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第54話 ドラッグパーティー

 扉の先は薄暗い通路。少し長い一直線の通路が、奥で右に曲がっている状態だった。その通路のあちこちにはこれまた真っ黒な扉が数個ある。私達の目に見えている直線の通路には、右に二つ、左に一つ。

 どの部屋に何があるのか、誰がいるのか、何が起こっているのかは分からない。どこも完全防音の部屋なのか、部屋の中から物音は一切しない。

「一つ一つ調べていくしかなさそうだな」

 佐々木さんが面倒そうにそう言い、一番手前の右の扉の前に立つ。扉の取っ手に手をかけ、一度深く息を吸ってから一旦呼吸を止め、それから素早く扉を開ける。

「…………何も無い」

 コンクリートの壁と床が露出しているだけの、本当に何も無い部屋だ。机も棚も銃も薬も一切何も無い。

「じゃあ別の部屋かな?」

 藍川が軽く言いながら、部屋を出て通路の左壁の扉に手をかける。後ろでは冬音さんが銃を構えて立ち、扉を開けた時にはすぐにでも突入出来る格好だ。

 藍川が左右を一度確認して、バッと扉を開いた。

「うっ……わ」

 突如顔にかかる、噎せかえるような臭い。多様多種の香水が混ざった甘ったるい香りと、女性や男性の体臭のようなもの、それから薬の独特な香り、それらが入り混じったような鼻につく空気が部屋の中に充満していた。

 酷い臭いだね、と藍川が吐き捨てるように言う。それから部屋の中を見渡すが、薬はおろか、人さえ見つからない。

 紫色の壁紙とピンク色のカーペットはどちらもドギツイ色合いで、誰が買ったのかと聞きたくなる。あちらこちらに投げ捨てられたクッションと、様々な衣服。男性物のようなワイシャツなどもあったが、大半は女性のドレスだった。

 カーペットをよく見ると、たくさんの汚れが付いている。何かを零したような汚れ、赤色や黄色の染み、白い粉、白い汚れ。

「まあ、そういうことに使う部屋だったんでしょ」

 冬音さんが呆れたようにそう言い、それからふと天井を見上げて怪訝な顔をした。私も釣られて上を見上げる。

 天井は特に色合いや模様替えを気にしていないのか、パイプが隠されもせず露出した天井だった。ポタリ、ポタリと水滴がパイプから水漏れしている箇所もある。そして天井の中央には、かなり大きめの通気口。冬音さんの視線は、その通気口へ向いていた。

「あれがどうかしたんですか?」

 尋ねると、冬音さんは顎でそれを差す。

「よく見て。ちょっと隙間が開いてる」

 そう言われ改めて観察する。…………なるほど、確かに蓋が完全には閉まっていない。ほんの少し隙間がある。

「でもそれがどうしたんですか? まさか、誰かが通気口に入って、天井から全部屋の様子を探るとか?」

 藍川が冗談めかしてそう笑った。そうだ。通気口があるからって、まさかそんな漫画みたいなことが出来るわけ無いだろう。

 だけど冬音さんは至って真面目な顔で頷く。

「そのまさかよ」

「はっ!? え、本当に言ってるんですかそれ!」

「勿論」

 驚く私と対照的に、冬音さんは大真面目な顔で続ける。

「あの中はきっと縦横無尽にダクトが広がっているに違いないわ。いくらヤクザでも、まさか天井から来るとは思わないでしょう! その隙を狙うのよ!!」

「いやいやいや、いくらなんでもそんな……中がどうなってるかも分からないんですよ? もしかしたら罠があるかもしれませんし」

 私の言葉に不満気な冬音さんだったが、

「まあそうだな。考え無しに動くのは良くない」

 と佐々木さんが言うと、渋りながらも頷いた。

 考え無しの行動はたまには良い結果を生みだすが、基本的には悪い結果に繋がる。それは今までの経験からよく分かっていることだった。

「でも棺先生ならやりそうな気もするよね」

 藍川が楽しそうに言った。

 先生は考え無しに動くことが多い。それが良い結果に繋がるかどうかは置いといて、楽しそうではある。

「桃香もやりそうだな、そういうの」

 冬音さんが遠い目をして苦笑する。桃香さんとは仲良しのようだし、性格についても熟知しているのだろう。

 そう言えばあの二人はどこに行ったのかな。



 右の部屋には何も無かった。会議室のような部屋で、ソファーが二つ向かい合わせて並んであるだけだった。

 直線の通路には何も無し。というわけで私達は通路の曲がっている部分、右奥へと進む。

「ん……一つだけ?」

 その通路の一番奥、と言ってもせいぜい数歩ほどの距離にその扉はあった。他の扉と色も形も同じだが、最奥の部屋なのだから何かはあるはず。組織の人達が集まっているとしてもここが一番怪しいだろう。

 警戒心をあげ、ピリピリとした雰囲気を漂わせる。まず一番最初に佐々木さんが前に出て、冬音さんがその後ろに立つ。佐々木さんは小型ナイフを取り出し、冬音さんは銃を構え。お互いをフォローし合える位置にいた。私達はその後ろで同じように警戒して立つ。

 佐々木さんが私達に目配せをして、そして扉を開けた。今まで以上に、勢い良く。



 まず最初に黄色く変色した壁が目に映り、そして次に人の姿が見えた。

「全員動くな!」

 冬音さんの張りのある声が部屋に響く。部屋は一瞬ざわめき、うごめいた。

 思った通り、何人もの人間が部屋の中にいた。スーツ姿の男達や、ドレス姿の女達。多くの人間は何か煙草のようなものを吸っていて、全体的に黄色い部屋には煙と薬の匂いが充満していた。天井にはさっきの部屋と同じように、大きな通気口がある。ソファーやテーブルや棚がたくさん並んだ広い部屋だった。

 男性が五人、女性が八人。誰も彼もが険しい視線で私達を射抜く。怪訝そうに、大きなソファーに座っていた一人の男が声を出した。

「誰だ手前ら」

「警察よ」

 間髪を入れず冬音さんが正直に言う。その言葉に、女性たちが脅えた顔をし始めた。体を縮こまらせて、冬音さんの持つ銃に目を向ける。

 ゆっくりと他の男の人達が立ちあがり、じりじりと壁の両端へ詰め寄っていく。左に二人、右に二人、冬音さんだけではどうしようもない。

「……出来る?」

 冬音さんが難しそうな顔で呟いた。佐々木さんが右の二人に目を向け、私と藍川が左の二人に体を向ける。


 スキンヘッドの男性と、ボサボサのパーマで無精ひげが特徴的な男性。どちらも異様な目の輝きで、私達を見下している。懐からナイフを取り出し、脅すように刃を向けて来た。

 それから、何も言わずに二人が私達に向かって走り出す。藍川がパーマの男性に飛びかかるのを見て、私はスキンヘッドの彼を睨んだ。彼は素早く私の顔に手を伸ばしてくる。咄嗟に左側に避けた時、ぐりんと彼の手が曲がった。

「うあっ」

 左手首を掴まれ、キツク握られる。振り解こうと壁に左手を打ちつけたが、彼が手を離すことは無い。そのまま左に半回転ほど無理矢理捩じられた。

「あっっだい、痛い痛い痛い!! ――――痛いっ!!」

「づっ!?」

 取り出したナイフを右手で持ち、振り回すように私の手を握っている彼の手の甲に突き刺した。驚いたように彼は身を震わせ、私の左手から手を離す。滴る血を見て、遠巻きに見ていた女性達が悲鳴を上げた。

 ボタボタッと自分の手の甲から血が滴る様子を忌々しそうに見つめ、彼は私を鋭く睨む。

「痛いじゃないか」

「私もですよ」

 捻りあげられた左手は赤くなって、触ると鈍く痛い。そのうち青くなりそうな痕に溜息を付き、私はナイフを構え直す。

 視界の左端で、藍川がパーマの男性に殴りかかっているのが見える。右端で、佐々木さんが二人の男性を同時になぎ倒しているのが見える。一度瞼を閉じて開き、視界を前方だけに集中させる。

 彼は憤った様子で舌打ちをし、大股で一歩踏み出す。体を前に倒し、体重を乗せて私の体に蹴りを叩きこんでくる。

「ぐっ!」

 足を開いてなんとかその場に踏み止まったけれど、叩き込まれた足は重いし、当たった右腕が痛い。軽い吐き気が込み上げ、唾をその場に吐き捨てて咳き込む。だけど休む暇なんて無い。ナイフを握り、私も飛びかかった。

 男性もまた、私を捕まえようと手を伸ばし、

「うお!?」

 ズルッと足を滑らせる。さっき溢れた血で靴を滑らせたようだった。けれど、

「きゃあ!」

 急に体が重くなり、床に転がる。そして足に鋭い痛みが走った。

 何が起きたのかと慌てて足元を見てみると、同じように倒れた男性がナイフを持った手で私のドレスを握り締めていた。私の足に長い切り傷が出来ていた。刃で大きく破れたスカートの部分を掴みながら、彼は息を荒くして私を睨んでいる。

 床に手を付き、立ち上がろうとするその手をナイフで深く刺す。傷は付いていなかっただろうから、さっき刺したのとは別の手だ。両方の手に怪我を負い男性は獣のように呻く。ナイフからわざと手を離し放置すると、彼は呻きながらもナイフを抜こうとそこに手を伸ばす。

 そしてその痛みに歪む顔に、私は拳を叩きこむ。

「がっ!」

 鼻面に当たったのか、骨に当たった感触がある。殴られた方が痛いだろうけどこっちも痛い。そして、最後に指を眼球に突き刺した。

 呻き声とは全く違う、叫び声が男性の口から発せられた。その低く悲痛な叫び声をBGMに、眼球を弄る。

 ふと、幼い頃魚の目玉を食べてみた事を思い出した。焼き魚の目をほじくって口に入れた目玉は、白い部分が案外固くコリコリとし、周りのドロリとした不透明な汁はしょっぱかった。人間の目も同じようなのだろうかと思ったが、取り出して食べた事も無いし分からない。あ、アリスなら知ってるかな。

 ぐちゅりとした嫌な感触を最後に指を取り出す。真っ赤なねば付いた血が私の指と男性の目の間を伝う。彼が目を押さえた手の隙間からも、血と不透明な液体が溢れていた。

 この人はもう良いだろう。そう思い、立ち上がる。汚れた手をドレスで拭い、破れていたことを思い出した。

「あー、どうすんのさこれ。高かったのに……多分」

 大きく裂け、スリットが入った状態になったそれを見て呟く。まあ元々血で汚れてたし、買ったのは私じゃないから良いかと言えば良いんだけど。


 それから左右を見渡した。右側で、佐々木さんは傷だらけになりながらも、一人が壁によりかかるように倒れていた。首に赤い指の跡が付いてて、口端からは白泡を吹いている。多分もう一人も大丈夫だろう。左側では、藍川が右手にナイフ左手に金槌を持ってパーマの男性と向き合っている。どちらも服装も髪型もぼさぼさになり、息が荒い。

 パーマの男性が藍川に掴みより、藍川がそれを避ける。だけど、ツインテールが揺れ、それを掴まれ引っ張られる。

「うわっ!」

 驚き、離れようともがく藍川の首元にパーマの彼がナイフを突き付ける。一瞬青ざめかけた藍川だったが、すぐに表情を整え、左手の金槌で首筋に突き付けられたナイフを下から殴る。金属の削れるような嫌な音がし、パーマの男性がナイフを手放してしまう。慌てて空中を落ちていくナイフを掴もうとするが、手は空を切り、掴み損なう。

「このガキャッ!」

 怒りながら彼は藍川の髪を引っ張る。それに引かれて身動きが取れない状態の藍川は、一瞬だけ考えるような仕草をした。

 そしてナイフを彼の顔に向ける。刺されると思ったのかたじろいだ彼の前で、藍川は自分の掴まれた髪にそれを当てる。

 そしてそのまま、ザックリと髪を切り落とした。

「う、おっ?」

 パーマの男性は驚き、手の中にある長い黒髪の束に目をやり、一歩後ずさった。無理もない、女の命とまで言われる髪を、何の躊躇いも無く切り落としたのだから。

 だけどそれは、髪が本物であった時の話だ。

 男が我に返った時にはもう遅く、藍川は勢いを付けて男性の脇腹にナイフを刺し込んだ。目を見開き、口から唾液を零す男性。それを無視してナイフを刺したまま一回転させる藍川。

「ぐあっ……!」

 ナイフを引き離すと、男性は苦痛に呻いて倒れる。藍川はその脇にしゃがみ込み、金槌を腹部に思い切り振り下ろした。傷口に更に打撃を受けた彼は、言葉にならない叫び声をあげて気絶する。

 数秒だけそれを見下ろし、立ちあがった藍川はそこで、初めて私に気が付いたようだった。

「あれ、凪ちゃんも終わったんだ……って、ドレス凄い事になってるよ!? 大丈夫?」

「…………うん。藍川も、髪型変ったね」

 左側のツインテールだけが残っている。まるでサイドテールになったかのような姿で、藍川は乾いた声で笑った。

「お前らも終わったのか」

 横から声をかけられた。佐々木さんが、息を付きながら両手を払っている。足元に転がるもう一人の男性は、顔を赤くさせ白目を剥いて気絶していた。佐々木さん自身、体中に切り傷や擦り傷があって痛々しい。それでも、何事も無かったかのように澄ました顔で立っていた。



 冬音さんに体を向ける。さっきと変わらない表情、格好で銃を男性に向けていた。男性も同じように銃を手にしていたが、周りの光景に少し唖然としていた。

「……驚いたな、まさか負けてしまうなんて」

「私達を舐めないでくれる?」

 冬音さんが一瞬不敵に笑い、すぐに口元を引き締めた。それから部屋の隅に固まってぶるぶると震えている女性達に目を向ける。

「彼女達はただのお客だよ。手は出さないでくれるかな?」

 男性が苦笑しながらそう言い、冬音さんは呆れたように答える。

「暴力は加えない。薬をやってただろうから、逮捕はするけどね…………薬の場所を教えてくれないかしら」

「それはオレを倒してから言ってみなよ」

 どこのラスボスか、と思うような台詞を吐きながら、ゆっくりと彼は立ち上がった。冬音さんが銃を狙い、「動くな!」と叫んでも止まらない。

 ゆっくりと、ゆっくりと、微笑みながら冬音さんに向かって歩く。銃を静かな目で見つめ、自分の銃を下ろす。

「…………っ」

 その行動に、冬音さんの反応が変になり始めた。カタカタと手が震え、血が滲むほど唇を噛み締め、目を大きく見開く。

 佐々木さんも私達も不思議そうにそれを見つめる中、とうとう二人の距離は銃を隔てた間しか無くなった。

 男性がおもむろに銃を掴み、銃口を自分の目に突き付ける。銃を掴まれた瞬間冬音さんはビクリと体を震わせたが、引き金に指をかける事は無い。

「さあ撃てよ」

 冬音さんがたじろぐ。男性が銃を恐れていない事に対してではなく、何か別の理由のようだった。

「どうして撃たないんだ?」

 途切れ途切れの声で、囁くような小声で言う。

「あっ、あんたを殺したら、薬の居場所が分からないから……」

「本当にそれだけか?」

 体が強張る。見開いた目を潤ませ、呼吸を乱す。

 そんな冬音さんに構わず、彼は続けた。

「本当は怖いんじゃないのか? おれを撃つのが、殺すのが。犯罪者としておれを見てるんじゃなく、人間として見ているのか?」

「……………………」

 黙り込んだ冬音さんは、それでも彼から目を離してはいけない、と俯いたりすることは無い。だけどそれは、彼の目を真っ直ぐ見つめることになってしまう。彼の言葉が直接届いてしまう。

 男性は一度だけ顔を緩め、笑いながら言う。


「甘えんなよ」


「う…………」

 泣きそうな顔で銃を持つ手を震わせる。その腕さえも掴まれ、彼女は再度肩を跳ねさせる。

「警察だってんなら今まで人を殺した事だってあるんじゃないか? その度に罪悪感に見舞われでもしてたら、生きてけないぞ。その点に関してはヤクザも警察も同じ事だ。いくら技術が良くとも、精神が強く無けりゃあそいつはもう駄目だ」

 そして、呆れたようにこう吐いた。

「お前使えないなぁ」


 数秒間、冬音さんの震えが止まった。そしてまた震えだす。けれど、さっきとは別の感情で。

「…………って……わよ」

 震えながら小さい声で囁いた。そして一瞬息を吸い、激しい感情と共に吐き出す。


「分かってるわよ!! そんなこと!!」



 バコンッ


 通気口の蓋が落下した。そして、そこから誰かも落下した。蓋は床で一度跳ね返り、壁に重い音を立てて衝突する。もうもうと薄汚れた灰色の煙が立ち込め、そして消える。

 音に驚き振り返った男性の、そして私達の目の前に、一人の人間が座り込んでいた。

「……いったたた。あー、薄暗いしキツイし汚いしで最悪だなこりゃ!」

 軽い口調でその人は乱れた髪を掻く。白く長いポニーテールはすす汚れ、似たような色のドレスも同様に汚れ、数ヶ所が破れている。その人は私達を見てから「さて」と立ちあがった。

「やあやあこんばんは。皆のアイドル、ひーちゃんです」

 そう言って、女装姿の棺先生はニッコリ笑った。

「……………………」

 誰も反応する人はいない。張り詰めていた空気が棺先生によって掻き乱され、どう反応していいのか分からなくなる。部屋の隅の女性達や冬音さんも、ポカンとそれを見つめて呆けていた。

「…………っ! 誰だお前!」

 真っ先に我に返ったのは男性だ。あまりの登場の仕方に混乱したのか、口調が荒くなる。

「誰ってさっき言ったじゃないですか。ひーちゃんですよ」

「はあ? ふざけるな! 何様のつもりだ!!」

 叫ばれても、おどける姿勢を崩さない棺先生を見ながら、天井に目を向ける。大きな穴の通気口はダクトに繋がっている。さっきの部屋で見たように。……もしかして、棺先生はあの部屋からあそこに上ったのだろうか。だとしたら、隙間が開いていたのも納得出来る。ああ、本当に考え無しな行動をする人だな。

 男性は冬音さんや私達のことを忘れ、棺先生に面食らう。この部屋の視線の全てが彼に注目する。

「えーと、おれ……私は何をすればいいのかな?」

 そう言いながらきょろきょろと辺りを見渡す。自由気ままにフンフフーンと鼻歌を歌い、女性達に目を向けた。

「誰だよこの子達。綺麗な人達だねー」

 間延びした声でそう言いながら近付く。一番前にいた派手な化粧の女性に笑いかけるが、彼女は脅えているのか怖がるような表情で棺先生を拒絶する。

「おい、お前これ以上変な真似するんじゃねえよ。撃つぞ」

 男性がいらついた様子で銃を先生に向ける。棺先生はそれをちらりと見て、それから私達に目を向ける。けれどその視線は少し遠くを見ているように感じた。

 不思議に思う中、へらへらと笑いながら棺先生は手を振る。

「やだなあ、そんな物騒な物向けるなんて。やめてくださいよ」

 そう言いながら、棺先生は一番近くにいた女性の手を引く。息を飲むようなか細い悲鳴をあげながら、彼女は棺先生の前に直立で立った状態となった。動こうにも、棺先生が背後から肩を押さえているので動けない。

「ここから撃ったらこの子に当たっちゃうかもよ?」

「ひぃっ!」

 飄々とした棺先生の言葉に、女性が脅えた声を出す。ガタガタと震えだすその姿に、男性は銃を構え続ける。

「上手くいけばお前に当たるだろ。少なくとも、何発か撃てば」

「……この子は?」

「別にどうでも。傷物になるのは出来るだけ避けたかったけどな」

 その台詞に、二人の間で人質状態になっている女性が反応し、激しく泣き喚く。

「やっ、やだ! やめて! 死にたくない、死にたくない! なんでわたしが殺されなきゃいけないの? べ、別の子でもいいじゃない! ねぇ、やめ――――むっ!」

「ごめんね、ちょっと黙っててね」

 先生が彼女の口を手で塞ぐ。むーむーとくぐもった声を出しながら、大粒の涙を零してもがいていた。

 棺先生は男性を一瞥し、しょうがないと言いたげに溜息を付いた。

「じゃあ、しょうがないのかな」

「ああ、しょうがないんだ」

 カチャリと男性が銃を片手で持ち直す。細かな狙いを定め、目を細める。

「う!? むー!! んー!!」

 女性が突然、何かに気が付いたように足をばたつかせる。その視線は銃の更に後ろ、私達の方を、扉の方向を向いていた。棺先生が「ちょっと悪いね」「っつ!」彼女の目も塞ぎ、男性を見つめる。

 そして再度呟き、微笑んだ。

「しょうがないな」

 男性が、引き金に指をかけようとしながら言った。


「「しょうがない」」



 誰かの声と重なった直後、耳元を激しい破裂音が走り抜けた。同時に、男性の頭が真っ赤に染まる。正確には、男性の頭が破裂した。脳を直接響いているような酷い耳鳴りがし、耳を手で塞いだところで止みはしない。男性の手から銃が落ち、力の入らなくなった足が震え、ゆっくりと床に前のめりに倒れ伏す。衝撃で頭から血が飛び散り、女性と棺先生の足元にかかる。部屋の匂いに、新たに血の匂いが加わった。

 呆然とそれを眺める女性の口が小刻みに揺れ、棺先生がそっと手を離す。彼女はそれにさえ気付かずに頬に手を当て、鬼のような形相で叫ぶ。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 連鎖するように、残りの女性達も叫び出し、錯乱する。一人が扉に駆け出し、私の横をすり抜けた。それに続いて他も走り出し、悲鳴を上げながら飛び出していく。悲鳴の大合唱が廊下に反響していた。

 そして、女性達が全員飛び出していった所で、その人がひょっこりと姿を現す。

「あの人達も、すぐ捕まりますよ。外に待機させてある警察に」

 煙の上がる銃を片手に下ろしながら、桃香さんが微笑んでいた。髪は所々ほつれ、ドレスも少し乱れている。体からは、どこか不思議な甘い匂いがしていた。頬も少し火照っているように見える。

 棺先生の近くに歩み寄り、二人で「「イエーイ」」とハイタッチ。どうやらこの作戦……? は二人で考えた物のようだ。棺先生に目を向けさせ、その間に扉の影に潜んでいた桃香さんが銃を撃つ。棺先生が扉を確認したのも、女性が一瞬喚き出したのも、この為だったのか。

「……今までどこにいたのよ」

 最初に冬音さんがそう呟く。桃香さんは微笑みを絶やさないまま「内緒だよ」と嬉しそうに言った。それから少しだけ真面目な口調で、「薬の場所は大体分かりました」と。それから冬音さんに近付き、微笑んでいた口元を引き締め、少し怒ったように、

「冬音。あなた、まだ慣れてないの?」

 そう言われた冬音さんは、視線を床に落とす。悔しそうな顔で黙る。桃香さんが死んでいる男性を指差しながら続けた。

「あの人の言う事はもっともだよ。冬音は人を殺すことにまだ慣れてない。勿論それに慣れるのは本当に難しいことだけど、警察という立場で、こういう現場で動く時には必要不可欠なもの。あなた、さっき分かってるって言ったよね」

 その言葉に冬音さんは小さく頷く。その自信の無いような反応に、桃香さんがはっきりと言った。

「『分かってる』事と『実行する』事は、全く違うものなんだよ」

「……………………」

 目をきつく閉じ、冬音さんが俯く。桃香さんはしばらく彼女を見ていたが、くるりと踵を返し、私達に言う。

「薬の場所は現在他の皆が捜索しています。この建物と客の取り押さえも同時に。――――お疲れさまでした。これで、今回の依頼は終了です」

 そして彼女は、頭を吹き飛ばした遺体を背景に、一礼をした。

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