第60話 二年生
「えー、この度は本校へのご入学、真におめでとうございます。我が海神高校は昔ながらの伝統を守り、代々それを受け継いでいくことによって生徒達の自主性などを高めて…………」
去年も全く似たような話を聞いた気がする。壇上にて話す校長を見ながら、そう思った。
四月七日の今日。春になったと言えどまだ気温は寒々しく、桜の木には蕾さえ付いていない。去年は蕾程度はあった気がするのにな、寒春なんだろうか。
今日は海神高校の入学式。真新しい新品の制服に身を包んだ若人達は、期待と不安と希望に満ち溢れた表情で椅子に座っている。ピンと背筋を正し、目を輝かせて顔を前に向け。
そしてそんな一年生達を体育館の真ん中に座らせ、左右には二年生と三年生が座っている。どちらも新、だ。海神高校では、入学式と新学期が同時に始まる。私達も今日、二年生に進級したということだ。
「新二年生の皆さん、これから君達は先輩と後輩という二つの立場を兼ね備えることになる。そして、様々な柵にとらわれない立場だ。そのことをしっかりと理解したうえで、これからも頑張って欲しい。そして三年生の諸君…………」
校長の話はまだまだ続く。三年生は受験がどうのこうの、それから一番上の立場がどうのこうの。とても為になる話ではあるんだろうが、私達学生はそんなもの聞く気にもならない。
ふと横の方を見てみると、男子の名簿一番が足を組んで天井を見上げるように爆睡していた。周囲の人間は彼を見て、呆れていたりくすくす笑っていたり。
一年前と同じだなぁ。
名簿一番の藍川を見つめながら、小さく笑う。
「いやー、一年生ってやっぱり可愛いね! あたし達も、去年はあんな風に見えてたのかな?」
入学式が終わり、教室に戻った時に茜が笑う。教室も二年生になってからは一階上、二階へと移動した。内装は前の教室と殆ど変わらず、わずかに景色が良くなった程度という印象だった。あ、後階段上るの面倒だな。
「何だか皆そわそわしてたよね。僕も入学式じゃああんな感じだったかも」
「お前は爆睡してただろ。今年も去年も」
一宮が呆れたように突っ込み、藍川が苦笑する。茜が窓から中庭を見下ろすと、ちょうど一年生がそこを通って教室へ向かうところだったようだ。もう友達が出来たのか、近くの数人で女子が話していたり、男子も妙にはしゃぎながら歩いている。それを微笑ましく眺めていると、教室に先生が入って来てホームルームが始まった。
「ほら席付けー。いいかお前ら、また一年間よろしくなー」
担任は去年と変わらず、熊本先生だった。無精髭がこの休み中に少し伸びた気がする。
席に付いて先生が話を始めてからも、教室は少し騒がしかった。
「ねえ皆! 一年生の教室の所、見に行こうよ!」
入学式の日は午前で日程は終了する。嬉々としながら茜はバッグを片手に立ちあがり、私達の返答も聞かずに廊下へ飛び出す。私と藍川と一宮は軽く互いに顔を見合わせ、苦笑しながらそれに続き廊下を出た。二段飛ばしで階段を駆け下りて行く茜の背中に、転ぶよ、と注意を呼びかけながら降りて行く。
一階の廊下は初々しい顔の一年生で賑わっていた。少々新調した面持ちの一年生達は、廊下を歩く私達を見て一瞬ざわめく。ひそひそと目配せしながら話し合う女子達に顔を向け微笑んでみる。と、彼女達はビクッと反応し、ぎこちない笑顔を返してくる。
「いやー、この階懐かしいね!」
「懐かしいって時期じゃねえだろ。まだ二年なったばっかだぞ」
呆れながら笑う一宮に、茜は楽しそうに笑い返す。独特の空気を醸し出す二人から目を背けていようと、近くの教室の中を覗いた。
一年一組。放課後だけれどまだ殆どの人が残っており、それぞれがそれぞれの時間を過ごしている。とは言ってもやはり入学した初日だからだろう、一人で机に座っている人も多かった。その中に、見覚えのある顔があり、思わずあっと声を上げる。数人が私の方に目を向け、私が見つめていた人物も私に気が付く。「……ああ」と納得したような声を出し、椅子から立ち上がってこちらに歩み寄って来た。
「こんにちは、凪さん。お元気ですか?」
丁寧な口調で、だけどどこか私と一線を置くような印象を受けるその声色。頷き、私も返事を返した。
「うん。君もこの学校に入学したんだね――――唯くん」
はい、と短い言葉で彼は、品木唯くんは頷いた。
私の幼馴染であった品木誠の弟、それが唯くんだ。
昔はよく一緒に遊んでいたし、髪も今より大分短く性格も明るい、よくいる活発な少年だった。だけど、誠が自殺をしてから彼は変わってしまった。感情表現が乏しくなり、他人と一線を引いた言動をするようになった。人を信じられない、とよく学生が嘆きながら言うことが多いけれど、彼はまさにそんな言葉が似合う人になってしまったんだ。
「前に会ったのは…………夏休みの墓参り以降だったかな? にしても唯くんが私の後輩かー、これからもよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
礼儀を崩さない唯くんは、ニコリとも笑わない。新入生はブレザーを羽織っている人が殆どだけれど、それはまた彼も例外では無かった。黒いブレザーは、天然パーマの唯くんとはちょっと合わない気がする。
唯くんはじーっと私の目を見つめてくる。やっぱり成長期の男子だな、私より遥かに背が高い。上から見下ろされると、何だか見下されてるように感じてしまうよ。
首が痛くなって来たので話を逸らす。
「そうそう、友達作りは早めが肝心だよ。それとももう友達出来た?」
「別に、この高校来たのは友人を作る為ではないですし。そんなの、いなくても平気だし、むしろいらないです」
「そ、そうなんだ」
ズバッと高校初日からぼっち宣言をする唯くんに何も言えなくなる。
その言葉がただの強がりでも戯言でもなく、本心だと分かっているからだ。
「ねえ凪ちゃん。その子、知り合い?」
私達の向き合う姿を見て、藍川がキョトンとした顔で尋ねる。目線は私を通り越し、唯くんを貫いていた。
「…………どうも。……一年?」
唯くんがペコリと頭を下げる。藍川の背を見て、首を傾げる。
「にっ、二年だよ!」
藍川がいらっとした様子で背伸びをしながら言う。唯くんは特に慌てた様子も無く「失礼しました」と謝った。その態度に更にカチンと来たのか、藍川が頬を膨らませる。けれど頬に溜まった空気は言葉として放出はされず、ゆるゆると口から吐き出された。
「まあともかく、俺は今日は帰りますんで。……あ、そうだ凪さん。この学校に自動販売機とかありますか?」
「ん? あるよ。何か買うの?」
ええ、まあ。と彼は呟きながらそのまま教室を出て行こうとする。去り際に私達に振り向き、一礼を残して。
「さようなら。凪さんとお友達の皆さん」
「さよなら、またね」
お互いにそう言い残して。唯くんが廊下を曲がって見えなくなった時、藍川が再度「知り合い?」と聞く。「うん。…………友達の、弟くん」そうとだけ答え、そろそろ戻ろうか、と皆に提案してみた。
「そーだね、一年生大体見たからね。やっぱどの子も可愛いー! バト部入ってくれる子いるかなぁ」
茜が考え込みながら呟く。入ってくれるよ、と言う藍川の言葉に嬉しそうに、そだね、と笑う。
その時、時間を告げるチャイムがスピーカーから流れ出した。それを切っ掛けとし、一組の子達も帰ろうぜ、と教室を出て行く。ぞろぞろと教室から出て行く子達の群れを何気なく眺め――――
「え?」
目が見開かれた。
後姿は何の変哲もない普通の女子だ。ツンツンと尖ったセミロングを後ろでポニーテールに結び、歩き方は堂々として男らしい。新入生の群れを掻き分けるように歩き去って行くその子を見ていると、
「凪ちゃん」
藍川が私に声をかける。
ハッと藍川に目を向けると、彼も驚いた目で私を見つめていた。きっと、同じことを考えているに違いない。
「そっくりだったね」
藍川のその言葉に、呆けたような声で同意する。
「そっくりだったね」
教室から出た一瞬だったから、もしかしたら見間違いかもしれない。だけど、彼女はとても似ていた。 尖った焦げ茶色の髪、怖そうで涼しげな目付き、キッと真一文字に固く結ばれた口。
あの人が女として生まれていたならばきっとあんな風に育っていたのだろうと確信出来る。
ふと、前に聞いた言葉が脳裏に浮かんだ。
『俺、歳の離れた妹いたんだよな』
今教室を出て行った彼女は、佐々木さんとよく似ていた。




