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「どうしてあのようなことをしたのですか?」
「申し訳ありません…」
帰りの馬車の中、私はコレットから責められていた。
多くの貴族がそうであるように伯爵も王都に邸宅を構えており、私はそこから学園へ通っている。
「『オルコット様』はあのようなことはなさいません。」
「…はい。」
責められているのは今朝平民の女生徒をかばったことだ。
本物のオルコットは従者が口を挟むことをよしとはしない。そのためあの場では見逃されていたがこうして馬車に入り周知の目がなくなったところで叱られているのだ。
こうなることはわかっていた。でも見過ごすことが出来ず、気がつけば動いてしまっていた。
「今回のこともオルコット様にきちんと報告させていただきます。」
「はい…」
折檻を受けることになるだろう。
私が我慢すれば…
たしかに私は雇用主であるオルコットの意にそぐわないことをしてしまった。だが見過ごすことが出来ただろうか? 私だけが食うに困らず、私だけが病魔に怯えず、きれいな服を着て寝る場所もあり、不当な非難も中傷も耳を背けられる。そんな状況にこもることは果たして正しいことなのだろうか?
そうしている間に馬車は屋敷に到着してしまった。
「戻ったか。」
エントランスでは既にセバスチャンが少し落ち着かない様子で待っていた。
しかしコレットはそんな様子を気にする素振りを見せず淡々とたずねる。
「はい。オルコット様はどちらに?」
「…裏庭でお戯れだ。すまんが……よろしく頼む。」
だがセバスチャンもまた、コレットの方は見ずはっきり私にそう言うのだった。
この世界には魔法がある。そして魔法が使えるのは貴族だけと教えられていた。
しかし今の私は魔法が使え、得意な治癒魔法ならこの国でトップクラスの実力があるらしい。
というのも魔法を使う上で絶対に必要となる『魔力を感じとる感覚』が自然には滅多に身に付かないからだ。オルコットが言うには絶対音感と同じように幼少期の特殊な訓練が必要となるらしい。
そのため魔法の圧倒的な力により貴族はこのような時勢でも民衆を押さえ付けていられるのだ。
セバスチャンに言われて駆けつけた裏庭は客人をもてなすための前庭や中庭と異なり、魔法の鍛練に使われるなにもなくただただ広い運動場のような場所だ。
ここでオルコットは魔導具の実験を行っている。
魔導具とは10年ほど前に隣国で発明された魔法の力を宿した道具の事だ。これを使えば平民でも魔法を使うことが出来る。
もちろん平民が貴族にとって変われるというわけではない。魔導具ではあらかじめ決められた1つの魔法しか使うことが出来ないし、性能面もまだまだ低いからだ。
多くの貴族たちは玩具だのガラクタだのと評している魔導具だが、オルコットはこれに興味を持ち、研究者や技術者を集めて開発している。
しかし急いで駆けつけた裏庭は既に死屍累々の地獄のようになっていた。
銃型の魔導具の的にされた死んだ者たち、生き残ってもその後回復用の魔導具の実験体にされて確認のためにバラハラに切り刻まれ死んだ者たち。
間に合わなかった……
オルコットを探せばすぐに見つかった。
血だまりに佇んでなお、返り血を浴びてなお、血濡れたナイフを手にしてなお、オルコットは絵画のように美しかった。
「お嬢様!!」
「ん? ああ、おかえり~。」
周りの惨状も決意を込めた私の言葉も、全く意に介さない気の抜けた声でオルコットは返事する。
「このような無体なことはお止めくださいと…」
「無体? どうせこいつらは死刑囚だし。」
本当になんとも思っていないような声。
たしかに彼らは死刑囚だ。だが罪人であれど悪人かと言われればそうとは言い難い。
今、仕事がなく食うに困り、自分を自分の大切な人を生かすために犯罪に走る者は大勢いる。
民心の慰撫のために定期的に恩赦を出せど高い再犯率ですぐにいっぱいになる牢屋。国外追放の馬車は隊列を組めども足りず、最低限食わせてもらえる奴隷はむしろ望んで成りたがる者さえ数多おり、結果いきすぎた厳罰化からパンを盗んで死刑となる者が多いのだ。
「オルコット様。どうか慈悲の心をお持ちください。」
「貴様っ!」
コレットが怒気をはらんだ声をあげた。
コレットはオルコットに心酔している。それは敬愛を超え崇拝と呼んでもいいレベルだ。
そのためどのような行いであったとしても肯定し、決して諌めるようなことはしない。
だからこそセバスチャンはその役目を実娘のコレットではなく私に託したのだ。
「どうか、どうかこのような残酷なことはお止めください!!」
私がオルコットを正さなくては…
オルコットはわがままで残忍ではあるが愚かではない。むしろ天才だ。
国全体の不景気から伯爵領をいち早く回復させたのはオルコットだ。研究者や技術者を集めているが彼らに教えているのもオルコットだ。
間違いなくオルコットはこれからこの国の中枢を担う、いや担わなくてはならない人物だ。
だからこそ慈愛の心を持っていただかなくてはならない。
パンッ!!
コレットの手が私の頬を叩いた。
「おい…」
その時、空気が凍った。
「それはあたしのおもちゃだ。飽きたら壊す、気にくわなくても壊す。でも他人に傷つけられるのは気にいらない。…わかる?」
「もっ、申し訳ありません!」
オルコットが、怒っている。
「報告あるんでしょ? さっさとするし。」
「はっはい!」
機嫌の悪いオルコットは諫めるより早く反射で人を殺す。
今日もダメだった……
私はコレットが報告するのを大人しく眺めていることしか出来ない。
「よくやったし!」
報告を聞き終えたオルコットは驚くことに機嫌よく私を褒めた。
「あんたがかばったのはレベッカ、公爵の取り巻きの雑魚共に金を貸しているトッテ商会の娘だし。ちょうど接点が欲しかったところだったから…ふふっレベッカとは仲良くするし。」
オルコットは妖しく笑う。
話を聞いただけだが朝の女生徒はレベッカという名前で間違いはないだろう。これまで報告が間違っていない限りオルコットが間違えたことは一度もない。
「…オルコット様は、何を企んでおられるのですか?」
不気味さを覚えるほどの機嫌の良さに思わず訊ねてしまう。
「内緒だし。まあ、あんたは嫌がるだろうねぇ。ふふっ、阻止したいなら頑張ればいいし。」
私が嫌がること… おそらく、間違いなく人が死ぬ。
「まっそんなことより血でベトベト。さっ、お風呂でも入るし。」
そう言ってオルコットは私を抱き寄せる。
「あっ、あの!」
「ん? ご褒美だし。今夜も朝までたっぷり可愛がってあげる。」
結局、オルコットにとって私はおもちゃでしかないのだということを思い知らされたのだった。




