第46話 大晦日
十二月二十二日、その年最後の終業式は無事に終わった。茜と藍川が前日や前々日に物を持って帰らなかった所為で、帰る時には大分重そうな鞄を引きずっていた。帰ろうとしていた玄関で、哀歌に会った。冬だと言うのに髪がびしょびしょに濡れていた。理由を聞いたけれど、鬱屈な笑みを浮かべて弱々しく首を横に振っていた。左足を引きずるように哀歌が帰ろうとするのを、黙って見ているしか出来なかった。
十二月二十三日、コンビニで岡野と会った、まだバイトをしているらしい。何か買いたい物があるそうで、冬休み初日から頑張ってるなと思った。後は何も無いから寝た。
十二月二十四日、今日はクリスマスイブだ。雪が降っているので、ホワイトクリスマスになるかな。ケーキを焼いたりお肉を焼いたり子供用シャンパンなどを用意して夕食を頑張ってみた。クリスマスソングを流すテレビの前で食べ、とても美味しかった。けれど一人は少し寂しい。
十二月二十五日、街に行くと、そこら中がクリスマスの雰囲気で溢れかえっていた。クリスマスの雰囲気は楽しくなるから好きだ。デパートのおもちゃ屋さんで佐々木さんと海月ちゃんと海星くんに会った。二人にクリスマスプレゼントを買ってあげたいらしかった。二人はお揃いのマフラーを買って貰って飛び跳ねていた、どうやらクリスマスプレゼントというのが初めてらしい。私も棒付きキャンディーを買ってあげると、目を輝かせて笑っていた。
十二月二十六日、海外にいる両親から一日遅れのクリスマスプレゼントが送られて来た。大きな段ボールで、開けると外国のお菓子やおもちゃなんかがたくさん出て来た。おもちゃって歳でも無いが、嬉しい。付属してあった封筒には、ちょっと早めのお年玉と手紙が入っていた。手紙によると、どうやら仕事が忙しく、正月には帰って来れそうに無いらしい。残念だったけれど、しょうがない
十二月ニ十七日、宿題をしようと思ったけれど気乗りしない。気晴らしにテレビを見ていてふと思い出す。私達が壊したサーカスの事が、あの日以降一切ニュースにも出ていない。隠蔽されていた見世物小屋だとしても、あんなに大きく燃えたんだ。骨は焼け残るだろうから確実に死体が発見されるだろう。なのに何故? バレなかったら私達が捕まらなくて良い事だというのは分かっているけれど、少し不気味だ。頭が痛くなったので早めに寝た。
十二月二十八日、棺先生の家に行くとアリスがエプロンを付けて何かを作っていた。お菓子作りに挑戦してみたいようで、クッキーを作るらしい。人参入りだと言うそのクッキーは少し焦げていたけれど、初めてにしてはとても上手だったし美味しかった。美味しいと言って食べる私と棺先生に、アリスはとても良い笑顔を見せてくれた。
十二月二十九日、庭に積もった雪で雪だるまを作ってみた。中々に大きく出来たけれど、明日は天気が良いようなので溶けないか心配だ。まあどうせ溶けるものだと思えば大丈夫なんだろうけど。写真に撮って茜に送ったら、『今度皆で雪合戦しよう』と返って来た。面白そうだね。
十二月三十日、こたつで蜜柑を食べながらごろごろしていると、テレビで『明日はいよいよ今年最後の日ですね』と若い女性アナウンサーが言っていた。そうか、もう今年が終わるのか。色々あったなーとかしみじみしているうちにいつの間にか寝てしまった。こたつは眠くなる。冬休みももう結構過ごしたのだから、宿題をやらなくては。……正月明けからでも良いかな。
冬休みの小学校の頃に出た宿題の日記のように、毎日をそんな風に過ごした。
そして今日、十二月三十一日、大晦日。私の家に皆がやって来た。
夜の九時過ぎ、棺先生が叫ぶ。
「よっしゃ、酒飲もうぜ皆で!」
片手に握るのは一本のビール瓶。それだけでは無く、私達が囲んでいるこたつのテーブルにはウイスキーだの焼酎だの日本酒だのブランデーだのワインだの、未成年にはあまり馴染みが無いものが置かれている。他にも軽く数種類のお菓子やおつまみも。
大晦日の今日は、皆が私の家で年を越すのだという。そうじゃなかったら一人で年を越すことになったのだから、それ自体は構わない。けれどこの酒の量は何だ。棺先生と佐々木さんだけでは到底飲めないし……その台詞も何だ。
「……いやいや、私達未成年ですよ」「関係無いさっ!」あんたもう教師止めろ。
「なぁにこれ。お酒? 美味しいの?」
ぽりぽりとお菓子を摘んでいた海月ちゃんが、そう言ってコップに注がれているビールを見つめる。隣に座る海星くんも同じように見つめ、そして二人は赤く小さな舌でペロッと黄色い炭酸を舐める。
「うぇー、にがーい」
「…………不味い」
顔を歪めてしかめっ面をする。海星くんは口を押さえ、海月ちゃんはこたつに潜り込んでお菓子をリスのように噛んで口直しをする。「よくこんなの飲めるわね」
私も子供の頃、お父さんが飲んでいるビールがやけに美味しそうに思えて一口飲んだことがあったっけ。凄く苦くて、こんなものを美味しそうに飲む大人の気がしれなかった。そしてそんな子供に大人はこう言うのだ。
「まだお前らには早いよ」
佐々木さんが笑いながら言ったように、こんな台詞を。
棺先生は私と藍川とアリスにも酎ハイをすすめる。藍川は興味半分と言った感じでそれを口にし、アリスはよく分かって無いようで普通にごくごくと飲む。「あ、美味しいです」そう言うものだから、ちょっと驚く。
「…………んー」
お酒と煙草は、成人するまではやらないようにしたかった。でも、年越しぐらいは良いかな。考えてみればお父さんのビールを貰った時点でどうもこうも無いかもしれないし。
そう考えながらコップの中で揺れるお酒を口にした。
ふと気がつくと時計の針は十一時半を差している。お酒の所為か微妙に眠たく頭がぽわぽわとする。テレビからは紅白の番組が流れていて、そしてこたつの周りでは皆が死屍累々だった。
棺先生と佐々木さんは酔い潰れて床に寝転がっている、明日は絶対二日酔いだな。藍川はうとうととした目でテレビを見つめているが、内容は頭に入っていないみたいだ。海星くんと海月ちゃんはジュースを飲んでいたが、普通に眠いのか寝ている。そしてアリスは、
「わぁ、この歌格好良いですねぇ」
テレビを見ながらお酒をぐびぐびと飲んでいた。顔は全く赤くなっておらず、やけに楽しそうな笑顔を浮かべている。
「アリスってお酒強いの?」
「んー、飲んだのはこれが初めてですからよく分かりませんけど……あ、さっき白林さんと飲み比べして勝っちゃいました」
少し照れたようにはにかむ彼女を見て、純粋に凄いと感じた。ニコニコと笑顔を絶やさないアリスが、ぽつりと私に話し始める。
「……なんか、こういうのって良いですね」
こういうの? 私が首を傾げると、アリスは少しだけ遠い目をして呟く。
「わたし、今までこんな風に皆で集まって何かをするとか、そういうことをやったことが無い気がするんです。お母さんといた時は覚えていないし、サーカスでもそんなことをする余裕なんて無かったし」
「……………………」
「だから、多分これが初めてなんですよ。わたし、ここに来てよかった」
そしてわたしに、きっと心の底から微笑んだ。
「凪さん、わたしと出会ってくれてありがとうございます」
最初にあなたと出会っていなかったら、わたしはきっと駄目だった。そう小声で付け足すアリスを私は無言で見つめる。
「……私も、今日はすっごく楽しいよ」
今度はアリスが少しだけ不思議そうな顔をする番だった。
「私さ、親が中一の時から海外行ってるんだよ。たまに大晦日も帰ってくるけど、最近は全然」
くくっと笑うと少しだけ胸が軽くなる。思っていたよりも、私は溜めこんでいたのだろうか。
私は寂しかったんだ、一人で過ごす毎日が。クリスマスも大晦日も正月もずっと一人で過ごしていた。一人でいるのは嫌いじゃない、だけどずっと一人でいると寂しくなる、私は面倒な人間だなって、そう思いながら過ごして来た。
けどそれは案外普通の事だったのかもしれないな。
「今年は皆と過ごせて本当に嬉しい。アリス、ありがとね」
そう言うと、アリスははにかみながら首を縦に振る。そしてちょっとトイレ行ってきますねと立ち上がって軽やかな足取りで部屋を出て行った。そしてその間に、私は一人目を瞑って思い出す。
今年、私は色んな人と会った。クラスの茜と一宮、岡野や佳奈美。部活のひなと哀歌。そして棺先生や佐々木さん、海月ちゃんと海星くんにアリス。そして藍川。皆大好きで大切な存在で、その中でも何故か一番藍川の顔が思い浮かんだ。
「……………………」
何でだろうと目を開けて、テレビをぼーっと観賞している藍川を眺める。その格好と童顔な顔立ちが相まって、まるで子供のように見える。
藍川は、私が高校に入って仲良くなった友達で、初めて出会った殺人犯だった。金槌で人を殺してへらへら笑って。マンションに一人暮らしでオムライスが大好きで雷が大嫌い。少し変だったり子供っぽいところもあるけれど、いざという時には頼りになる。そんな男子だ。
ここまで考えて、ふとある考えが思い浮かぶ。
私は藍川のことが好きなんだろうか。
アリスが戻って来た時、彼女は両手で数枚の毛布を持っていた。
「かけた方が良いですかね?」
「うんそうだね」毛布を半分持ち、「海月ちゃん達にお願い」とアリスに頼む。
ニコッと笑いながらそっちの方へ毛布を持って行く。それを横目で見ながら、棺先生と佐々木さんに毛布をかけた。
「…………ん」
と、棺先生が小さく声を出す。ぼんやりとした目で私を見ていたが、焦点が合っていない。
「あ、起きちゃいました? 今毛布――――うわあっ!?」
ガバッと抱き付かれて倒れてしまう。肩から落ちた、痛い。棺先生は酔っぱらったような赤ら顔でまた目を閉じて寝ようとしてしまう。
「ちょ、寝ないでください! てか酒臭い!」
ぐいぐいと棺先生の頬を押し返そうとすると、何故か嬉しそうな笑い声が聞こえて来る。
「うへへへへ…………もっと罵ってください、ご主人様ぁ……」
「本気で気持ち悪い!」
変態だー! と叫びたい気分になる。海星くん達に布団をかけ終わったアリスがやって来て、「だ、大丈夫?」とちょっと苦笑いしながら私を覗きこんでくる。「駄目だこれ」私もそう言って苦笑した。
「白林さーん、起きてくださいよー」
アリスがそう言って棺先生を引っ張って私を逃がす。ずるずると引きずられながら棺先生がふにゃりと笑って、アリスを見る。アリスと認識しているのかしていないのか分からないような目だ。どこかうっとりとした顔でこう続ける。
「ご主人様ぁ…………」
「ご主人様じゃありませんって! 起きてくださいぃぃー、おーきーてー!」
必死になって肩を揺さぶるアリスに、今度は私が「大変だね」と苦笑した。
「あは、慣れてきましたから」
そう言いながら頬をぽりぽりと掻くアリス。慣れてるって…………部屋の内装のことだろうか。棺先生の。
取りあえず棺先生はアリスに任せて、今度は佐々木さんだ。今の会話で起きたのだろうか、いつの間にか顔を手で押さえて上半身を起こしている佐々木さんに呼び掛ける。
「佐々木さん? 毛布いりますか?」
佐々木さんは無言で、手を離して表情を見せる。眉を顰めていつもより一層怖そうな顔で私を見ていた。けれど顔は赤らみ、ビビる程じゃない。
「起きてますか?」
「…………あのさ、川瀬お前って魚っぽいよな」
「はい?」
意味が分からない。首を傾げてみるけれど、佐々木さんはいたって真面目な顔で辺りを見回す。
「あとなぁ、藍川はカラス。海月は子猫で海星は子犬。アリスは小鹿でぇ、白林は鳥か兎。白いし」色かよ。
「……佐々木さんは何なんですか?」
「人間」
わっけ分からない本当に。まあ個人的に考えるとしたら、佐々木さんは狼とか似合いそうだな。ぶっきらぼうそうなところとかが。
と、佐々木さんがこたつに突っ伏しながら私を見つめる。目がトロンとして来ている、まだ眠いのだろうか。
ぽふっと私の頭に手を置かれ、「よしよし」と撫でられる。「…………さ、佐々木さん?」そしてそのまま目を閉じて寝てしまった。「おいでぇ、パトレシア」と言う寝言付きで。てか誰だよ。
「…………えー」
何それ。微妙にドキドキしてしまったじゃないですか。まあそれよりも何よりも、パトレシアの正体が知りたい。
すうすうと寝を立てる佐々木さんに毛布をかけ、次に藍川の元へ向かった。
「凪さん、もうすぐ十二時ですよ」
「あ、本当だ」
時刻は十一時五十二分。もう十分もしないうちに今年は終わる。
藍川に布団をかけると、藍川もまた寝惚け眼を擦りながら私を見つめる。
「…………凪ちゃん?」
「凪ちゃんですよ。もうすぐ今年終わるって、起きてる?」
藍川は大きな欠伸をしながら頷く。こたつに入っていると寝てしまうので、もそもそと這い出した。毛布に包まってテレビの前に座り、そして両手を広げて私達に手を招く。
「何ですか?」
アリスが首を傾げながら聞くと、藍川は寝癖の付いた髪を揺らして「寒いから、皆一緒に包まろ?」と笑う。
ちょっとアリスと顔を見合わせたが、ふふっとアリスが笑って藍川の傍に行く。私も寄り添い、三人で毛布に包まった。うん、やっぱり狭いね。
「わー、あったかぁい」
「ふふっ。暖かいですねぇ」
それでも藍川とアリスは満足そうに笑い合う。人肌で布団は暖まり、ぬくぬくとした温もりが心地良い。
テレビではVTRを流して今年を振り返っている。今年あった大きな事件が少し、けれど大半は微笑ましくなるような物語ばかりだ。
残り時間ももうわずか、五分を切った。そこでアリスが窓の外を見て明るい声で叫ぶ。
「わぁ、雪ですよ!」
声に釣られて外を見ると、しんしんと雪が降り積もっていた。雪の為か外は少し明るくなっていて、綺麗だ。
アリスはちらっと私達を見て、それから微笑んで言う。
「ちょっとわたし、外出てきますね」
「え? もう時間になっちゃうよ?」
「雪が降る外での年越しってのも楽しそうですし。除夜の鐘……って言うんでしたっけ? あれも聞こえるかもしれませんから。十分ぐらいしたら戻ってきます」
そう言ってアリスは微笑みながら外に出て行ってしまう。雪を眺めながらの年越しも趣があって良いのかな。戻って来るなら別に止めなくて良いか。
二人になった毛布の中は少し余裕が出来て、寄り添って包まる。そして目が覚めて来たのか、藍川のはっきりとした声が私の耳に届いた。
「ねえ凪ちゃん」
なーにー? と横を向く。藍川は私の方を見ず、テレビに視線を向けたままで喋る。
「あのさ、僕今年、凪ちゃんと会ってから凄く楽しかったよ」
「…………何さ急に」
いきなりの発言にちょっと照れながら言うと、藍川はくすくすと笑って、年末だから、と答えた。
「中学生の頃は、学力的に大丈夫かなって理由で海神高校を選んだんだよ。でも、今は本当にこの高校に来れて良かったと思ってる。圭介くんにも会えたし、茜ちゃんにも会えた。凪ちゃんにも。――――いやーまさか、凪ちゃんが刺殺犯だなんて思ってもみなかったよ。どう見ても大人っぽいだけの普通の女子高生なのにさ」
「私もね」
まさか知り合ったばかりの男友達が仲間だったとは。
「そのお蔭って言えば良いのかな、圭介くと茜ちゃんと凪ちゃんと僕でいっぱい遊んだし、他の皆にも出会えたし。皆といると凄く楽しいんだ。中学校まで、あまりそういう友達いなかったから。でもだから今があるんだと思う」
そう言って藍川は軽く頭を私にもたらせる。わざとか無意識か、まだ軽く酔っているのかは分からないけど。髪からはシャンプーの良い香りがした。
「もうそろそろだね」
私が言った途端、テレビから新年までのカウントダウンが始まった。一秒ごとに減っていく数字に、テレビの司会者やお客が声を合わせてカウントする。
十、九、八、「――――ねえ凪ちゃん」藍川が私の方を向いた。
七、六、五、「ん?」私も藍川の方を向く。
四、三、二、「ありがとう」そう言って、藍川は微笑んだ。とてもとても、嬉しそうに。
「どういたしまして」一。
テレビから聞こえる歓声の中で、私と藍川は同時に呟く。
「「今年もよろしく」」
知らず知らずのうちに毛布の中で、私と藍川の手は繋がれていた。




