第55話 薬の在り処
会場の外は酷い騒ぎとなっていた。何台ものパトカーが建物を取り囲むように並び、赤いランプを回している。
その中でも一台、特に目を引く大きな黒塗りの車が止まっていた。そこに何人ものドレスを着た人が連行されていく。手に手錠を付けていたり、ぎゃあぎゃあ喚いたりしながら。
「恐らく、会場内の殆どは逮捕されるでしょう。牢屋行きかどうかは分かりませんが……最低でも前科は付くでしょうね」
桃香さんが冷やかな目で彼らを見つめる。何人かがこちらに目を向け、脅えた目をしていたり睨みつけてきたり。あれだけの騒ぎになったんだ、私や佐々木さんの顔を覚えている人もいるのだろう。
建物とその周辺は完全に封鎖され、それでも車を乗り越えたりして逃げ出そうとする人々はあっさりと捕まっている。ホテルの営業員も焦ったような表情で警察と話をしていた。
「そう言えば、何だか街に人がいないね」
藍川がキョロキョロと辺りを見渡す。
確かに、私達がホテルに入る前より格段に人の数が少ない……いや、ドラッグパーティーの客以外の人間は一人も見当たらない。
「元々この街は治安も悪いし、警察の存在を知ったら殆どの店が営業停止になるのよ。そして、客も店員も素早く逃げる、まるで蜘蛛の子を蹴散らすみたいに。……全く、犯罪者って足だけは早いんだから」
冬音さんが溜息を付きながら答える。額に手を当て、心底嫌そうな表情だ。
と、強風が吹いた。冷たい冬の風が容赦無く、薄着の私達に振りかかる。外の冷気に身を震わせる私を見て、冬音さんが少し微笑んだ。
「この格好じゃ外は寒いわね。そろそろ――――」
「おいお前ら! 怪しい場所見つかったぞ!」
突然の大声に少し驚く私と藍川。けれどその言葉に弾かれるように冬音さんと桃香さんは顔を向け、ピッと直立不動の姿勢を取る。
「鬼塚さん、お疲れ様です!」「お疲れ様です」
しっかりハキハキとした声で答える冬音さんと、静かで丁寧な物腰で頭を下げる桃香さん。
声をかけて来たのは、私と藍川が警察署に行った時に出会った、鬼塚さんだった。彼は私と藍川に気が付くと、堀の深い顔を更に濃くさせて微笑む。歩み寄り、言った。
「やあ二人とも、久しぶりだね。凪さんと、藍川く……ん? 藍川さんだったっけ?」
藍川が少し顔を赤く染め、サイドテールとなったウィッグを取っていつも通りの髪型に戻る。顔を顰めて赤くしながらも、「お、男であってます!」と答える。鬼塚さんは少しだけ笑った。
「そちらのお二人は…………」
それから鬼塚さんは、私達の後ろに立っていた棺先生と佐々木さんに目を向ける。棺先生はニコニコと笑いながら、佐々木さんは仏頂面で軽く礼をする。
「佐々木雪と申します。本日は、警察の皆さんに協力させていただきました」
「白林棺でーっす! ゆっきーの友達で、こっちの二人の学校の先生をやってます!」
佐々木さんがしかめっ面で棺先生を軽く殴り、「誰が友達だよ」と呟く。「えー? ゆっきー言ってたじゃん。『あいつはオレの友人だ!』みたいなこと」ああ、堂本さんと話してた時のことか。「…………いつの間に聞いてたんだよ」苦々しげに、バツの悪い顔で目を背け、「あと、ゆっきーって呼ぶな」と佐々木さんは言った。
「先生って、女性?」
鬼塚さんは棺先生の今の格好を見てそう尋ねる。藍川が首を横に振って、「男の人です」と答えた。鬼塚さんは、へぇ、とだけ呟き、
「楽しそうな先生だね」
「ええ、本当に」
全くだ。
会場から見つかった麻薬を探しに行く冬音さんと鬼塚さんに、私と藍川が付いて行く。桃香さんと棺先生と佐々木さんは外で待っているらしい。階段を下り、再度会場への扉を抜ける。
「おお、最初に入った時と印象が大分違う」
入った時はもっと賑やかでうるさかった。改めて落ち着いた今、もう一度見てみると、静かで汚い場所だということが分かる。堂本さんが人を撃った場所の真新しい血痕が増え、倒れている死体もそのままだった。色々と入り混じった臭いが鼻に付く。何人かの警察官がそこら中を調べていた。
鬼塚さんが向かうのは、私達が最後にいた部屋。通路を歩いている時、運ばれていく死体と擦れ違った。血と肉の臭いが鼻孔に届いたが、すぐ慣れる。
警察が数人いる部屋の中のソファーや棚も撤去されていた。そして、男性が座っていたソファーが置いてあった床の下に、頑丈そうな鉄の扉が付いている。更に地下に繋がっているのだろうか。
鬼塚さんがそこを開けると、黒々とした穴に階段が続いている。……うわ、埃っぽいしカビ臭い。
「まず俺が降りる。安全だったら呼ぶから続いて来い」「はい!」
冬音さんの元気な返事に頷き、近くの警官からライトを借りる。それの明かりを灯し、階段を降りていく。返事が来るまでにそんなに時間はかからなかった。冬音さんが抉れていない方の手だけで器用に降り、彼女も安全を確認した後、私と藍川も階段を降りていく。
降りた先は真っ暗で、鬼塚さんのライトが照らす範囲以外は全く見えない。部屋の電気を探そうと、鬼塚さんは壁にライトを当てて歩いていた。
壁に目をやりながら、冬音さんが「鉛かしら?」と呟く。鉛って、放射線だか何だかしらないけど……そういう物を無効にするものだったっけ? 警察の目隠しの為なのかな。
「お、あったあった。これだ」
鬼塚さんがスイッチを見つけたようだ。バチンと音がして、天井の古い蛍光灯がゆっくりと点滅しながら付いた。暗闇に慣れかけていた目が急な眩しさに一瞬見えなくなる。けれどそれも一瞬で、次第に視界が晴れて来た。
「……うっわ! 凄いな!」
堂本さんが感心したような呆れたような声で言う。私も、そしてきっとあとの二人も同じことを思ったと思う。
凄いな、これは。本当に凄い量だ。
白い袋に入った白い粉、まるで上白糖の入れ物のような見た目と大きさ。そんな袋が、何個も何十個も……下手をすると何百という数かもしれない。そんなたくさんの麻薬の袋が部屋に並べられていた。
下に青いビニールを敷き、その上に並べられている。よく見てみると、その袋の傍には他の薬が入った袋もたくさん置いてあった。
一体どれだけの量を集めたんだろう。そして、今までどれほどの量の薬が使われて来たのだろう。そんなことを想像して、顔が歪むのが分かった。
「とにかく、この部屋を重心に調べて行こう。まだまだ隠されてるかもしれないからな」
それから鬼塚さんは一旦外に出ようと提案した。この部屋にいるとラリっちまうかもしれないからな、と笑って。私達もあまりこの部屋にはいたく無かったし、素直に戻ることにした。
「そうそう、残った奴らから話も聞かんといけんな。柊、何か情報は得たか?」
「情報? 何の…………」
「こいつらが起こした、または起こすかもしれない犯罪についてだよ。会話の途中に何かそういう怪しい言動は無かったかって」
冬音さんは少しの間無言で考えていた。そして渋い顔で首を横に振る。鬼塚さんは重苦しい顔で頷き、それから私達に目を向ける。
「川瀬さん、藍川くん、何かあるかい?」
「えっと……そうですね、僕は、あまり誰とも話さなかったので、情報は知りません」
鬼塚さんが私を見つめる。
何か、何か情報はあっただろうか。脳をフル回転させて思いだそうにも、恐怖だったり混乱だったり不安要素が多すぎて、あまり覚えていない。…………あ、そうだ。
「そう言えば堂本と言う人、あの水槽の近くに倒れていた人のことなんですが、あの人が色々話してました」
「ほう……どんな?」
えっと、何だったっけ。
「薬物も勿論でしたが…………臓器売買とか、殺人とか。最近では、孤児院の見寄りの無い子供を誘拐したりしているらしいです」
鬼塚さんと冬音さんが目付きを変える。深刻そうな、少し怒っているような。すぐに鬼塚さんは笑顔に戻り、私達に告げる。
「そうか、ありがとう。お疲れさまだったね、今日はもう帰っても大丈夫だよ」
「痛い痛い痛い! ちょっと待って、染みる! アリス! 染みるって痛いって!!」
「何言ってるんですか! ちゃんと消毒しなきゃバイ菌が入って死んじゃうって、テレビでやってましたよ?」
私達がようやく帰る時間になった時、すでにもうすぐ日が昇ってきそうな時間帯だった。早朝の四時半という微妙な時間にアパートに戻ったにも関わらず、アリスは笑顔で私達を迎えてくれた。それから海月ちゃんと海星くんが起きるまで待ち、その後皆で棺先生のアパートに向かう。流石に早朝からあのアパートで騒ぐと迷惑だろうから。
お風呂に入り汚れを落とし、それから傷の手当てをする。大きな傷などは警察の人達が手当てしてくれたが、小さな切り傷や擦り傷は体中にあった。背中などの届かない所は上半身の服を脱ぎ、アリスに消毒して貰う。これが結構地味に痛い。
「お疲れ様でした、凪さん」
アリスが優しい声色で言う。何度も言われた言葉だけれど、その言葉はとても落ち着く。私も微笑みながら頷いた。
「海星くん達、大丈夫だった?」
「はい、ちゃんと大人しくしてました。海月ちゃんが泣きそうになってたけど、海星くんが『皆も頑張ってるんだよ! ぼく達が泣いてどうするの!』って言ってて……でも二人ともやっぱり寂しかったんでしょうね。寝てる時に少し泣いちゃってました」
「…………ん、そっか」
可愛いなあ。やっぱり、子供だなあ。――――その直後、自分で思った『子供』という言葉に苦く思った。誘拐の事について、冬音さん達はどうするのだろうか。私達をまた使うのかな。
「はい、出来ましたよ」
「ありがとうアリス……わー、何かスースーする」
「そりゃあそうですよ。背中にも、たくさん怪我してましたし」
それから少しだけアリスは怒ったような顔をする。
「もっと自分を大切にしてください!」
「…………んー」
と言われてもねえ。こんなことをしている上、怪我の一つや二つに文句は付けられないさ。
アリスに礼を言って服を羽織る。洗面所の時計に目を向けると、朝の七時半を差していた。
「うわっ、もうこんな時間! 学校の準備しなきゃ!」
慌てて部屋に戻ると、藍川も同じように慌ただしく動き回っていた。私を見て、
「凪ちゃん! どうしよう、制服家だよ!」
「私もだよ! 教科書とかも準備してないし……」
「僕はもう制服だけでいいや。授業は寝てればいいし」
この不良め。
「高校って大変なんですねぇ……ぼくも、高校生になってみたいなぁ」
「あー、あたしもー。凪お姉ちゃんの学校の制服とか着てみたーい」
さっき起きたばかりで寝惚けているのか、ほのぼのとした会話を繰り広げている海星くんと海月ちゃん。生憎こっちはそんな悠長にしている暇も無く、とにかく慌ただしい。あ、藍川こけた。
「そんな急いでるんだったら俺が二人の家まで送ってこうか? そっから学校車で行けば、間に合うだろ」
いつの間にかいつも通りの白衣姿になっている棺先生が言う。私と藍川は瞬時に答えた。
「「お願いします!!」」




