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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第三章 おっさんは警備員

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第42話 眩しい背中と地図にない部屋

 巡回開始から三十分ほど。


 通路の奥から、石を引きずるような鈍い音が響いた。


「……来るぞ」


 鬼頭が短く告げる。


 角を曲がって現れたのは、犬ほどの大きさの魔物だった。丸みを帯びた体躯。だが毛並みはなく、全身が灰色の硬質な皮膚に覆われている。光を受けて鈍く反射する様は、岩の塊がそのまま動いているようだ。


 アーマーマウス。


「小駒、正面に立つな。スピードを活かせ、横から揺さぶれ」


「はい!」


「小坂、間合いを保て。リーチを活かして牽制しろ」


「了解です!」


 鬼頭は前へ出る。


 魔力を練ることはない。


 両腕に薄く纏わせるだけで、半身に構える。


 アーマーマウスが低く唸り、突進した。


 石畳を削りながら一直線に迫る。


 鬼頭は動きを見切り、紙一重で躱す。巨体はそのまま壁へ激突し、鈍い衝撃音が通路に響いた。


「今だ、小駒」


 小駒が脇へ回り込み、ナイフで後肢の付け根を切りつける。刃は浅く滑るが、確実に同じ箇所を削っていく。


 アーマーマウスが反転し、再び体当たりの構えを取る。


「下がれ」


 鬼頭が位置を取り直し、進路を限定するように立つ。


「スヌーは周囲を警戒。追加が来たらすぐ知らせろ」


 アイノが静かに頷き、視線を通路の奥へ走らせる。


「小坂、今だ」


 薙刀が一直線に伸びる。鋭い穂先が眼球を狙う。


 だが――硬質な頭部の皮膚に弾かれ、金属音が響く。


 小坂が舌打ちする。


 攻勢に出れば、鬼頭が一撃で終わらせられる。


 だが、それはしない。


 受け、逸らし、隙を作る。あくまで仲間に任せる構えだ。


「小駒、小坂、もう一度だ」


 二人の呼吸が合う。


 小駒が再び同じ後肢を削る。体勢がわずかに崩れた瞬間――


 小坂の薙刀が鋭く踏み込む。


 今度は眼球を正確に貫いた。


 穂先が内部を穿ち、脳を破壊する。


 アーマーマウスは短く痙攣し、そのまま崩れ落ちた。


 小駒と小坂の荒い呼吸音だけが響いている


 鬼頭とアイノは息を乱していない。


「……悪くない」


 短い評価。


 小駒と小坂は顔を見合わせ、わずかに笑う。


 山本は腕を組んで感心して見ている。


「学生とは思えない動きだな」


 岸本が軽く笑う。


「いやいや、俺たちの立場なくなるやつですよ、それ」


 鬼頭は周囲を見渡し、淡々と言った。


「この調子ならすぐに他のエリアに行けるな」


 意見を求めるというより、事実確認のような口調だった。


 ……アイノのことを抜きにすれば、鬼頭は本当に高スペックだ。


 戦えて、考えられて、指示も出せる。


 若さにありがちな空回りも、今は全く見えない。


 私の十代なんて、男友達とのバカ話くらいしか磨いていなかった気がする。


 同じ年頃の頃を思い出すと、なんとも言えない気分になる。


 鬼頭はすごいな。


 ――などと、魔石を拾いながらおっさんはしみじみ思うのだ。





 空気が少しだけ軽い。


 戦闘直後特有の、あの妙な高揚感だ。


 小駒と小坂はまだ息が荒いくせに、どこか誇らしげだ。自分たちで倒した、という実感があるのだろう。鬼頭は特に褒めもせず、否定もせず、淡々と歩き出す。


 その背中が、妙に様になっている。


 こういう男が、リーダーになって皆を引っ張っていくのだろう。


 高揚を引きずったまま、次の分岐へ向かう。


 本来なら左に折れる地点なのだが……。


「……あれ?」


 小坂が足を止めた。


 通路の先に、横へ伸びる細い道があるのだ。


 私は端末を取り出し、地図を表示させる。拡大して確認するが、やはり記載はない。ここは“壁”のはずだ。


 鬼頭が視線で山本に確認する。


 山本と岸本の空気が変わり無言のまま、わずかに緊張を帯びる。


 その気配に引きずられるように、戦闘後の高揚感がすっと醒めていくのが分かった。


「外から確認する。近づきすぎるな」


 魔力反応は――ない。


 強い気配も、生き物の動きもない。


 それでも胸の奥がわずかにざわつく気がする。


「先に確認する」


 学生は外で待機。


 山本の声が中から聞こえる。


「特に変わった様子はない」


 ただの空間、か。


 私は通路の暗がりを見つめながら、内心で苦笑する。


 ゲームやアニメなら、こういうときは宝箱があったり、レアなモンスターが潜んでいたりするものだ。

 もちろん、現実でそんなものが出てきたら困る。


 だが、何もないと聞くと、それはそれで少しだけ拍子抜けする。


 山本が顔を出した。


「問題なさそうだ。中は行き止まりだ」


 不測の事態が起きないのは良いことだ。


 分かっている。


 分かっているのだが――


 ほんの少しだけ、物語的展開を期待した自分がいる。


 おっさんになっても、そういうところは治らないらしい。



 安全確認が済んで私たちも中へ入る。


 通路は短い。十歩も進めば、すぐに行き止まりだった。


 広さは教室ほどもない。天井は低く、壁も床もいつもの灰色の石肌。削られた跡も、装飾もない。ただ、ぽっかりと空間だけがある。


 妙にスッキリしている。


 山本は腕を組み、室内を一瞥した。


「……本当に何もないな」


 岸本が肩をすくめる。


「拍子抜けですね。ちょっとくらい面白いもんがあってもいいのに」


 安全確認はすでに済んでいる。警戒というより、確認作業の延長といった空気だ。


 鬼頭は黙って室内を一周し、出入口との距離を測るように位置取る。何かあればすぐ外に出られるようにしているのだろう。


 小駒と小坂は少し緊張の戻った顔で周囲を見回している。先ほどの高揚は完全に消えていた。


「過去にも似たような変化はあった。急に空間が増えることは珍しくない」


 山本さんは淡々とした説明のあと、わずかに苦い顔をする。


「……学生が入っている時期に起きるのは、あまり好ましくはないがな」


 私は壁際に立ち、改めて部屋を見渡す。


 外から見た時点で何もないのは分かっていた。

 だが、もしかしたら隠し通路の一つくらいは――と、どこかで期待していたらしい。


 壁も床も均一だ。継ぎ目も不自然な段差もない。


 ロマンは、完全に消えた。


 ただ、ここに来てから言葉を発していないアイノの視線がわずか鋭い気がする。


「戻るぞ」


 山本さんは帰路を促す。


 鬼頭が頷き、出口へ向かう。小駒、小坂も続く。


 異常なし。

 ロマンは無かったがそれで十分だ。



 全員が出口へ向って終わり――そう思っていた。


 私は部屋の外へ足を踏み出しかける。


 そのとき、視界の端で動かない影に気づいた。


 アイノだ。


 出口へ向かわず、まだ室内に残っている。壁の一点を、じっと見つめていた。


「どうした?」


 小声で問いかけるが、返事はない。ただ視線だけが、灰色の石壁に固定されている。


 私はその先を追う。継ぎ目もひびもなく、色の違いすら見当たらない、均一な石壁。見慣れたダンジョンの内壁だ。少なくとも、見た目には異常はない。


 外にいるモンスターの魔力反応も、いつも通りだ。特別強い気配も、急接近する影もない。


 異常はない――はずだ。


 それでも、胸の奥にわずかな引っかかりが残る。


 私は頭の中で地図を広げ、ここまでの経路をなぞった。この部屋は横に伸びた新しい通路の先にあり、構造上はここで行き止まりになっている。既存のマップでも、この壁の向こうは外壁扱いだ。つまり通路も空間も存在しない、ダンジョンの“地肌”が広がっているはずだった。


 ならば、なぜアイノはそこを見ている。


 耳鳴りのような静寂が場を包み、自分の呼吸だけがやけに大きく響く。


「……何かあるのか?」


 問いかけた、その瞬間。


 かすかな音がした。


 石が擦れるような、しかしそれよりも硬質で、何かの噛み合いが外れるような音。


 カチ、と小さく、確かに。


 私は反射的に足元を見る。


 次の瞬間、床がわずかに沈んだ。


 視界がゆっくりと傾き、石畳が音もなく角度を変えていく。理解が追いつかないまま、壁と床のあいだに黒い隙間が生まれた。


 それは、音もなく口を開けていた。

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