「汝を捜し、必ずや見つけ出さん」第六話・第部
ヴィクターとセレナは、愛する息子を捜す旅路へと踏み出した。
しかし、彼らの切なる願いの前に立ちはだかったのは、残酷な「現実」という壁だった。
かつての栄光は錆びつき、身体は鈍っている。
その完敗は、彼らに突きつけられた非情な警告であった。
ギルドの重厚な扉が左右に開き、朝の黄金色の光が差し込んだ。
ヴィクターとセレナがその足を踏み入れる。だが、二人の姿には昨夜のような打ちひしがれた農民の面影は微塵もなかった。ヴィクターは重厚な大剣を肩に担ぎ、堂々たる威圧感を放っている。セレナの腰元には、完璧に手入れされた短剣が鋭く光っていた。
二人は受付へと向かった。若き受付嬢が、いつもの事務的な笑顔で彼らを出迎える。
受付嬢:「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
ヴィクターは鋭い眼光で彼女を見据え、静かに、だが重みのある声で告げた。
ヴィクター:「……ギルドカードの更新に来た」
セレナとヴィクターは、使い込まれた古いカードを受付カウンターに置いた。それは特殊な金属で作られており、歳月を経て黒ずんではいたが、最高品質の証である独特の輝きを失っていなかった。
受付嬢がそのカードを手に取り、刻まれたデータに目を通した瞬間——彼女の顔から血の気が引き、次の瞬間には顔中を真っ赤に染めた。
ヴィクターとセレナは、誇らしさと猛烈な恥ずかしさが入り混じった様子で、顔を見合わせて項をかいた。十五年という長い月日が流れてもなお、自分たちの名声が色褪せていないとは予想だにしていなかったのだ。周囲の冒険者たちは、まるで生きる伝説を目の当たりにしたかのように、畏怖の念を込めてヴィクターを凝視し、ざわつき始めた。
ヴィクター:「ははは……ああ、構わないよ」
興奮冷めやらぬ受付嬢のためにヴィクターがサインを書いている間、セレナは掲示板に目を向けた。息子の運命の糸がどこへ繋がっているのか、その手がかりや行方、微かな予兆さえも逃さぬよう、鋭く視線を走らせる。
受付嬢:「ええええええええっ?!」
彼女の絶叫に、ギルド内で朝食を摂っていた者や新聞を読んでいた冒険者たちが、一斉にカップを落とし、驚愕して振り返った。ギルド内は静寂に包まれる。
受付嬢:「あ、あなたたちは……! 十五年前、突如として引退した伝説のSランク・コンビ! ヴィクター・サトウとセレナ・サトウ! 『辺境の牙』じゃないですか!! お、お願いです……サインをください! 私、ずっとファンだったんです!!」
しばらくして、ギルドの外に出たヴィクターは、どっと出た疲れを吐き出すようにため息をついた。
ヴィクター:「……あんなに質問攻めにされるとは思わなかったな」
セレナはそれを見て、いたずらっぽく、それでいて落ち着いたトーンで微笑んだ。
セレナ:「ふふっ……。でも仕方ないわよ、あなた。彼らにとって、私たちは『伝説』なんですもの」
ヴィクターは苦笑しながらも、キリッとした表情でズボンを整え、揺るぎない決意を込めて言い放った。
ヴィクター:「よし……それじゃあ、取り掛かるとするか」
森の空気は、以前とは明らかに違っていた。薪を拾っていた農場近くの穏やかな森ではない。今の二人にとって、ここは紛れもない「戦場」だった。体はかつての動きを鮮明に記憶していたが、十五年というブランクの重みが、張り詰めた筋肉の緊張となって伝わってきた。
ギルドの喧騒を後にし、夫婦は森の深淵へと足を踏み入れた。ヴィクターの手には、地図と依頼書が固く握られている。内容は「Bランク・ゴブリン50体の討伐」。通常の冒険者にとっては自殺志願に等しい無理難題だが、二人のSランクにとっては、鈍った勘を取り戻すための「準備運動」に過ぎなかった。
二人は生い茂る茂みの陰に身を潜め、足を止めた。遠くから聞こえてくるのは、耳障りな唸り声。そして、錆びた鉄と生肉の入り混じった腐臭が、そこに魔物の軍勢がいることを告げていた。
ヴィクター:「お前が左、俺が右から行く。同時に仕掛ければ、奴らには何が起きたか分からんはずだ」
セレナは、長年肩を並べて戦ってきた者だけが持つ絶対的な信頼を込め、微笑みを返した。
セレナ:「ええ、あなた。それがいいわ」
しかし、ヴィクターが大剣の柄を握り直した時、その手が微かに震えたのを隠すことはできなかった。彼は愛と不安が入り混じった瞳で、妻を見つめた。
ヴィクター:「……気をつけてくれ。俺たちは十五年もこの世界から離れていたんだ。世界はより残酷になり、俺たちは……あの頃のように若くはない」
セレナはそっと彼に近づき、その頬に手を添えた。彼女の決然とした眼差しが、ヴィクターの迷いを打ち砕く。
セレナ:「私の心配はいらないわ。私たちがなぜここにいるのか、忘れないで。あの子を見つけるために、私たちは強くならなきゃいけないのよ」
その言葉を最後に、二人は影のように分かれた。ヴィクターはその巨体に似つかわしくない静寂を纏い右側の藪へと消え、セレナは左側から滑るように移動する。木漏れ日の下で引き抜かれた彼女の短剣が、冷たく、鋭く煌めいた。
栄光への帰還は、おとぎ話のようにはいかなかった。十五年の平穏は伝説の勘を鈍らせていた。そして、現代のゴブリンはかつての愚鈍な怪物ではない。彼らは戦術を駆使する、冷酷な狩人へと進化していたのだ。
ヴィクターとセレナは、ギルドの木製テーブルに力なく突っ伏していた。あんなに完璧だった装備は至る所が裂け、切り傷が目立つ。ヴィクターの頬には一本の擦り傷が走り、二人の身体以上に、その誇りは深く傷ついていた。
ヴィクター:「……信じられん。奴らが俺たちの奇襲をあそこまで読んでいたとは」
彼は両手に顔を埋め、重いため息をついた。
セレナ:「屈辱的ね……」
彼女の声には、隠しきれない哀愁が混じっていた。
「私たち、もう若くないのよ、ヴィクター。一番肝心なところで、連携がバラバラだった」
ヴィクターは苦い記憶を反芻した。突撃した瞬間に待ち構えていたのは、整然と並ぶ盾と槍の列。かつて彼らを伝説たらしめた完璧なシンクロニシティは消え失せ、Bランクの魔物にさえ隙を晒してしまったのだ。
ヴィクター:「リョウを見つける前に、こんな最初の森でくたばるわけにはいかん。……パーティが必要だ。せめて戦場を支配する魔法使いと、俺たちの背中を守るタンクがいなければ」
ヴィクターは乾いた自嘲気味な笑いを漏らし、テーブルを軽く叩いた。
ヴィクター:「だが、そんな都合よく魔法使いとタンクが背後に現れて、『おや、魔法使いとタンクをお探しかな?』なんて声をかけてくるはずもないか。……あり得ん話だ。この世界に、そんな偶然など存在しない」
夫のドラマチックな嘆きを見て、セレナは小さく、慈しむような笑い声を漏らした。敗北を喫したとはいえ、彼女の精神までは折れていなかったのだ。
セレナ:「ふふっ……。ねえ、運命が空から仲間を降らせてくれないのなら、受付嬢さんに相談してみるのはどう? 彼女なら、その条件に合う冒険者の知り合いや、パーティを探している人の記録を持っているかもしれないわ」
ヴィクターは背筋を伸ばし、リーダーとしての落ち着きをいくらか取り戻した。
ヴィクター:「ああ、お前の言う通りだ。……やってみる価値はあるな。次こそは、失敗は許されない」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
楽しんでいただけたなら幸いです。
明日、第2部でお会いしましょう。
それでは、良い一日を。




