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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第三章 おっさんは警備員

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第30話 閑話:篠原さんの娘

 病院の自動ドアが開く音が、やけに大きく聞こえた。


 胸元で、ミドルポーションの瓶をそっと押さえる。

 ――ダンジョンに行けなくなった、あの人が。

 せめて自分にできることを、と作ってくれたものだ。


(……聞いたこと、ないのよね)


 ローポーション。

 ハイポーション。

 その間に位置するはずの“ミドルポーション”。


 考えてみれば、ハイポーションの前段階として

 ミドルポーションが存在していても、おかしくはない。


 けれど、今まで市場で見たことも、

 はっきりした噂を聞いたこともなかった。


 ――不安が、胸の奥で渦を巻く。


(本当は……ハイポーションじゃないと……)


 そう思ってしまう自分を、必死で抑える。


 現実は、重い。

 もう一緒に探索できない。

 あの人を、これ以上危険に巻き込むことはできない。


 そして、自分一人で――

 再びダンジョンに潜るという現実。


(低層なら……一人でも、何とかなる)


 弱いモンスターなら倒せる。

 中層でも、一対一なら、きっと対応できる。


 でも。


(……ハイオークや、フォレストビーストみたいなのは……)


 無理だ。

 考えただけで、背筋がひやりとする。

 手が震えそうになる。


 他の探索者を頼る?

 一瞬、頭をよぎる。


 けれど――

 ダンジョンで、襲われそうになった記憶が、それを否定した。


(信用……できない)


 解決策は、見えない。

 頼れる人も、いない。


 それでも。


(……今は、考えない)


 今は、病室へ。


 足を進めるたび、胸が締め付けられる。

 不安と期待が、同じ場所でせめぎ合っていた。


 やがて、見慣れた病室の前に立つ。

 深く息を吸い――

 ノックをした。




「――お母さん!」


 病室の扉を開けた瞬間、明るい声が飛んできた。


「もう、遅いよー」


 ベッドの上で、上半身を起こした少女が手を振っている。

 紗季。

 今年で中学三年生になる、私の娘だ。


 半身不随。

 それでも紗季は、いつも笑顔で、こうして迎えてくれる。


「ごめんね。ちょっと、用事があって」


 そう答えながら、胸の奥がきゅっと痛んだ。


「ダンジョンでしょ?」


 にやっと、いたずらっぽく笑う。


「……どうして分かるの」


「あの人と、何かあったときの顔だもん」


 図星だった。

 思わず、苦笑がこぼれる。


 最初のころは、ダンジョンに行くたびに泣かれた。

 危ないから行かないで、と何度も言われた。


 でも――

 いつも何もなかったように病室へ来るうちに、

 紗季は、不安を表に出さなくなった。


 それが嬉しい。

 娘を不安にさせずにいられるのは、母として救いだった。


 けれど同時に、胸が痛む。

 本当は、命の危険がすぐそばにある。

 それを隠している自分が、

 まるで騙しているみたいで。


(……私が、不安そうにしてたら)


 きっと、この子は、また無理をする。

 だから。


 私は笑って、ベッドのそばに寄り、

 ぎゅっと紗季を抱きしめた。


「……お母さん?」


「ううん。なんでもない」


 小さな体。

 華奢な肩。

 この子を守るために、私は潜っている。


「今日はね、色々あったの」


「またすごいモンスター?」


「……まあ、ちょっとね」


 滝つぼの奥で見た、底の見えない水。

 見たこともない、不思議な果物。

 そして――フォレストビースト。


 命が、確かに脅かされた瞬間。


 全部をそのまま話すわけにはいかない。

 でも、嘘もつきたくなかった。


「怖かった?」


「……怖かった」


 正直に答えると、

 紗季は少し黙ってから、

 そっと私に抱きついてきた。


「……私が歩けたらさ」


「……え?」


「一緒に行けるのに。

 そしたら、お母さんを助けてあげれるのに」


 胸が、ぎゅっと締め付けられる。


「……そんなこと、考えなくていいの」


「でも……」


「今はね、こうして話せるだけで十分」


 そう言いながら、

 私は鞄から小さな瓶を取り出した。


 透き通った液体が、淡く光を反射している。


「……これね」


「なにそれ?」


「ミドルポーションっていうの」


 聞き慣れない名前に、紗季が首を傾げる。


「……効果があるかどうかは、分からないわ」


 期待はしないで。

 そう言い聞かせるように、瓶を差し出した。


「でも……可能性はあるの」


 紗季はしばらく瓶を見つめ、

 それから、にこっと笑った。


「お母さんが持ってきたものなら、飲むよ」


 その笑顔に、胸が締め付けられる。


「……ありがとう」


 小さく呟き、

 私は見守るように、ベッドのそばに立った。


 紗季が、ゆっくりとポーションを口に含む。


 ――何も、起こらない。


 少なくとも、見た目には。


「……どう?」


「んー……」


 首を傾げた、そのとき。


「……あれ?」


「……紗季?」


「足の指……なんか、変」


 視線が、自然と――

 ベッドの先へ向いた。


 そして。


 ほんの、わずかに。


 ――足の指が、動いた。


「…………っ」


 息を、忘れた。


「お母さん……」


 紗季の声が、震える。


 私は、弾かれたようにナースコールへ手を伸ばした。


「すみません! 先生を――!」


 心臓が、壊れそうなほど鳴っていた。

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