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悪役令嬢の影  作者: あお
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3

「オルコット様、オルコット様。聞いてください。

 今年は『アタリ年』ですよ。」


 教室に入ると仲のよい令嬢が私に駆け寄ってきた。


「えっと… どうしまして?」


 その興奮ぎみなテンションの高さに少しついていけないが、私は話を合わせる。


「なんと今年はカイル王太子殿下が御入学なされたのです。」


「まぁなんと。」


「他にも王国騎士団総長の息子、ジャック様。リッツガルド家跡取り、デヒド様。男爵家子息と格式は低いけど社交界の人気者、ダンテ様。あ、あとお隣ローゼンベルグ王国第4王子、シルバ様も今年入学したのよ。これがアタリでなくてなにがアタリなのでしょうか。」


 令嬢は踊りだしそうなほど嬉しげに語る。淑女たれたる貴族であるがその様子はまさしくほころびかけた蕾を大輪の花へと咲かそうとする、恋に憧れるごくありふれた乙女のものだった。


 貴族の結婚とは基本的に親同士の話し合いで決まるものが多い。だが一方で、この学園で恋愛の末に結ばれることも決して少なくはない。

 有名な話は元宰相のハワード・リッツガルドだろう。愛妻家としても有名なハワードはこの学園で知り合った令嬢と大恋愛の末に結婚した。そして貴族としては珍しく他に側室などを一切持たず、妻に先立たれた以降も操をたてて再婚すらしていない。


 本来であればあり得ない、玉の輿のような相手との結婚。素敵な恋愛。この令嬢のように学園にそういった憧れを持って入学するものも多い。


 しかし『私』は…


 きゃーっ!!


 女生徒たちの黄色い声が聞こえ振り向くと、件のカイル王太子がジャックとデヒドを供に連れて教室に入ってきていた。

 当然、多くの女生徒が一言御声掛けしようとカイルへと動き出す。


 が、


「おはようございます、カイル様。」


「ああ、おはようソフィア。」


 ソフィアは群がる女生徒たちを押し退けるようにするりとカイルに声をかけ、その取り巻きたちが2人をがっちりガードする。

 ソフィアはカイルの許嫁だ。だがそれはあくまで正妻の座が確約されているというだけにすぎない。貴族は3人まで側室を持つことが許されているこの国では、たとえ王妃にとなったとしても寵愛を得られず子を成せなければその意味はとても小さいものになってしまう。

 つまりソフィアにとってこの学園生活はカイルに悪い虫を付けないための、ある意味後宮の前哨戦といえるものなのだ。


 チラッ


 私はその様子をなんとなく眺めていただけだがふとカイルと目が合った。

 私はそっと微笑んで会釈をするが、カイルはまるで私がそこには存在しない空気か何かのようにスッと視線をそらしてしまう。


 ……


 その態度に、私の胸はチクリと痛んだ。

 博愛主義できっと名君になると目されるカイルに無視をされる。

 理由があるとすれば、それは本物のオルコットとその父親が原因だ。

 いわれのない罪により、私は聖人君子にすら無視される存在なのだ。



「ああ、姫よ。憂いをおびた顔もまた素敵ではあるが白百合のように可憐な貴女は微笑んでこそ、どうか笑みを見せてはくれないだろうか?」


 さらりと髪をかき撫でて先ほど令嬢の話にあがっていた男爵家子息のダンテが私の前に立っていた。

 詩歌に明るくバイオリンの名手であるダンテは貴族令嬢や婦人たちにとってアイドル的存在だ。現に突然のダンテの登場に周囲の令嬢の中には立ちくらみを起こす者さえでる始末になっている。


「ダンテ様、ごきげんよう。たいしたことではありませんの、ただ…」


 私はダンテから思わず少し距離をとる。

 正直にいって私は彼が少し苦手だ。芝居がかった気障な態度がなにか常に本心を隠しているようにみえるということもあるが、何より本物のオルコットが彼を面白い人物と評して気に入っていることが大きい。

 そのため露骨に避けるわけにもいかず、かといって絡みすぎればボロがでる危険が増す、そんな私にとっては付き合いづらい人物なのだ。


「ただ?」


 距離をとろうとした私であったがダンテはスッと自然にその距離を詰めた。


「なんでもありませんわ。ただ少し学園生活をうまくやっていけるかと案じていただけですわ。」


「そんなことでしたか。」


 逃げようとする私の手をそっとダンテがとる。


「姫が心優しいことを私はよく存じております。確かに今、伯爵様のお家に根も葉もない誹謗中傷を行う者もおりますが、姫の優しさに皆すぐに真実を知ることでしょう。

 もし、それでも愚かな者がいれば教えてください。私か姫の盾となりましょう。姫が笑顔になるように声が枯れるまで歌いましょう。」


「え、ええ… ありがとうございます。」


 まっすぐ見つめてくる澄んだ瞳に、どう反応していいのかわからなくなる。


「クスクス、あなたは本当にいつも誰かを口説いていますね。」


 気がつけばすぐ側に天使のように愛らしい少年が立っていた。


 どなたかしら?


「これはシルバ様。」


 ダンテが少年を迎える。

 シルバとは先ほど仲のよい令嬢が名前をあげた隣国ローゼンベルグの王子のはずだ。


 にしても… 少し幼すぎません?


 学園に通う貴族たちは15歳から。だが目の前のシルバはどう見ても10歳くらいだろう。


 たしかに王太子が入学する年に、友好の証としてローゼンベルグが王子を入学させるのは通例ですが……


 そのため、歳が少し離れていることはよくある。しかしシルバの兄にもっと歳の近い王子もいたはずだ。


「どうかしましたか?」


 そんなことを考えていたらあどけないシルバの瞳が不安げに私を見つめていた。

 少年好きでなくとも令嬢たちから猫なで声をあげられているシルバの天使のような顔に私は思わずドキリとさせられる。


「あっいえ、お二人はずいぶんと仲が良いのですねと思っていただけですわ。」


 まさか本人に『ローゼンベルグはこの国を蔑ろにしているから継承権の低い貴方が来たのか』などと言えるはずもなく、私は適当に誤魔化す。


「ダンテさんの音楽の才は我が国でも有名ですから。」


 他国でもその才を認められているということに今度はダンテのファンの令嬢たちが歓声をあげた。


「まさかこんな人だとは思っていませんでしたけどね。」


「何を言いますかシルバ様。音楽の女神は恋の女神でもあるのですよ。」


 いたずらっぽく言うシルバにダンテは冗談っぽく答える。


 その後はしばらく、取り留めもない雑談を楽しんだのだった。

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