精神体。その冷徹で虚無だった表情は完全に一変し、絶対的な愉悦と悪意に満ちた歪んだ笑みを浮かべていた。そして、その両目は――右目の青を完全に喪失し、不気味な真紅の輝きを放っていたのだ。
それは、両の魂の写し鏡、そのものの姿だった。
しかし、現実の肉体における両の表情は、相変わらずいつもの、冷酷で、空っぽで、冷え切った真顔のままだった。
一瞬の躊躇もなく、両は全力で刀を振り下ろした。一切の情けをかけることなく、老オーガの首を綺麗に刎ね飛ばす。
転がった生首が大空洞の床で静止し、その長きにわたる暴政に完全なる終止符が打たれた。
両は刀を鋭く鞘に収める前、数秒間、老オーガの物言わぬ死体をじっと見つめていた。それから身体を翻し、相棒の方へと歩み寄った。
サム:「あいつは完全に片付いたな……。で、次はどうする、両?」
両:「ここから脱出するぞ」
両は、いまだショックから抜け出せずに一連の光景を見守っていた囚人たちの巨大な群れに向かって進み出た。
両:「全員、怪我はないか?」
その言葉に、群衆の間から安堵の囁きが爆発するように沸き起こった。誰もが「大丈夫だ」と答え、多くの者が鋳造所に縛り付けられていた鎖からようやく解放された純粋な喜びに、大粒の涙を流していた。
群れの中から、サムが最初に命がけで救ったあの幼い少女が、二人の少年に向かっておずおずと近づいてきた。
少女:「本当にありがとうございました……。私たちみんなを救ってくれて、ありがとう」
少女はそう言うと、二人に向けて年相応の、心からの愛らしい笑顔を向けた。
サムは彼女の目線に合わせて腰を落とすと、安心させるようにその頭を優しく撫でた。
サム:「気にするな。もう全部終わったよ」
小さな少女はコクンと頷くと、他の大人たちの元へと走って戻っていった。
二人きりになると、サムは両の姿を上から下へと眺め、張り詰めた空気を和らげるような冗談交じりのトーンで問いかけた。
サム:「なぁ、お前一体何があったんだ? なんか17歳くらいに見えるぞ……老けたか?」
両はそのコメントに、皮肉めいた軽い笑みを漏らした。
両:「ハハハ、面白い冗談だ。お前こそ何を言ってる? 13歳くらいに縮んで見えるぞ」
サムは自分の身体を見下ろし、自身の体格のバランスもまた、わずかに変化していることにようやく気がついた。
サム:「……この変化って、まさか」
両:「ああ、その通りだ。『時の歪み』のせいだな。そして、ここから脱出する上で、それが最大の障害になる。どうにかしてこの歪みを解除する方法を見つけ出す必要があるな」
サム:「同感だ」
両:「とりあえず、今できることを探そう」
両とサムは共に民衆の群れに向かって歩き出し、人々は二人を囲んで、この偉大な勝利への祝福と感謝を口々に伝えた。
洞窟の深淵で繰り広げられた血みどろの死闘は幕を閉じた。しかし、最大の謎はいまだ大気の中に漂ったままであった。
――果たして二人は、時に囚われたこの深淵の底から、どうやって脱出するのだろうか。
今回は投稿が遅くなってしまい、誠に申し訳ありません。**ウェブサイト(投稿サイト)**の不具合で少し手こずってしまいましたが、無事に解決いたしました。
ここで、名前について少し補足させてください。作中の「リョウ」の漢字は**「両」を使用しています。リョウという名前には様々な漢字の組み合わせがありますが、彼にどの漢字が使われているのかを知っていただきたく、このエピソード限定で共有させていただきました。
ちなみに、私と主人公は同じ「リョウ」という名前ですが、私の名前には「明快さ・輝き」を意味する「亮」**という漢字を使っています。ちょっとした豆知識として受け取っていただければ幸いです。
そして最後に、このエピソードをもちまして、第1巻の前半戦が終了となります! 次回からは、いよいよ第1巻の後半戦がスタートします。ここまでの物語を楽しんでいただけていたら嬉しいです。今後ともよろしくお願いいたします!




