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第24話 海と双子

「今日暑いね」茜が言った。

「だねー」私が答える。

「てか何持って来た?」額の汗を拭いながら茜は言った。

「水着と財布、あと携帯」鞄を探りながら返答する。

「あたし浮輪持って来た」私達の目の前をバスが通った。

「泳げないの?」疑問に思って尋ねる。

「いや、泳げるけど、浮輪楽なんだよね」少し照れ笑いをしながら。

「あー、確かに浮ぶの気持ち良いしね」笑って同意する。

「……遅いねー」青い空を見上げて呟く。

「遅いねー……」熱い地面を見ながら呟く。

 八月三日の朝十時。天気、快晴。私と茜は藍川と一宮を待っていた。

 海に行こうと決め、駅に着くとすでに茜が待っていた。他の二人はまだ来ていなかったようなので二人で談笑をしていた。けれど待ち合わせを過ぎてもやって来ない。

「何かあったのかなぁ」

「大丈夫じゃない? ……多分」

 事故とか遭ってなきゃ良いけど。そう思った時に背後から声が聞こえた。

「三上ー! 川瀬ー! わりい遅れた!!」

「ごめーん!」

 はあはあと息を切らしながら一宮と藍川が走り寄って来る。

 茜がホッとしたような表情になって明るく手を振った。

「もー、遅いよー!」

「悪い悪い、寝坊しちゃって……」

「十時まで?」

「起きたのが九時五十分だった」

 早く寝とけよ。

 藍川も息を切らして立っていた。私の視線に気が付き、困り顔ながらもへらっと笑う。

「ごめんね……後で何か奢るよ」

「じゃああたしアイスが良い!」

 ここぞとばかりに挙手をして言う茜。一宮の方を見て、あんたもね? といった視線を送る。

 一宮も一宮で頷いた。

「分かったよ。――ところで次の電車いつ来るんだ?」

「えっとねー……十分後かな」

「じゃあそれまで座ってるかー」

 そして電車が来るまで皆で雑談をしていた。



 十分後丁度に来た電車に乗り、数駅止まってから降りる。

 駅から出てすぐ目の前には広い海が広がっていた。キラキラと日の光を浴びて光る青い海、さらさらとした砂、老若男女の様々な人がいっぱい泳いでいるし、遊んでいる。

 一昨日の海とは違う海だけれど、こっちの方が賑やかだし、岩場も少ない。

「海だ――――!!」

 飛び跳ねる茜。跳ねる度に短いスカートが捲れてしまっている。

「お、おい三上。スカート捲れてんぞ!」

「ありゃ? でも下に穿いてんの水着だし、大丈夫だよぉ。それとも見たいの?」

 ニヤニヤと笑いながら茜がスカートをゆっくりとたくし上げる。ギリギリのところで止めるけれど。

「ばっ、馬鹿やってんなよ! ほら、早く行こうぜ!」

「はいはい」

 フフッと含み笑いをしながら、一宮の後ろを茜が追い掛ける。私達もそれに続く。

 更衣室の手前で茜が

「覗かないでよ?」

 と一宮に言った。

「覗かねえよ!」

 少し赤くなった一宮が答える。

「……覗かないでね?」

 何となく私も藍川に言ってみる。

「の、覗かないよ」

 藍川も照れたように答えた。


 更衣室には数人の女性がいた。中年のおばさん達や、母親と子供、若い女性。隅に空いているロッカーを見つけ、そこに着替えやら貴重品を置いておく。

 茜は勢い良く上の服を脱ぎ捨て、その下にはこないだ買った水玉オレンジビキニを着ていた。茜ってスタイル結構良いな。

 私もごそごそと服を脱ぎ、水着に着替えていると……じーっとした視線が茜から送られていた。

「……? な、何?」

「…………凪さあ」

 茜が鞄をまさぐる手を止め、私の体に視線を向ける。目じゃない、首じゃない、肩じゃない、胸じゃない、お腹。……あ。

「っ!」

 そう言えば一昨日にお腹を蹴られたのを思い出した。一晩寝たら痛みは治まったけれど、少し痣が残ってしまっていた。それが今も薄らと残っている。

 茜はそんな私のお腹の痣を見ている。慌てて水着を下ろして隠すが、見られたことに変わりは無い。

「あ、いやこれは! ……ちょっと、転んじゃって」

 自分でも見苦しいと分かる言い訳。そんなんで納得出来る筈が無い事は私も分かる。

 茜は驚きも怒りも見せず、ただ無表情で口を開いた。

「凪は――――あたしに、何か隠し事があるよね」

「え?」

「それが何かは分からないけど。でも、絶対何か隠してる」

「…………」

 確かにあるっちゃあるけど。この痣を作った原因とか、佐々木さんや棺先生や藍川との関係とか、そもそも人殺しのこととか。

 でもこんなの言えるわけがない。

「それに、藍川も」

「…………」無言。

「もしそれで辛かったり、痛かったり、悲しかったりしたら……あたしにも言って欲しい」

「…………」言えないよ。

「……だけど」

 茜は少し、寂しそうに笑った。

「言いたくないなら言わなくて良い。それがもしいけないこととかであっても、あたしは凪達を応援するから」

「…………」

「あたしは凪達の友達だから」

「……………………うん」

 頷く。

 漫画や小説なんかだと、こういう時に自分の一番欲している言葉とかが出て来ると思う。だけど現実はそう上手く行きはしない。

 だけど、茜のこの言葉は素直に嬉しい言葉だった。

「ほらまっちゃん、早く海いこーよー!」

「まってよみっちゃん!」

 近くを小さい女の子二人がパタパタと駆けて行く。微笑ましい光景に少し笑う。

「じゃ、そろそろ行こうか」

 鞄からくしゃくしゃの浮輪を取り出して茜が言った。

「だね」

 サンダルを履いて、そして私達も笑い合いながら外に出た。


「お待たせ!」外ではすでに藍川と一宮が待っていた。二人は特に特徴は無い普通の水着だ。海パンだったっけ? こういうの。藍川は上に白い半袖パーカーを羽織っていた。

「おう!」

「二人とも、水着可愛いね」

 藍川がニコニコ笑いながら言って来る。一宮もコクコクと頷いていた。

「そう? ありがとー!」

「ありがと、嬉しいよ」

 素直にお礼を言ってから藍川に尋ねる。

「そのパーカー暑くないの?」

「うーん、ちょっと暑いかな。でも日焼け対策としてさ」

「乙女かお前は」一宮が突っ込む。

「それより早く行こうよ! あ、圭介この浮輪膨らませて」

「俺かよ!」

 言いながらも浮輪に口を付け、息を吹き込む。それを見て笑いながら砂浜に駆け出した。



「あっづ! 足焼ける! 焦げる!!」

 砂浜に足を付けた途端、一宮が足をバタバタさせる。砂は太陽の日を浴びてとても熱くなっていた。

「サンダルどうしたのよ」茜が聞く。

「置いて来た! あちちち!!」

 馬鹿だなー、と皆で笑う。駆け足で海に向かい、一宮が真っ先に海に足を付ける。

「……はー、助かったぁ」

「あははっ! もう、圭介面白いなぁ」

 茜が笑い、一宮は照れてそっぽを向く。そして膨らんだ浮輪に封をして茜に渡す。

「ほら、浮輪」

「うわ、早いね。ありがとう!」

「……おう」

 明るく微笑んだ茜は、そのまま海に浮輪ごと飛び込む。ざぶんという音がしたがあまり深くは無かったようで、腰辺りから水面に出ていた。

「ぶー……そうだ! 一宮、深いとこまで連れてって!」

「は? 何で俺?」

「別にいいじゃん。浮輪乗ってくから泳げないしー」

「……しょうがねえなあ」

 そして茜を乗せた浮輪を一宮が押しながら泳ぐ。キャッキャとはしゃいでとても楽しそうだ。茜が。

「藍川も泳ごうよ」

「そうだね、泳ごうかな」

 パーカーを脱いで適当にその場に放る。スラリと伸びたなまめかしい上半身が露わに……「うわ藍川ほっそ!」一宮の言葉と茜の驚愕の表情通り、藍川の体は痩せている。痩せ細っていると言っても過言ではない。まあ私は前に一回見たけどね。

 苦笑いでそれに答えた藍川。特に話を広げはせずに海にゆっくりと入り始め、体を隠した。

「わー、意外と冷たいね」

 確かに海の水は冷たかった。足元からひんやりと体が冷えて行くような。けれど少し進んで全身を浸かると、冷たいということも忘れてしまった。

 ぷかぷかと海に浮かんでいると、少し気持ち良い。海の水は綺麗で透き通っているという程では無いので魚が見えたりなんかはしないけれど、それでもまあまあは綺麗だった。

「凪ちゃーん」

「何……ぷわっ!」顔に水がかかった。

 慌てながら顔を腕で拭い見てみると、藍川が私に海水をかけてきて笑っていた。

「へへっ、水鉄砲だよ」

 頬を伝う海水を舐めてみる。しょっぱいのもあるけれど、苦い。海水って色んな成分含んでるからな。

 藍川を見て、右手を海水につける。そして振りかぶるようにして水を一気に藍川にかけた。

「うわっ!」

 バシャンと水がかかり、藍川の顔や髪を濡らす。それを見て私は笑った。

「……やったね?」

「お返しだよ」

 そして始まる水合戦。子供っぽいなあと一瞬思ったけれど、楽しいから気にしないことにした。


 そのまま泳いだり遊んだり、しばらく時間が過ぎるのも忘れて遊んだ。

 けれど海の水が冷たかったこともあり、そろそろ一回上がろうか? となった時だった。

「ねぇ、これ食べられるかなー」

「どうだろ。茹でれば大丈夫じゃない?」

 近くの岩場がある方で子供の声が聞こえる。少し泳いでそちらを覗くと、そこに二人の子供がいた。

 一人は女の子。ふわふわした茶髪のロングウェーブに、ちょっと釣り上がったアーモンド形の目。

 一人は男の子。同じくふわふわした茶髪と、女の子とは正反対の垂れ目。

 双子なのか、顔付きが少し似ている。男女の双子とは珍しい。

 二人が着ている服はお揃いのTシャツと黒い短パン。だが何よりも目立つのは、そのTシャツの胸元に描かれている筆で書いたような大きな文字だ。

 女の子の方は『女』、男の子の方は『男』。色々と突っ込み所がありそうだ。

 二人は岩場で色々と物色しているようで、海藻やら貝やらを拾い集めていた。

「ワカメあるわよ、ほら。あんたの髪と同じね」

 女の子が大きなワカメを拾い、男の子の前で揺らす。同じって髪のことか。

「や、やめてよぉ! ぼくの髪、ワカメなんかじゃないもん!」

「良いじゃない、似てるんだし」

「なんだよ! そっちこそ長いワカメじゃないか!」

「なっ……!」

 ギャーギャーとくだらない理由で言い争いをする様子を見て、微笑ましく思う。

 けれど、

「なあなあ、そこのお譲ちゃん。君達ここで何してるの?」

 その二人に一人、見た目十代後半の男が近付いて行った。

 短い金髪と耳にピアスをしたその人は、笑顔で二人に話しかける。優しそうな笑顔にしているつもりなんだろうが、ニヤニヤした笑みにしか見えない。

「こんな所で遊んでると危ないよ? 俺達が一緒に遊んであげるよ。おいで?」

 内容の前半は正しいけれど。後半が何か危ない。容姿と合わせても。

「…………」

 二人は黙り込んでしまっている。けれどどちらも表情が不安そうで、足もゆっくり後ろに下がっている。

「…………だ、大丈夫です。いこっ!」

 そのうち男の子が女の子の手を引いて、男の傍を横切ろうとする。

「そんなこと言わないでさぁ。遊ぼうよ」もう一人、男が現れて行く手をはばむ。

「っ!」

「おいおい拓郎たくろう、この子達脅えてんじゃーん!」

「うっせ馬鹿。お前がニヤニヤしてっからだろ?」

 ゲラゲラと下卑た笑い声。その笑い声に双子は過敏に反応し女の子が涙目になる。男の子も涙目ながらも女の子を守るように前に出て立っていた。

 私の後ろから誰かが泳いで来る音がする。振り返ると一宮と茜だった。少し遅れて藍川もやって来る。

「凪どうしたの? そんな真剣そうな顔して」

 私が無言でそちらを指差し、皆もそちらを見る。そして真面目な顔付きになった。きっと今の私も同じ顔なのだろう。

 その間にも時間は進む。気が付くと一人の男が男の子の手を握ろうと手を伸ばした所だった。

 どうしよう、という言葉が口から漏れた時。近くでザバリと誰かが水から上がる音がした。そして、

「おっ、おいコラアァ――――!!」

 背後から響く大きな叫び声。振り返らなくても分かる。一宮だ。でもまあ一応は振り向いておく。

「うぇっ!? 圭介!?」

 茜が慌てふためきながら浮輪を叩く。『何大声出してんの見つかっちゃうよ!?』ってことだろうか。

 あの子達を助ける方法はきっとこれ以外にいくらでもある。警備員を呼ぶとか、周りの大人に助けを求めるとか。

 でも一番早く行動に移せる選択を一宮は選んだのかな。

「……あ? 何だお前」男が言う。

 一宮が岩場によじ登り二人を守るように前に出て、仁王立ちで相手を睨む。相手を見下すような表情でやっているのは良いけれど、やっぱり緊張しているのか唾を飲む。

「ぇ、あ、あの……?」

 一番困惑しているのは双子だった。いきなり現れた一宮を敵だと思えば良いのか味方だと思えば良いのかといった感じか。状況的に味方だとしても、味方が安全な人だとは限らないしね。

 一宮はあくまで冷静なフリを努めて、指で浜辺の方を指す。

「話し合おうにも、ここじゃあやり難いだろ。あっち行こうぜ」

 そこは人が疎らではあるものの、岩場でもなく小石も少なめで、そして海の水で少し湿っている場所だった。確かに動きやすそうだ。

 男二人も互いに顔を見合わせ、笑う。私達のことをどう思ったのかは知らないけれど、その顔から見ると『楽勝だぜ』かな。

 一宮の後ろを男達が、そしていつの間にかパーカーを着た藍川が追いかける。

 私と茜も一瞬顔を見合わせたが、

「え、お、お姉さん……?」

 おどおどしている男の子と、不安げな女の子を見て、取りあえずどちらも頭を撫でた。そして二人と一緒に、一宮達と少し離れた距離を保って後を追いかけた。



「で? 何よあばら一本いっとく?」

「……………………」

 ニヤ付く男達と対照的に、一宮は無言。超無言。冷や汗ダラダラ。

 大分離れた所で双子と一緒にいる私達は一宮の様子を見て不安感が増す。

「あの」

 微かな声に下を見ると、私の腕を掴んで私を見上げる男の子と目が合った。間近で見ると、さっきは分からなかった細かな部分までよく分かる。

 子供らしきふっくらとした頬、柔らかな手、大人しそうな垂れ目と口元。ああ、本当に髪がワカメみたいだ。茶色いワカメ。

「……んむ」

 だけど、ちょっと腕が細い気がする。足も。スラリと言うかほっそりと言うか。それに服や髪が少し薄汚れているような気も。泥遊びでもしたのか?

 男の子はそんな私の視線を少し訝しげな様子で見ている。

「ああ、何かな?」

 しゃがんで視線を合わせるようにする。優しそうな笑顔を意識して尋ねると、男の子は少し困ったように俯いた。

「……すみません。ぼく達の所為せいで、お姉さん達を巻き込んでしまって」

 大人びた喋り方をする子だな。

「私達が勝手にやったことなんだし、気にしないで。それより怪我は無い?」

 はい、大丈夫です。としっかり答えた男の子の頭を再度撫でる。そして一宮達を見ると、更に険悪な雰囲気を漂わせていた。

 一宮が金髪と睨み合い、藍川はもう一人と向かい合わせている。藍川の方はニコニコと微笑んでいて、それが相手を刺激しているようだった。

「何だよその顔。馬鹿にしてんのか? あぁ?」

「…………」

 一触即発いっしょくそくはつの雰囲気。今にも殴り合いが始まりそうだけど、こっちに勝ち目は無さそうだ。

 その時一宮がこちらをちらりと見た。流すような視線だったけど、意味は多分伝わった。藍川もそれが分かったのか、少し足を踏み締める。

「「「……?」」」

 意味が分かって無さそうな双子二人と茜にこそこそと耳打ち。三人は少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。

「っ」

 金髪の男が足を一歩前に出す。ザリッと砂に少し足を埋める音がした。

 その瞬間一宮が口を開く。


「逃げろぉっ!!」

「は?」

 脱兎のごとく駆け出した。


「は……は!? おいちょっと待て――」

「誰が待つか!」

 男達から一宮と藍川が走り出し、一拍置いて男達も状況を把握し追い掛ける。濡れた砂の上だったので、乾いた砂よりは走りやすい。周囲を歩く通行人が、何事かと私達に唖然とした視線を向けていた。

 私と茜は双子二人の手をそれぞれ引いて走っていたが、「やっ」茜が手を引く女の子が転ぶ。

「あっ!」

 茜が慌てて立たせようとするが、口に砂が入ったのか女の子はしきりにせている。

 捕まる。そう思った時、

「ああもうっ……おらっ!」

「へ!?」

 早くも私達に追い付いた一宮が女の子を脇に抱える。荷物のような扱いになってしまったが、女の子は文句は言わない。というか言える状況じゃないし。

「監視員さーん! 助けてください、変な人達に追われてるんですぅー!」

 少し間延びした声で藍川が近くにいた監視員に呼び掛ける。その人は一瞬不思議そうな顔だったが、私達の後ろを走ってくる男達に慌てて制止をかける。

 笛を吹いて「そこの人達止まりなさい!」と。男達は男達で喚いていたようだったが、私が後ろを振り向くともう走って来る様子は無かった。

 安心しながらもそれから少し走り、男達は完全に見えなくなった。





「ありがとうございました! 助かりました!」「ありがとう」

 その後男の子と女の子は頭を下げて礼を言って来た。

「良いんだよ、本当。良かった良かった」

 一宮が二人の頭を撫でる。子供って何か撫でたくなるよね。

 そして二人が何か言おうと口を開いた時。

 ぐぅー。

「……………………あ」

 男の子のお腹が鳴った。少し照れ、恥ずかしそうに顔を赤くする。女の子はそんな男の子に「馬鹿」と言ったけれど、こっちもお腹を押さえている。お腹減ってるんだな。

「時間的にもうお昼だねえ」

 茜が近くの時計を見る。十二時四十五分、大分昼時。時間が経つのは早いなあ。

「そう言えば君達、お父さんやお母さんは?」

 茜が尋ねると、二人は一瞬ピクリと肩を揺らした。そして答えない。

「……ちょっと他行ってるんです」男の子が答える。

「お前達だけ置いて? まだ子供じゃないか。何歳なんだ?」今度は一宮が尋ねる。

 見た目的には九歳か十歳そこらの二人。男の子が細い両手を出し、指を立てる。一本だけだして少し止まり、次に全部一気に。

「「十歳」」

 じゃあ小学四、五年生か。

「お名前は?」今度は藍川が。

「「…………」」

 今度も黙る。互いに目をちらちら目配せ合って、何かを訴えかけているようだった。

 個人情報の漏洩でも恐れてるのか? 本当に大人びた子達だなと思っていると、女の子がゆっくりと口を開く。

「……みつき」

 へえ。みつきか。

 男の子の方は少し目をくるくると回していた。まるで何かを考えているようだったが……まさか自分の名前を考えているとか?

「……ひっ…………ほしと、です」

 ほしと、ね。最初の『ひ』が気になったけどこれは後でまた考えよう。

 もしかしたらだしね。

「へー、みつきちゃんにほしとくんね。良い名前じゃない!」

「そ、うですか……ありがとうございます」

 何故か茜の言葉に苦笑いを返す二人。不思議そうな顔をした茜だったが、思いたったようにまた尋ねる。

「ねえねえ! あなた達、今二人だけなんでしょ?」

 二人は頷く。茜は今度は一宮に目を向けた。

「圭介っ! 皆のご飯奢ってよ!」

「……は? 皆!?」

「うん。皆!」

 何故! と驚く一宮に茜が手を叩く。

「お願いっ、良いでしょ?」

 いやあ良くないんじゃないかなぁ。思ったけど口にしない。

 一宮はうーん、とかでもなぁ、とか悩んでいたようだったけど、

「さっきの一宮、格好良かったよ」

 という茜の言葉に少し頬を赤らめた。確かにさっきは格好良かったな。

 そして頭をガリガリ掻いたかと思うと、溜息を付いて立ち上がる。

「しょうがねえな。買って来てやるよ!」

「わーい! 圭介ありがとう。大好きっ! ――あたしかき氷食べたい! あと唐揚げとソーダと……」

「お前……」

 一宮は苦い顔をしながら私達にも聞いてくる。

「私はおにぎりとお茶で良いよ」

「僕も今は食欲無いし……あ、パンあったら買って来てくれない? 何でも良いから」

 了解して財布の中身を確認しながら、一宮がみつきちゃんとほしとくんに尋ねる。

「お前らは?」

「あ、えと……一番安いので」謙虚な子達や。

「…………分かった、オッケー。高い焼きそば買って来てやらぁっ!」

 ダッと走り出しながら一宮が消える。二人は少し驚いたようだったが、

「良いのよ、あいつはあれで」

「良い……んですかねぇ」

 知らない。

「あっ」

 みつきちゃんがズボンのポケットから何かを落とす。慌てて拾い上げようとしていたけれど、私が先に拾って渡す。

「はいどうぞ」

「っ! 、ありがとう」

 少し焦ったような顔をしていたみつきちゃん。手を伸ばして私から落ちた物を取る。

 彼女が落とした物はマッチ箱。何の変哲もないマッチ箱。

 ……でも、もしかしたらだね。



「今日は本当ありがとうございました!」

 皆で一宮が勝ってきた昼食を食べ終わった後。二人はそう言って頭を下げて来た。何回もお辞儀する子達だな。何か慣れてるというか……うん。

 私達も笑顔で返事を返し、

「君達はこの近くに家があるの?」

「あっ、まあ、はい。そうですね」何度も頷く。

「あたし達、渚街住んでるんだー。近かったら良かったのにねぇ」

 へらっと笑って茜が言う。

「渚街?」女の子が尋ねる。

「そう、そこ」

「……そうなの」

 何か思い入れがあるんだろうか?

 そこで二人はニッコリと笑った。

「では、ぼく達はこの辺で失礼させていただきますね」

「うん」本当、礼儀正しい。

「「さようなら」」二人で声を合わせて言う。

「はいさようなら」

 歩いて帰って行く二人に手を振ると、二人も手を振り返してくれた。

 しばらくその背中を見送って、見えなくなった頃。

「――――よし、泳ぐか!」

 茜が元気良く言った。

「またかよ? もう疲れたよ、俺」

「まだまだぁっ! 疲れたんなら砂に埋めるわよ? 横たわらせて、砂かけて、女の人の形にして……」

「おいやめろ」

 元気はつらつの茜は私にも目を付けて来た。キラリンと光ったような目の輝き。そして、

「凪も藍川も泳ごうよ! 向こうの陸まで競争だぁ!」

 いや、島とかじゃなくて陸かよ。何日泳げって言うんだ。

 茜を除く三人で顔を見合わせ、苦笑い。

「早く早くっ」

 嬉々とした茜を見ながら、私もまた海に入る。



 夕方になると辺りも薄暗くなる。まだ明かりがあることにはあるが、そろそろ帰ろうかという時になる。

「今日は楽しかったね。見て見て! さっき貝殻拾ったんだ!」

 茜が両手を広げてこちらに見せる。薄い白色の渦巻状になっている貝殻が数個乗っていた。

 それを耳に当てて、「海の音が聞こえる!」と喜ぶ茜。「だってここ海じゃん」と一宮が笑う。

「また遊ぼうねー」

 そんな茜の言葉に、一宮が思いついたように挙手をした。

「遊ぶといってもさ、明後日にでも皆で集まって宿題でもしねぇ?」

「「「えー?」」」

 一宮以外の三人からブーイング。勿論私も含む。一宮は少し苦い顔をしつつも、「だって宿題早く終わらせた方が良いじゃん」と言った。

 ……そんな、七月あたりで宿題を終わらせて八月中に遊ぶみたいな考えなんて。一番良い方法なのだろうが、実行に移すことはとても難しい。

 けれどまあ終わらせられるのなら終わらせたいよな、と皆は渋々頷いた。

「でもどこでやるの?」私が言う。

「喫茶店とか?」藍川の問いに、「でもやり難い雰囲気じゃね?」一宮が答える。

 茜が唯一黙って考え込み、そのうちポンと手を叩く。

「そうだ、凪の家に行こう」

「はい?」京都かよ。

 嬉々とした表情と動きで、私に上目遣いでお願いする。

「だってあたし凪の家行ったこと無いんだもん。見てみたいしさー……ね? 良いでしょ?」 

「むぅ…………」

 それを言うなら私も茜の家とか行ったこと無いんだけど。一宮も。……藍川だけかな、来たのは。

 一宮が目線で私に「良いのか?」と問いかける。藍川も同じように。

 ……家に両親はいないし、明後日だったら明日家を掃除すれば大丈夫。まあテーブルは大きいし、いけるかな。

「あー、うん。オッケーだよ」と了承の旨を伝える。

「やたっ!」顔を明るくして嬉しそうにする茜。そして

「凪の家ってどこ?」「あっとね…………いいや、学校に来てよ。連れてくから」

 よろしくー、と明るい口調で皆が言った。

 宿題ね、うん。

 ……やりたくないなあ。

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