第37話 ポスター
最近ニュースでも報道されることが少なくなって来た連続殺人事件。街中を震撼させた、その犯人達と、私は今まで出会って来た。
屈強な強面の男だとか、話の通じないような基地外だとか、そんなことは一切無く。
同じクラスの童顔な男子だったり、多くの変な性癖を持っている教師だったり、金の為に働く青年だったり、とても可愛く性格の違う双子だったり。それと私自身。
「えーと……刺殺、撲殺、墜落、絞殺、焼殺、毒殺。…………残りは変死かぁ」
人の内臓が食い破られたような状態で、死体となって発見されている変死体。残る死因はその一つ。
人食か、カニバリズムなのか。うわーグロイ。
リビングのソファーに寝そべりながらそんな事を考えて見る。そのままテーブルの上にあるリモコンを取り、テレビを付けた。
「……………………どこもやってない」
バラエティ番組やお笑い番組、そして料理番組が報道されているが、連続殺人事件のニュースは地元番組にも流れていない。何回かチャンネルを変えるが、人が死亡したというニュースは一個だけ。しかも遠くの地方のもので、トラックに跳ねられて女性が死亡しているというものだった。
テレビを消すと、途端に部屋は静寂に包まれる。しんと静まった部屋の中で息を吐き、天井を見上げて見た。
少し染みの付いた木目の天井。小さい頃はこの木目が人の顔に見えて怖かった記憶がある。黒い染みが血に見えたりもして。
「あー、何か寒い」
十一月の今。季節上では秋らしい月だが、体感ではもうとっくに冬だ。雪はまだ降っていないけれど、そのうち降ることだろう。そんなに遠い未来の事では無い筈だ。
天井を見上げたまま寝ころんで、ソファーの上で体を丸めて蹲る。
目を閉じると、暗闇が広がった。
「聞いてよっ、昨日デパートに行った時ね、凄く可愛いリスの抱き枕見つけたんだ!」
「ほーぅ」
「それでねそれでね、お母さんに『これ可愛いね』って言ったら『買ってあげるわよ』って買ってくれたんだよ!」
「良かったな」
「でしょーう!? ――――そして持って来た物がこちらになります」
「持って来たのかよ」
休み時間に茜と一宮がそんな会話をしていた。教室の隅の方の席に座り、机上に少し大きめのリスの抱き枕を取り出していた。どっから出したんだろう、四次元ポケットならぬ三次元ポケット?
そんな二人と少し離れ、私は自分の席に座ってその会話を耳に、光景を目に通していた。何となく動きたくなかったので、時折外をボーっと眺めながらジュースを吸う。
「もーねー! 本当かーわーいーいー!」
「キャーキャーはしゃぐなって。あー、でも触り心地は良いんだな」
一宮がリスの頭部を撫で、茜はリスを強く抱き締めて頬ずりをする。その顔はとても幸せそうで、そんな茜を見つめる一宮も心なしか微笑んでいた。
リスの頭部を撫でる手が離れ、茜の頭に、
「……あ! そう言えばさー!」
「うおっ!」
「? 何、どしたん」
一宮が茜の頭上に近付けていた手を即座に引っ込める。不審そうに自分を見つめる瞳から目を逸らし言い訳を。
「ああ、そう。そうだ。三上は……何か、抱きつくのが好きなんだっけか?」「その言い方何かエロい」「意味分かんねえ!」
そう言えばそんなこと、夏ぐらいに言ってたような気がする。抱き付くの……ハグ? が好きだとか何とか。
てっきり一宮が「そんな物より俺に抱き付いて来いよ!」とかぬかすんじゃないかと思ったけどそんな事は無いようで。
ふと気がつけば外に出ていた藍川も教室の後ろの扉の前で二人を眺めていた。
「あ、藍川も凪もおいでよ!」
茜がリスを抱きしめながらそう言ったけれど、首を横に振って遠慮する。藍川も「僕は今はいーやー」とか言ってまたどこかへ行ってしまった。
茜は少し首を傾げつつも椅子に座り直し、一宮に一言二言話しかける。一宮の顔はほんの少し赤くなっていた。
「…………」
恋愛経験は無いから知らないが、これが青春ラブコメと言うものなのだろう。今のところは主に一方的だが。
その後は四時間目に棺先生がカエルの標本を持って来てクラスの一部の人はお昼に何も食べられなくなったり、六時間目に古典のビデオを観賞している最中に藍川が爆睡して怒られてたり、放課後の部活でひなや哀歌と適当に駄弁ったり、久しぶりに相談室に行って由美子先生と話したりして。
「あ、凪ちゃん。今帰り? 一緒に帰らない?」
「うん良いよ。そうだ、佐々木さんの家に行こうと思ってるんだけど……」
「そう? じゃあ僕も行こうかな。海月ちゃんと海星くんにも会いたいし」
「ん。じゃ、行こうか」
帰りに偶然会った藍川と佐々木さんの家に行く事にした。
「あ、お姉ちゃん! こんにちは!」「お兄さんも、こんにちは」
佐々木さんのアパートに行った時、真っ先に玄関から出て来たのは海月ちゃんと海星くんだった。
二人とも初めて会ったのがついこないだだと言うのに、大分明るくなっていた。急な環境の変化で最初は体調を崩していたものの、今ではすっかり元気になっている。虚弱だった体も多少は健康的になり、痣や傷も消えて来ていた。
藍川ともすっかり仲良くなり、普通にお兄ちゃんお兄さんと呼ばれていた。棺先生は……相変わらずだ。
「うん、こんにちは」「こんにちはー」
手を引かれながら室内に上がる。佐々木さんは今はいないようで、二人だけだった。
二人はお揃いの茶色いパーカーを着ていた。ただしフードの辺りが少し違う。海月ちゃんの着ているパーカーのフードには猫耳が、海星くんのフードには犬耳が。どちらもあまり目立たないが可愛い。
「あのねーあのねー! 昨日、佐々木お兄ちゃんがお勉強教えてくれたんだよ!」
海月ちゃんが嬉々とした表情を浮かべてその場で諸手を上げて飛び跳ねる。ただし下の階に響かない程度に小さく。
「掛け算マスター出来たんですよ! もう七の段だって言えます!」
海星くんも勝ち誇ったような笑みで両の拳を突き上げる。君達十一歳じゃなかったかい? なんて無粋な質問は心中に留めておくことにして、二人の頭を撫でて「そっかそっか、偉いねー。良く出来ました!」と褒める。照れたように笑い、満更でも無いようだ。
「昔はねぇ、学校に行っても勉強とかしなかったもん。だから全然分からなかったの」
海月ちゃんがポツリと話す。「そうなの?」頷く。
「友達作ってもパパとママの所為ですぐいなくなっちゃうし、先生も何もしてくれなかったから、学校はつまらなかった。それなのに勉強なんてする気にもなれなかったから、いつも寝てた」
「……学校、今も行きたくない?」藍川が尋ねた。
海月ちゃんは首を横に振り、海星くんもそれに同意する。
「んーん。今は、凄く行きたい。パパとママはもういないし、佐々木お兄ちゃんは凄く優しいから。…………でもね、だけどね」「ぼく達は学校に行けないんです」海星くんが台詞を引き継いだ。
少ししょんぼりとした、けれどどこか諦めているような顔で続ける。
「ぼく達は、今学校に行ったところで勉強についていけないし、前の小学校との……手続き? とかそういうのもしてませんもの」
……義務教育だから、勉強はともかく、手続きか。転校するにも前の学校に行かなくてはいけないだろうし、そもそもこの子達が前住んでいた所でどのような扱いになっているのかも気になる。
まあ、普通に考えれば行方不明扱いだと思うけれど、だったら尚更転校なんて出来ないだろう。
……あれ、てことは二人とも今、正式な戸籍が無いのだろうか。
「何かね、たまにアパートの前をランドセル背負った男の子とか女の子とか通るんだけど、凄く楽しそうなの。『今日帰ったら公園行こうよ』とか、『明日の遠足楽しみだね』とか」
「友達も欲しいし、本当は勉強だってしたいです。だけど問題とかはいっぱいあるでしょうし…………お金も、かかるでしょう?」
「「…………」」
私も藍川も無言で顔を見合わせた。
こんなまだ小さい子供達が学校に通う事が出来ないなんて、不憫すぎる。小学校も中学校も高校も、勉強だけでなく色々と学ぶ事が出来る場所だ。それを私は経験して来たから、この子達もそういう経験をさせてあげたい。
それにこんな歳からお金の心配か。何だか生々しいな。……けど、そう考えるのも無理は無いかもしれない。この子達は佐々木さんの家に居候という立場でいるのであって、根はとても優しいこの子達がそれを悩まないことは無いだろう。
「せめて、勉強だけでも出来れば良いですけどね」
海星くんが眉根を寄せた笑顔でそう呟く。海月ちゃんも頷いた。
「あー、勉強か。勉強ぐらいなら…………あれ? 凪ちゃん凪ちゃん、鎌倉幕府って一一二九作ろうだっけ?」「ちげえよ」肉作ってどうする。
「…………えと、あの、大丈夫ですよ?」
少し引き攣ったような顔で海星くんが言う。
「ま、待って! 割り算は分かるから!」
藍川は慌てながらそう宣言した。割り算も分からない高一とか怖いよ。
と、そんな時だった。
「話は聞かせて貰ったぜ!」
部屋の扉が開いて棺先生が入って来た。棺先生にはこの愛称が良く似合う。
「キャー! 変態だあぁっ!」
海月ちゃんが悲鳴を上げて部屋の隅に逃げる。海星くんを引っ張って盾にする。
「今日も海月は可愛いな。勿論、海星も可愛いぞ!」
さらりと気持ち悪い台詞を吐いて棺先生が床に座る。息を付いて髪を掻き上げる仕草は、やはり顔からなのかこれまた良く似合う。
「ど、どうやって入って来たんですか?」
脅える海星くんの問いに、
「鍵開いてたから。不用心だぞっ」
語尾にハートマークの付きそうな口調で答える。海星くんは慌てて玄関の扉の鍵を閉めた。
「……で、お前達勉強したいんだって?」
「…………う、うん」「そうですけど……」
多少ビクつきながら二人は頷く。
その答えを聞いた棺先生は少しニヤリと笑って胸を叩く。
「じゃあ俺が教えてやるよ!」
「「え?」」
二人はキョトンとした顔で棺先生を見上げる。藍川も疑心暗鬼に棺先生を見つめ、「出来るんですか?」と言った。
「ははっ、何言ってるんだよ。俺はこれでも高校教師だぜ? 小学校の教師になると言う夢もあるのに、小学生の勉強ぐらい分からないでどうする!」
「いえ、そうじゃなくて安全性的な意味合いで」
「にゃんだとぅ!」
何をコントしてるんだか。
「先生、将来小学校の先生になりたいんですか? 今高校なのに」
「ん? ああ、勿論! ランドセルを背負った幼女達に囲まれて一日過ごすのが夢だ」
「末期ですね」
「本望だ」
そーかそーか。もう何も言わない。
「ところで」と、海星くんが前置をして言う。
「今日は何か用ですか?」
あー、と棺先生が人差し指を立てて、海星くんに向けた。皆を見渡して笑顔を作り、
「お前らさぁ、ちょっと今度どっか行ってみないか?」
「どっか? どっかって、どこよ?」
海月ちゃんがつっけんどんな口調で聞く。それに棺先生はこう答えた。
「サーカス!」
「「サーカス?」」
海月ちゃんと海星くんが、声を合わせて首を傾げる。けれどすぐに目を見開き、棺先生の元に近付いた。
「えっ、サーカス行けるの!?」
「象さんとかキリンさんにも会えますか!?」
「うーん、象はともかくキリンはどうかなー……取りあえずほら、ちょっと見てみなよ」
そう言って棺先生は白衣のポケットから一枚の紙を取り出す。
棺先生以外の四人全員が顔を近付け、覗き込んだ。
「…………『サーカス「不思議の国」』? 変な名前ですね」
正直にそう言った。
ぺらぺらと薄い紙に描かれているのは、黒い背景に書かれた赤いそんな文字。他にも可愛いピエロや空中ブランコなどの絵が煌びやかに描かれている。普通のサーカスのチラシだ。
けれど、良く見てみると日時や場所や金額が書かれていない。
「先生、これどこで貰ったんですか?」
藍川が私の聞きたかった台詞を尋ねる。
「それか? 昨日の夜に、学校の仕事で駅前行った時におかしな格好した女の子から貰ったんだ」
「おかしな?」
「うん。ふりっふりのフリルの付いた服を着て、顔に何かペイントしてたんだよ。八歳ぐらいでさぁ、可愛くて思わず貰ったらそれだった」
そう言ってチラシを指す。そしてその後に「いつの間にかその子いなくなってたんだよ」と笑いながら言った。
いつの間にかって……お化けじゃないのか? でもそう言ったら棺先生絶対叫ぶだろうし、棺先生が女の子が去るのに気付かなかっただけかもしれない。だから黙っている。
そうか、サーカスか。……サーカスね。
「で、そこ行くってか」「そうだよ雪りん」「黙れ変態」
十一時過ぎくらいに佐々木さんが帰って来た。どうやら前とは別のアルバイトに行っていたらしく、少し顔が汚れていた。海月ちゃんと海星くんは布団を敷いてもう寝ている。
佐々木さんはふーんと呟き、片足を立ててチラシを眺め終える。海月ちゃんの頬を軽くぷにぷにと突く棺先生を小突いて言った。
「面倒だな」
「えー即答ー?」
不満気にぶーぶー頬を膨らませて抗議する棺先生を一瞬身見つめ、佐々木さんがチラシを渡しながら言う。
「……サーカスを見に行くだけなのか?」
その言葉が少し引っかかった。サーカスなんだから、サーカスを見るだけに決まってるじゃないか。
けれど棺先生は少し口角を上げ、ニヤリと微笑む。
「いや、本当は違う」
「え? どういう事ですか?」
思わず尋ねる。佐々木さんが私の方に顔を向け、ちょっとした話を始めた。
「オレが今行ってるアルバイト先でも、このチラシを渡された奴がいるんだよ。そいつがちょっと、よく趣味で海外に旅行してるらしくて、一昨年に一度このサーカスを見に行った事があるって言ってたんだ」
「海外から来たサーカスなんですか?」
藍川の問いに佐々木さんは「そうみたいだ」と頷く。
「そいつもサーカスを見に行こうとしていたんだが、その国で知り合った奴に言われたらしい。『ピエロに「もっと変わった出し物なんて無いのか?」と聞け』と。それでそいつの話によると、そのサーカスは特に突出したわけでもない普通のサーカスだったんだ。――――最初は」
最初。じゃあ、その次は?
佐々木さんはそこで、眉を顰めて苦笑いをした。
「芸が終わって帰る頃に、ピエロが会場中を回っていたらしい。そいつの元にもピエロがやって来て、何かを尋ねて来たんだ。その時にそいつは、その合言葉を言った。すると、ピエロが言った、『帰らずに座っていなさい』。そいつは言葉通りに椅子に座ったままだった。会場には同じように何人かの客が座っていたみたいだ。何十分か経った時、閉まった筈の幕がまた開いて、団長が出て来たらしい」
ちょっと聞いててわくわくしてくるような話し方。少しだけ身を乗り出して話を聞く。
「そして――――」
外に出た時にはもう辺りは暗かった。月明かりと電柱以外の光は全く見えず、そこらの家の電気も消えている。棺先生は佐々木さんの家に泊まるらしく、出て来たのは私と藍川だけだった。
「……驚いたね、あんな話。普通だったら信じられないよ」
藍川が苦笑しつつ言った。それに頷き、佐々木さんの話を思い出す。
佐々木さんのアルバイト先の人が行ったサーカス。そして、その真相。
「…………まさか、ねえ」
本当にあるんだね。見世物小屋なんて。
団長が再度出て来た後に始まった公演は、今までに見た事が無いほどにおぞましいものだったらしい。
演技は変わらず、綱渡りやナイフ投げなどの無難な物だった。しかし、それを演じるキャストの姿形は本当に『見世物』だった。
肌が継接ぎだらけの白い髪の少年、まるで口裂け女のように口が耳まで裂けた青年、体が一つで頭が二つのシャム双生児、右半身が酷い火傷で覆われた男性、ナイフで腕を十数回刺しても全く痛がらない子供、髪が異様に長く足が三本ある美人。どれもこれもが奇怪で奇形で奇妙な人間達で。
特に彼が興味を示したのは、最後に出て来た一人の少女だったらしい。
青いドレスを身に纏いステージに上がった少女は、今までの見世物達とは違い外見は普通だった。
けれど団長は彼女の前に何か大きな皿を持って来て、その中身を観客に見せる。観客はその中身に恐怖や悲鳴を表した。
そして、虚ろな瞳の少女はその皿を手に取り――――
「じゃあ凪ちゃん、僕こっちだから。ばいばい」
「うん、ばいばい」
藍川と途中で別れ、私は家へと歩き続ける。
息を吐くとそれは白く濁り、空に上って掻き消える。
「…………あ」
目の前に白い何かがちらつき、上空を見上げた。暗い夜空から白い雪が舞い降り、ほんの少しだけ辺りを明るく照らしている。初雪だった。
雪は次第に粒が大きく、強くなってくる。この分だと積もるだろうか。
明日はブレザーを着て行こうと思いながら、自分の体を抱くようにして雪の中を歩いた。
家に帰った後テレビでは、この付近で変死体が見つかった事が軽く報道されていた。




