第18話 夏休み
「お前家この辺りなの? へー、本屋とかスーパーとかあって良いとこだな」
「まあそうだけど。何でこんなとこいんの? 家こっちなの?」
「いや、部活の走り込み。ここら辺をぐるーっと一周して学校戻るんだよ」
そう言ってその男子ははにかむ。明るい笑顔と爽やかな汗、スポーツマン。彼は岡野光輝。私のクラスの委員長だ。
岡野はふと思いだしたかのように話し出す。
「そういやさっき、お前が話してた奴って誰だ? 何か叫んでたっぽいけど……」
「……あー」
佳奈美だとはまだ気付いていないみたいだ。言うべきだろうか。いや、言わない方が良いかもしれない。
「いや、ちょっと知り合い。何でも無いよ」
私の言葉に岡野はそっか、とだけ頷く。そして近くの時計を見て焦る。
「げっ! やべえ時間ねえ!! もう戻らなきゃ。じゃあな、川瀬!」
「ばいばーい」
手を振り走っていく岡野。あ、転んだ。
それを見届けてから私も帰ることにした。
翌日の昼頃、私がボーっとテレビを眺めていると突然携帯が鳴った。青い携帯から着メロが流れ、黒猫のストラップが細かく揺れる。
「……ん?」
電話だ。普段メールばかりな私には珍しい。発信者を見ると、それは藍川だった。携帯を開けボタンを押す。
『もしもーし、凪ちゃん?』
「そうだよ。何か用?」
『今日ちょっと遊びに行かない?』
「遊びって……どこに?」
疑問文だらけの会話。遊びは良いけど、どこにだろう。
『そこら辺適当に歩きたいなと思ってね。色々と』
「そういうの結構好きかも。どこ待ち合わせにする?」
『学校近くの喫茶店。本当、夏休み入ったばっかだけど暇で暇で……』
「宿題は? 数学のワークとか国語の作文とか」
『……暇で暇で』
「無視かよ」
まあ夏休み初日から宿題をやる気も起きないよな。私だって、最終日に纏めてなんてことは流石に無いけれど、八月終盤に終わらせるタイプだ。
藍川と話し合い、数十分後に喫茶店集合と言うことで電話を切る。
ま、私も暇だしちょうど良いか。
喫茶店に入ると奥の方の席に藍川が座っていた。私を見つけ、目立たない程度に小さく手を振る。
「よう藍川」
そう言って座り、店内の涼しげな冷風に目を細めた。あー涼しい。家の扇風機とは大違いだ。エアコンは高いから勿体無いという両親の案で、寝室にしか置いていない。
藍川は既にアイスココアを注文しており、ストローで少しずつ吸っていた。私に目を上げ一言。
「夏休みだね」
「夏休みだな」
私も店員さんを呼びオレンジジュースを注文する。然程しない内に運ばれて来たオレンジジュースは大分冷えていた。当たり前か。
冷房の効いた店で冷たいジュースを飲むのはちょっと体が冷える。外の蒸し暑い温度を基準して頼んでしまうからだろうな。とっとと飲んでしまおうと一気に飲む。藍川と大体同じぐらいに飲み干し、立ち上がる。
店から一歩外に出た途端、むあっとした熱気が体を包み込んだ。中と外の温度差が激しい為、異様に暑く感じる。
「あーづーいー! 何だよこれぇー!」
藍川がイライラしたような声を出し、髪を掻き毟る。汗が一筋頬を流れ、七月でこれかとちょっとガッカリする。
「何だよって、夏だよ」
「この暑さはきっと、環境問題の所為だと思うんだ」
「オゾン層破壊とか色々あるもんね、近年」
「氷が溶けて海面上昇も起こるし……あれ? 南極だっけ、北極だっけ」
そこで歩いていた藍川の足が止まる。少し通り過ぎてしまった私が数歩戻り、どした? と尋ねると、藍川は一枚のポスターを見つめていた。
電柱に貼ってある一枚の、黒い背景に赤い文字が書かれているポスター。どうやら近くにお化け屋敷が出来たらしい。
「お化け屋敷かー……凪ちゃん行かない?」
「いや、私はあまりお化けとか好きじゃないな。怖い」
お化けって何か怖い。子供の頃も両親とお化け屋敷に入って泣いたことがある。けれどお化け屋敷に一緒に入る人が自分以上に怖がっていたりすると何故か多少は平気だ。
「凪ちゃんってお化け怖いんだね。意外」
「何が意外なのさ? やっぱりお化けも怖いけど、一番怖いのは……虫かなあ」
「虫?」
頷き、肯定する。
「虫って……蟻とかゴキブリとか?」
「それはまだ平気なの。蟻もゴキブリも、普通に新聞とかで潰せる。芋虫とか毛虫とか、柔らかい系の虫が苦手なんだよね」
踏んだらぷちゅっといきそうな、あの体型。柔らかい印象の虫が私は大嫌いだ。……ああ、考えるだけで鳥肌が。
藍川はそんな私を見て、楽しそうに笑う。
「……な、何がそんなに楽しいのさ。馬鹿にしてるの?」
「いや、何だかさ。凪ちゃんが可愛いなと思って。女の子みたい」
「…………はあ」
ちょっと照れ……いやまて、女の子みたいって何だ。私は元から女だ。
腑に落ちない気分を抱えたままポスターを眺めていた。
「あれ? お前らこんな所で何してんだ?」
不意に聞こえた声に顔を向ける。棺先生が立っていた。学校の仕事帰りのようだ。
学校で来ている白衣は今日は着ておらず、黒くラフな半袖だった。髪は暑いのかポニーテールに縛っている。
藍川が棺先生に気付き、ポスターを指差す。
「近くにお化け屋敷が出来たらしいんです。先生も行きませんか?」
「…………お化け?」
口元が引くつく。いつもヘラヘラ笑っている先生が、珍しく苦い顔になった。
もしかして、「お化け苦手なんですか?」「いっ、いやいやいや! そんなこと無い!」言いつつ、顔が笑っていない。
「それなら行きましょうよ」
「いいから! 遠慮しとく!!」
必死に首を振る棺先生。どう見てもお化けが苦手なタイプだろう。棺先生となら、お化け屋敷に入っても平気かもしれない。
藍川がニヤニヤと笑い、棺先生の腕を軽く引っ張る。
「お化け屋敷楽しいじゃないですかぁ。吸血鬼とかゾンビとか出ますよぉ?」
「ぞ、ゾンビとか大嫌いだよ! 怖いじゃんかあれ!!」
認めちゃったよ。藍川が少し笑う。
「ゾンビ怖いって……先生、死体好きじゃないですか」
辺りに人はいないけど、少し声を小さくして藍川が言う。
「死体は良いんだよ動かないから! ゾンビ動くじゃん! 死んでんのに動くじゃん! ホラーだよ!!」
「だってお化け屋敷ですから」
棺先生が目尻に薄く涙を浮かべるまでになって、藍川がようやく手を離す。先生に弱点は無いと思っていたが、意外な物を発見したな。
はあはあを荒く息を付き、棺先生が目を擦る。そして私達に話しかけた。
「……そうだ、ちょっと話したいことがある。俺の家に来てくれ」
「話したいこと? お化け関連ですか?」
違う! と必死に言い放つ棺先生を、ニンマリと笑いながら藍川が見ていた。
棺先生の家に来るのはこれで二回目か。部屋の中は相変わらず幼い女の子のポスターばかりだ。
本棚から一冊本を取り出してパラ読み。小学生の女の子が主役の漫画だった。子供が見てはいけないシーンがあった。閉じて戻す。
「それで話って?」
藍川がソファーに座りながら尋ねる。棺先生は床に置いてあったノートパソコンを机上に乗せる。キーボードを叩き、何か画面を出して私達に見せた。
とあるサイトだった。学生から大人まで、老若男女問わずに自由に会話出来るサイト。そんなサイトを棺先生は下へスクロール。それをしばしやる内に途中で手を止めた。
そして、良く見なければ分からない程に小さく、色も変化させてある文字をクリックする。パッと画面が変わり、『パスワードを入力してください』といった文字が表れる。棺先生は事前にパスワードを知っていたのか、軽くキーボードを叩く。だがその後、更にいくつかのパスワードを入力する画面が出た。
「……多いね」
藍川が呟く通り、パスワードを入力する画面がかなり多い。最後にようやく複雑なパスワードを入力し、別のサイトに辿り着いた。
黒い背景い赤い文字。タイトルは無く、装飾など一切無し。ただどんどん一つの掲示板に人が書き込んでいるだけだ。どの書き込みも、内容が少しおかしい。
『××市の××マジウザイ。死ね』『誰かお願いします死にたいんですお願いします殺してください殺して』『やばいどうしようヤっちゃった』
「何ですかこれ?」
棺先生に目を向けると、棺先生は少し楽しそうに答える。
「殺人・自殺サイトだよ」
「は?」
棺先生は少しニヤリと笑った。
「この掲示板を知ってる人は少ないらしくてな。このサイトに着くまでのパスワード入力は複雑で、しかも三日に一度パスワードが変わる。管理人はいない。裏掲示板みたいなものなんだと」
「へー……」
「憎い奴の住所を晒したり、一緒に自殺してくれる人間を探したり、過去に人を殺した経験を暴露したり。そんな書き込みをしても警察にはバレにくいから結構皆書き込む」
バレにくいといっても完全にバレないわけじゃない。そのうち絶対にバレるだろうけど、そこら辺分かっているのだろうか。それとも、分かった上でなのか。
棺先生は私達に向き直り、少し真剣な顔付きで言う。
「そこでだ。俺達もここで依頼みたいなものを受け付けないか?」
「依頼?」
「ああ。お前らが人を殺す理由ってのはそれぞれ異なるだろ? だけど人を殺すという結果は同じだ。無差別に殺すわけじゃないし、ちゃんと周りから疎まれている人だけ。だったらただ殺すだけじゃあつまらない。誰かから金でも貰った方が楽しいさ」
そこで、と一度前置きをして棺先生はサイトを指差す。
「ここで依頼を受け付けるんだよ。どうする、やるか?」
「僕やりまーす」
元気に藍川が挙手をする。早いなと笑いながらも棺先生は頷いた。そして私に目を向け、無言で問いかけてくる。
やる? やらない?
「…………ちょっと待ってください」
と時間稼ぎ。そして考える。
まず最初は三人殺した、友達の復讐の為に。そこで止めれば良かったはずなのに、私は止めなかった。次々と人を殺してしまった。
誠が虐めで死んで依頼、虐めをする人間も、同じように非行をする人間も、全てが憎たらしく思えた。そして思ってしまったのだ。『悪い人間は全て殺せば良い』と。
歪んだ正義心とも言えるし、自分でも一番の悪人は私だと思う。けれどそれでも人を殺すことは止められない。もはや一種の中毒になってしまっているのかもしれない。もう少し大人になれば止めようとすることも出来るのだろうが、その大人になる時まで私が警察に捕まらない訳は無い。捕まったらどうせ死刑だ。今更止めた所で人殺しであることに変わりは無い。
だったら、無益よりは有益の方が大分良い。
「……分かりました。やります」
「やった! 頑張ろうね、凪ちゃんっ!」
藍川が私にニッコリと笑った。
「じゃあ決定だな。募集するのは俺がやっとくよ」
「あ、お願いします」
そんな、軽い感じで私達は話していた。内容は人殺しのことなのに。




