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昼食時、学園の一画の生徒や職員が立ち寄らない一室にジャックはカイルたちといた。
ここは王子のための部屋だ。着替えや食事、休憩などの警備のためこの学園では王族専用の区画が用意されている。
「お待たせしました。食事の準備ができましたわ、カイル様。」
「ありがとうソフィア。だがこれは多すぎだと前にも…」
「いやですわカイル様。あなた様はいずれ国王となられるお方。これでは少なすぎるくらいですわ。」
テーブルに並べられているのはとても自分達だけでは食べきれないほどのごちそう。しかも貴族好みの濃く重い味付けのため、食べ盛りのジャックですら胸焼けを起こすほどだ。
当然食べきれる物ではない。だから少しだけ食べたらあとはすべて捨てられる。
…民衆の多くは飢えに苦しんでいると言うのに……
別に贅沢が間違っていると言うわけではない。ただ溜め込んでいるだけでは経済は回らないし、どうしても金の集まる立場にある貴族は浪費が必要だ。だが少なくとも今はそういう時代じゃない。
「…少し外の空気を吸ってくる。」
「ジャック?」
気分が悪い。
「それと、明日から俺の分の食事の用意は必要ない。」
「ちょっとジャック!」
ソフィアが慌てた声をあげた。
「ソフィア、少しジャックの好きにさせてやってくれ。」
カイルのフォローを背にジャックは部屋を後にするのだった。
なんとなく中庭に来るとオルコットが昼食を取っていた。
正直、彼女の父や叔母を思えば良い印象など抱いていない。
なのでジャックはすぐに踵を返そうとした。
「あら?ジャック様。」
だがオルコットに気づかれてしまった。
仕方がない…
「なんだ?」
「いえ、今朝のお礼をと思いまして。」
つれないジャックの声にも構わずオルコットは近付いてきた。
「今朝は本当にありがとうこざいました。」
本当にあの2人の血縁者か疑いたくなるほど、オルコットは素直に頭を下げた。
「…お前の為じゃない。ただ俺は食べ物を粗末にしたことが気にくわなかっただけだ。」
「それでも私は救われました。ありがとうございます。」
…
貴族とは思えないほどの傲慢さの欠片もない謙虚な態度に戸惑いを超え困惑する。
「あの、昼食はお済みでしょうか? もしまだでしたらご一緒にいかがですか?」
「あ、ああ…」
バスケットを差し出すオルコットに思わず頷いてしまった。
「…いや、すまん。食事はなしだ。」
嬉しそうに笑うオルコットを前に少し心苦しい。
「民衆の多くが飢えているのに俺だけのうのうと食うのは…」
グー
腹が鳴った。
「クスッ、どうぞ。」
オルコットは少し笑い、サンドイッチを差し出してくる。
「聞いてなかったか? いらんと言っただろう。」
「…少し、座ってお話しませんか?」
先程の可愛さとはうって変わった真面目な顔にジャックも大人しくベンチに座った。
「ジャック様は、貴族が飢えて苦しむことを民衆が望んでいるとお考えですか?」
「なに?」
「中にはそれを望む者もいるでしょう。でもそれは本心ではありません。
自分達は飢えに苦しんでいるのに、貴族は全くそれを省みてはくれない。だからその苦しさを理解してほしくて本当の飢えの辛さを理解してほしくて、一度貴族も飢えを体験してほしいと望むのです。」
国を分断し国政を混乱させている彼女の父を思えば、お前が言うなだ。しかしそんなことを気にならないほどの説得力が彼女の言葉にはある。
「彼らの望みは不安なく暮らせること。
共に心中してくれる指導者を望んでいるのではなく、生活を保証してくれる指導者を望んでいるのです。」
「…一つもらうぞ。」
ジャックはオルコットの持つバスケットからひょいとサンドイッチを取る。
「ぱくっ。ん? うまいな。」
香ばしい小麦の香りのパン。新鮮な野菜はみずみずしく、バターを塗って汁気が移らない配慮もある。
なにより貴族の食事によくある高価な食材を過剰に使う贅沢を優先した物ではない。
「お口に合いましたか?」
「ああ、もう一つ…」
可憐に微笑むオルコットに思わず、顔を背けてしまった。
「?」
「いや、なんでもない。…もう一つもらうぞ。」
何事もない風に装い、再びサンドイッチを手に取る。今度は肉が挟んであるがこちらも過剰に肉厚になっていない、きちんと手を加えて柔らかく仕上げられた赤身肉が挟んである。
「…うん。こっちもうまいな。」
嬉しそうに微笑むオルコット。本当にそれは無垢な少女のようであるった。
不思議な女だ。
間違いなく彼女の父や叔母はこの国に混乱をもたらしている巨悪だ。しかし彼女は貴族とは思えないほどの謙虚さの持ち主で、しかも民衆への理解もある。
この事をきっかけにジャックはオルコットに興味を持つのだった。




