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配給当日。
会場となる広場には何千人分もあろうほどの数多の大鍋が火にかけられ、美味しそうな匂いを漂わせていた。
「本日はご協力ありがとうございます。」
「いや、かまわない。」
頭を下げるオルコットにジャックはなるだけ素っ気なく返事した。
「しかし、すごい量だな。」
「ええ、でも…足りるかどうか……」
圧巻なほどの量だが、オルコットは不安げにそう答えた。
「…煮込み過ぎではないのか?」
ふと鍋の中を覗いたジャックは訪ねる。
中身は細かく刻まれた野菜の入った麦粥だった。
パンで何千個という数を揃えようとすると大変だ。そう思えば粥という選択は正しいのかもしれないが、それはかなり煮崩れてどろどろになってしまっている。
「ええ、ですが貧民の中には数日間何も食べていない者も珍しくはありません。なのでなるだけ煮とかして消化によくしないとまずいのです。」
「そういうものなのか。」
「はい。」
それはジャックにとっては知らないことだった。
情けない。
何も知らず行動にも移せなかったのに、オルコットとはじめてあった時に偉そうに語ったことが恥ずかしく思えた。
「ジャック様?」
自己嫌悪に陥ってしまったジャックをオルコットは不思議そうに見つめている。
「いや、なんでもない。
…それより、絶対に成功させるぞ。」
「はい!」
こうして配給は始まった。
配給が始まってどのくらいの時間が過ぎただろうか? かなりの人数をさばいているはずだが列は一向になくならない。
「ちょっと!横入りしないでよ!!」
そんな声がジャックの耳に届いた。
またか。
少し前にも「注がれた量が少ない」とわめく男がいたり、思っていたより騒動が多い。
「どうしたんだ?」
「この人が割り込んできたんです。」
「割り込んでねぇし!」
ジャックがもめている男女に近づく。
あれ?
「お前、さっき食べていなかった?」
ジャックは男に問う。
「くっ、食ってねぇし。」
「いや、お前さっき量が少ないって騒ぎ起こしてたやつだろ? 悪いが1人1杯だ。」
そう、男は先程騒ぎを起こしたやつだった。
「うるせぇ! あれっぽっちで足りるかよ!!」
男は怒鳴り声を上げた。
「お前ら貴族はいいよなぁ!毎日捨てるほど食えてるんだから!! 俺らはこんな時しかまともに食えねぇんだよ! こんな時くらい腹一杯食わせろよ!!」
「しかし、皆に配るためだ。1人1杯を守ってもらわないと…」
「うるせぇ! 元は俺らから巻き上げた税金だろうが!皆が腹一杯になるくらい用意しやがれ!!」
そうだそうだとヤジが飛ぶ。
くっ、
「はいはい、そこまでそこまで。」
騎士団の副官がやって来た。
「お前ら少し落ち着け。今日のは国家事業じゃない、あくまで1人の貴族令嬢のお戯れだ。騒ぎでかくすると次はなくなるぞ?」
「うぐっ、」
副官の言葉に男は言葉を詰まらす。
「わかったら大人しく並んどけ。」
「……ちっ。」
どうやら騒ぎは収まったようだ。
「助かった。」
「いえいえ、あいつら多数決でゴネをごり押したいだけなんでまともに相手しちゃ駄目っすよ。」
「そういうものか。」
「そうっす。…それより話あるんで裏行きません?聞かれたくないことなんで…」
「ん?」
なんだろう?
ジャックは副官に連れられて陣幕の中へ入った。
「若、早急にここから避難してください。」
陣幕へ入った途端、副官は周囲を気にしつつ真面目な顔でそう切り出してきた。
「…は?」
避難? 何の話だ?
「集まってくる貧民は万に迫る勢い、このままでは食糧が足らず近く暴動が起こります。」
「なに!?」
「こちらの見立て不足です。まさかこれほどまでの貧民が王都にいたとは…」
その時だ。
わーっと一際大きな騒ぎが陣幕の外で起こる。
「っ!まさかもう…」
副官は驚きを顕にする。
オルコットの手際が良すぎたため、想像より格段に早く配り終えてしまったのだ。
「オルコットっ!!」
ジャックは陣幕から駆け出す。
そこにはもはや列はなく、民衆がオルコットへ迫っていた。
「もうないってどういうことだ!!」
「すみません、近くまた配給を行いますので今日は…」
怒れる民衆をオルコットが必死に宥めようとしている。
「ふざけるな!!」
罵声と共に誰かが石を投げつけるのが見えた。
「危ないっ!」
がすっ
ジャックは身体を滑り込ませてオルコットの盾になる。額に石が当たり血が溢れた。
「貴様らっ!騎士団、抜剣!!」
副官の指示に騎士たちは剣を抜く。
駄目だ。
このままでは本当に悲惨なことになってしまう。
「お願いです。どうか、この子にだけでもご飯をっ!」
幼子を抱えた母親が子供を差し出してきた。
こんな緊迫した空気も読めないほど、子供のために必死だったのだろう。だが必死であったからこそ、子供の被っていた布がはらりとめくれてしまった。
っ!
その肌には赤い発疹が無数に浮かんでいた。
「なっ!このガキ、病気にかかってるじゃねぇか!
よっ、よるんじゃねぇ!!」
どんっと母子の近くにいた男が彼女らを突き飛ばす。
波が引くように人々が離れ、幼子の泣き声だけが静かに響いた。
「よしよし、泣かないで。」
動けないジャックを余所に、オルコットは躊躇いなく幼子を抱き上げてあやす。
「『キュアー』。はい、もう大丈夫だよ。」
治癒魔法の柔らかな光が幼子を包み、発疹が引いていく。
「…女神だ……」
誰かがぽつりとそう溢した。
女神様、女神様…
その言葉を皮切りに人々は口々にそう合唱し、感涙して拝むものまでいる。
結果、民衆はオルコットの指示に大人しく従うようになり、なんとか無事に配給を終えることが出来たのだった。
もっと引きを意識した方がいいのかなぁ?
今回で言うと暴動前で区切るとか…
でも切り悪く感じるんだよなぁ……




