第12話 教会
「へー、結構大きい所だね」
レンガで囲まれている教会は大きく、青い屋根の上では先程鳴っていた鐘が見える。教会の周りには青々とした芝生の庭があった。西洋風の大きな教会は、周りの住宅やデパートと見事なまでの違和感が出ていた。
昼間は常に開いているという門を通り、教会の入り口にまで続いている真っ直ぐな道を歩く。よく見ると道や教会の壁のあちこちは汚れや傷が見られる。ボロボロと崩れている所もあった。やはり経営難なのだろうか。
教会の内部はこれまた広い。ゴシック感溢れる内装の空間に圧倒されていると、近くを歩いていた若いシスターに恭しくお辞儀をされた。赤い絨毯が敷かれ、左右には長椅子がズラリと並んだ道を歩き、教壇の前に立つ。
「ここでお祈りするんだよ」
「やったことあるの?」
「うん、昔数回」
そして藍川は両手を組み、目を閉じる。私も目を閉じ祈る。
「……………………」
「……………………」
しばし無言の時間が流れてから目を開ける。右を見ると藍川もちょうど目を開けるところだった。
「何て願った?」
「んー? へへっ、教えなーい」
何だよ教えなよー、そう言いながら後ろを振り向いた。黒い布が目の前にあった。
「わっ!?」
その黒い布にぶつかりその場に転んでしまう。
「おや、大丈夫ですか?」
その黒い布から、柔らかい声が聞こえた。
見上げると、その黒い布は修道服で、私がぶつかったのは一人のシスターだった。見た目は五十歳程で、白い髪は白髪なのだろうが、瞳が綺麗な緑色をしていた。
「あ、すみません。大丈夫です」
私が立ちあがって言うと、シスターは笑顔になった。
見た目は五十歳ほどのシスターは私達に一礼をし、澄んだ声で言う。
「私が注意力を損ね、あなたに無礼をしてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、私がちゃんと見てなかったのが悪いんです。お祈りをしに来ただけですし……」
「お祈りですか、ありがたいことです」
そしてシスターは優しく微笑み、こう続ける。
「折角ですので、この施設を見学されて行きますか?」
「見学?」
「ええ。普段は外部の方々に見せることは無いのですが、もしよろしければ」
私は藍川と顔を見合わせ、
「どうする?」
「僕はどっちでも」
シスターに顔を向け、微笑む。
「では、折角なのでお願いします」
「私はマリア・カネルヴァ。仕事は主に子供達の世話ですね」
マリアさんが自己紹介をする。名前からして、やはり外人だったみたいだ。
私達は右手に窓が連なっている廊下を歩いていた。窓からは庭が見え、そこで元気に遊ぶ子供達の姿が見える。
「えっと、マリア……さん、子供達ってこの教会の?」
「はい。ここは教会の他に児童養護施設としてでもあるんです。親から捨てられてしまった子や、親が死んでしまった子など、生涯孤独になってしまった子供達と暮らしているのです。子供達が一人立ちをするまで」
マリアさんは微笑み、外に繋がる扉を開けて庭に出る。マリアさんに気が付いた子供達が一斉に走り寄って来た。
「マリア様だ!」「マリア様、僕の作った泥人形見て!」「ちょっと健太、ずるいよー」「マリアさまぁー、お腹空いたぁー」
わらわらと群がる子供達。マリアさんは一人一人に笑顔を向けていた。私と藍川はすぐ傍にあったベンチへ座り、庭で遊ぶ子供達を眺める。
皆が皆幼い子供達で、上は十二歳程、下は三歳程までが楽しそうに遊んでいる。砂場を掘ったり、ブランコに乗ったり、友達同士で追いかけっこをしたり。そんな彼等彼女等を眺めていると、不意に服の裾を引っ張られる感覚があった。
「ん?」
見ると、小さな女の子が猫と犬のパペットを両手に付けてに立っていた。猫のパペットで私の服を引っ張っていたその五歳ぐらいの子は、私と目が合うとニッコリ笑った。
「こんにちはっ!」
「こんにちは」
「こんにちはー」
私と藍川を交互に見つめ、女の子はひょいと両手を掲げて尋ねる。
「ねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃん、付き合ってるの?」
「っは!?」
藍川が面白いくらいに驚く。女の子は不思議そうな顔のまま、掲げたパペット同士の口をくっ付け、「ちゅー」なんてやっていた。藍川が顔を赤くさせているのに笑いながら答えた。
「ふふっ……違うよ、お姉ちゃんとお兄ちゃんは友達なの」
「ふーん? 仲良しさんなの?」
「うん、仲良しさん」
女の子は頷き、私と藍川の間にピョコンと座った。私達を見上げて朗らかに笑う。可愛いなあ。
「わたしね、花って言うの! きれーなお花さんみたいになるようにって、シスターたちが決めたんだって!」
「シスター達が……良い名前だね」
シスター達が名付けたと言うことは、この子は生まれてすぐに捨てられてしまったんだろう。……親の顔も知らないんだ。
「わたしに、パパとママはいないんだけど、でもでもお兄ちゃんやお姉ちゃんたちが遊んでくれるの。みーんな家族なんだよ! いつも楽しいし、ごはんもおいしいし」
庭で遊ぶ子供達を指差しながら、花ちゃんは笑った。でもその後、少し寂しそうな顔で呟く。
「でもね……」
「でも?」
「最近シスターたちが変なんだー。夜にわたしがトイレに行こうとしたら、みんなでお話してたの。お金がどーのこーのとかぁ、わたしたち小さい子をどうするーとかぁ……」
振り向き、施設を見つめる。
「ここを売っちゃおうとか」
「「…………」」
花ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔になる。小さいながらも、今この教会が抱えている問題を感じ取っているのだろう。
大人の不安を子供は敏感に感じ取る。大人が思っている以上に。
「わたしね、わたし……ずっとここにいたいよ。みんなといっしょにいたい。ずーっとみんなと遊びたい」
服の裾を掴み、顔を俯かせ。――そんな花ちゃんに、
「大丈夫だよ」
藍川が頭を撫でた。
涙の溜まった目で藍川を見上げる花ちゃんに微笑む。
「きっと何とかなる。大丈夫大丈夫。花ちゃんは何にも心配しなくていいんだよ」
よしよしと、頭を撫でながら笑う藍川に、花ちゃんは安心したのかほっと息を吐いて朗らかに笑う。
確証なんて一切含まない言葉に、心から安堵していた。
「――それでもね、たまにここにお兄ちゃんがやって来るの。茶色い髪の、目がこわいお兄ちゃん。シスターはここを卒業したお兄ちゃんだって言うんだけどね、そのお兄ちゃんがいつもお金を持ってきてくれるの」
お兄ちゃん? お金?
「そのお兄ちゃんが来る日は、いつもバラバラなんだよ。でもお兄ちゃんが来た日はシスターたちも笑顔だし、ごはんもちょっとふえるの。だからお兄ちゃんに会いたいなーって、みんな言ってるんだよ」
「へえ……、そのお兄ちゃん、前はいつ来たの?」
少し考え、花ちゃんは小さな両手で数を数える。右手が小指だけを残し、折れ曲がる。
「――四日前!」
「――ええ、彼はこの施設を出て行った内の一人です。十二歳の頃にここに来て、十九歳の頃に出て行きました」
私達は帰る前に、マリアさんに花ちゃんから聞いた話を伺った。
「その人が、毎回お金を?」
「はい。彼は来る度にお金を持って来てくれるのです。『経営に役立てて欲しい』とだけ言って、私達が断る前にいなくなってしまう。――私達は神に仕える者です。金銭の問題は自分達でどうにかするべき。……ですが、経営者としては。そして子供達の為には、彼はとてもありがたい人です。ですが、彼がどこからあんな大金を出すことが出来るのか。私は彼がとても心配なのです」
マリアさんは手を合わせ、複雑な表情で天を仰ぐ。
「ああ、神よ」




