第41話 決着と誤魔化し
鬼頭の火球が、爆ぜた。
炸裂と同時に灼けつくような熱風が周囲を薙ぎ払い、遅れて衝撃が地面を揺らす。乾いた土煙が巻き上がり、一気に視界を塞いだ。さらに焦げた匂いが鼻を刺す。
「……っ」
鬼頭の喉が、小さく鳴った。
やり過ぎた。
相手の力量を測る、そのつもりだった。だがこの一撃は明らかに過剰だ。
もともと魔法を使うつもりはなかった。ただの模擬戦、技量を見るだけでよかったはずだ。
だが——相手は想像以上に強かった。
スヌーさんに自分の実力を示すために始めた模擬戦なのに、まったく見せ場を作れない。
その焦りが胸を焼き、気づけば頭に血が上っていた。後先も考えず、本来使うつもりのなかった魔法を解き放っていた。
鬼頭は思わずスヌー――アイノへ視線を向ける。どう思っているのか、その表情を探る。だが、そこにあるのはいつもと変わらない静かな顔だった。
本当にいつも通りすぎる。そのことに、逆にわずかな違和感を覚える。
だが、それを深く考えている余裕はない。
鬼頭は顔から徐々に血の気が引いているのが分かる。
近づいてきた小駒も息を呑む。
「鬼頭……おい……」
鬼頭の異変につられるように、小駒の顔色も青ざめる。
「おい……やりすぎだろ……?」
「……黙ってろ」
即座に返した声はいつも通り荒い。
だが、拳は強く握られていた。
観戦していた山本さんが険しい顔で詰め寄る。
「模擬戦でなぜ魔法を使った。怪我するに決まっているだろうが」
岸本さんがすぐに割って入った。
「説教はあと! まず救助!」
そのとき、小坂がはっとして前を指さした。
「……あっ、あそこ――」
小坂が、土煙の向こうを指さす。
その瞬間、煙の向こうに人影が浮かび上がった。
フォレストビーストのときのトラウマが、こんな形でよみがえるとは思っていなかった。あのとき焼かれた感覚が、一瞬だけ脳裏をかすめる。
大した効果はない。だが、日々修練していたおかげで魔術でとっさに対応できた。そうでなければ、最悪――死んでいたかもしれない。
(無傷ってわけにはいかないな、あちこち火傷している)
袖の内側も、脇腹も、じくりと痛む。
土煙が周囲の視線を遮っているうちに、こっそり治癒魔術で火傷を治療する。派手な光は出さず、痕が残らない程度に。完全ではないが、見た目には分からない。
怪我したことを隠す理由は単純だ。課長に報告したら、絶対に三時間は無意味な説教を聞かされる。
「……あぁ、びっくりした」
焦げた服の裾を軽く叩きつつ、いつもの調子で言う。
山本と岸本がすぐ近くまで来て、無事を確認する。
「無事か」
「怪我はないか?」
「大丈夫です」
軽く肩を回してみせる。
(かなり高威力の魔法だった)
あれは模擬戦で使うような魔法ではない。
主人公は、鬼頭のさきほどの顔を思い出す。血の気が引き、目だけが見開かれていた一瞬。
あの表情は、勝負に熱くなった者の顔ではない。
――やってしまった、という顔だ。
鬼頭は腕を組み、平然と立っている。
だが、感知する魔力の流れは、模擬戦前とは比べものにならないほど乱れている。表面は整えていても、内側はまだ波立っている。
(……焦ったんだな)
暴走寸前まで拡散させた。あれは偶然じゃない。もし魔力が拡散されず、収束したままだったら――私の即席の魔術など何の役にも立たなかっただろう。
小坂が目を輝かせて駆け寄ってくる。
「すごいです! あんな魔法を受けて立ってるなんて!」
「いえいえ、鬼頭さんが手加減してくれただけです」
さらりと答える。
「……手加減したけど、防ぐとは。実力は十分だな」
鬼頭は内心を隠してぶっきらぼうに言う。
アイノが一歩前に出て来て、なぜか胸を張っている。
わずかに口元が緩んだようにも見えた。
鬼頭の視線が、わずかに揺れる。
ほんの一瞬、悔しさが滲んだことに私は気づいてしまった。
アイノが主人公を評価するほど、鬼頭は心穏やかではないだろう。ただ私を貶したり、アイノを煽てても、振り向かないことは分かっているはずだ。
主人公もどうにかしてやりたい気持ちはある。だが、そういう経験値がない。
だからおっさんにできるのは、せいぜい空気を読んだふりをするくらいだ。
視線を巡らせれば、小駒は困り顔で様子をうかがい、小坂さんは状況を深く理解している様子もなく、ただニコニコしている。
どうすることもできなさそうだ。
(……頑張れ、鬼頭)
せめて心の中でそう呟くにとどめた。
「この後の巡回同行は中止だ。」
山本が宣言すると空気が止まる。
「……なんでだ」
鬼頭が即座に食ってかかる。
「あわや怪我人が出そうだったからに決まっているだろう」
山本はこの場の責任者として正しい判断を下す。
「感情が乱れている状態でダンジョンに入らせるわけにはいかん。同行は後日にするだけだから安心しろ。」
鬼頭は理由が理解できるために言い返せないようだ。
だが、受け入れられないことは表情からよく分かる。
私との模擬戦で良いところを見せられなかったため、ダンジョン内で力を見せたいのだろう。
だから、このまま終わるのは嫌なのだろう。
心の中で「頑張れ」と言った手前、ここで知らん顔も気分が悪い。
「私は大丈夫なんで行きましょう」
山本が眉をひそめる。
「何を言っている。お前はさっき——」
「とりあえず少し休憩すれば、気持ちも落ち着きますよ。何より課長に報告事項が増えるのは嫌なんで。」
穏やかに続ける。
「ダンジョン内ではいろんなことがあります。彼らには感情が多少乱れていても、落ち着いて行動する練習になりますしね。」
「おあつらえ向きに、ここのモンスターは弱いですし」
山本は呆れたように言う。
「なぜ怪我させられそうになった本人が勧めるんだ」
空気が重い。
こういうときに間に入るのが、よく私の役目になる。
誰に頼まれたでもないのに。
「させられ“そう”になっただけです」
小坂が両手を合わせた。
「お願いします! せっかくの機会ですし!」
小駒も続く。
「ちゃんと気を引き締めます。だからお願いします。」
アイノはいつでも来られるからか何も言わない。
岸本が静かに口を開く。
「どうせ巡回業務はするんだから良いんじゃないですか」
山本は全員を見回し、ため息をついた。
「勝手な行動はするな。必ず指示に従え。いいな」
「……分かりました。」
鬼頭は短く答える。




