第30話 始業式
九月一日。今日からまた学校が始まる。
長く感じた夏休みも、終わってみればあっという間だった気もする。
首吊り死体を見つけたり、警察が家に来たり、佐々木さんと会ったり、海に行ったり、勉強会を開いたり、肝試ししたり、お母さんと墓参り行ったり……それに一宮と藍川と一緒に茜の家で茜の誕生日会をしたり、夏最後の夏祭りに皆で行ったり。
どれもこれも凄く楽しくて、充実した日々だったと思う。
『九月と言えども、まだまだ残暑が厳しいですが、生徒の皆さんはそれに負けず精一杯勉学に励んで欲しいと私は思っています。更に……』
そんなことを始業式、マイク越しの校長の話を適当に聞き流しながら思っていた。
「きょーからまた学校かぁー。いーやーぁぁぁ!」
茜が机に突っ伏し、絶望感漂う口調で嘆く。
「もう少し頑張れば冬休みだよ茜ちゃん」
「いや流石に早すぎるだろ」
藍川の台詞に目を輝かせた二人に、一宮が突っ込む。
私も笑っていると、そこに担任がやって来た。急いで自分の席に戻って座る。
「はい皆おはよう」
おはようございまーすと小学生みたいな元気な声で答える。
その後はプリント配布、今日の日程の説明などをした後。
「――ところで今から席替えするぞ」
今度はえー! という声が。確かにいきなりすぎる気もする。けれど先生は気にせずに黒板に絵を書き始めた。
縦五マス、横六マス、上の右端にもう一マス。そこに一から三十一までの番号を書いていく。
教卓の下から中くらいの大きさの缶と、それに入った何本もの細長い紙。
「この紙に書いてある数字の席に座って貰うからな。あと席替えは少なくとも今後冬休み明けまでやらねえから」
少量のブーイングと、数人の歓喜の声。隣の席が好きな人とかは嫌がるけど、近くの席に嫌いな人がいる人達は喜ぶ。私はどっちでもいいけど。
今の私の周りの席は、まあ微妙な席かなと思う。消しゴム落とす時以外は全く話さない男子達や、話し辛いギャルっぽい女子とか。だから席替えは……良いのかな。
先生が教卓から紙を取るように言い、何人かが駆け出して真っ先に取る。紙を見て一喜一憂。
「よっしゃ窓際!」「田中の隣かよ……」「何よ悪い!?」「わーい一番後ろ! 寝れる!」「教卓の……前、だと…………」
私も紙を取る。……三十番。ふぅん、窓際の後ろの方か。かなり良い場所じゃないか。
「凪何番? あたし五番だったよー」
「残念、三十番。かなり離れちゃったね」
「えー!」
一宮と藍川も紙を取って番号を見る。
「あー、僕二十一番。微妙な所かな」
「三上は五番? 隣じゃん」
「圭介十番だったの?」
「ああ」
五番は教室の後ろの扉のすぐ隣。六番は五番の隣。二十一番は一番前の窓際から二番目。
藍川がすすすと一宮の近くに寄り、小声で呟く。
「良かったね、茜ちゃんの隣になれて」
「おう…………は?」
私も右隣に寄って同じように。
「お兄さんやっちゃいましたねぇ」
「いや何が!?」
別に一宮が茜のことを好きかなんて知らないし、ただ普通に友達と思っているだけかもしれないけど。恋愛感情に進展したらそれはそれで面白いかなと思う。
「なになに、何の話?」
「「何でもないよー」」
怪訝な顔をする茜に、私と藍川が笑った。
席替えの為に机を移動。一旦机の中の物は全て鞄に仕舞い、鞄を肩に下げてから軽くなった机を運ぶ。
あちらこちらで机のぶつかるガツゴツという音がし、数メートル歩くのも難しい。それでも何とか新しい席に辿り着き、息を吐く。
近くの席に座る人は誰だろうとキョロキョロ辺りを見回していると、後ろの方から物音が聞こえた。
「おー、俺の隣は川瀬か! よろしくな」
岡野だった。ニコニコ笑顔で机を私の隣に置く。岡野が隣か。まあ、普通かな。
「うん、よろしく」
座って鞄から教科書とかを出す。筆箱からシャーペンと消しゴムを取り出そうとした時に、消しゴムが手から落ちる。
「あ」
掴み損なって、そのまま椅子の上へ。軽くバウンドしてコロコロと後ろの席の方へ転がり、
「――はい」
後ろの一つ突出した席に座る人が、それを拾って手渡しして来る。
「ありがと……あ」
睨むような視線に、一瞬固まってしまう。
その人は、尊氏佳奈美だった。
「ん? ……おお、尊氏じゃん! 何だよ俺の周り女子だらけっ!」
岡野の前の席の男子が、小さな声で「オレもいるぞ」と言った。はしゃぐ岡野を佳奈美は睨みつけ、すぐに席に座る。
渡された消しゴムを机に置いて、私もちょっと悩んでから前を向く。まだ移動出来ていない机が数個あるようだ。
と、岡野の隣の女子二人がひそひそ耳打ちをし合っていた。
微かに笑い、指を差し、また笑う。その対象は佳奈美に向かっていた。
「…………」
このクラスの副委員長でもある佳奈美は、自分の兄が殺されて以来、更にクラスに馴染まなくなった。
元々積極的に馴染もうともしていなかった。それでも最初の頃は数人の友達と談笑しているのを見たことがある。
今ではすっかり佳奈美に話しかけようとする人もいなくなり、佳奈美の存在価値は『副委員長』というものだけになっているのかもしれない。
――――まあ、私には関係無いよね。
今日は授業が普通にある。殆どは夏休みの宿題の確認で終わるが、それでも一時間程度の授業が何個もあるのはきつい。
「もうやだ。帰りたい」
昼休みになった時、茜が呟いた。窓際の席四つを並べていつものメンバーで座っているところだ。佳奈美はいつの間にかいなくなっていたので、悪いかなと思いつつその席も借りる。
椅子の上で体育座りをし、服を扇いで風を通す茜に軽く注意。
「パンツ見えちゃうよ」
「大丈夫だよ、短いジャージ穿いてるし」
苦笑してから鞄から朝に学校の近所のスーパーで買ったカレーパンを取り出し頬張る。
茜も鞄から弁当を取り出す。包みを開けて「じゃーん!」蓋を開けて皆に見せる。
「見てよこれ。あたしが作ったんだよ!」
「マジ? すげえじゃん」
一宮が褒めると、茜は照れたようにはにかむ。
茜の作ったお弁当は、ちょっと焦げている卵焼きや小さなハンバーグなど、頑張って作ったんだということが窺える代物だった。
「初めてだからちょっと失敗しちゃったけど……でも、まあまあ上手くいったんだよ」
「茜ちゃん凄いね!」
コンビニのお握りを食べながら藍川が言う。そんな光景にふと気になって尋ねた。
「藍川って料理出来るの?」
「馬鹿にしないでよ。出来るよ!」
例えば? そう一宮が聞き藍川が唸る。少し思案した後、勝ち誇ったような笑顔で言った。
「レトルトカレー!」
「それは料理じゃねえ」
食べ終わり、飲み物を買いに購買へ向かおうかと思った。
「飲み物買ってくるけど、何か欲しいのある?」
「じゃああたし苺オレ!」「んじゃ俺コーラ」「僕は牛乳ー」「……藍川、今更牛乳飲んでも背は伸びないぞ」「う、うるせぇっ! 分かってるよ!」
「苺オレとコーラと牛乳ね。行って来るー」
いってらー、という声を背に受けて、教室を出て行った。
購買の外側に置いてある自動販売機へ向かう。自動販売機は夏には外、冬には中に設置されている。たまに工事とかで冬に外に出されたりするけど。
「……お?」
自動販売機の前に先客が。私の足音に気が付いたようで振り向く。佳奈美だった。
「……あー。…………やあ」挨拶してみた。
「…………」無視された。
佳奈美は無言で顔を背け、無糖アイスコーヒーのボタンを押す。ガコンと音がして出たそれを、屈んで拾う。
自動販売機から一歩横に退き、プルタブを押して開け、一口飲んだ。
「コーヒーに砂糖とか入れないんだね。大人だね」
「あんたに関係無いでしょ。砂糖入れないだけで大人とか馬鹿じゃないの?」
あれ、この子こんなにズバズバいうタイプだっけ。話したこと少ないから知らないけど。
何となく、馬鹿呼ばわりにイラついたので仕返ししてみる。
「化粧はどうだった?」
「っ!」
修了式の日のことを蒸し返す。あからさまに佳奈美は私を睨むが、その目は挙動不審だ。
別にクラスメートが何をした所で、それこそ私には関係無いんだけどね。この夏休みに誰かが万引きしてたって強盗してたって援助交際してたって殺人してたって、それが茜とか一宮とか、私の友達出ない限りはどうでも良いんだ。
「何が言いたいの」
絞り出すような声で佳奈美が言った。
「別に何も?」本当にな。
佳奈美の恨みがましい視線を無視して自動販売機にお金を入れる。……えーっと、苺オレと「あんたは」コーラと「ねえ」牛乳と「ちょっと」私はオレンジジュースにでも「おい!」「あっ」指が滑って、オレンジの隣のボタンを押してしまった。紅茶かー、苦手なんだけどな。
「何だよもー。紅茶押しちゃったじゃんかー」
「…………何が好きなの」
「え?」
「ジュースよ」
「……オレンジだけど」
すると佳奈美は私の手元から紅茶を奪い取り、自分の財布から百円を取り出す。素早く硬貨を入れてオレンジのボタンを押し、出てきたそれを私に勢い良く突き付ける。
「はい!」
「……え、あ、ありがとう……?」
紅茶もオレンジジュースも同じ百円だから良いけどね。
というかこれは「口止め料?」あ、やべ声に出てた。
「違うから」
佳奈美は少し居心地悪そうに答える。まあ百円の口止め料ってのもあれだよなあ。
「あたしがそうしたかったからしただけ。他意は無い。あんたの為じゃないんだから」
「ふーん」
これが俗に言うツンデレなのか?
「ありがとね」
「はぁ? キモイ」
……ツンデレじゃないね、ツンツンだね。
佳奈美は溜息を付き、私に背を向ける。
「どこ行くの?」
「…………」
答えずに、そのまま歩き去ってしまう。うーん、無視されるのって辛いなあ。
私も早く、皆にこれを持って行こう。




