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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第三章 おっさんは警備員

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第44話 集まる敵と静かな狩人

 腕の中で、わずかな重みが動いた。


 身じろぎした感触に、意識が一気に浮上する。盗賊の記憶の残滓が霧のように引き、冷たい洞窟の空気が現実を連れて戻ってきた。


 覗き込むと、アイノがこちらを見上げている。


「おじ様、セクハラ?」


「違う違う違~う」


 反射的に否定した。


「落ちてきたのを受け止めただけだ。斜面を転がって、そのままだと壁に叩きつけられるところだったからな」


 できるだけ簡潔に、だが誤解が残らないように説明する。変な間が空く。これは訴えられる流れか、と内心で覚悟まで決めたところで――


「……ん、ありがと」


「え、あ、いや、その……どういたしまして」


 そんな気はしていたが素直にお礼を言われて、きょどる。経験したことがない反応に、一拍遅れた。


 咳払いして誤魔化し、自分の身体を確かめる。肩を回し、肘を伸ばし、腰をひねる。鈍い痛みはあるが致命傷はない。服のあちこちが裂け、切り傷がいくつも走っている。


 掌に魔力を集め、治癒魔術を流す。裂けた皮膚がじわりと閉じ、血が止まる。動きに支障はない。


 そうこうしているとアイノある方向を指さした。


 岩壁の奥に、わずかだが傾斜する道が伸びている。


 立ち上がり、足裏で地面の傾きを確かめる。確かに上へ傾いている。


 頬をかすめる、ごく弱い風。


 盗賊として裏路地を渡り歩いた感覚が告げる。空気は滞っていない。どこかに抜け道がある。


「外に繋がってるのかもな」


 希望とは言えないが、全くの無計画に進むことにはならない。


 魔力感知を広げてみる。


 岩陰の向こう、複数の反応。さっそくモンスターのお出ましとは幸先が悪い。


「来るぞ」


 こちらが気づいたのが分かったのか影が飛び出してくる。


 犬ほどの体躯。目はなく、顔の中央は滑らかな皮膚で塞がれている。裂けた口の奥に牙が並ぶ。


 動きはワイルドドックと同等だ。どんな場所に来たのか不安だったが、まだ低層の可能性が高い。


 横合いからの突進を交わしてこん棒を叩きつける。


 鈍い音がすると動かなくなった。


 残りの二匹が歯ぎしりのような鳴き声を上げた。警戒音だろうか?


 襲い掛かってこない相手を警戒して身構えていると、魔力感知が多くのモンスターが近づいているのを教えてくれる。


「やばい、仲間呼んでやがる……!」


 焦りが声に滲む。


「急いで殲滅するぞ!」


 「ん」


 強さは低層のモンスターだが数が揃えば押し潰される。


 近づく個体の位置を把握し、最短で潰す。足音を最小限に抑え、間合いに入った瞬間に叩き伏せる。


 アイノが氷の針で頭を正確に射貫いて絶命させる。


 増援が合流する前にその場の個体を全て片付けた。


「急いでこの場を離れるぞ」


 これ以上ここで留まるの不味い。


 私とアイノは足早にその場を後にした。




 洞窟の奥へ数十歩進んだところで、私たちは自然と歩幅を落とした。


 ここから先は、速さよりも静けさだ。


 ブラインドストーカー。

 目はない。だが音に敏感。さっきの戦闘で仲間を呼ぶことも分かった。見つかれば、集まっている。


 楽に倒せるモンスターだが数が集まれば物量で圧倒される。


 私は小声でアイノに告げる。


「小さな音は何とかするから、大きな音は立てないようにな」


 彼女は疑問を持たずにただ頷く。


 ……この信頼はどこから来ているのか分からない。

 だが裏切らないように、出来る限りのことはする。


 盗賊の記憶が、身体の奥から浮かび上がる。


 音を立てない歩き方。

 足裏のどこに重心を乗せるか。


 理屈ではなく、染みついた技術として教えてくれる記憶に出来る限り忠実に従う。


 魔力を薄く広げ、空気の震えを包むように纏わせる。完全な無音にはできないが、反響を鈍らせることはできる。


 日々の練習で感知半径が75メートルを超えた魔力感知はちょっと自慢していいかもしれない。

 岩壁の向こう、曲がり角の先、天井近くの窪み。点在する反応を感じ取る。


 進路上に三つの反応。


「右前、三体。距離十五」


 アイノも位置を把握し、静かに魔力を練る。


 構えた指先に魔力が集まり、淡く青に染まる。圧縮された冷気が、刃のように研ぎ澄まされていく。


 タクトのように指を振る。


 魔力感知の中で、ひとつ反応が消えた。


 すぐに、二つ目、三つ目も途切れる。


 寸分たがわず頭部を貫通。

 複数同時。ブラインドストーカーは仲間を呼ぶ暇もなかった。


 ……この子を怒らせるような真似は、今後一切しない。


 まだ怒らせたことはない。だが、怒らせたらどうなるのかは想像もしたくない。


 私が位置を把握し、アイノが仕留める。


 進路上にいる個体は、何が起こったのか気づく前に消えていく。

 音を立てず、息を乱さず、ただ確実に。


 順調に進んでいたが進路の先に、魔力感知の奥に異質な塊が現れた。


 これまでの個体とは密度が違う。

 かつてのハイオーク以上、フォレストビーストに迫る魔力量。


 重く、濃く、圧を伴う反応が通路の先を塞いでいる。


 左へ抜けようとしても、右へ回り込もうとしても、結局はそこへ収束する。

 間違いなく、あそこはノードだ。

 フロアとフロアを繋ぐための中継、中ボスが現れる場所。


 避けては通れない。


 あのとき森で見上げた影が頭をかすめる。


 息を整え、アイノに視線を向けた。


「……ボスがいる」


 抑えた声の奥に、隠しきれない不安が滲む。


 上へ続く道は、その先にある。

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