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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第三章 おっさんは警備員

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第31話 閑話:匿名の波紋

それは、ひとつの匿名投稿から始まった。


探索者向けの情報共有サイト。

無数の書き込みが流れては消えていくその場所に、ローポーションとミドルポーションの調合手順が、簡潔な文章で投下された。


そこには名乗りも、主張もなかった。

ただ、必要な素材と工程だけが淡々と並べられている。


だが、その文章の端々からは、どこか切実さがにじんでいた。

特定の誰かが独占するには危うい情報を、あえて広くばらまくような。

――一人だけが作れる状況のほうが、よほど厄介だ。

そんな打算と予防線が透けて見える、冷静な匿名性だった。


最初の反応は、疑いだった。


またデマだろう。

素材だけ書いて肝心な工程が嘘だ。

スキルがなければ無理だ。


そんな評価が大半を占める。


だが数時間後、空気が変わる。


成功報告が、ぽつりと上がった。


偶然だろう、という声。

再現性がないのでは、という疑問。


しかし翌日には、別の成功例が確認される。

素材の分量や工程の微調整まで検証され始め、検証スレッドは異様な速度で伸びていった。


そして決定打となったのは、調合成功と同時に「調合スキル」を獲得したという報告だった。


それまで報告されていたのは、戦闘系スキルばかりだった。

身体強化、武器適性、属性魔法。

生産系スキルは存在しないのではないか、とさえ言われていた状況での発現報告。


条件を満たせば、生産系スキルも獲得できる。


その事実は、探索者たちの認識を大きく揺さぶった。


やがて、動画付きの成功報告が上がる。

加工工程の効率化が共有され、さらには「加工スキル」発現の報告まで現れる。


疑いは、確信へと変わった。


ローポーションは作れる。

ミドルポーションも、条件次第で可能。


それは単なるアイテム製作の話ではなかった。


回復手段が個人のスキルやダンジョンアイテムに依存しなくなる。

それは探索効率の飛躍的向上を意味する。


同時に、これまで希少性によって成り立っていた市場構造が揺らぎ始めた。


ポーションを投資対象として抱えていた者は値下がりに直面し、

医療関係者は代替医療としての可能性を無視できなくなる。


そして何より――


回復手段の安定供給は、ダンジョンへのハードルを下げる。


ダンジョンは、

一部の選ばれた者の戦場から、

多くの人間が手を伸ばせる領域へと変わりつつあった。


それは希望であり、同時に管理不能の兆しでもある。


匿名の投稿者は名乗らない。


だがそのレシピは、

すでに探索者の間だけでなく、

経済界、医療界、そして国家の中枢へも届いていた。




 大型モニターの数字が、赤く染まっていく。


 午前九時三十二分。

 東京市場、寄り付きから三分で急落。


「……は?」


 思わず声が漏れた。


 今熱いダンジョン関連銘柄を中心にポートフォリオを組んでいた。

 素材流通、探索装備、ダンジョン保険、回復薬卸。

 どれもここ数ヶ月、右肩上がり。


 昨日まで資産は増え続け、正直ウハウハだった。

 だが今日は違う。


 画面も――そして自分の顔面も、青一色だった。


 ニュース速報が画面下を流れる。


「ネット上に拡散されたポーション調合レシピの影響で、市場に混乱が広がっています」


 アナウンサーの声は冷静だ。


 これまでポーションという魔法薬は、富裕層も国家も喉から手が出るほど欲しがる存在だった。

 供給は常に不足し、価格は上昇の一途。


 特にハイポーションは別格だ。

 オークションでは平然と十桁を超える。

 資産家のステータスであり、国家備蓄の柱でもある。


 その前提で、市場は動いていた。


「さらに、新たに確認されたミドルポーションが、一部ハイポーションの代替となり得る可能性も指摘されています」


「は……?」


 思考が止まる。


 ミドルポーション?


 代替?


 それはつまり――


 ハイポーションの絶対的価値が揺らぐということだ。


 保有評価額。

 昨日比マイナス二千三百万。


 まだ下がる。


 板は売り一色。

 誰も買わない。


  ダンジョンは危険だ。


 だからこそ、その内部に眠る資源がどれだけ有用でも、探索者の絶対数は伸び悩んでいた。

 命の保証がない場所に、誰もが踏み込めるわけではない。


 だからダンジョン関連企業は、リスクヘッジとして高額な保険を購入した。

 万が一の損失に備えなければ、事業そのものが成り立たないからだ。


 そして重傷から救える数の少ないハイポーションには、富裕層が群がった。

 生存確率を買うために、いくらでも積んだ。


 有用なダンジョン資源は高額でも飛ぶように売れた。

 希少だからだ。

 命懸けでしか手に入らないからこそ、値が吊り上がった。


 だが――


 回復薬が手軽に手に入るならどうなる?


 危険度は下がる。

 死亡率も下がる。


 探索者は減らない。

 むしろ、安全性の向上で参入者が増える。


 探索人数が増えれば、

 ダンジョン資源の供給も増える。


 供給が増えれば――


 価格は、下がる。


 それは単なる一時的な暴落ではない。


 構造そのものが変わる、ということだ。


「たった一つの匿名投稿で……?」


 信じられなかった。


 だが市場は、信じる信じないでは動かない。


 数字は残酷だ。


 画面の赤が、さらに広がる。


 誰が投稿したのかは分からない。


 だが確実に言えることがある。


 ――もう、元の相場には戻らない。




 ダンジョン省本庁舎、最上階の大会議室。


 本来なら冷静に数字を確認するはずの定例会議は、開始五分で空気を失っていた。


「これはどういうことだ!?」


 机を叩いたのは大臣だった。


 大型モニターには、グラフが並ぶ。


 探索済みエリア拡大率――急上昇。

 新規探索者登録数――過去最高。

 死傷率――緩やかに低下。


 そして別画面。


 ポーション市場価格――暴落。


「なぜ事前に察知できなかった! レシピだと? 匿名投稿だと? そんなものを放置していたのか!」


 怒声が響く。


 だが本当に大臣の顔色を悪くしているのは、国家運営ではなかった。


 隣に控える秘書官が、小声で囁く。


「大臣、関連ファンドの評価額が――」


「言うな!」


 顔色はすでに青い。


 ポーション関連、ダンジョン医療、希少素材流通。

 “成長国家戦略”として推進してきた分野だ。


 そして個人的にも、かなりの比率で資産を預けていた。


「ローポーションが量産可能? ミドルポーションがハイポーションの一部代替だと? そんな話、誰が信じる!」


「事実です。既に現場で複数報告が」


「だからこそ問題なのだ!」


 声が裏返る。


 危機感はある。

 だが方向がずれている。


「価格が崩れれば企業が倒れる! 保険モデルが瓦解する! 国家戦略が――」


 その声を、会議室の隅で二人の男が静かに聞いていた。


 ダンジョン対策局長と、情報分析官。


 モニターの別画面には、一般には出ていないデータが映っている。


「……死亡率は確実に下がっています」


「はい。重傷者の生存率も改善。探索継続率が上昇しています」


「探索済みエリアは?」


「先週比で一・四倍。最前線の押し上げ速度が異常です」


 局長は目を細めた。


 問題は市場ではない。


 構造だ。


「新規登録者数」


「倍増です。ただし――」


「経験不足者の比率が高い」


「はい。母数が増えたことで、軽傷者総数はむしろ増加傾向です」


 ポーションがあるから死なない。

 死なないから参入する。

 参入するから事故も増える。


 そして。


「海外の動きは?」


「欧州連合、非公式照会。米国、防衛省ルートで情報収集中。

 “なぜ日本だけ進行が早いのか”を分析しています」


 画面には別の資料。


 黒崎ら四人の探索記録。

 深層到達速度。


「彼らが“偶然”とは思われていません」


「日本のダンジョンに秘密がある、と?」


「はい。レシピは国外にも拡散しました。にもかかわらず成果が出ているのは日本のみ。

 原因は環境か、人材か、管理体制か――調査対象になっています」


 局長は小さく息を吐いた。


「スパイは?」


「既に増えています。ダンジョン関連企業、大学研究室、探索者コミュニティ。

 動きが活発化しています」


 会議室中央では、まだ大臣が叫んでいる。


「価格安定策を講じろ! レシピ公開者を特定しろ! 勝手に市場を混乱させた責任を――」


 その声を背景に、局長は静かに言った。


「レシピ公開者は探します。だが処罰目的ではない」


「管理ですか」


「そうだ。管理できない技術は、国家のリスクになる」


 そして、視線を上げる。


「最悪の場合、海外に確保される可能性もある」


 沈黙。


 市場の混乱。

 探索の加速。

 海外の介入。


 すべての中心にいるのは――

 匿名の投稿者。


「……見つけろ」


 局長は低く命じた。


「国家が先に見つけなければ、別の誰かが見つける」


 会議室ではまだ、怒声が続いている。


 だが本当に重要な会話は、

 隅で静かに進んでいた。

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