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第17話 万引き

 七月も数週間が過ぎ、今日は一学期の修了式だった。

 終業式も終わった放課後の教室は、皆が皆夏休みの計画の話で盛り上がっている。

「ねえ、夏休み皆で海行こうよ!」

 茜が部活に行く準備をしながら、嬉々とした表情で私達に尋ねる。夏休みに遊びたいのだろうが、それに一宮が気だるそうに答える。

「海かー。いいけど、宿題終わるのか?」

「……海近いからバスで行けるよね。水着新しいの買って貰おうっと!」

「無視かよ!」

 凪達は? とこちらを向く茜に私も頷く。

「いいよ、海は好きだし」

「僕も行くー」

 その答えに満足そうな顔で茜が頷く。何度も何度も首を縦に振っている茜を見ながら藍川が鞄を担いだ。

「それじゃ僕、今日は部活行くよ」

 じゃあまた。藍川に別れを告げ、私も今日は部活に向かおうかと考えた。



 私はあまり部活には行かない。けれど一ヶ月に数回は行っておく。そして今日はその数回の内の一つだ。

「こんにちは」

 図書室の扉を開けるとまず、日当たりの良い机に突っ伏して寝ている女子生徒が見えた。夏の日差しは猛烈に暑いので誰も近寄りたがらないその席に、大量の汗を掻いてうなされながらも寝続けるその子。どう見てもひなだった。

「……ひな?」

「ぅ、あ、悪魔が……おのれ、レイヴンめ……」

 何の夢を見ているんだ。

「あのー本返したいんですが……」

 その困ったような声にカウンターの方を見ると、本を返しに来たらしい男子が困り顔で突っ立っていた。

 すみませんと謝り、急いで返却をする。駆け足で図書室から出て行った男子が、音を立てて扉を閉めた時、

「悪霊退散キエエェェェ―――――――-イィィ!! ……あふぁ? 凪?」

 叫び声をあげながらひなが起きあがった。驚く顔の私を見て、照れ笑いをしながら椅子を立とうとし、手が滑って机の下に転がった。ガツンという痛そうな音と、「いたぁっ!」という声が聞こえた。

「だ、大丈夫?」

「えへへ、変な夢見てた。うわぁ汗びっしょり」

 自分の額を触り、軽く驚くひな。恥ずかしそうに頬を掻く。

「どんな夢見たの?」

 尋ねると、少し思い出すような仕草をして、ひなが喋り出す。

「なんかね? わたしがヘンゼルとグレーテルの本の世界に入って、お菓子の家を見つけるの。マカロンの椅子とかサイダーの噴水とかがいっぱいあって夢中で食べてた。本当ならそこで魔女が出る筈だったんだけど家を食べ尽くしちゃったのか出て来なくてさ」

「へー」

「そこで食べカスの中をよーく見たら、一本の脚が埋まってたの。魔女だ! と思って引っ張ったらズルズル抜けて、体が無かった。赤い血っぽいのがダラダラ流れてたから舐めたらフランボワーズっぽい味で美味しかった。で、何でかそこに王子様がやって来て、『美しい脚だ!』とか言ってその脚を持ってくの」

「……へえ」

「しょうがないから歩いてたら転んで、近くに落ちてた林檎を蹴って池に落とした。そしたら神々しい光を放ちながら濡れた女の人が出てきて、『あなたが落としたのはこの銀のりん』まで言った時にわたしが『うわああああああああ化け物だああああああああ!!』って叫んで近くの大木をぶん投げたところで目が覚めた」

「…………面白そうな夢だね」

 色んな意味でな!


 その後数十分部活動をやり、帰る寸前になって気が付く。いつもは一番最初に来ている筈の哀歌がいないことに。

「あれ、哀歌は?」

「哀歌はね……今日は相談室」

 ちょっと悲しそうにひなが笑う。

「……そっか、じゃあ私そろそろ帰るね」

「うん。夏休み中は部活無いから、また休み明けに」

 図書室から出て、扉を閉める。

 相談室の壁をちらっと見て、階段を下りはじめた。

「…………」

 私が哀歌に初めて会った時も、相談室にいた。私が部活にいない時は多いので、結構頻繁に相談室に哀歌は行っているのかもしれない。

 哀歌がそこに行く理由は、精神的に辛い理由があるからだろう。そしてそれはきっと、

 踊り場を曲がる時、人にぶつかった。

「きゃっ!」

「あ、すみません」

 突然だったものだから敬語で謝ったが、よく見るとそれは同級生。哀歌のクラスの人だった。

 髪を明るい茶色に染めている彼女は私をキツク睨みつける。

「あんたどこ見て歩いてんの? ウチがいるって気付かなかった? 馬鹿じゃないの?」

 可哀想な人を見ているような目で私を見る。正直この時点で苛立ったが、そこは抑えておく。

 もう一度謝って階段を下りようとすると、彼女は私の目の前に立ちはだかった。

「邪魔なんですが」

「ちゃんと謝ってよ」

 謝ってんじゃねえか。

 彼女は私の顔をじっと見ていたが、突然何かを思い出したようにニヤリと笑った。

「――あんた、図書部だっけ? 哀歌と同じでしょ?」

「そうですけど」

 面倒臭いから敬語で接していると、それだけで彼女は自分の立場を上だと思ったのだろう。私に顔を近付け、勝ち誇った笑みになった。

「あんなブスと一緒の空間にいるから、あんたも性格がブスなんでしょ?」

「…………」

 私の沈黙をどう捉えたのか知らないが、彼女は笑って続ける。

「ブスはお仲間同士仲良くやってなさいよ。自分達の姿が惨めだって気付かないんでしょ?」

 自分の台詞に自分で笑いながら、彼女は今上って来た階段を下りて行く。私に目を向けず、背後を向けて。

「…………」

 今ここで、こいつの背中を押したらどうなるんだろう。

 人間の背中に目は付いていない。だからきっと、楽に押せるだろう。打ち所が悪ければ死んでしまう。

 腕が伸び、彼女の背中に触れかけ、


「……はぁ」

 止めた。

 彼女は後ろで私が葛藤していたことも露知らず、階段を下り切って私の視界から消えた。

 ……別に、この程度で人を殺すことは無いだろうと思う。それでも私の手は伸びた。

「罪悪感とか、無くなってきたかな」

 殺人を犯すことへの躊躇ためらいとか躊躇ちゅうちょとか罪悪感とか。そういうものが段々と薄れている気がした。

 犯罪者としてはそれで良い。迷うことなく人を殺せるのだから。だけど、人間としては終わってしまう。

 ああ、そうだ思い出した。

「虐めっ子は嫌いだ」

 哀歌はきっと、クラスで虐められているのだろう。

 相談室に入り浸っていることもそれが原因で、真実はともかく哀歌が精神的に多くのストレスを抱えていることは間違いない。

 それを乗り越えられるのならまだ良い。けれど乗り越えられなかったら、


 誠と同じになってしまう。


 無意識の内に自分を抱きかかえる。心に黒く薄い膜が張られたような感情を抱く。何とも言い難いが違和感があり、心が落ち着かない感情。

「虐めっ子は嫌いだ」

 もう一度呟き、私は階段を下り始めた。



 家の近くのスーパーに弁当を買いに寄る。夏は家事をするのが億劫おっくうだしたまには手抜きだって良いだろう。

 弁当コーナーの前でしばらく迷ってハンバーグ弁当を手に取る。そのままレジへ向かい、会計。買った後は一旦戻って雑誌コーナーに足を運ぶ。

 黙々と雑誌を読み、簡単な料理のレシピや掃除に役立つ方法などを目に通している最中、何気なく顔を上げた。

「あれ」

 近くの化粧品などがあるコーナーに佳奈美がいた。右手に持っている化粧品を睨んでいる。化粧品に感情が芽生えているのならば恐怖で震えていたかもしれないと思うほど真剣に。

 クラスの女子達にからかわれた日以来、佳奈美は真面目に授業を受けることが少なくなった。授業中も黒板の数式ではなさそうな何かを必死にノートに書き殴っているし、外出届も出さずに勝手に外に出て行くこともしばしば。入学して数日だけ見れた、真面目に副委員長の仕事をこなしていた佳奈美の様子は微塵も見られなかった。

 そんな彼女なので話しかけることはしないが、何となく気になって気づかれないように見続ける。佳奈美の肩に下げている鞄のチャックが全開しているのが目に入り、無用心だなと思う。そして佳奈美は素早く右手を鞄に突っ込みチャックを閉めた。取り出した右手には何も持っていなかった。

「…………」

 何事も無かったのようにその場から立ち去る佳奈美。最後まで私には気付いていなかった。

 周りの人は皆目の前の商品だけに目が行き、他人の行動など見ていなかった。このスーパーの防犯カメラは全体的に前と後ろの方だけにあり、化粧品コーナーはちょうど死角になってしまっている。

 つまり、佳奈美の犯行を知っているのは私だけだということになる。

「話しかけた方が良いかな」

 スーパーの人ではなく、佳奈美に。


 出口から早歩きで出て行った佳奈美を私も早歩きで追いかけ、十数メートル程歩いた所で、

「佳奈美!」

「っ……!」

 素早く振り返り私を見る佳奈美の瞳に、驚愕と警戒の意思が見えた。

 近くの通行人のことを配慮し、あくまで学校の友達に話しかけるような軽い調子で近付く。佳奈美は逃げようか迷っていたようだが、最終的には私を睨んでその場に止まっていた。

 優しげな目付きを意識しつつ、耳元に口を近付け呟く。

「さっき、万引きしたでしょ」

「…………」

 佳奈美の返事は無言だったが、軽く歯を噛み締めたのが分かる。鋭い目で睨まれ続けるとちょっと怖いなと思ったけれど、今は我慢だ。

「何で万引きなんてしたの?」

「……あんたには関係無い」

「関係無くても気になるじゃん。教えてよー」

「っ、ふざけないで!」

 私の胸を強く突き、よろける私と距離を取る。強がってはいるがその視線は左右をキョロキョロと見回し定まってはいない。

 そろそろ限界かな。佳奈美が私と向き合っているのも。

 そう考え、最後に畳みかける。

「化粧品とか万引きしてどうすんのさ。佳奈美化粧とかしてたっけ? そもそもいけないんだよそういうのは。学校でも習ったでしょ? 人の迷惑になるようなことはしません』とか『悪い事は絶対にしません』とか。それは犯罪だよ。警察呼んでや「うるさい黙れっ!!」……うおぅ」

 警察という言葉を言った時、佳奈美が酷く狼狽した。感情に任せて私を罵倒し、思わず私も黙る。

 佳奈美が精一杯に目を見開き、とにかく叫ぶ。

「うるさい! うるさいうるさい! あたしが何をやろうとお前に関係無いだろ!? 引っこんでろ! 邪魔しないでよっ!!」

 そして駆け出す佳奈美。しっかりと鞄は持ったままで、万引きした商品も入ったままだ。ここで私が佳奈美を追いかけることも出来るだろうし、スーパーに戻って店員に話すことも出来る。どっちにしろ佳奈美の犯行を止めることは出来る。

 けど、

「めんどくせっ!」

 私がそれを実行したところで佳奈美に恨まれるだけだろう。スーパーの売り上げには悪影響だが私には何の影響も与えない。だったら黙ってるままで良いや。

 そう判断して、さて帰ろうと足を一歩踏み出した。その時、

「あれ、川瀬じゃん」

 背後から男子の声が聞こえた。

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