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第28話 私のお母さん

 家に帰るとお母さんが鞄に財布を詰めていた。

「何してるの?」

 私に気が付いたお母さんは振り返って、買い物と答える。そして私にも付いてくるか尋ねた。

 家にいても暇なので頷いた。

「買い物ってどこに?」

「デパートかしら」

 そっか、と再度頷いて玄関に向かった。



「あっら、川瀬さん? やだ帰って来てたのね、お久しぶりー!」

「あら小橋さん、どうもー」

 外に出た所で隣の家のおばさんと鉢会わせる。花壇の花にホースで水をかけていたおばさんは、ニコニコしながらお母さんに話しかけた。……ああ、長くなりそう。

 案の定、おばさんとお母さんは長い井戸端会議を始める。話に入る気も起きないので、私はぼーっとおばさんの家の花壇を見ていた。

「旦那さんは帰ってきてないのねぇ。奥さんはいつまでいれるの?」

「一週間程ですかねえ、仕事が結構忙しいので……」

「二人とも海外の仕事なんて大変よね、奥さんもまだ若いのに」

「何言ってるんですかー、私もう四十ですよ?」

「でもお肌も綺麗だし、美人で若々しいわよー」

 おばさんの家の花壇には、赤い薔薇が数本咲いていた。鮮やかな赤色の花弁はなびらに水滴が付いて、キラキラ光っている。

 花ってやっぱり綺麗だな、私の庭にも植えようかな。植え木と草くらいしかない殺風景な自分の家の庭を見ながらそう考えた。

 と、おばさんが不意に私に話題を振って来る。

「あらー! 凪ちゃん……やっぱりお母さんのことが好きなのね!」

「はい?」

 不思議がる私を見て、おばさんは私の右手を見るよう言った。

 見てみると、私の右手は無意識にお母さんの服の裾を掴んでいる。

「……ああ」

「凪ちゃんだってまだ十五歳だものね! お母さんに甘えたい年頃なのよね」

 お母さんとおばさんはクスクスと微笑ましそうに笑う。私はちょっぴり恥ずかしくなって頬を掻く。

 十五歳はもう大人だし、母親に甘える歳はせいぜい小学生までだと思っている。

「あー……お母さん、デパート行かないの?」話題を逸らしてみようとした。

 それでもやっぱり私は、お母さんに甘えたいのかな。

 両親がいないから、寂しいのかな。

 ……うん、よく分からないや。





 デパートに行くまでにはバスを使う。緑色の無駄に目に優しげなバスに乗って、ゆらゆらと数分の旅。乗り物の少しゴム臭いような匂いはあまり好きじゃないけれど、酔うほどでもない。

 窓外そうがいの景色を眺めてみると、色々な光景が見れてちょっと面白い。

 木々が生い茂る厳かな神社の前を通ったり、かと思えば街の賑やかな風景だったり。ゆらゆら揺れながらそれを見て、そろそろデパート前に着く。「ママー! おれ、これ押していい!?」「はいはい、いいわよ」停車ボタンを前の席に座っている子供が押した。

 小銭を出して、バスが完全に停止してから立ち上がる。運転手さんへの礼と共に小銭を入れ、降りる。

 そこから少し歩いてデパートの正面へ。

「さて、久しぶりにここ来たけど……あまり変わって無いわね」

 三階建てのデパートを見上げながらお母さんが言った。数年経っても、特に変わった所は無い。強いて言えば三か月前、三階にアニメ関係の店が出来ただけか。

 取りあえず店内に入る。

「おおー」冷房の風がぶわっと顔に当たる。汗が一瞬で引っこむような気がして、実際そんな感じだった。

「おわー」お母さんが数歩後ろによろける。体勢を立て直し、掻いても無い汗を拭って一言。「……やるな」何がだよ。

「んで、どうするの? 何か買うの?」

「そうねえ、夕飯の材料でも買おうかしら。何が良い?」

「……ハンバーグとか?」

 エビは一応魚類に入るし、だったら夜は肉かな。ハンバーグ好きだし。

 お母さんはそうかそうかと笑って、私の頭を撫でる。って、おい。

「ちょ、や、止めてよ」

「何でー? うりうりうりぃぃ」

 ぐしゃーっと髪を押さえつけるように撫で回され、ぼさぼさになる。周囲を通る人の目が凝視する。

「うゃ!? やーめー!」

 恥ずかしいけれど、何故か強く拒否することは出来なかった。お母さんは最後にぽんぽんと頭を叩いて笑った。

 手で軽く髪を整えてから、先を歩き始めたお母さんを追いかけた。


 お母さんは食品売り場に行き、私は本屋へ向かった。買っている本の新刊とかあったら嬉しいけど、あるかな。

 二階の本屋にエスカレーターを使って向かう。右隣にはCD屋、左隣には三か月前に出来たアニメショップ。本屋の新刊コーナーを捜索しようと、真ん中の本屋に入る。

 固苦しそうな経済系の本とか、子供用の小さい絵本とか、その中にお目当ての本を見つけた。いかにも探偵だという格好をした男性が大きく載っている、黒いゴシック系の色合いの表紙に書かれた『私が犯人です』という本。

「「あ、あったあった」」……ん?

 横を見る。隣の人と目が合う。藍川だった。

「あれぇ、凪ちゃんだ」

 少し驚いたような顔で藍川が言う。そして、

「凪ちゃんも本買いに来たの?」

「まあそれもあるけど、お母さんが夕食の材料を買いにね」

「あ、お母さん帰って来たんだ。良かったね!」

 おめでとー! 手を叩いて藍川が笑った。

「……ん、ありがと」

 それから本を手に取ると、藍川がその本に反応を示した。

「あ、それって結構有名な小説だよね。どんな内容だっけ?」

「えっとね……ミステリー系かな。キャラ一人一人が個性的で面白いよ」

 全員がゴスロリを着てたりする西洋系の。ある孤島の洋館で起きた殺人事件を追う在り来たりなストーリーだけど、一行目から探偵が犯人であることが分かったりして面白いんだよ。まずタイトルでバラしてるけど。

 あと人の死に方がちょっと猟奇的だったりもする。そこは言わないけど。

 藍川はその本の隣の漫画に手を伸ばす。目が怖い青年がこっちを睨んでいる絵が描かれた、『薬をください』というタイトルの。

「この本も面白いんだよ。ドラッグ中毒の主人公が薬を求めて暴力を繰り返してるんだ」

「へー、面白そうだね」そういうダーク系は案外好きだ。

「今度貸そうか?」

「いいの? じゃあお願い」

 そんな会話を繰り広げていると、隣のアニメショップから買い物を終えた客がやって来た。可愛いツインテール髪の女の子で、髪が少しピンク色に見える。染めているのか? 嬉々とした表情で買ったのであろう本を抱えて去って行く。そしてその次に出てきた客は一宮だった。

「「あれ?」」

 私と藍川の重なった声に、一宮がこちらに気付く。「おう」と手を上げて軽い挨拶をしてこちらにやって来た。

「何だお前ら二人揃って。密会?」ちゃうわ。

「偶然会っただけだよ。圭介くんは? 何か買ったの?」

「ああ、ちょっとそこで……なぁ」

 少し言葉を濁す一宮。態度がおかしいぞ?

「一宮……オタクだったんだね」

「は!?」

 驚いた一宮を微笑ましげに見つめてみる。一宮は「違うから!」とか言っていたけど、面白いから続けてやろう。

 藍川は私と一宮を交互に観察していたけれど、グッと両手を握って一宮にエールを送る。

「大丈夫だよ、圭介くん! 僕、オタクとか気にしないから!」

「だっ……! ――――ち、違うって言ってんだろ! これだよこれ!」

 勢いを付けて、ショップの袋から物を取り出してくる。手のひらに乗ったそれは可愛い女の子のストラップだった。

「何これ?」

 藍川が尋ねる。一宮は頬を掻きながら、少し照れたように言う。

「ある歌手関連グッズのキーホルダー。CD屋の方には無かったから、こっちにもCDはあるからあるかなって……」

「好きなの?」

「好きだけど、これはプレゼント用」

「プレゼント? 誰に?」

「…………茜」

 マジかよ。

「え……えっ、何で? 好きなの?」藍川が直球で聞く。「そうだったの? マジで? 応援するよ!」私も乗ってみる。半ば本気で。

「だっ! だっかーら! 茜もうすぐ誕生日なんだと!」

「本当? え、いついつ? 何で知ってるの?」

 畳みかけるように言う私に一宮は一瞬考えてから答えた。

「確か……八月二十っつってたっけなあ。こないだ話してる最中に聞いたんだ」

 だから、と前置きをして呟く。

「このキーホルダー、三上好きだって言ってたし。ほら、入学式の時」

「…………あー」そう言えば言ってたっけ。

 でも入学式って結構前でしょ? そんな些細な会話って覚えてるものなのだろうか。

 藍川がにへらーっと笑って一宮を指差し、言う。

「やっぱり茜ちゃんのこと好きなんだー」

「はああっ!!? だからちげーし!」

 恥ずかしがっているのか図星なのか、顔が真っ赤だ。林檎のように。

 取りあえず私もまた乗ってみる。

「茜こないだ一宮に抱き付いたしねー。好きなんだよー」寝惚けてただけだろうけど。

「っ…………!」

 近くを通った大人の女性二人が、私達を見て微笑ましそうに微笑んで通り過ぎる。

 うむ。誰かをからかうのって面白い。

「――――凪、凪。ちょっと」

 肩を叩かれ振り向く。

「あ、お母さん」

 肩を叩いたのはお母さんだった。私と藍川、そして少し顔が赤い一宮を見て、少し考える。状況把握。ニヤ付いた笑みを顔に浮かべた。

「修羅場?」「違うっつーの」色々と何がだよ。

 藍川と一宮は一瞬きょとんとした表情になっていたが、私の『お母さん』という言葉とお母さんの顔に、状況が分かったのか尋ねる。

「えっと、凪ちゃんのお母さんですか?」

「ええそうよ。凪のか「友達だからね」……そう、お友達ね」

 この人一瞬彼氏って言おうとしてたぞ。彼氏二人もいたら変だろ。……あ、それで修羅場か。違う。

「いつも仲良くさせて貰ってます」

 藍川が言い、一宮と共に軽く頭を下げる。お母さんもお母さんで「あらあらそんな、こっちこそどうもね」とか言って頭を下げている。

 友達、しかも異性の友達と自分のお母さんが話している光景というのは、ちょっと気恥ずかしい。

 お母さんはそんな私に気付かずに世間話を始めてしまう。「この子学校で迷惑かけてないかしら?」とか「日本もやっぱり暑いわねえ」だとか。

 藍川も一宮もそれに笑いながら答えているし。一言も口を開いていないのは私だけ。開いた所で恥ずかしい。

 けれど最近の身近な話題をお母さんが聞き、それに対する一宮の答えにちょっと焦ることとなる。

「そう言えば最近、この街で殺人事件流行ってるんですよね」

 会話の中で、何気なく一宮がそう言った。

「え?」

 お母さんが怪訝そうな顔になる。それを見て一宮がしまったという表情に。外国にいたから、日本の殺人事件なんてお母さんは知らなかっただろう。

 そして私に、本当なの? と言った感じの表情を向ける。嘘をついても仕方が無いので頷く。一宮に顔を戻して、心配そうに状況を尋ねた。

「どんな様子なの? 亡くなった方とかどれくらい? 登下校中に危なかった生徒とかいるの?」

「え、あ、はい。あの……」

 詳しい説明は、聞いていてちょっと耳が痛い。

 ここ数年続いた連続殺人事件があること。何故か犯人が捕まえられないこと。老若男女問わず、今までで××人が亡くなったこと。今のところ海神高校の生徒は被害に遭っていないこと。

 改めて聞くと胸が痛くなったが、なによりもう××人も殺してしまったということに自分でも驚いた。そりゃあ私以外の藍川とか棺先生とか佐々木さんとかが殺した人数もあるけれど、少なくとも数人単位では殺したことだろう。

 生徒に手を出さないのは当たり前だ。私達は善良な一般市民を無暗に殺すことはしない。何か悪い事をした人間や、周りに恨まれるような人間だけを選んで殺しているのだから。

 ……でも本当、何で警察は私達を捕まえないんだろう。普通に考えて、もうとっくに捕まってもいいはずだ。証拠も残しまくっているし、殺した人数が尋常じゃないし。

「凪は大丈夫なの?」

「えっ……うん」

 大丈夫も何も……。藍川を見ると藍川もこちらを見ていた。少し困ったようににへっと笑う。けれどすぐまた表情を戻した。

 心配そうなお母さんと、ちょっと焦る一宮と、無表情の藍川と。三人がそれぞれどう思っているのかは分からない。

 一宮がお母さんを安心させようとしたのか、ちょっとしたことを話す。

「あ、でも最近はあまり人が死んだってニュースになってませんし……多分、捕まったんですよ。きっと」

「え、そうなの?」

 お母さんじゃなく、藍川が軽く驚く。私も少し驚いた。

 こないだまで死体が見つかると、『またしても話題の犯人が!?』とかのタイトルで報道してたのに。人を殺す頻度はちょっと減ったくらいだし、何より人が殺されてもニュースにならないはずがない。何でだろう。

 お母さんが少し屈み、私に目線を合わせる。じーっと見つめられると挙動不審になってしまいそうだが、今そうなったらちょっと怪しまれそうだ。

「な、何?」

 お母さんは口を開く。

「……凪、本当に気を付けてね」

 心配そうな目で。

 お母さんは、母親として、私をとても心配しているんだと分かった。

「……………………」

 物凄い罪悪感に見舞われる。出来ることなら暴露してしまいたい気もした。『それをやっているのは私なんだよ。ごめんなさい』と。

 そしたらお母さんは私を怒るだろうし、警察にも捕まるだろう。だけど、それでも良い気がした。

 いっそ死刑になってしまって何もかもを終わらせたい。そうも思う。

 だけど。

「…………」心配してくれてありがとう。「分かってるよ」そしてごめんなさい。

 私は弱いから。誰にも全て暴露してしまうことは出来ないんだろうな。



 その後藍川達と別れ、店内を巡ってから私とお母さんも帰ることにした。外に出ると大分時間が経っており、綺麗な夕焼けが見える。

 バス停まで歩く途中、お母さんが不意に手を握って来た。

「ちょ……恥ずかしいよ」

「そうねー」

 言いながらもお母さんは手を離さない。振り解こうとすれば簡単に出来る力で、優しく握る。

 夕焼けの光を背に受けながら、お母さんは私に微笑んでいた。

「…………恥ずかしいよ」

 少しだけ、手に力を入れて握り返して言った。

「そうねぇ」

 お母さんの声は、さっきより少し高くなっていた。

 バス停まで私とお母さんは手を握って歩いていた。

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