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第48話 警察官の冬音さん

 取調室に入ったのは初めてだ。ドラマなどで見た事はあるものの、思っていたより少し狭い。壁も床もテーブルも白色で……あ、隅っこにちょっと汚れ付いてる。何これ、血?

 警察署に連れて行かれ、そのまますぐここに入れられた。藍川は他の部屋にいるらしく、この部屋にいるのは私と、私に向かい合うように座っている冬音さんだけ。時計の秒針の音がやけに耳に響く。

 冬音さんは私をじーっと見つめて動かない。私は部屋の隅なんかを見つめてぼーっとしている。ちなみに、この部屋に鞄は持って来ていない。部屋の外の荷物置き場に強制的に置かされている。

「緊張してますか?」

「ええまあ」

 冬音さんの言葉に正直に頷く。流石に、いきなり警察に連れて来られて緊張していないわけがない。いくら覚悟をしていようとも、怖い物は怖い。

 私の向かいに座る冬音さんは分厚い書類を手にパイプ椅子に座っている。カツ丼とか出ないからね、なんてここに入る時に言っていた軽口と笑顔も今は消え去っていた。

 冬音さんは軽く頷きながら、目を細めて私を睨んだ。

「単刀直入に言います」

 そして言う。


「あなたは人を殺した事がありますか?」


「…………」

 オブラートに包んだけど水に溶かしでもしたのか、本当に直球。冬音さんの鋭い眼力が私を射抜き心臓が激しく鼓動する。

 ここで否定をしたらどうなるんだろう。嘘をつくなと罵られるのか、殴られるのか、脅されるのか。…………けど、

 もうバレていることは確かだろうから。

 一度大きく深呼吸をして頭をすっきりさせる。動揺も迷いも恐れも焦燥も全ての感情を一旦捨て、決意だけを表示する。


「はい」


 私は頷きながら、冬音さんを睨んだ。



 冬音さんは大きな溜息を付き顔を一瞬伏せる。そして再度顔を上げた時、その顔はとても悲しそうに歪んでいた。

「…………そうなのね」

 その声は少し震えていて、今にも泣き出しそうな声だった。何であなたが泣くんだよと問い詰めたかった。私だって泣きたい気分だったから。

 彼女は手元の書類に顔を近付け私と交互に見つめて何か小声で呟いている。そして矢継ぎ早に言葉を畳みかけて来る。


川瀬かわせなぎ、海神高校一年三組。十五歳の女子。家族構成は父親と母親との三人家族で両親は海外へ出張中の為、一人暮らし状態。連続殺人事件の刺殺犯である可能性あり。…………学校での交友関係は三上茜、一宮圭介、そして同じく連続殺人事件の犯人である可能性が高い藍川伊織、教員の白林棺。授業での成績や運動神経は並みで、これと言った校則違反は無し」


 そこで一旦言葉を区切り、こう続ける。


「中学校時代、幼馴染を虐めでの自殺で亡くした事がある」


 少しだけ反応したことがバレないように体を強張らせる。唇を噛み締め、目を伏せた。

 …………そこまで調べているのか。

「……最初の殺人は、その幼馴染を虐めていた人々だと聞いています。あなたがやったんですね?」

 私は答えない。無言でじっと目を瞑る。小さな舌打ちの音が聞こえた。

 薄眼を開けて冬音さんを見ると、額に手を当てて疲れた様子で息を吐いた。私に目を向け、ほんの少しだけ微笑む。

「連続殺人事件の犯人は、数人に分けていることは分かっています。死因によって犯人が分かれますが、その中でもあなたは刺殺犯。……合ってますね?」

 頷きでそれに答える。もう今更言い訳をすることなど出来ないだろう。もししたところで、罪が更に重くなるだけだ。……まあ、どっちにしろ死刑だろうけど。

 冬音さんはそれから書類を捲りながら、数人の名前を述べていく。高橋たかはし義三よしぞう金堂こんどう明美あけみ岩石いわいし騰貴とうき須藤すどう悠木ゆうき」一体誰のことだかさっぱり分からなかったけれど、「尊氏たかうじ大輔だいすけ」という名前が出た時に思い出した。佳奈美の兄だ。と言う事は、この名前の人達は、私達が今までに殺して来た人の名前と言うことになる。

 大分殺してしまったな、というのが心境だった。それ以外に特に何も思わない事に、自分自身驚く。

「それから、あなたと同じ加害者の方々は誰がいますか?」

 冬音さんがそう尋ねて来た。けれど、これは答えられない。黙り込む私に冬音さんは溜息を付き、「まあ良いでしょう。見当は付いていますから」と、書類を読み上げる。


藍川あいかわ伊織いおり、学校クラス共に同じ。十六歳の男子。小学生の頃両親が離婚し、その後母親も死亡。父親との連絡は一度もしていない。現在マンションで一人暮らし。連続殺人事件の撲殺犯である可能性あり。学業は平均以下、運動能力は偏りあり。小中学校共に少々浮いていたが、特にこれと言った問題は無し」


 一枚を捲り、続ける。


白林しらばやしひつぎ、海神高校理科教員、二十五歳の成人男性。外面は真面目。髪を染め、カラーコンタクトをはめているので外見的に目立つ。少々性癖に問題ありで女性経験に乱れあり、マンション暮らし。連続殺人事件の転落犯である可能性あり」


 また捲る。


「佐々木(ゆき)、フリーター、二十五歳の成人男性。幼少期に父親が会社の金を横領し逮捕され母親は自殺。十歳下の妹と共に児童養護施設に預けられた。高校卒業後は金を稼ぐ為に様々な仕事をするが、その際犯罪に手を染める。連続殺人事件の絞殺犯である可能性あり。現在二人の子供とアパートに同居」


 紙を捲る音がする。


青海おうみ海星ひとで、十一歳の少年。双子の姉と共に両親から虐待を受けており、半年前に姉と協力して両親を殺害して家出、現在は行方不明扱いになっている。連続殺人事件の毒殺犯である可能性あり。佐々木雪のアパートに同居中」


 疲れたのか、冬音さんは首を回して鳴らす。目に手を当て小さく唸る。

 そしてまた紙を捲り見つめた。


青海おうみ海月くらげ、十一歳の少女。青海海星は双子の弟。連続殺人事件の焼殺犯である可能性あり。佐々木雪のアパートに同居中。小学校では周りとは少し浮いた状態で、主に弟と行動を共にしていた」


 捲る。


新稲にいなあおい、十七歳の女子。五歳の時から母親と共に行方不明になっていたが、悪徳なサーカスで働いていたことが後日判明。そこでの芸名はアリス。連続殺人事件の変死体犯である可能性あり。現在白林棺のマンションに同居中」


 冬音さんは口元だけで微笑み、私に向かって首を傾げる。

「何か言う事はありますか?」

「特には」

 アリスの本名がそういうものだって分かってちょっとびっくり。アリス自身も知らなかったはずだよな、確か。後で教えてあげよう。会えたらだけど。

 警察って凄い。個人情報がそこまで分かってしまうんだね。何故だかそんな風にのほほんと現状を考えてしまっていた。

「川瀬さん。あなた、どうして人を殺したの?」

 冬音さんが静かな声で尋ねて来た。その台詞はさっきまで使われていた敬語ではない。きっと彼女の本心なんだろう。

「どういう意味ですか?」と聞き返す。「そのままの意味」と返って来る。

「理由を尋ねているの。大体見当は付いているけど…………品木誠さんのことでしょ?」

 当たり。だけど私からは何も言わない。そんな無言でそっぽを向く私に呆れながらも、冬音さんは淡々と話す。

「中学二年生の時、幼馴染が虐めにあっていた。あなたがそれを知っていたのかどうかは知らないけれど、彼女はその所為で自殺してしまった。そしてその直後に虐めの加害者達が誰かに殺された。それ、あなたがやったんでしょう?」

 少しだけ悲しそうな顔をする冬音さんの声が、段々と大きくなっていくのが分かる。

「そんな事をして、品木さんが喜ぶとでも思っているの? あなたがやったことは、ただの復讐で、ただの犯罪なのよ? 品木さんはそんなこと望んで無かったはずよ!」

 分かってる。そんなことは十分に分かってる。

 目をきつく閉じて唇を噛む。それでも耳を塞ぐことは出来ないから、冬音さんの言葉がハッキリと耳に届く。

「あなたのお父さんもお母さんも、友達も皆。あなたがそんな事をしているって知ったらどう思うのかしら。どうしてあなたは人を殺してしまったの、どうしてそれを続けてしまったの! まだ若い人生なのに、これからの一生を棒に振ることになったのよ?」

 ドラマとかでたまに犯人に対して、お母さんが泣いてるぞ、などと説得するシーンを見る事もある。実際にされると結構きつい。精神的にきてしまう。

「品木さんが原因だとしても、だからってあなたがしたことはただの殺人なのよ!!」

 最終的に冬音さんはテーブルを拳で叩く。ドンッという重い音が耳に響き、少し眉を歪めた。

「……………………」

 この人うるさい。

 誠が私の行動を望んでいない? ただの復讐で犯罪? 人生を棒に振った? そんなこと、最初っから分かってる。ただあの時は誠を虐めていた奴らが憎くて悔しくて。その気持ちを行動で表しただけなんだ。私は弱いから、憎しみを止めようとすることなんて出来なかったんだ。

 お父さんやお母さんは私が殺人犯だって知ったら、きっと凄く怒る。お父さんに殴られるだろうし、お母さんも私を怒りながら泣くと思う。そう言う事を考えると凄く悲しくて申し訳ない気持ちになってしまう。だけど、今更それはどうしようもない事だ。友達だってそう。ひなや哀歌はきっと私を怖がって離れてく。茜や一宮だって、私の事を軽蔑して離れていってしまう。きっとそうだ。

「私だって」

 冬音さんに気付かれないほどにか細く、小さな声で呟いた。

 私だって、出来れば普通に生きていたかった。誠と仲が良いまま中学校を卒業して、一緒の高校に行って新しい友達も作って、辛い事も楽しい事も色々ありながら大人になって、仕事を頑張ったり、好きな人が出来たり。そして将来は幸せな家庭を持ちたかった。

 幸せになりたかった。

 少なくとも誠が死ぬあの日まで、私は平凡ながらも幸せな生活を送っていたんだろう。毎日誠と学校に行って、クラスの友達と他愛ない談笑しながら一日を過ごして、家に帰ってテレビを見ながら寝て。退屈で平穏な毎日だったけれど、今思えばとても幸せな毎日だった。身近な幸せには気付かないなんて当たり前のことを、失ってから酷く後悔した。

 今の私は幸せなのだろうか。



 冬音さんは少し息を整え咳払いを一つして真面目な顔付きに戻り、書類を手に取る。

「――――これから質問する内容は、あなたのプライバシーに関わるものもいくつかあります。よろしいですね」

「はい」

 どうせ拒否権なんて無いんだろう。敬語に戻った彼女の顔を見ながらそう思う。そして、私に数個の質問がかけられる。それは私生活に関するものから、恋愛事情に関するものまで様々な質問だった。高校の友人達と何かトラブルはあるのか、家族との連絡は月に何回程度なのか、恋人や好きな人はいるのか。全てに正直に答えたけれど、それに冬音さんが納得してくれているのかは分からない。

 最後に冬音さんは頷き、私の目をじっと見つめた。

 黒い瞳は、濁っても輝いても曇っても透き通ってもいない。ただ少しだけ細められた瞳には、強い決意と少量の迷いが含まれているだけだ。

「…………川瀬凪さん」

 フルネームで名前を呼ばれ、一度瞬きをする。「はい」と返事をした。

 何と言われるのか。これからあなたを逮捕します? それとも、今すぐに死刑だ! かな?

 冬音さんは大きく息を吸い、ハッキリとした声でこう言った。


「私達警察は、あなた方を逮捕することはありません」


「…………」

「………………」

「……………………」

 ……………………え?

「え?」どういうこと?

 実際に驚きが口に出る。思わずポカンと開いた口を慌てて閉じ、少し焦りながらも身を乗り出して尋ねる。

「あ、あの? え? ……何で?」

 慌てふためく私が可笑しかったのか、冬音さんは少しだけ口角を上げる。けれどすぐに真顔に戻り、

「言った通りです」

 そう言った。

 いや、意味が分からない。どういうことなの? 逮捕しない? え、何で?

 冬音さんが手元の書類を捲り、さっき告げた数人の名前を言う。それは私達が殺した被害者の名前だった。

「高橋義三、三十八歳男性。会社の金を横領した疑いがもたれており、違法なパチンコ店に入り浸っていた様子。……金堂明美、二十七歳。違法風俗店で働いていた。客から限りなく犯罪に近い形で金を奪っていたとされる。……岩石騰貴、五十二歳男性。表向きはたんなる普通のバス運転手だったが、個人的な麻薬の密売を扱っていた可能性があった。……須藤悠木、二十一歳男性。ホームレスへの暴行や同級生への激しい虐めの経験あり。その他万引きや暴行未遂が多々。……尊氏大輔、十九歳男性。高校を中退し不登校になっており、無職だった。インターネット上にて違法オークションを数回に渡り行っていたとされる。また、不登校になった原因に、同級生を刃物で殺そうとしたというものが含まれている」

「…………」

 淡々と読み上げるその言葉には、被害者たちの犯した犯罪が書かれているようだった。

 確かに、私は人を無差別に殺しているわけではない。周りからの評判が悪かったり、人から恨まれているような人を殺していた。最近では仕事の依頼で殺す人を決めていたとしても、それ自体ただの善人を殺すように依頼者が依頼するわけもなく、誰もが何かしらの犯罪を犯しているケースが多かった。

 でも、だからって、何で今それを?

「小さな罪も大きな罪も、どれもただの犯罪です。そしてそれを行う人間は犯罪者。我々警察はそんな犯罪を根絶やしにする為のものなのですが…………警察という身分が災いし、中々犯人を罰せない件が増えて来ているんです」

 九十九パーセントの疑いが容疑者にかかっていたとしても、百パーセントでない限り、その人を確実に捕まえる事は出来ないから。そう言って冬音さんは疲れた顔をする。

 私達が今日まで捕まらなかったのも、その所為なんだろうか。

 けれどそんな私の視線の意味を汲み取ったのか、冬音さんは少しだけ笑って首を横に振った。

「あはは。警察があなた達を今まで捕まえなかったのは確かにそれもありますけど……もっと別な理由よ」

「じゃあ、何なんですか?」

 冬音さんは少しだけ言うのを躊躇うように口を閉ざしていたが、長く細い息と共に台詞を吐き出す。

「…………あなた達が殺して来た人がただの一般人だったなら、私達はすぐにあなた達を捕まえることが出来ました。それこそ連続殺人事件が起こり始めたほんの始まりで。ですが、あなた達が殺した人々には、さっきも言った通り何らかの犯罪を抱えていた。その中には警察が手を回そうとしていた物件もありました」

 警察が手を回そうとするほどの人を殺した事なんてあっただろうか? 身に覚えが……あ、出会う前の棺先生とか佐々木さん辺りか。けれどどうにせよ、二人も殺人犯わたしたちの仲間だ。……すると結果的に私達は警察を援助したことになるのだろうか。

 冬音さんの言葉は続く。

警察わたしたちは計画的に動くことしか出来ないけれど、殺人犯あなたたちの立場なら、素早く相手の犯罪を止めることが出来る。警察の身として言うのもなんですが…………」

 そこで言葉を区切り、渋い顔になった。唇を噛んで眉を顰め、大分悩んだ顔付きになる。どんなに警察にとって私達が有益な存在になろうと、やっぱり犯罪者に協力を頼む事なんて警察のプライドが許さないのかもしれない。

 冬音さんは首を振り、そのプライドを振り払う。酷く悔しそうな顔をしながら吐き捨てるように言った。

「その犯罪の数々を罰することを、あなた方に協力していただきたい」



「…………少し尋ねても良いですか?」

「どうぞ」

 恐る恐る尋ねてみると案外あっさりと許可が出た。断られるかと思っていたけど。でもまあ冬音さんの目が早くしろと訴えているように見えるし、早めに質問をしよう。

「アリ……えと、葵さんのことはもうご存知なんですよね。サーカスの事も」

「サーカスを壊滅させたのがあなた方だと言う事もですよ。それと、新稲さんの愛称はお好きにどうぞ」

 冬音さんは片手を上げてそう言う。本当にどこまでも知っているんだな、と苦笑しつつ頬を掻き、本題を聞く。

「あのサーカスは私達が焼き払いました。けれど、火事があったこともサーカスの残骸があったこともニュースには何一つ載っていない。あれ、警察あなたがたがやったんですか?」

 冬音さんはその言葉に特に驚いた様子もなく、頷く。

「お客の中に数人、警察が紛れていたんですよ。途中の合言葉は知らなかったので追い返されてしまいましたが。外から観察して、あなた達がサーカスを焼いて帰った時にこちらで処理をしました。サーカスの火を一度消し、内部にいた死体を運び、証拠を全て片付けてからその跡も再度燃やしたので。何も残っていないと思います。――――あ、死体も全てこちらで処理をいたしました。一人一人の出生地も調べましたが、流石に外国の方が多かったので断念しましたがね。遺骨は全て預かっていますので」

 ……そうか、ちゃんと白兎達の死体とか運び出されてたんだ。アリスはどう思うかな、喜ぶかな。そうだ、他の件も聞かなくちゃ。

「じゃあ他の殺人も? 最近ニュースが減って来ていたのも、警察の方が?」

 頷く。口元だけで笑って、「大変でしたよ。海の廃墟にあった猫や人間の死体を片付けるのとか」と呟く。

 殺人がニュースにならなくなってきたのは、ここ数ヶ月の間。確かお盆辺りにお母さんが帰って来て、その時にデパートで会った一宮からそのことを聞いたんだっけ。そう言えば冬音さんが家に来たのもそれぐらいだったかな。その時からもう警察は私達を監視していたのか? 全く気がつかなかった。

 冬音さんは椅子に座り直す。ギシッと軋んだ音がして、私は顔を上げる。

 彼女はニッコリと私に微笑みながら組んだ手を顎の下に置く。目が笑っていないことは明白だった。


「あなたには今、二つの選択肢があります」

 右手を掲げ、人差し指を立てる。

「一つは私達に協力して、殺人を犯しながら生きていくこと」

 次に彼女は左手を掲げ、人差し指を同じように立てる。

「二つ目は私達の協力を断って、殺人をもう止めること」

 そして「でも」と付け足しながら左右の指を交差させる。クロス、バッテン。そのバツ印を口元に持って行き、微笑む。

「後者を選んだ場合、あなた達は即死刑です」


「勿論タダでとは言いませんよ。まあ、あなた達の犯罪を黙認することだって大きな報酬ですけど…………人を一人殺すごとに、それ相応のお金は払わせていただきます。それと、海月さんや海星さん、あと新稲さんの戸籍などもこちらで手配しましょう。学校へ通うことも可能です」

 それは川瀬さんにはあまり関係無いですかね、と軽く笑う。

「……………………」

「どうぞゆっくり考えて下さい、人生の重大な選択になるんですから」

 と、言われてもなあ。どうせそんなに難しく考えるものでも無いんだ。

 警察に協力し始めるとするならば、今までのように甘い殺し方なんて出来ない。暴力団の組長だったり、もしかしたら私達と同じような殺人鬼を依頼されることだってあるかもしれない。警察にとって私達なんてただの犯罪者なのだから、結局ただの便利な道具としか思われないだろう。

 けどそれで良い。人間としてのタブーの一つに触れている私は、そんな生き方を望まれているんだ。生きるか死ぬかの単純で重い犯罪。それが人殺しだ。

 後者は決して選ばない。どっちにしろ死んでしまうと言うのなら、その時期は遅い方が良い。

 死ぬよりは生きる方が良い。

「柊冬音さんでしたよね」

 冬音さんは頷き、私の答えをじっと待っている。

 私は微笑みながら右手を上げた。

「これから、よろしくお願いします」

「……………………」

 たっぷりと長い沈黙を持って私を見つめていた冬音さんは、何とも言えない表情で苦笑しながら私の右手を掴む。

「ええ、よろしく」

 ギリギリと力強く、私の手を握り潰さんとばかりに冬音さんは握手をする。

 私もニンマリと笑いを保ったまま、その手を力の限り握り返した。





「あっ、凪ちゃん!」

「藍川!」

 取調室から出て少し離れた廊下にあったソファーに座っていると、壁の向こうからひょっこりと藍川が顔を出した。嬉しそうに笑顔を浮かべ駆け寄り、私の隣に座る。

「はいこれ。刑事さんから貰った」

 藍川が私に紙コップを渡す。多分ミルクティーあたりだろうか、甘くて美味しい。藍川も私の隣でコップに口を付けながら、少しだけ疲れたような顔をする。きっと藍川も私と同じ事を聞かれたんだろう。

 廊下のあちこちを刑事さん達が行き来している。休憩しているのか煙草を片手にのんびりと歩いている人も、忙しそうにファイルを両手いっぱいに抱えて走る人も。時々私達の方をちらりと見てくる人もいたがすぐに目を逸らす。興味が無いのか、高校生二人がここにいる理由を知っているのか。

「凪ちゃんは何て答えた?」

 ミルクティーを飲み終えた藍川が言う。別に緊張もしていないようで、軽い口調だった。

「何てって……そりゃ、協力する方を選んだよ」

 藍川は、そうだよねー、と軽く笑ってから、目付きを細めて目の前の壁を見つめた。「変なことになっちゃったね」という呟きに、私も頷く。

「捕まることはあるだろうと思ってたけど、協力するかどうか聞かれるなんて思ってもみなかった。何だかちょっとした漫画の主人公にでもなった気分」

 昔そんな漫画読んだんだー。そう言って笑う藍川の声に、もう一つの声が重なる。

「漫画の主人公か……やけに呑気なものだね、君は」

 低く渋い声。ふと気が付くと、私達の横に一人の男の人が立っていた。何歳だろう。三十……いや、四十辺りか? 無精髭を生やし、怖そうな彫りの深い顔付きをした大きな体の男の人だった。

 藍川がその人を見て、少しだけ表情を固くする。男性はそんな藍川に軽く笑い、私の方を見て言った。

「初めまして川瀬さん。俺は鬼塚おにづかいさむ、刑事をやっている」

 よろしく、と言ってその人は右手を差し出す。握手なんだろうが、したらしたで何か腕を捻り上げられそうな気がしてしまう。どうしようもないので手を差し出してみると勢い良く掴まれたが、案外普通に力強い握手と言うだけで終わった。鬼塚って強そうな名字だな、実際強そうだし。

「藍川くんとさっきまで話をさせて貰っていてね。……君達も、大変なことをしているんだな」

「「…………」」

 私と藍川は二人とも床を見つめて黙る。また説教が始まるんだろうかとも思っていたが、鬼塚さんはポケットから煙草を取り出して吸い始め、私達のことは見ていなかった。

 空中に揺らぐ紫煙が少し煙たい。咳き込むのを我慢していると、鬼塚さんは近くにあった吸い殻入れに煙草を捨てる。胸ポケットから携帯を取り出し、少し弄ってからまた閉じ、私達に近付いてくる。

「これからもお世話になるだろうからね。まあ、よろしく頼むよ」

 そう言って踵を返し、廊下を歩いて行く。右に曲がったところで今度は私が聞いた事のある声が聞こえて来た。

「鬼塚さんお疲れ様です!」

「ああ、お疲れ。彼らもそこにいるから、送ってあげると良いよ」

 そしてまた鬼塚さんの足音が遠くなっていく。次は別の足音が近付き、声の主が現れた。

「冬音さん」

 少し駆け足の冬音さんが寄って来て、私達の前に立つ。息を吐いて髪を掻き上げ、両手を振りながら言う。

「今日はお疲れ様でした。お二人を出た所まで送ります、付いて来て下さい」

 冬音さんは鬼塚さんが去った方とは逆方向に歩いて行く。そう言えば、さっきの鬼塚さんに対する言葉からすれば、彼は冬音さんの上司なんだろう。

 後を付いて行く私達に、あちらこちらからの視線が集まって来る。あまり見ないで欲しいなぁと思うけれど、それを口にすることは叶わない。ただ目の前の彼女の背を見つめて歩くだけだ。

 彼女の歩く姿勢は綺麗で、どこか自身に満ち溢れるようにさえ感じた。隣の藍川を見てみると、同じように前だけを向いて歩いていた。

「…………」

 これから私達、どうなるんだろうね。

 そう藍川に心の中で呟いた。

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