行動の理由・見栄の張り合い
人間、あまりにも”らしいこと”に遭遇すると慌てるよりも前に、拍子抜けした笑みが漏れるものらしい。
散々脅されて行った心霊スポットで幽霊の実態を見てしまって途端にしらけてしまうのと同じだろうか。この時代に心霊現象も何もないのだが、とかくこの手の物が好きな友人がいていわゆる”出る”といわれる場所へと赴いたことを思い出した。幽霊の正体が壊れかけのアンドロイドのランダム行動だったと分かったときは、友人と顔を見合わせ笑ったものだ。笑った拍子に中途半端に生きていた声紋登録機能が働いて、本来の主人と誤認された友人共々追い回された記憶も同時に思い出し、すぐに緩んだ顔が元に戻る。あれは、過酷だった。思い出したくないモノを思い出してしまった。
いやに静かだ。
目の前のこの光景はどうだろうか。
目の前にいる二人以外は服装から髪型、背格好までが同じに見える。徹底された均質化がもたらすのは安定。データベースに頼る現代生活と同じだ。これほどつまらないモノもない。
どこまでいってもフィクションのような白々しさがつきまとう。目の前の光景はあまりに決まりすぎている。マネキンの集団がコスプレをしたようだ。似合っているが、無難。単純な冷たさでは人は殺せない。
「さてどうしようか」清治にだけ聞こえるように小さく楽しげな声が清治の耳に届いた。松金先輩は正面を向いたままだ。互いのことを何も知らないとはいえ、それでも一年は同じ放課後を過ごしている。だからわかることもある。
「何強がってるんですか」
びくりと目の前の細肩が震える。その反応がすべてを物語っていた。清治自身に黒服に追われるような心当たりがない以上、これは間違いなく先輩を狙ってきたのだろう。
だから先輩を放っておいて逃げる? まさか。そんなことはしない。
もしかしたら恐怖のせいで思考が麻痺しているだけかもしれないが、やらないよりましだ。清治は荒れた息を整えるのに何度か深呼吸をする。走ってきた代償として頬は熱く、身体は汗で冷えている。今の状況も前のも似たようなモノだ。ああ、全くくだらない。
「時間稼ぎますから逃げてください」頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。一体自分は何を言っているのか。まあ、それはどうでもいい。些細なことだ。
ぐるりと首を回して呆けた顔をさらす松金先輩は見物だった。
足を踏み出す。手を引かれるまま背中を見ているだけだった先輩を追い越して、三歩。自分の意思で前に立つ。
「第一、一歳しか年違わないのにお姉さんぶるのも大概にしろ」
背後で上がる抗議の声を振り切って、
「失礼ですが、人違いじゃないですか。俺たちはただ、旧本の話をしていただけです。何もやましいことはしていないしするつもりもない。ましてやあなたたちのような人に囲まれる趣味もない。どいてください」
これは、宣戦布告だ。
「旧本! ハッ、それこそが理由だっつーの。俺らはあんたらを探してたんだ。逃がすかよ!」
予想通り、二人のうちの男の方がそう吐き捨てた。交渉決裂。視界の隅で、長い黒髪が冷風ではらりと舞い上がる。
「逃げてくれって言ったでしょう?」「……うるさい。話は後で」
明らかにムッとした表情で先輩が言った。
「何の、つもりかな。数ばっかり揃えて。ずいぶんやる気じゃないか? あの面倒くさがり達<Japan Database Management>がそうそう方針を変えるとは思わないんだけど」先輩が挑発する。彼女は女優の素質があるのかもしれない、と清治は感心する。余裕が見られるあたり何度かこのような場を経験しているらしい。元から多い彼女の謎の一面に、また一つ余計に謎が増える。片目で清治の方をにらんでいるように見えるのは気のせいだと思いたい。
「相変わらず、予算だのなんだのを巡って足の引っ張り合いをしてる。が、別に個人単位の指揮権が奪われたわけじゃないんでね。好きなようにやらせてもらってるわけだ。まあ、あんたらにゃどうでもいいことだな」にやりと笑った男の表情はどこまでも冷淡でアンドロイドよりもアンドロイドらしく写る。そうではないのは、口元から立ち上る呼吸の残滓たる白煙が証明していた。
無音。
「悪いが、ご同行願おうか。何、ちょっとぷすっとやるだけだ」男が右手を挙げて、自分の首筋に持って行って注射器を刺すジェスチャーをし、哄笑した。追従する者はいない。ROMにインプットされたシークエンスのようにひとしきり笑った後、返事を待つように口を閉ざした。今日日、安物<レディメイド>でさえもっと自然な笑い方をする。あまりの不気味さに、清治は初めて底から湧き上がるような寒気を覚えた。
「断る。私たちはあなたたちのあり方を絶対認めない。今のやり方も何もかも。あなたたちの、最初の理念は賛同できるものだったのに」
「残念ね。あたしたちにとっては違うのよ。あんた達は目障りだわ。だから」
黙っていた女の方が銃をこちらに向けた。知識として知っているそれ<銃>は人を確実に殺すためのモノだ。もっと使い勝手のいい武器もあるはずだが、昔から使われイメージが浸透している従来の拳銃の方が人を脅すにはちょうどいいのだろう。そしてそれは人を脅す仕事をきっちりと終え、本来の役目を果たそうとしていた。
一斉にじゃっと四方から音がする。数えるつもりもないが、あれらが一斉に放たれたならどれかは当たる。
「安心しなさい。特殊弾頭よ。死にはしないわ。まあ、今死んだ方がましかもしれないけれど、ね」
「一つ聞きたいことがある」
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