第20話 警察
それからまた数日。茜からメールで『数学の問3の答え教えて』と来たので『織田信長』じゃないかなと答えたり、藍川と『自由研究は朝顔の観察で良いかな』『理科は自由研究じゃなくてプリントだよ』というやりとりをしたり、一宮から『宿題四割終わったぜ(´◉◞౪◟◉)<ドヤァ』と言うので『爆ぜろ』とだけ送ったりしていた猛暑日朝方。
不意に家のチャイムが鳴った。
「……隣のおばさんか?」
一度鳴ったチャイムは、二回は鳴らなかった。早歩きで玄関に向かい、靴を履いてドアノブに手をかける。
「はーい」
扉の先には、一人の女性が立っていた。
明るく整っているショートの茶髪に、キッチリした黒いスーツがあまり合っていない。こんな猛暑日なのに暑くないんだろうかと思っていると、女性は笑顔で会釈した。
「こんにちは。川瀬さんのお宅ですか?」
「……はぁ、そうですが」
時間的にはまだおはようじゃないかな。でもまあ、初対面だったらこんにちはよりおはようの方が語呂的に合うかも。
女性は胸元のポケットから、黒い手帳を取り出した。そして笑顔を保ったまま、
「警察の者ですが」
と、警察手帳を片手に言い放った。
「どうぞ」女性の前にアイスコーヒーを出す。
「どうも」お礼を言いつつ、女性は口を付けない。
リビングのソファーに女性を座らせ、私は向かいに小さな椅子を持って来て座る。
女性は深々と座ったままお辞儀をし、
「私、警察の柊冬音と申します」
「あ、えと、川瀬凪です」
こっちも深々と礼を返す。
冬音さんは部屋をじっと見回し、私を見ようとはしなかった。
「良い家ですね」
社交辞令のように軽い口調で言う。
「両親が働いて買ってくれた家ですから」
「そうなんですか。――――それで、本日ご両親はどちらに?」
「海外へ出張中です」
嘘をつく理由も無いので正直に。お母さん達は、家に警察が来たと言ったらどんな反応をするだろうか。お盆には帰って来るかな。
冬音さんは少し眉を潜ませたが、すぐに凄いですねと言って笑顔に戻る。
……と言うか、
「それで、要件は?」
「ああ、そうでした」
警察が家に来て、何の要件も無い訳が無い。遂に私の犯罪がバレてしまったんだろうか。ああ、これで日の光を浴びる生活も最後かな、ちゃんと後で浴びとこう。暑いけど。
冬音さんは少し真剣な顔になって、淡々と説明を始める。
「――――最近、この街付近で連続殺人事件が起こっていることは知っていますね?」
「ええ、勿論」
高校生だもの、ニュースくらい普通に見てるよ。舐めんな! なんて脳内で叫んでみる。言わないけど。
「ここ最近起こった、近くの県と合わせての死亡事故の死因としては、自殺も含め、刺殺、撲殺、事故死、絞殺、焼殺、毒殺、変死、などが専らです。近日ではこの市の周囲でも数件発生しました」
「…………」
冬音さんは一度説明することを止め、数秒の沈黙が流れる。そしてまた続ける。
「……ですが、警察として不甲斐無いながらも、証拠を掴むことはいまだ出来ていないのが現状です」
「はぁ」
おかしいな。これだけどんどん人を殺してるのに、警察が証拠を掴めないものなのか? 証拠隠滅だって最初は丹念込めてやっていたけれど、最近では捕まっても良いかなと思って来たから適当に済ませている。そんな素人達の殺人を、警察が苦戦するのはおかしい。……いやまあ、捕まらないのなら犯人としては大助かりなんだけどね。
「住民の皆さんには大変申し訳なく思っているので、本日はその謝罪と注意を呼び掛けに来ました。……住民の皆さんに不安を抱かせるような生活を改善することが出来ず、誠に申し訳ありません」
「い、いえ。私は大丈夫ですし、警察の方々が苦労するのもしょうがないですし……」
というかむしろすみません。原因の一人ぐらい私だもんね。
冬音さんはその後少し、外出の際に気を付けることや、犯人に出会った時の対処法などを教えてくれ、帰ろうと立ちあがった。玄関まで見送ろうとした時、不意にキッチンを見つめて言った。
「家事、ご自分でされてるんですか?」
料理とか、そう言ってキッチンの調理器具を指差す。
「ええ。母から教わった物を」
「そうですか。偉いですね」
「……そうですかね」
ちょっと照れながら、冬音さんの目をちらっと見た。
冬音さんは少し目を細くし、調理器具を睨むように見つめていた。
「…………?」
疑問に思い、目線の方行を見る。
まな板の上に置かれたままだった包丁を、冬音さんは見つめていた。
「ではそろそろお暇させていただきます。本日はお邪魔しました」
外の玄関の前で、冬音さんは最後の一礼をする。そして背を向け、歩き出す。
こそっと塀に隠れて見送り続けると、冬音さんは一度振り返り、私の姿が見えないことを確認する。そしてそのまま隣のおばさんの家には入らずに歩き去って行った。
「……嘘つき」
住民の皆に謝罪と注意するんじゃなかったのかよ。
どうせ犯人らしき目星を付けた人の家に行って、調査みたいな感じにするだけだったんだろう。
うんうんと自分で頷き、家に入ろうとして……
「あらー、凪ちゃんじゃないの! 今日休み? あ、そっか夏休みだものね!」
「……どうも」
隣のおばさんに見つかった。良い人なんだけど、話が長いんだよなこの人は。
私に近寄りながら、これ幸いとばかりにおばさんは口を開く。
「聞いた? 最近近くの町で首吊り死体が発見されたんですって! 行方不明になってた無職の男だったらしいんだけど、やーよね、無職だなんて。結婚してもお嫁さんに楽な生活をさせてあげれないんだから! やっぱり年収とか大事よね。あ、勿論性格や顔も大事よ? でもいざ結婚するとまず第一にお金が――――」
「――――だからやっぱり、ゴミの分別って大事よね。ペットボトルにプラスチックにまー色々あって大変で大変で! となるとやっぱり分別しなくていいのかしら? 楽ってのは素晴らしいわよね楽なのは。うちもいつもテレビ見ながらゴロゴロしてるんだからほんと困っちゃうわよ!」
「……はあ」分別はしましょう。楽で困るってどういうこと。
「でしょ? やっぱりそう思っちゃうわよね! あら、大変もうこんな時間! お昼ご飯作らなきゃねー。主人の弁当は適当に白米と海苔だけで良いけど自分のはそうもいかないのよ。凪ちゃんは一人でいつも作ってて偉いわね、ほんと! あっそうだちょっと待ってて」
「……はあ」旦那さんの弁当、せめてもうちょっと手間かけてあげましょうよ。
「――――はい、これ昨日の余り物の肉じゃがなんだけど良かったら食べて! 女の子だからってダイエットしちゃ駄目よ? 凪ちゃんは十分スレンダーなんだから!」
「…………ありがとうございます」ダイエットしてねえよ。スレンダーって胸を見ながら言うな。
「じゃあこっちは洗濯物もやらなきゃいけないから! また何か困ったことがあったら言うのよ?」
そして、あー忙しい忙しいと言いながら家に戻って行くおばさん。マシンガントークが素晴らしいパワフルな人だな。
手に持った肉じゃがを見ながら、今日のお昼ご飯はこれで良いかと考えた。
家の中に戻り、リビングへ。そこで改めて気が付いたが冬音さんは少しもコーヒーに口を付けていなかった。
ガラスのコップの中に黒い液体が満ちる。氷が溶け始め、カラリと音を立てた。
「別に毒とか入れてないのになあ」
私を疑っているのなら、毒物が仕込まれていても不思議じゃないと思っていそうだ。純粋にコーヒーが苦手というのかもしれないが、多分違う。
誰にでも無く微笑み、私はコップを持ち上げる。そして一気に飲み干した。
「……にがっ!」
そう言えば砂糖入れ忘れてた。




