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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第三章 おっさんは警備員

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第45話 何もない男と戦う少女

 ノードへ足を踏み入れた瞬間、身体が急に重くなった。


 いや、身体が重くなったわけじゃない。


 これは威圧だ。


 視界の奥、広間の中央に――それは立っていた。


 三メートルをゆうに超える巨体。

 歪に膨れ上がった胴体から、四本の腕が生えている。

 その先端に黒光りする鎌。


 鎌と呼ぶにはあまりにも巨大だ。

 大人一人を容易く両断できそうな刃が、四つ。


 足が止まる。


 いつもは鳴りを潜めている本能が警鐘を鳴らす。


 重い。

 濃い。

 濁流のような魔力が、あの巨体の内側で渦を巻いている。


 これまで遭遇したブラインドストーカーとは、大きさだけでなく魔力も別物だ。


 呼吸が浅くなる。


 腕が震えているのが分かった。


 まずい。


 森で見上げた影。

 視界を覆い尽くした、巨大な炎の塊。


 頭に浮かぶ映像が身体を縛る。


 動け――と命じても、指先に力が入らない。


 視界の端で、アイノがこちらを見る。


 「……大丈夫?」


 ゆっくりと息を胸に吸い込む。


 肺が軋むように広がる。


 「ちょっと嫌な事を思い出しただけだ」


 声が少し掠れたが、なんとか形にはなった。


 平静を装う。

 装えているかは分からない。


 だが、ここで崩れるわけにはいかない。


 私は震えを隠して、一歩、前に出た。







 掛かる見えない力が変わらず広間を支配している。


 息を吸うたびに肺を絞られるような感覚。


 ボスは動かない。

 だが四本の鎌は僅かに魔力を帯びて光っている。


 見えていないはずなのに、こちらを“捉えている”気配。


 足裏に力を込める。

 こん棒を握り直す。汗で滑りそうになる手を、意識して締める。


 震えは止まらない。


 ――あのときとは違う。

 あの後も変わらず、日々、魔力操作や魔術の練習を続けてきた。少しだけど成長している。 落ち着けば問題ないはずだ。


 胸の奥で自分に言い聞かせる。


 「援護を頼む」


 短く告げると、背後でアイノが静かに魔力を練る気配が広がった。


 一歩、踏み込んだ。


 その瞬間――


 空気が裂けた。


 視界の端から、黒い閃光が振り下ろされる。


 速い。


 魔力操作による身体強化。


 全身に巡らせた魔力が骨と筋肉を強靭にする。


 しかし、魔力が安定していない。


 あの森。

 炎。

 焼ける匂い。


 力の流れが乱れているのが分かる。


 激突。


 耳鳴りのような衝撃が腕を貫いた。

 次の瞬間、衝撃で足元の地面が沈み、地面に二つの溝ができる。


 足が地面に縫い付けられる。


 歯を食いしばり、膝を折りながらも踏みとどまる。

 完全に受け切れていない。


 押し切られる。


「――っ!」


 鎌が離れ、間髪入れず二撃目が来る。


 一つを受けるのに精いっぱいで対処できない。


 歯を食いしばった瞬間――


「はっ」


 背後から、アイノの魔力が鋭く収束する。


 振り返らずとも分かる。アイスニードル。


 青白い閃光が一直線に走る。


 四本の鎌が迎撃する。


 おかげで巨大鎌の圧力から解放された。


 その代わり、金属を打ち鳴らすような衝突音と同時に氷の針は、すべて叩き落とされた。


 一本ではない。

 全弾。


 偶然じゃない。


 ボスの鎌が、わずかに魔力の軌道を追っていた。


 音だけじゃない。


 魔力まで見えているのか。


 舌打ちが喉元まで込み上げる。


 想像以上に厄介だ。


 四本の鎌が、ゆっくりと構え直される。


 壁に刻まれた溝が、奴の一撃の重さを物語っていた。


 まだ大丈夫だ。


 乱れかけた呼吸を整え、再び魔力を巡らせる。





 痺れた腕には治癒魔術をかけた。だが、回復したのは表面だけだ。心だけでなく、身体も万全じゃない。心に残った陰が消えない。それでも――止まれない。


 巨大な影が揺れる。


 漆黒の鎌が二振り。


 左右から同時に迫る。軌道を読む。重心を落とし、不安定な魔力で腕を。


 間に合え――!


 金属が激突する轟音。衝撃が骨を震わせる。


 重い、全力で抗う。


 拮抗したと思ったのは一瞬だった。次の瞬間、骨が軋み、筋肉が悲鳴をあげる。両腕を使っても、支えきれない。


 視界が反転した。


 身体が宙を舞い、背中から石壁に叩きつけられる。肺の空気が強制的に吐き出され、床を転がる。


 ちょっとびびっただけで、こんなにも力が出せないのか。


 くそ……!


 視線の端で、一人でアイノがボスに対峙している。


 守勢に回れば絶望的だと判断したのだろう。アイノは攻勢に出る。細い指を振り、アイスニードルを連続して打ち込む。氷の矢が空気を裂き、次々とボスへ突き刺さろうとする。


 だが、すべて漆黒の鎌が撃ち落とす。


 火花ならぬ氷片が散る。


 それでも、ボスも防御で手いっぱいだ。攻勢に転じる余裕はない。だが――


 まずい。アイノの魔力がドンドン減っている。このままじゃ、すぐにアイノの魔力がなくなる。


 立て。


 命じるのに、身体が言うことをきかない。それ以上に、恐怖で震えが止まらない。激しく脈打つ鼓動、脳裏に焼きついたあの光景が、足を縫い止める。


私は、動けない。


 最悪だ。


 小さな少女が立ち向かっているのに、いい大人がトラウマに怯え蹲ったままなのか。





 何も、ない。


 床に片膝をついたまま、そう思った。


 力も。覚悟も。誇れる何かも。


 結局、守ると口にしただけの、ただの中年男だ。恐怖ひとつで動けなくなる、空っぽの器だ。


 耳鳴りがする。戦場の音が遠ざかり、代わりに心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。


 ――このまま終わるのか。


 絶望が心を埋め尽くす。そのとき。


 視界が滲んだ。


 走馬灯のように、光景が流れ込んでくる。


 この世界の記憶ではない。


 私の中に混じっている、三人の異世界人の記憶。


 倒れる背中。無理した笑顔。何も言えずに背を向けた影。


 三人とも、ほんの少しの間違いで大切なものを失った。


 人の記憶に引きずられる気はなかった。


 これは自分じゃない、と。


 他人の人生だ、と。


 抱えきれないものまで背負う必要はないと、切り離そうとしてきた。


 だが。


 最後に残った強い思いは、どれだけ切り離しても、心の奥底に燻り続けていた。


 守りたかった。


 届いてほしかった。


 やり直したかった。


 言葉にしきれないそれが、消えずに残っている。


 それから目を逸らしてきただけだ。


 だが今。


 小さな少女が一人で戦っている。


 彼らの教訓を無駄にして、彼らと同じ轍を踏むのか。


 胸の奥で、何かが確かに揺れた。


 ――受け入れろ。


 これは他人の記憶じゃない。


 私の中にあるなら、私のものだ。


 三人分の喪失も、後悔も、願いも。


 逃げるな。


 異世界人の思いを力にするんだ。


 胸の奥で燻っていた熱が、静かに息を吹き返す。


 震えはまだ消えない。


 だが、その奥に、確かな芯が通る。


 恐怖に押し潰されるだけでいるのは、もう終わりだ。


 ――まだ、終わらせない。

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