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「貧困層向けの食事の配給、ですか?」
コレットの報告を聞いたオルコットの口から出たその言葉に驚き、私は思わず聞き返してしまった。
慈愛の心に目覚めてくれたのなら良いが、おそらくそうではない。オルコットは伯爵領にいた頃からこういった配給や帰還兵の受け入れなどの慈善活動は行っていた。
私もはじめは女神のようなお方だと思いましたが…
実際は貧困層から脱却してもらえた方が税をむしり取れるからであり、帰還兵の受け入れも実戦経験のあるものを集めて強力な軍隊を作るためであったのだが……
「そっあんたがジャックと仲良くなったんなら王都でも配給できるっしょ?」
「聞いてみないことには…」
ここでジャックの名前が出てくるとは。
「ふふっ、あんたとしては聖人君子と噂のカイルの親友のジャックならあたしを更正してくれるとか期待してんでしょうけど。」
「っ、そのようなことは…」
口では誤魔化そうとするが図星だ。
「まっあたしは好きに利用させてもらうだけだし、あんたが何企んでようがどうでも良いんだけどね。
ともかく後の事はよろしく~。」
翌日。
「配給?」
「はい。ですからその際、騎士団の方に列整理のお手伝いをお願いしたいのです。」
前日と同じように中庭で昼食を取っているとジャックがやって来たので私はお願いすることにした。
前日と違い今日はレベッカやダンテもいる。
「あのっ、伯爵の兵たちは皆精強と聞き及んでおりますがどうして騎士団にお願いするのですか?」
「それはね、お嬢さん。兵を集めて反乱の準備をしていると噂されかねないんで、私たち貴族も各々の屋敷を守る以上の兵を王都へ連れ込めないからだよ。」
レベッカの質問にダンテが優しく答えた。
一応伯爵はそれ以上の兵を王都に連れ込む許可を得てはいるが、それは王や王が今生活している離宮の警護に当てているため割くわけにはいかない兵だ。
「しかし列整理とは何をすればいいんだ?」
「…今日を生きるのに必死な者たちが集まりますので暴動が起こりかねません。なので騎士の方々には秩序を守り抑止力となっていただきたいのです。」
この学園へ通える者には理解できないかもしれないが、配給へ来る者たちはこれを逃せば次にまともなものが食べられるのがいつになるのかわからない者たちだ。それは次まで自分が生きていられるのかわからないという意味でもある。
当然、他者を気遣う余裕などなく押し退けてでも食事にありつきたいものばかりで、そのまま放置すれば大惨事となる。
そのために配給には兵隊や騎士団といった抑止力が必要不可欠なのだ。
「なるほど… わかった、父に掛け合い人員を手配する。」
「ありがとうございます。」
カイルや公爵と伯爵の関係を思えば断られるかもと恐れていたが、ジャックはすんなり頷いてくれた。
「すみません。私もお手伝いをしたいのですが… そういったことに関わると貧民が店に押し掛けて大変なことになりますので……」
「私も、家族が心配性なもので…」
レベッカとダンテが頭を下げた。
「大丈夫です。気になさらずに…」
仕方のないことだ。
慈善事業はその場限りで済むことではない。助けられた者がその後困難に陥った際にまた助けてくれと縋る事はおかしな話ではないからだ。問題はその困難が高頻度で発生し、助けを求める人が数多いる時代というだ。
「ああ、姫よ。貴女はなんとお優しいのだ。それに比べ私は…
くっ、皆が苦しみ、姫も行動に移しているというのに、私は両親すら説得できない… ああ、なんと無力なのだろうか。」
「そんな自分を卑下なさらないで下さい。ダンテ様の音楽には人々の心を揺さぶり人生を豊かにする力がございます。」
落ち込んだダンテをフォローする。
慰めのリップサービスではない。ダンテの音楽は本当に人々に感動を与える。だからこそ彼は男爵と階級の低い生まれであっても社交界でアイドルのように扱われているのだ。
「ああ、その優しさが痛み入ります。」
そっと手のひらを重ねられ、澄んだ瞳が私を捉えた。
「んんっ!」
ゆっくり私との距離を詰めたダンテにジャックが咳払いする。
「ダンテと言ったか? すけこましな貴殿に言うのもなんだが、みだりに女性の肌に触れるのは騎士としていかがなものかと思うぞ?」
「…頭の堅そうな御人だと思っていましたが空気も読めませんか? というか何でここにいるのですか?王子と喧嘩でも?」
どうやらこの2人の相性はよくないようで、間に挟まれた私は少しおろおろしてしまう。
「…ソフィアの用意する食事にうんざりしただけだ。オルコットのご飯が美味しいから余計に、な。」
「ああ、…それは……」
ダンテもわかるのか言葉を濁す。
「?」
「姫は公爵のパーティーには参加されていないのでご存じありませんでしたね。
ソフィア様の用意される食事は、その、不味くはないのですよ?味はとても美味しい。美味しいのですが……」
「ああ、不味くはない。だがくどくて重い。おかげで一口目はうまいのだが二口目はきつく、三口目には箸が伸びないのだ。」
「そうなのですか。」
「ああ、豪華な食材を惜しげもなく使い、それを大量に躊躇いなく捨てられる。そんな財力を見せつけるための食事だからな。まったく、嫌になる。」
ジャックの言葉にダンテも頷く。
一度は餓死しかけたわたしには理解できないが、この国の貴族はそういうものだ。オルコットの好き嫌いのために最近はそうではないが、伯爵主催のパーティーも以前はそんな感じだった。
「そういえばお嬢さん、商人の食生活はどんな感じなのですか?」
「えっ? いや、普通ですよ。余計なお金は使わないのが基本なので普段は質素ですし、パーティーなんかも商談の側面が強いので自分の財力を見せつけることなんかしませんし…」
ダンテに問われたレベッカが慌てて答える。
「いえ、なかなかに興味深い。どうでしょう、今度2人でゆっくりお話しませんか?お嬢さん。」
「いえ、あのっ…」
ダンテはレベッカにゆっくり詰め寄った。
「その話、俺も少し興味があるな。」
「…貴方は本当に空気というものが読めませんね。」
再び間に入ってきたジャックにダンテは呆れた声をあげる。
その後は他愛のない雑談をしつつ楽しい昼食を過ごしたが、どうやらジャックとダンテの相性は本当によくないようだ。




