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第36話 幸せ

「へぇ、そんなことあったんだ」

 翌日の学校で、藍川に昨日の話をする。勿論教室の隅っこで、周りに聞こえないぐらいの小声で。藍川は椅子の上で体育座りをしながら私の話を聞いていた。

 ふんふんと適当に相槌を打ち、「僕も今日会いに行こうかなぁ」と呟いていた。

 時計の短針が一時ちょっと前を指す今の時刻、昼休みの真っただ中。茜と一宮は購買に行っていて今はいない。

 教室はいつも通りの賑やかさだった、ただちょっと昨日の火事の話題もちらほらと出ている。やっぱり昨日の火事は大分目撃した人が多いらしい。誰かの噂によると、どうやらあの火事で一人の男性が亡くなったらしい。死因は焼死だったようだが、あの火事で逃げなかった事から、事前に意識が無かった可能性が高いようだった。それがただの睡眠によるものか、はたまた薬などによるものかまでは分かっていないようだったが、何やらその男性は性格上の問題から近隣の住民から嫌われていたらしく、更には親族からも絶縁されていたらしい。だから死亡したことを悲しがったり疑問に思ったりする人はいなかったとか。

 まあ全て、噂から聞いた物なんですけどね。

 海月ちゃん達が怪しまれないなら、それで良いかな。

「でも何か、段々人が死んでもどうでも良くなって来たなー」

 教壇の上に座ってパンを食べていた男子一人がそう言っているのが聞こえた。

 その男子の言葉に笑いで同意を示しながら、隣に座り込む男子も言う。

「最近この街人死に過ぎだもんな。でも関係無い奴ばっかだし、オレ達には関係無いもの」

「あーあ、犯人とかもうどうでも良いかねぇ。俺は母ちゃんが生きてればそれで良い」

「ちょ、何それ格好良い」

 世間話程度に、昨日見たドラマの感想を言い合うような会話。

 周りの皆もその会話に少し視線を向けたりしていたものの、すぐにどうでも良いように逸らしていた。そしてまた自分の行動に戻る。

 街で人が死んでいる事を話題にした、些細な会話。

「…………」

 それに慣れて来たというのは、本当はとても異常な事なのだろう。お茶を飲みながらそう思った。


「あーなたがいたーから、わたしーもここーにいるー」

 購買から帰って来た茜は何故かテンションが高く、イヤホンを両耳に付けて音楽を口ずさんでいる。最近流行りの恋愛ソングで、CMでよく聞く。

「いーつか、わたしがー死ぬ時はー、そばにいてーくーださーい」

 茜は歌が上手い。前に皆でカラオケに行った時も高い声で女性の曲ばかりを歌い、高得点を取っていた。

 ちなみに私は平均だ。点数ではたまに九十点を取るぐらいで、後は無難な位置で止まっている。一宮は渋い演歌で私と同じような点数を繰り出し、藍川は元気に音を外している点数だった。

「ルールルー、ジャララーン! ……サーカス行きたい」

 きちんと演奏まで口ずさんだ後、茜がそう言った。

「また突拍子も無い事を。脈絡がねえ」

「良いじゃない脈絡が無くたって。なんとなくサーカスに行きたくなったのよ」

 そう呟いて机に突っ伏す。口を尖らせて頬を膨らませるけれど、別に怒っているわけでは無かった。

 サーカスなんて一度も行った事が無い。テレビなどではたまに見るが、像がボールに乗ってたり空中ブランコをしてたりするというイメージしかない。

 というか空中ブランコや綱渡りって、落ちたら大変だよなあ。頭から床にグシャッて、観客も多いし……。もし万が一の事があったらどうするんだろう? 『皆様! これが高所から落ちた時の危険性です! 高い所で仕事をしている人はお気を付け下さい!』とか。ハハッ、冗談じゃねえ。本当に。

「サーカスかー、俺一回行った事ある」

「え、本当?」「マジ?」

 藍川と茜が身を乗り出して食い付き、私も一宮に顔を向ける。一宮は軽く鼻を頭を掻いて、「いやあ……」と話し始めた。

「小学生の頃さあ、親父に無理矢理近くに来てたサーカスに連れてかれて。どっかの遊園地にあったサーカスなんだけど、今はもう潰れちまったよ」

 それは残念だ。

「まあ特に変わったもんとか無かったけどな。空中ブランコに綱渡り、ピエロのトークとか……」

「ねえねえっ、ライオンとか出た?」

 茜がわくわくという効果音が付きそうな表情で尋ねる。一宮はしばし唸っていたが、首を横に振った。

「いや、ライオンは出なかった。でも代わりにヤギが出てたな」

「は? ヤギ?」

 そう、と頷く。何だヤギって。まさか紙を差しだして延々と食べさせるだけとかじゃないだろうな。

「何か手ぇ上げた子供に紙とか草持たせて食わせてた」

 そのまさかかよ。

 もっしゃもっしゃ食ってたなー、と笑いながら一宮が言い、藍川は曖昧に笑い、茜は意気消沈したように椅子に座り込む。

「えー、何それつまんなーい」

「サーカスなんてそんなもんだろ」

 ライオンの火の輪くぐりも火吹き男も出て来ない、小さなサーカス。

 出来る事なら茜の希望しているような大きなサーカスに、私も一度くらい行ってみたいと思った。




「サーカス? わたしは行ったこと無いなあ」

 放課後の図書室で、ひなが椅子の上に寝転びながらそう言った。

 今は放課後の部活時間。時折来るか来ないかの本を借りる生徒を待ちながら、それぞれが思い思いに過ごしている。

 私は窓際で本を読みながらひなと話し、ひなは寝ながら本を読み。哀歌だけは自分から一人だけ遠い所に離れ、せっせと何かの教科書を読んでいた。

「そんなのテレビとか漫画でした見たこと無い。大体そんなもんじゃないかなぁ? 哀歌はサーカス行ったことあるー?」

 少し大きめの声でひなに話しかけられた哀歌は、少し肩を跳ねさせてこちらに顔を向ける。

 相変わらず光の灯っていないジトッとした目をこちらに向け、少し前に体を曲げて口を開く。前髪が目にかかり、見え難くなる。

「あ……いや、行った事ない……よ。ごめん」

「そっかー」

 少し涙目になりつつ何故か謝る哀歌と、そんな反応に慣れたように言うひな。

 ひなはそのまま本をテーブルの上に置き、同じくテーブルの上にあった鞄から総菜パンを取り出す。ハムやマヨネーズがかかったそれを美味しそうに頬張る。図書室は飲食禁止だけど、どうでもいいや。

 そのまま私は読書を続行する。

 深い青色の表紙に書かれた、『復讐』というタイトル。内容はとある男子高校生が、虐めで不登校になってしまった友達の為に、その友達を虐めていた奴らに陰湿な復讐をするという話だ。

「…………」

 この本は今までも数回読んだ事がある。最初は表紙の青色が綺麗だったからという簡単な理由だったけれど、今では何となく読んでいる感じだ。

 それに、ほんの少しだけ、似ているからという理由もあるのだろうと、自分自身ながら思っている。

 似ているというのは勿論、中学生の頃の私と誠のことだ。虐めと復讐ということが、とてもよく似ている。

 ただ、この本と私達の間では明らかに異なる部分が数ヶ所。誠は不登校どころか不生存で、私は陰湿な復讐どころか殺人という復讐で。

 だからこの本の最後のように、友達は学校へ来るようになり、虐めっ子達は心を改め、主人公は目的を果たして皆で一緒に笑い合うというハッピーエンドにはなりえないことが分かっているんだ。

「んあー? 凪その本なぁにぃ?」

 パンを頬張りながら少しくぐもった声でひなが聞いてくる。「これ? 何か復讐する小説」説明するのが正直面倒だったので、かなり纏めて言ってみる。「ふーん、ん――?」案の定ひなは首を傾げて理解していないようだった。

 けれど意外なところから声がかかる。

「……あ、それ」

「え? 哀歌この本読んだ事あるの?」

 私の掲げた本に、哀歌が興味を持った反応を見せる。珍しく自分から話しかけて来て、更に少し近付いて来る。

「あ、はい。あの、それ……面白い、です、よね?」

 少し不安げな微笑を浮かべながら言う。まあつまらなくはない作品なので頷いた。というか私にだけ敬語ってのは何か慣れないなあ。

「哀歌これ好きなんだー。――――どんな感じに思った? これ」

 読書感想文のように、一言だけで面白かったとか楽しかったとか僕もこういう人になりたいと思いました、まる。とかそういうのでも良かった。けれど哀歌は本当に珍しく、自分の意見を長々と述べる。

「……私は、この本の主人公がとても格好良いなあと思った、です。だけど虐め返す方法が少し陰湿過ぎるかな……なんて思いました」

 靴に画鋲入れたり、話しかけられても無視したり、そいつらにだけプリント渡さなかったりね。小学生かって私も見ていてそう思った。

「……………………でもなによりも、その人は本当に、友達の為に戦っていたのかな」

「? それ、どういう意味?」

 私が尋ねると、哀歌はほんの少し憂いた表情となって微笑む。

「最初は、ちゃんと友達の為に、頑張ってたんです。……だけど、段々友達とか関係が無くなっている、ような気がするんです。まるで、その主人公自身が虐めっ子になったみたいに…………」

「…………」

 そこまで言った所で、哀歌はハッとしたように私から少し離れる。目を右往左往させて激しく挙動不審になりながら慌てる。

「ごっ、ごめんなさい! 気持ち悪いことばかり、言っちゃって……!」

「いやいや大丈夫だよ、ありがとう。参考になった」

 慌てつつも少し不思議そうな顔をする哀歌に笑い返し、時計を見る。まだ部活終了には少しあるが今日はもう帰る事にしようかな。

「……今日は夕日が綺麗だねー」

 ふと見た窓の外の夕日が、とても赤く見えた。





 学校から家まで何だか足取りが重かった。その疲労感は主に足にあるのか、まるで靴を履かずに素足で地面を踏み締めているような不快感を感じる。

 真っ赤な夕日は目の進行方向に沈む所で、目を少し閉じないと眩しい。そんな状態のままで目の前の緩い坂を下って行く。

「んーむ、眠い」

 高校生の口癖は大抵、お腹空いた、眠い、帰りたい、の類だと思う。一時間目から腹減ったーと言っている人もいれば、一番前の席なのに爆睡している人もいるし、あながち間違ってもいないだろうが。

 さっきの哀歌の言葉を口の中で復唱する。ついでに噛み締めてみる、もぐもぐ。

「……主人公が虐めっ子、かー」

 そう呟いた時、横を自転車に乗った男子生徒が通り過ぎた。き、聞かれて無かったかな、恥ずかしい。

 けれど続ける。

「間違ってはいないよな」

 哀歌の言う事はもっともで。それを踏まえた上でもう一度あの小説を思い出してみる。やっぱりその通りだ。そして同時に別の事も思う。

 私も同じなのかな、と。それは今までも何回か考えた事のある疑問だった。

 誠の為に人を殺した、だけど今はもう人を殺す理由は無い。それなのに私は次々と人を殺す。

 何人も何人も。刺したり切ったり突き抜いたりして。

 それはあの本に出て来た、そして誠を虐めていた、そんな虐めっ子達と何一つ変わらない。

「…………」

 それは間接的にでも、誠を虐めていることと同類になるのだろうか。

 ……ああ、でも、そうだ。

「会えないもの」

 藍川や棺先生や佐々木さんや海月ちゃんや海星くんと。

「会えないもの」もう一度呟いた。

 私が人を殺し続けたから、他の仲間との新しい出会いがあった。

 人を殺さなかったら、皆と会っていても今のような関係は築けなかっただろう。

 私は皆の事が大好きだし、会えなかったら寂しいと思う。最近会ったばかりの海月ちゃんと海星くんも、冷静で頼れる大人の佐々木さんも、変態だけどたまには良い所もある棺先生と。そして、藍川と。

「あー面倒」

 難しいことは考えたくない。暗い事も考えたくない。今の私は皆といれることだけでもとても楽しいから。それで良い。

 例えそれが殺人でも、私はきっと幸せなんだ。

「……………………きっと」

 幸せなんだろう。

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