第21話 教会のお兄ちゃん
『ねえ凪、今日の午後暇?』
茜から電話が来たのは朝のことだった。
その時は適当に宿題をやっていたが、宿題よりは友達の用事に付き合う方が良いだろう。と言う訳で「暇だよ」と答えた。
『じゃあさじゃあさ、水伯街行きたいんだけど、一人じゃちょっと寂しくて……って訳でお願い! 付いて来てくれない?』
水伯街って確か、前にクレープを食べに行った所だよな。藍川が昔住んでたって言う。近くの教会、まだあるんだろうか。
断る理由も無いので了承する。茜も嬉々とした声色になって、約束をして電話を切った。
午後になり、駅前で少し待つ。五分程度経ってから「おーい!」という聞き覚えのある声が聞こえた。
声の方向を向くと、茜が手を振りながら駆けて来るところだった。黄色いノースリーブとデニムのホットパンツといった涼しげで露出の多い格好で、四肢が細いのが強調されている。
「ごめん待った!?」息を切らして謝って来る。
「いや全然」待ち合わせ時間数分前だし。
そして茜は切符を買い、電車を待つ。電車が来たらそれに乗り街に向かった。
駅から出て見る光景は前と全く変わらない。普通に車の往来が多く、賑わっている街中を歩き、茜がある店を見つけた。
「あった! ここだよここ!」
「ここ?」
そこはとある服屋だった。『安い! 綺麗! 可愛い!』と言う文字が書いている旗が駐車場に何個も立てられていた。茜は私の腕を引きながらその店に入る。
店内は冷房が利いており大分涼しい。数人の女性や男性がそれぞれ服を見ている中、茜はお目当ての物に駆け寄る。
「きゃー可愛いっ!」
目を輝かせながら見ているそれは、水着だった。コーナーとして設置され、多様多種な水着がずらりと並んでいる。派手な物から地味な物まで何でも。
何故水着を買う必要があるのかと思っていると、そんな私に茜は言う。
「来週ぐらいに行きたいな!」
「……え? あ、何が?」
全く話の意図が分からなかった私に茜は頬を膨らませる。
「忘れたの? 夏休み前、海に行こうねって約束したじゃない!」
「あー…………そう言えばそうだったね、うん」
そんな約束もしてたな。そうか、海か。
「凪は水着買ったの?」
「いや、持ってないし買ってない」
「じゃあ来週までに買わなきゃね!」
「そうだね」
茜は数着を選び服の上から水着を押し当て、鏡で見比べる。
「ねえ凪、これとかどうかな?」
茜が言ったのは、鮮やかな赤色の水着だった。そこらじゅうにフリルが付き、それでいて胸の辺りやお尻の辺りの露出が多め。
「ちょっと派手じゃないかな」
茜は少し落胆したようだったが、すぐにまた次の水着を選んでいた。数着を見比べて思考錯誤を繰り返す。そこで不意に尋ねて来た。
「凪はどんなのにするの?」
「面倒だから適当かなあ」
そう言うと茜が少し驚いた様子で首を横に振る。
「駄目だよそんなの! スク水とか着る気?」
「え、いやそこまでは……」
「黒い水着の胸元の白い名札に『なぎ』って平仮名で書かれてるんだよ!? そんなの着てたらロリコン変態共に狙われちゃうよ!」
ロリコンと聞いて真っ先に棺先生を想像する。何かタンスのどっかに幼女が着てたスク水とか隠し持ってそうで怖いな。てか女子高生の年齢はもうロリじゃない。
「着ないから! 声もう少し小さくしてよ、周りの人が見てるでしょ」
実際茜の声に、辺りの人の視線が私達に向けられていた。苦笑いをしている人が大半だったが二人ほど息を荒くしている男性がいた。棺先生の仲間だと思うことにして無視をする。
「凪、まだ買ってないんだったら今買っちゃおうよ。ここ種類多いんだよ!」
「でも金が無いよ」数千円しか持って無い。
「じゃああたしが出してあげる!」
いやそれはいくらなんでも悪いだろう。まあそうだとしても後で返すとして、
「今何年持ってるのさ?」
すると茜はニンマリと笑い、肩に下げたポーチから長財布を取り出した。薄いオレンジ色の財布の中身をちらりと見せる。……ほうほう、諭吉が三枚と。大金だな。
「今日は奮発した! アルバイトで入ったお金と今月のお小遣い殆ど。可愛いの買うんだー!」
にへへと蕩けるような顔になる茜。アルバイトしてたんだなと思うと同時に、どうしてそこまで水着に拘るのか疑問に思った。
まあそのへんは良いかと思い、私も水着を物色し始める。
結局茜が選んだ物はフリフリの付いた水玉オレンジのビキニ。私は無難に青と黒のボーダーと防水の半ズボン。値段はまあまあ高かったが茜は笑顔で支払った。
外に出て、喫茶店でお茶でもしようか? と言う話をしている時、茜が足元の段差に躓いた。前のめりに倒れそうになる。
「きゃっ!」
「あっ!」かね、と言う前に。
誰かの手が茜の腕を掴んだ。
ぶらりとその手にぶら下がるようにしながら体勢を持ち直す。驚いた顔で茜と私が手の持ち主を見上げた。
「大丈夫か?」
無造作な焦げ茶の髪に整った顔。十人中九人が格好良いと思うような、そんな男性が立っていた。棺先生と同じくらいかもしれない。
キリッと涼しげな目付きは少し威圧感があったが、どこか優しさも感じられる。茜は男性をポーッとした表情で見つめていたが、我に返ると慌てて返事を返す。
「ひゃ、ひゃいっ! 大丈夫でしゅっ!!」
噛みまくってやがる。茜の返答に、男性は軽く微笑む。
「そうか、良かった」
そして茜を立たせ、その場を歩いて立ち去って行く。それを見送った後茜は、ゆっくりと私に振り向く。
顔は赤く、目はキラキラと輝き、口が緩んでいた。
「っ……! か、格好良い……!!」
「うん、そうだね」
キャーキャー言いながら茜は私の肩を叩く。興奮したようにさっきの男性のことを喋り、最後にはうっとりとした表情で、
「海に行った時、あの人いないかなぁ!」
「……うん、いると良いね」
いるとは思えないけれど。
「そろそろ帰ろうか?」
喫茶店でお茶をしてから数分後、茜が言う。私は何となくもう少し街にいたかったので、
「私はもうちょっといるよ」
「そう? じゃ、先帰ってるね」
そして茜と別れ、私は一人街を散歩することにした。
花屋で花を見たり、本屋で本を読んだり、路地裏にいた黒猫に話しかけたり、見るからに危なさそうな人達とビクビクしながら擦れ違ったり、色々。
そんなこんなで時間は過ぎ、最後にまた教会に寄ることにした。
「あーお姉ちゃんだー!」
「はいはいお姉ちゃんですよ」
教会の前の道で子供達が遊んでいた。そのうち一人のこないだの女の子、花ちゃんが私に駆け寄り抱き付く。
私のことを覚えていてくれてちょっと嬉しい。頬をすりすりと服に擦り付ける様子は微笑ましかった。
「あのねー! あのねー!」
何か話を聞いて欲しいようで、嬉々とした表情で私を見上げる花ちゃん。しゃがみ込み視線を合わせ、「なぁに?」なんて首を傾げる。
花ちゃんは満面の笑みで、
「今日、お兄ちゃんが来たんだよ!」
と言った。
お兄ちゃん? ああ、こないだ来た時に行ってた人か。確かお金を寄付する……んだっけか。
「そっかそっか、お兄ちゃん来たのか。良かったね」
「うん! でもでも、今もまだいるんだよ!」
「え?」
こっち! と手を引っ張られる。転びそうになりながらも後を追う。
教会の中に入り、前にも通った廊下を通る。中庭には行かずに大きめの扉に手をかける。
「うんしょっ……シスター! お姉ちゃん来たー!」
広いホールだった。数個の木で作られたテーブルと椅子が並んでおり、他には特に何も無い。休憩所のようなものなのだろうか。
そしてそこにいたシスター三人、一人の男性が私達に視線を集中させる。
「――あら、凪さんではありませんか」
「あ、お久しぶりです」
シスターのうち一人はマリア様だった。緑目を細め、優しそうに微笑む。他のシスター二人は若い女性だったがペコリと一礼をしていた。
そして男性はさっき茜がぶつかった人だった。
「……さっきの?」男性が呟く。
「はい。さきほどは友人がありがとうございました」
「いや、別に」
無愛想な態度と目付きだったので少し焦る。何か失礼なことでもしてしまっただろうか? と、マリアさんがクスクスと笑い出した。
「ふふっ……この子、昔から無愛想だけれど、本当はとても優しいんですよ」
「……マリア様…………」
言うなよ。といった態度で男性はそっぽを向く。微かに頬を赤く染めていた。ツンデレか。
というか、ん? 昔?
「雪くんは昔、この教会の子供だったんですよ。皆のお兄ちゃん的存在でとても可愛い子でした」
「へぇ、そうなんですか」
つまりは親はいなかったのかな。
男性は目の前に置かれていたお茶を飲み干し、立ち上がる。
「じゃあマリア様、そろそろ失礼させていただきます。またそのうち来ますので」
「あら、そう? 今日はありがとうね」
そして男性が歩き、私の横の出口に近付いた時、
マリアさんが少し不安そうな顔で、男性に言った。
「……雪くん。いつも、あんな物持って来なくても良いのよ?」
『あんな物』って、どんな物だ?
男性は扉に向けていた顔をマリアさんに向け、薄く微笑む。
「オレが勝手に持って来ているだけですから。生活には有り余ってますし、好きに使ってください」
「でも…………」
マリアさんはまだ何か言いたそうにしていたが、男性は聞こえなかったフリをしてそのまま出て行った。
少し困ったような笑顔で私に微笑みかけるマリアさん。
その時、立っていたシスター達の一人が持っている紙袋に気が付いた。
ほんの少し、紙切れが袋から覗いていた。
「…………」
お金、だろうか。それもかなりの大金だ。
その後少しマリアさんと話し、子供達と遊び、帰路に着く。
教会前の塀に、男性が寄りかかっていた。私を見つけ、話しかけてくる。
「やあ」
「どうも」
それだけかと思ったが、男性は言葉を続ける。
「この教会の知り合いか?」
「前に一度来て、マリアさんや子供達と知り合ったぐらいです」
そうかと言って男性は黙る。なので今度は私の方から質問をしてみた。
「マリアさんが言っていた『あんな物』って、もしかしてお金ですか?」
頷いて肯定する男性に、続ける。
「……あんな大金を手に入れることが出来るなんて、凄い仕事をしてるんですね」
「…………」
ちらりと私に目を向ける。睨んでいるわけではないだろうが、目付きが鋭いので少し怖い。
男性は小さく、ああ、と呟いた。
「公務員? 弁護士とか? 会社員?」あと殺人とか?
「まあそんなところだ」
そうですか。
「お仕事頑張ってくださいね。では」
そう言って男性に背を向けた。数十歩歩いた所で振り向く。
男性はもう見えなかった。




