第67話 最後の願い
「…………頭痛い」
朝に目が覚めてまず思った事がそれだった。頭の中に鉛でも入っているかのような鈍痛がする。頭を振ってみても鉛が入っているかどうかなんて分からないし、ただ痛みが増しただけだ。唸りながら両手で押さえていると次第に痛みも落ち着いてきた。
ふとベッドを見ると、普段しっかりと整ったままの布団でさえ、今朝はまるで暴れでもしたかのようにぐしゃぐしゃだった。夢でも見たんだろうか、悪夢なのかな。
ベッドから下り、部屋を出て廊下へ出る。うへぇ、となるような暑苦しさが突然全身を包み、気が滅入る。リビングへ向かい、カーテンを開けたりポットの電源を入れたりして朝の支度をする。
リビングの棚に置かれている家族写真を不意に見つめる。お父さんとお母さんの間で笑う少し幼い顔の私。つっと指をその顔に這わせて微笑んだ。
「おはよう、お母さん、お父さん、私」
写真の中の三人はニコニコと笑ったままだった。私もまた、口角を上げて笑ってみる。写真と同じ笑顔が出来たかちょっと不安だった。
待ち合わせ場所に来たのは決めた時間の十分前。それなのに、すでにそこには藍川とアリスがいた。
丸い花壇とその中央に設置された時計が特徴的な広場は、普段も集合場所に使われることが多い。その目的はデートであったり、遊びであったり、仕事であったりだ。現に複数の男女があちらこちらで椅子に座って誰かを待っている。雲が多く暑苦しいこの天気でも、その表情は笑顔で満ちていた。
アリスはふんわりとしたガーリーなピンクのトップスと、赤いチェック柄のスカートとスパッツに身を包んでいる。私を見つけて大きく手を振り嬉しそうに顔を緩めた。
藍川はカジュアルなズボンと白い半袖のワイシャツ、至ってシンプルだが動きやすそうだ。藍川も、私を見つけて頬を緩める。
「おはようございます凪さん!」
「おはよう凪ちゃん」
二人に手を振り返しながら駆け寄る。ごめんね、と一言謝りながら続ける。
「遅れちゃった。待った?」
「ううん、待ってないよ」
「ですよー。にしても凪さん、その私服似合ってますね!」
アリスがそう言いながらニコニコと笑う。
今日の私は短いショートパンツと、半袖の中に黒いタンクトップを着ている状態。洒落ているわけでもなくただ動きやすさを重視した結果の服装だった。一応笑顔と礼を返しておく。
「ありがと。じゃあ、そろそろ行こうか」
私の言葉に二人は頷き、一瞬顔を引き締める。そしてすぐににこやかな表情となり、広場から離れるように歩き出す。
傍から見ると私達は、これから街へ遊びに行くような学生に見えるかもしれない。その方が都合が良いけれど。
けれど誰一人としてその考えが当たる事は無いだろう。
私達がこれから何をしにいくのかを。
それは海岸近くにある工場。ボロボロの外壁と、投げ捨てられている鉄板やドラム缶は見るからに錆だらけ。もうすでに何年も使われていない工場なんだろう。海の潮の香りがここまで届く。
「ここですよね」
アリスが小さなメモ用紙と工場を交互に眺める。藍川が頷き、工場の正面へと近付いて行った。私達もそれに続く。
正面にある大きな鉄扉。僅かに数センチ開いた隙間から薄くながらも独特の異臭が漂い、鼻に手を当て顔を顰める。鉄のような酸っぱい臭い、甘ったるいような臭い。嗅ぎ覚えのある臭いだ。
扉に手をかけて開けようとするも、何故か開かない。鍵がかかっているみたいだ。アリスと顔を見合わせ、どうしようかと困ったように首を傾げる。
「ここ、ここから入れるみたいだよ」
ぐるぐると工場の外壁を見回していた藍川が、工場の横壁の方から顔を出して手招きする。私達が行ってみると、ボロボロの壁に立てかけられたいくつかの鉄板が見えた。ここ、ここ、と藍川が指差すのはそのうちの一枚。よく見てみると、その裏側……工場の壁には大きな穴が空いていた。元からか、人為的に空けたのか。
藍川が様子見をすると言ってそのまま慎重に入っていく。私とアリスがそれを見守っていると、穴から藍川が顔を出し笑顔で手招く。どうやら大丈夫らしい。私、次にアリスが続いて穴を潜って行った。
思ったより工場の中は広かった。あちこちに何やら技術室にあるような道具が置かれているが、使われている形跡は見当たらない。……いや、この際そこはどうでもいい。
「……………………」
奥の方から話し声と笑いが聞こえている。明るく楽しげな笑いではあるものの、下卑た笑い声だ。
工場内に入って鼻孔に届く不思議な臭いが一層強まった。アリスと藍川を見つめると、二人も苦笑気味に頷く。
「行こうか」
「こんにちはー!」
明るい声で、まるで近所の人に挨拶をするように藍川が声を上げる。そしてその声に、今まで続いていた笑い声がピタリと止んだ。
工場の奥に溜まって座り込んでいたのは四人の男達。全員の共通点は、ガラが悪い事、何か煙草のような物を吸っている事、顔色が悪い事、その三点。明らかに正常な一般人ではなさそうなその四人は、いきなり現れた私達に驚きと警戒の目を向けていた。
「あれぇ? お兄さん達何やってるんですかぁ?」
子供っぽい声で再度明るく藍川が言う。にこやかな笑みで彼らを見つめる。
けれど藍川が今話しかけているのは近所の人なんかじゃないし、いきなり話しかけられても笑顔で会釈をしてくれるような人でも無い。道端で見かけたら話しかけてはいけない人達だと言うのは知っている。
「あ? 何だお前ら」
予想通り、不機嫌そうな顔で一人の一番背の高い男が床に手を付きながら立ち上がる。ふらりと小刻みに左右に揺れながら、藍川をギョロリとした目で睨みつける。
他の三人も同じように立ち上がり、ニヤニヤとした目で私とアリスに近付いてきた。アリスは少し後ずさりして彼らから離れようとするものの、効果は無い。アリスの肩を抱くようにすり寄り、アリスが嫌そうに身をよじって離れる。
「やめてくださいっ!」
アリスがそう怒っても、ニヤニヤとした笑みが返って来るばかりで話にならない。
私の方にも一人、鼻と耳と口にピアスをした男が近寄って来る。睨みつけるがそいつは口笛を吹いてニヤけるだけで、離れようとはしなかった。
藍川は私達の方を一瞥し、その際男達の背を睨みつける。そして正面に向き直り、笑顔で声を上げた。
「いや別に用があるってわけじゃあないんですけども。ただこの工場が気になって調べてたら穴を見つけて、入ってみただけなんですよ。……それより」
スンと空気を嗅いで、藍川は眉を顰めつつ、背の高い男を侮辱するような笑みを浮かべる。
「この臭いなんなんですかぁ? 煙草? 薬? どうにせよ、止めた方がいいと思いますよ」
「うるせぇな、お前に関係ねえだろ」
舌打ちをし、男が藍川の胸倉を掴んで引き寄せる。藍川は踵を浮かした状態で引き寄せられ、無表情で男を見つめ返していた。
男が一言「やれ」と言うと、私とアリスの周囲にいた人達が私達の肩を掴む。アリスの正面にいた男が口に咥えていた煙草のようなものを離し、濁った息をアリスに向かって吹きかける。アリスは一瞬肩を震わせ、口元を押さえて咳き込む。そして、スカートの端を握り締めながら涙目で男を睨んだ。
「藍川」
私が藍川に呼び掛けると、藍川は私達の方に振り向く。
そして、
「うん」
と頷いた。
瞬きをする隙も無い程一瞬の行動だった。
スカートの中に手を入れ、そこにあった物をアリスが取り出す。男達がそれが何かを理解する前に、その柄を握ってアリスは正面の男の顔にそれを振り上げる。
「ギャアッ!」
短い悲鳴と共に男が顔面を押さえて後ろに倒れ込む。そして倒れた男の左胸に、アリスは勢い良くそれを突き刺して抜いた。
ポカンと周囲の男達がその男の顔を見つめている。そして、次第に呆けたように開いていた口が恐怖へと塗り替わっていく。
「だから、やめてくださいって言ったじゃないですかぁ」
額から顎にかけて、真っ直ぐに引き裂かれた肌。赤い血がダラダラと流れている中、ピンク色と白い色の肉が見えている。その目は大きく見開かれているが瞳孔が開いている。左胸からは、ビシャビシャと溢れ出るような血が流れていた。
一目見て分かる。この男はもう死んだと。
「うあ――――ぎ、いぃぃっ!?」
真っ先に悲鳴を上げようとしたのは私の正面にいたピアス男だ。引き攣った喉から出かけていた悲鳴を止める為に、私はその男の耳に手をかける。大きく空いた、親指が入りそうなほどのピアス穴に小指を雪刺して。
ぐっと引っ張ると、男は釣られて後ろに倒れそうになる。耳を引っ張られる痛みに顔を引き攣らせ、焦った顔で何とか体勢を立て直そうとする。が、
「っしょ!」
ブチリと生々しい音がした。
「ひぃ!」
男の情けない声が口から漏れる。
ピアス穴に入れた指を思いっ切り下に下ろした一瞬は抵抗があった。けれどそれを気にせず、更に指を下に振り下ろした。結果、男の耳は私が指を入れた部分から裂け、金属の輪っかが床に落ちた。
絶叫しながら耳を押さえる男。痛みに感心を全て持って行かれた所為で、私に目が向いていない。その一瞬を狙い、私は服の内側から小型の包丁を取り出す。
男がハッとした顔で私を見てももう遅い。
包丁を躊躇なく、眼球に向けて刺し込んだ。
「うわあああぁっ!?」
ようやく悲鳴が工場内に響き渡った。背の高い方では無い男が目を見開いて絶叫を続ける。口を開け大声を出し続けながらくるりと背を向け、全力で走る。
あ、逃げた。
「えいっ!」
「ごっ!」
アリスが鉈を投げ、それは逃げようとする男の背にドスッと突き刺さる。転び、口から少量の血を吐きながらもそれでも彼は地を這って逃げようとする。
「…………ごめんなさいね」
男に駆け寄ったアリスは背中の鉈を抜く。その瞬間ビクリと震えた男の背から、ゴボリと血が溢れ出した。
男は震える手で地を掴み、なお、ゆっくりと一歩ずつ前へと動き出す。
アリスの持つ血塗れの鉈が男の頭部に刺さるまで。
「…………は?」
呆けた声で、残った長身の男が疑問を浮かべた。
工場内に広がるのは薬の臭いと血の臭い。血塗れで倒れる仲間達。目の前にいるのは凶器を持った三人の少年少女。
「え、は、なん、は、えぇ」
口をパクパク開閉させながら紡ぎだされるのはそんな意味にならない単語。何度も瞬きが繰り返される目はふるふると震えながら私達三人を交互に見回す。
「今回は、街で暴行を続けてる不良集団って話だったよね」
藍川が振り向いて尋ねる。私は頷いて続けた。
「そう。最初は軽い事ばかりだったけど、段々万引きだったり麻薬だったり重いものになってきてる」
「もっとも一番の犯罪と言えば、川辺の浮浪者さん達を襲撃して数人に重い怪我を負わせたって…………知ってました? その怪我が原因で、一人死んじゃってるんですよ?」
アリスが男を睨み、凄みを利かせた声で言う。
「反省の余地が見られなかったら、最悪僕らの出番だって」
そう言ってたよね、と笑いながら藍川が背にかけたバッグの中をまさぐる。そして黒い金槌を取り出し、バッグを床に落とす。見た目は中身が少なそうなバッグだったが、床に落ちた際に重い音を立てた。少なくても、重い物が詰まってるんだろう。
藍川が金槌を振り上げながら男の前に立つ。へたり込む彼からは今、藍川がどんな風に映っているのかが気になった。
男の口が何かを言おうと僅かに震える。
そこから言葉が出る前に、鈍器で頭部を殴られる鈍い音がした。
夏だからか、工場の中の臭いがやけに生々しく感じられた。血の臭いも肉の臭いも嗅ぎ慣れているはずなのに頭痛がし始める。
「……凪さん? 体調でも悪いんですか? ここわたしがやっておきますから、外で待ってても大丈夫ですよ」
心配そうな顔で私に言うアリスの言葉に素直に従い、礼を言ってから外へ出ようとする。
「凪ちゃん」
その言葉に振り向くと、藍川が長身の男の腕を掴み引きずっていた手を止め、私の目を見つめていた。
「…………大丈夫、ちょっと海の空気でも吸ってくる」
へら、と笑って、私はそのまま外へ出た。
藍川の声が背中にかかったような気もしたけれど、振り向く気がしなかった。
外は一層暑苦しい。それでも海の傍に行くと、潮風が心地良かった。
砂浜に足跡を付けながら海へ歩いていく。サラサラとした砂は靴に入るし歩きにくかったけれど、濡れた砂の上はまだ歩きやすかった。
波が砂の上に流れてくる。ペタリと手を濡れた砂の上に置くとその跡が出来た。そしてすぐ次の波に攫われて消える。冷たい海水が手にかかり、それを舐めてみる。海の塩辛さと苦さがつんと舌に付く。
立ち上がって空を見上げるといつのまにか空は曇天模様で、ポツリポツリと小雨が降り始めていた。今日は天気予報で何て言っていたっけ? 覚えていないや。
「ねぇ、何してるの?」
不意に小さく穏やかな口調の声を背後にかけられた。その声に、一瞬体に電撃が走ったかのような衝撃が走る。柔らかな声に反して、ピリピリとし張った空気を感じた。
…………ああ、でも分かっていたことじゃない。近いうちにこんな日が来るなんて。
そう思い、口元に笑みを浮かべながら振り向いた。
「こんにちは――――佳奈美」
私の背に、穏やかな顔で微笑む佳奈美が立っていた。
学校の夏服姿で。癖っ毛の髪にヘアピンを差して。
右手にナイフを持って。
「…………覚悟は出来てるの?」
言いながら佳奈美がナイフを握り締め、胸のあたりまで持ち上げる。私の手に握られていた包丁を見て顔を顰めた。
「それ、まさか」
そう言って包丁に指を差す。
きっと、佳奈美は聞きたいんだろう。この包丁が、どんな目的で使われているのかを。
さっき付いた血は拭き取った。染み付いている僅かな血も、刃物にこびり付いた血を見慣れていない佳奈美には分からないと思う。もしかしたら、さっきそこで拾った、だなんて言い訳も通用するかもしれない。
でも私には嘘をつく理由も無い。
「うん、そのまさか」
笑顔でそう答えると、佳奈美の顔が愕然とした表情になる。そして奥歯を噛み締め、ナイフを強く握る。
ああ、殺られる。
不意に佳奈美に背を向けて駆け出した私に、佳奈美が驚くのが分かった。
「っちょ、ちょっと! どこ行くのよ!」
「一回やってみたかったんだ。浜辺の追いかけっこ」
軽快にそう言って佳奈美から逃げるように、工場から離れるように濡れた砂の上を走る。佳奈美が憤怒の声を上げながら追い掛けてくるのが分かったけれど、砂の上で上手く走れないようだった。
逃げる少女とそれを追いかける少女なんて、傍から見れば本当に砂浜の上の追いかけっこのように見えるかもしれない。ただし、私と佳奈美の握っている凶器と、佳奈美の怒り狂った顔を見なければの話だけど。
「待ちなさいって言ってるでしょ!」
叫ぶ佳奈美の声を無視して私は走り続ける。
別に、佳奈美から逃げたいわけでも殺されたくないわけでもない。それはむしろ、受け入れていたことだった。
「…………だけど」
工場の傍で刺されたら、もしかしたら藍川とアリスにその場面を見られてしまうかもしれない。永遠に私の死体が見つからないなんてことは無いとしても、それでもそんなすぐに見つかっては欲しくなかった。
だから私は走り続ける。どこか遠い場所で殺される為に。
ようやく私が立ち止まったのは、海の近くにあった小さな林だった。木が少ないとはいえ数本生えているし、近くに住居は無い、道路にも車は全く通っていない。誰かが近くに来ない限り、見つかる心配も無かった。
気がつけば空からは幾つもの大粒の雨が降り、ボツボツと木や木の葉に当たって音を立てていた。木の隙間から降る雨でも十分に顔や髪や服を濡らす。雷が鳴りそうだな、とそう思った。
ぜえぜえと息を切らして佳奈美は木に寄りかかる。汗を拭い何度か咳き込み、キッと私を睨む。私と彼女との距離には、三メートルの長さがあった。
「はっ……ああ、そうよね、やっぱりね」
何が? と聞き返すと、佳奈美は額に張り付いた髪を掻き上げながらハッと嘲笑うかのような笑みをした。
「あんたのことよ! ずっと、ずっと怪しいとは思ってたけど、やっぱり人殺しだった! あたしのお兄ちゃんを殺したのも、あんたでしょう!?」
「うん」
あまりに私があっさりと答えたのに腹が立つのか、佳奈美は顔を紅潮させ、素手で寄り掛かっていた木を殴る。
何度か口をパクパクさせ、息を何度も吸って吐いて、ようやく「ふざけんな!」と叫ぶ。
「人を殺したのにっ……そんな、そんな軽く喋るな! 人の命なんてなんとも思ってない癖に、ふざけるな! あんたはただのクズだ! 人間ですらない、この畜生が!!」
精一杯の佳奈美の罵詈雑言でさえ私の心に届かない。心の表面がどれ程痛んでも、中身はカラカラに乾ききっている。
ああ、本当に私は人間以下になっちゃったんだな。そう考え、自嘲気味に頬を歪めて笑う。そんな笑いさえ佳奈美には鬱陶しく感じられたようで、更に怒涛の声を畳みかけられる。
「何笑ってんだよ! あんたは何で人を殺すのよ、何で殺される人の気持ちも考えないのよ、いい加減にしなさいよぉっ!!」
黙って俯く私に、佳奈美は肩で息をしながら涙を零す。
ぐちゃぐちゃと混ざる思考を口に出そうとしても、震えて言葉が出ない。
「…………何とか言いなさいよ」
涙ながらの切羽詰まった声で佳奈美が言った。
私は包丁を握る右手に力を込め、大きく息を吸い込んだ。
「私が初めて人を殺したのは、中学二年生の時だったの」
ポツリ、そう語り始めた私の声を、佳奈美は呆けた顔で聞く。
まだ私を殺す気ではないようで。だから私もゆっくりと語る。
「幼馴染がいたんだけどね。品木誠。凄く優しくて格好良い子でさぁ、大好きで憧れてたんだよ」
今でも鮮明に覚えている誠のこと。黒いポニーテールを揺らしながら私の家まで来て、『遊びに来たよ!』だなんて輝く笑顔で言って。私が泣いてる時は慰めて、嬉しい時は一緒に喜んでくれて。
とても大切な友達だった。
「だけどその子は私達が二年生の時に亡くなった、自殺だった。私は泣いて泣いて、目が腫れちゃってしばらく人前に顔見せられなかったよ。でね、学校である日、誠を虐めてた子達が話してるのを聞いたんだ。『品木が死んだのはうちらの所為』『品木で遊んでただけ』『次に遊ぶのは誰にしよう』。…………あの時はもう、心臓が止まるかと思った」
ギャハハと不快な声で笑いながら、ただただ虐めを遊びと捉えて楽しがっていたあいつら。その遊びの所為で誠が死んだのに、反省も後悔もしていなかった。
悔しかった。ただただ悔しくて悲しくて、憎かった。
あんな奴等の所為で誠は死んだんだ。私の大切な友達が死んだんだ。誠は殺されたんだ。
頭の中が真っ赤に狂うほど憎くて、そして私は考え、実行した。
復讐を。
「そして私は夜、その虐めっ子達三人を続けて殺した。思っていたより難しくて、思っていたより怖かった」
あの時、最後に主犯の委員長を殺そうとしていた時。彼女は脅えた目で言った。
『何であんたはあたし達を殺すのよ』
勿論、誠の復讐の為だった。そう思いたかった。
でもそれは違っていた。
『お前達が嫌いだから』
誠が復讐を喜ばないなんて最初から分かっていた。私だって、逆の立場だったら喜べるはずもない。
それでも私が三人を殺したのは、私の為だったんだ。
『そして何より、』
『私の為』
その言葉の意味は、二つ。
一つは、誠が殺された、その恨みと悲しみを無理矢理復讐と意味づけたかったから。
そしてもう一つは、本当に私の為。
委員長を殺す時……いや、最初に人を殺した時から本当は分かっていた。包丁で肉を貫いた時から、分かっていた。
私は人を殺して嬉しかったんだ。
人を殺した罪悪感と吐き気、恐怖と憎悪。その中に、微かに高揚の色があったんだ。
普通なら、いくら復讐とは言えど人を殺して嬉しいだなんておかしなことなのに。それでも、その喜びはうずうずと心の中で疼いていた。昔も、そして今も。
今まで気付かなかった。いや、気付かないフリをしていた。
でももう自覚しなければいけない。
私は幼馴染さえ言い訳にして、ずっと人を殺しては喜んで来たんだと。
「私は今までたくさん人を殺して来たよ。今更どうしようも出来ない、謝っても意味があるわけでもない」
言って、私は右手の力を抜いた。当然、握っていた包丁は重力に従って地面に落ちる。刃が柔らかくなった地面にサクリと突き刺さる。
「…………何のつもり?」
佳奈美が訝しげに尋ねる。雨で濡れた手を軽く拭い、ナイフを握り直す。
それを見つめ、佳奈美の目を見据え、私は微笑んだ。
「殺してよ、佳奈美」
ピクッと佳奈美の瞼が震える。意味が分からない、と眉が寄せられる。
「殺してよ」
もう一度同じ言葉を繰り返すと、佳奈美は唖然とした顔を歪める。
「なん、で」
「もう疲れちゃったの。人を殺すのが」
嘘だ。人を殺すことに疲れたわけじゃない。ただ、私は分からなくなっただけなんだ。どうして、何故私は生きているのか。
両手を広げ、無防備に佳奈美に身を晒す。
雨が肌を濡らし、頬を濡らす。
頬を水滴が伝うのを感じたけれど、涙なのか雨なのか分からない。
佳奈美はあの時の私と同じだ。
兄を殺された復讐の為に私を殺そうとするその形相は、私が委員長を殺そうとした時の形相なのだろうと思う。
怒りと憎しみに満ちているのに、切なく今にも泣きそうな顔で。
あの時の私も泣いていたんだ。
「殺してよ」
その言葉は、私の最後の願いだった。
殺して欲しかった。
助けて欲しかった。
「…………ふ、ざ」
「ふざけるなああぁぁっ!!」
佳奈美の痛々しい絶叫が私の鼓膜を揺らした。
ナイフを握り締め、突進してくる様子がハッキリと見えた。
静かに目を閉じ私は笑う。
最後に誰かが、私の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。




