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第29話 コンビニ委員長

 盆も終わった一週間後。お母さんが外国に戻る日。

「うわーん、寂しいよー」

「普通逆じゃない?」

 私の腰に抱き付くお母さんの頭を撫でる。

 お母さんは電車に乗ってから飛行機で帰るから、私も見送りの為駅まで付いてきた。辺りはいつもより多くの人で賑わっていた。

 この一週間は色々あった。デパート行ったり遊園地に行ったり水族館に行ったり映画館行ったり……あれ、どっか行ってばかりじゃん。

「体に気を付けるのよ? 何かあったらすぐご近所さんに相談するのよ? 寂しくなったらいつでも電話していいからね」

「うん、うん。分かってるよ」体は丈夫な方だし何かあっても大丈夫だろうし海外との電話は金がかかるからあまりしたくないけど。

 お母さんの言葉に逐一頷いて、安心させる。

 駅に電車がやって来る。けれどお母さんが乗るのは次の電車だ。あと数分はある。

 電車に人が乗り込み、入口付近で一組の男女が話しているのが見えた。

「……絶対だよ。絶対、また戻って来るから!」

「ああ……待ってる。いつまでもお前のこと待ってるからな!」

 おー、映画のワンシーンみたい。こんなこと実際にする人っているんだな。一応辺りを見回してみるが、カメラの姿とかは無かった。

 結構目立つその二人に、周りの視線が集まる。けれど二人は気にも留めていない様子だった。

 そして案の定、二人はきつく抱きしめ合う。そしてキス。

「わーお」

 お母さんがニヤニヤとしながら呟く。

 近くの人が一斉に視線を逸らす。小さな男の子の目を母親が隠す。けれど殆どの人がちらちらと見てしまっている。

 二人がキスを終え、愛おしそうに相手を見つめる。ベルが鳴り、彼女の方が電車に乗り込む。同時に扉が閉まる。

 扉の窓に手を付け、彼氏に何かを口ぱくで話す彼女。唇で言葉を読み取るだなんて高等技術は生憎持っていないから分からないが、多分『愛してる』とかそこら辺なんだろう。彼氏も頷いて答えているし。

 電車がゆっくりと動き出す。彼氏は電車を追うように歩き出し、走り出そうとする。けれど人が多いのですぐに立ち止まってしまう。

 無言で立つ男、電車からこちらを眺める女。本当映画みたいだ。

 電車はすぐに見えなくなり完全に視界から消える。そこで男の方を見ると、一瞬大きく長い溜息を付いた。

 そして携帯電話を取り出し、誰かに通話する。

「…………あ、もしもし。亜希子? あーうんうん、今行った。つかこれからデートしね? ……あ、マジ? オッケー? じゃあ駅前のコンビニで待ってるわ」

 ……う、うわあ。

 周りの人々は男のその言葉に苦い顔をし、すぐにその場から立ち去って行ってしまう。

「最後の最後で映画じゃなくなったわね」

 同じことを考えていたのか、お母さんが苦笑いして呟く。

 私も頷いた。



 電車がやって来た。お母さんが乗る電車だ。

「……さっきの人達みたいにした方がいいかしら?」

「いや、いい」

 私が答えるとお母さんはけらけら笑い、私に向かい合う。右手を頭に置いて撫でた。

「ふふっ。……元気でやるのよ」

 じゃあね、とお母さんの手が離れる。電車に乗り込み、こちらに微笑む。

 扉が閉まり、電車がゆっくり動きだす。

 扉の向こうから手を振るお母さんに、私も手を振り返す。段々とお母さんは見えなくなり、電車も行ってしまう。

「…………」

 ほんのちょっと、寂しい。

 次にお母さんに会えるのはいつだろうか。大晦日にでも帰って来るのかな。お父さんにも会いたいな。

「……うん」

 とりあえず、外に出ようか。



 アイスでも買おうかと、外に出てコンビニへ向かう。

 青い屋根のコンビニの中は、あまり人がいない。客が二人とレジで欠伸をする店員が一人、雑誌を並べている店員が一人。客の一人はさっき駅にいた男の人だった。

 お菓子を物色する女子中学生の横を通り過ぎ、アイスを見てみる。あ、この苺アイス美味しそう。

 その時、隣の雑誌を並べていた店員が不意にこちらを見て「お、川瀬じゃん!」と言った。

「ん? ……あ」誰だっけ。……ああそうだ。「岡野か」

 クラス委員長がはにかむ。岡野と会うのは修了式以来か。まあ特に接点無いしね。友達とまではいかない程度の関係だし。ただのクラスメートだ。

 無言で立ち去る雰囲気でもなさそうだったので、話しかけて見るとするか。

「何してるの……って、バイトだよね」

「そう。夏休みの間だけアルバイトしてんだよ」

 子供向けの週刊漫画から、大人向けのエロ本まで、特に顔色も変えず手際良く並べていく。

 けれどある雑誌の表紙を見て顔を顰める。私も覗きこむ。

「……『芸能人の××夫婦が離婚』? 好きだったの?」

「ちげーよ。こっちだよこっち」

 苦笑して表紙の隅を指差す。南の方の地方で、殺人犯が捕まったらしい。

「…………」

「ここも最近物騒だよな、何人も殺されてよー。犯人頭おかしいんじゃねえの?」

 うん、否定はしない。

「……でも最近ニュースでやってないんでしょ? もう捕まったんじゃないの?」

 そうかなーと不満気な顔で岡野は口をへの字にする。

 本を並べる手を一旦止め、私に顔を向ける。

「俺さ、犯人捕まえてみたいんだよね」

「は?」訳が分からない。

 岡野は続ける。

「いや、殺人犯なんて最悪な人間だろ? だって人殺してんだから。……だから、そう言う奴等をとっ捕まえて反省させたいんだよ」

「誰か知り合いを殺されたりしたの?」

 いやに真剣な表情が気になって尋ねる。岡野は首を横に振り、

「じゃあ捕まえようとしたって危ないだけだよ? 殺されちゃうよ?」

「分かってる。けど、」

「けど?」

 岡野は口角を上げて答える。

「悪い奴は倒さなきゃ駄目だろ」

「……ほう」

 こいつの性格、あまり好きじゃないかも。

 何か少年漫画の主人公みたいな性格なんだよな。昔はそういうの好きだったけど、今は何故か嫌いになった。

「岡野って日曜日とか、早起きして戦隊物見てるでしょ」

「なっ、何故分かった!?」

 あ、やっぱりか。


「昔っから正義のヒーローとか憧れてたんだよな。悪い怪人をビームとかでやっつけるの。貫く正義って感じがマジ格好良い!」

 遠い目をして語りだす。本を並べる手は完全に止まり、声も大分大きくなっている。けれどレジの人は岡野をちらりと見ただけで、注意も何もしない。適当なのか、こっそり自給を減らすのかどっちかかな。

 目が輝いている岡野の話を適当な相槌で受け流す。


『貫く正義』ねぇ。

 岡野くん。一応、怪人だって自分の考えを貫いてるんだよ。

 言い方を変えればそれもまた、怪人なりの正義で。

 ヒーローが、悪になるんだよ。


「だから犯人を見つけた時がチャンスだ! 絶対捕まえてやる! 逃がさない!!」

 そう叫んで決意したような目になる岡野。

 ……今だ、今がそのチャンスだ岡野! さあ気付け! この私が犯人だということに!

 そういう風に頭の中で言ってみる。岡野が勇者だとするのなら私は魔王かな。魔王って必ず勇者に倒される存在だよね。

「そっかー、頑張ってね。それじゃあ私そろそろ帰るよ」

「おう頑張る! じゃあな」

 アイスを選んでレジへ持って行く。対応する店員の眠そうな声を聞きながらちらりと後ろを振り向く。今度は岡野はせっせとお菓子を並べていた。ご苦労なこった。

 コンビニを出て、棒状の苺アイスを齧る。冷たくて美味しい。

 駅前のここは人がいっぱいいて。でも皆が皆、自分のことしか考えていない。

「……あーあ」

 何か無性に叫びたくなった。

 長く息を吸って、そして飲み込む。叫び出したい衝動は胃の中で消化しよう。

 額の汗を拭って、そして、

 茜の誕生日プレゼントどうしようかな、と。そんなことを考えた。

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